一応、設定としては1期最終回のラストあたりということで。

 立番をしていると、無線機のマイクから、無線担当の声が聞こえてきた。
『指令室から泉田PM』
 呼ばれているのは、どうやら私らしい。というか、署員に泉田姓の警察官は、私、泉田
準一郎巡査しかいない。
「泉田です、どうぞ」
『桜田さん宅対応願います、どうぞ』
 やれやれまたか。うんざりしながら、私は了解した。
 この三ヶ月の間に、ガラスが割れただの、鞄が猛スピードで飛んできただの、玄関前に
行き倒れがいるだので、何度訪問した事か。念の為、署に確認すると、ガラスが割れた音
がしたという、近所のオバサンからの連絡だという。
 相勤の巡査部長が「行ってらっしゃ〜い」と、ひらひら手を振るのを横目で見ながら、
私は自転車にまたがり、桜田邸に向かった。
 ……それにしても、何で私が行かなければならないのだろうか?

 桜田邸は、私が勤務する交番からは眼と鼻の先のところにある。正直、歩いて行っても
良いくらいだが、事案発生時の速やかな現場確保は、警察官の絶対的義務である。
 というわけで、私が乗った自転車は、30秒ほどで桜田邸の前に着いた。
 現場到着を指令室に報告すると、私は早速、家の外観を調べた。
「……やっぱり」
 ざっと見た限り、家の窓ガラスは割れた形跡が無い。路上にはガラスの破片すらない。
 今回を含めて、今まで同様の通報を4,5回受けているが、現場に駆けつけてガラスの
割れた跡を確認できたのは、最初の2回くらいである。あとは、いずれも無傷の窓ガラス
を見て、『割れた跡が確認できない』事が確認できただけだ。
 近所のオバサンからのまともな情報は、期待するだけ無駄だ。亭主を笑顔で追い出した
後、ワイドショーや朝の連続テレビ小説に、うつつを抜かしていたに決まっている。
 なににせよ、この家の住人に事実確認をしなければならないのだが、これはこれで全く
あてにならない。応対するこの家の長女は、毎回毎回「え、そうですか? 全然そんな事
は起きていませんよ」としか言わないのだ。
 今回もそうだろう。そう思いながら、私はインターフォンのボタンを押した。
『はい、どちらさまですか?』
 聞き慣れた長女の声だ。
「二丁目交番の泉田です。少々お聴きしたい事がありまして」
『あ、はい。今開けます」
 ……あれ? 今、長女の声の向こうで、子供の声が聞こえた気がする。
 僅かな引っ掛かりを感じていると、程なく玄関が開いた。長女が顔を覗かせた。
「お早うございます、泉さん。どうぞお入り下さい」
「……泉田、です。何度も言うようで、申し訳ないですが」
 泉だ……です、と言い直しているわけではない。明らかなイントネーションの違いに、
気付かないのだろうか? 決しておちょくっているわけではないのが判る分、余計に性質
が悪い。
 釈然としないまま中に入り、勧められるまま上がり框(かまち)に腰を下ろした。やや
遅れて、長女も私の傍に座った。
「それで、今日はどういった御用ですか?」
「今日も先日と同じです。お宅からガラスが割れる音が聞こえたと通報がありまして、事
実確認に伺いました」
「あら? 全然そんな事は起きてませんけど?」
「そうですか……」
 案の定いつもと同じ答え。多分何かを隠しているのだろうが、相手は未成年者。無理に
聞き出すわけにもいかない。私は、署に報告をする為、無線のマイクを取った。
 そのとき、どこからか小さな子供の声が聞こえてきた。
「真紅〜! ジュ〜ン〜! もうすぐくんくんが始まっちゃうの〜!」
 幼女の声だ。なんとなく、インターフォン越しに聞こえた子供の声に似ている。
「……誰かいるんですか?」
「親戚の子供が、遊びに来てるんです」
 長女が笑顔で、私の問いに答えた。私は何気なく足元を見た……あれ?
「……靴、履いたまま室内にいるんですか?」
「ええ、みんな外国生まれの外国育ちですから」
「はぁ……」
 日本家屋の場合、部屋に入る時は玄関で靴を脱ぐものだ。しかし、玄関には、子供用の
靴は影も形もなかった。
「みんな、ねぇ……えっ!? 『みんな』って、何人来てるんですか?」
「ん〜と……4人です」
 4人が4人とも、揃いも揃って土足? 信じられない。非常識にも程がある。
 と、私の背後にある階段から、誰かが言い争いしながら降りてくるのを感じた。誰だ?

----

「早くしなさい、ジュン。くんくん探偵が始まってしまうわ」
「うるっさいなぁ……そんなに急ぐなら、自分で歩けばいいだろ?」
「いやよ、面倒臭い」
「……お前なぁ」
「もっと主人を大切になさい……ほら、足が止まっているわよ」
「あのさぁ真紅……大切にして欲しければ、少しは僕にも気を遣えよな」
「交換条件を出せるような立場だと思って? あなたの生殺与奪の権限は、私が握ってい
るのよ、ジュン」
「ふ〜ん……そう」
「あら、何か言いたそうね?」
「そういう物騒な言い回しをするなら、僕は、お前のローザミスティカを守る義務を放棄
してやる。お前なんか何があっても守ってやらない」
「くっ……!」
「ほ〜らほ〜ら、どうした?」
「……ジュンの……」
「へ?」
「意地悪ぅぅぅぅぅぅぅぅっ!」
 とまぁ、背中を向けて声を聞いているだけなので、詳しい状況は分からないが、背後で
誰かが別の誰かを殴った音がした。私が振り向くと、少年が階段を転がり落ちてくるとこ
ろだった。少年は階段下で大の字になった。
 少年はこの家の長男である。額に大きなこぶと、左頬にグーパンチの痕がある以外は、
目立った外傷は無い。手足や首は、あさっての方向を向いていない。
 ただ、当然ながら痛みだけはあるようで、悶絶している。とりあえず一安心である。
 よく見ると、少年の傍にやや大きめの人形が転がっていた。赤いベルベットのドレスを
着た、金髪碧眼の美少女を模した人形である。毛先がいささか現実離れした巻き方をして
いるが、人形だから無問題としておく。
「なんというか……最近の腹話術は命懸けなんだなぁ……」
「いいえ、腹話術ではなくてよ」
「!?」
 我ながら、間の抜けたことを言った次の瞬間、どこからか声が聞こえた。

----

 思わず立ち上がり、辺りを見回した。
「どこを見ているの、ここよ。あなたの真後ろ」
 振り向いた私の視界には、悶絶中の桜田家長男と、赤いドレスを着た人形しかいない。
 あんな状態で、長男が腹話術を使えるとは、到底思えない。まさか人形が喋った!?
 私の頭の中を過ぎった考えを、打ち消す時間を人形は与えてくれなかった。
「家来の腕が邪魔で立ち上がれないの。悪いけど、助けてもらえるかしら」
 私の見ている前で、人形は確かに言葉を発した。幻聴で片付けてしまうことも出来ただ
ろうが、不思議とそんな真似は出来なかった。その人形が醸し出す、気品と優美さに心を
奪われたからかもしれない。
 私は言われるままに人形を救出した。人形は着衣の乱れを直しながら言った。
「家来が醜態を晒してしまったわね。主人としてお詫びするわ」
「あ……いえ……お心遣い、恐れ入ります」
「あなた、名前は?」
「えっと……泉田準一郎です。あなたは?」
「私の名は真紅。ローゼンメイデンの第五ドール」
 そこまで言うと、『真紅』と名乗る人形はおもむろに懐中時計を取り出した。
 文字盤を見た瞬間、真紅は柳眉を吊り上げた。
「ジュン、何をしているの! くんくん探偵が半分終わってしまったではないの!」
「誰のせいだ、誰の! 元はといえばお前が」
 長男……もとい、ジュンは、今まで悶絶していたとは思えないくらいの素早さで立ち上
がると、真紅に食って掛かった……が、中途半端に終わった。
 真紅が軽く首を振っただけで、彼女のおさげが的確にジュンの顔面を捉えた。
「口答えしない。さっさとリビングに行きなさい」
 不承不承、ジュンは真紅を抱き上げると、リビングに歩き出した。なんのかの言って、
結構仲が良いということだろう。
「泉田」
 不意に、真紅が私を呼んだ。何事だろうといぶかしむ私に、真紅は微笑んだ。
「さっきはありがとう。礼を言うわ、それと……」
「それと?」
「抱き起こし方はまあまあだったわ。あなた、結構素質あるわよ。のり、紅茶をお願い」
 私に何の素質があるというのだろうか? 真紅はそこのところに一切触れず、ジュンを
促してリビングに消えた。
 呆然とする私に、長女……もとい、のりは、申し訳なさそうな、それでいてどこか可笑
しそうにしている。
「……びっくりしましたか?」
「少なくとも、自分の今までの常識が、こんな形で壊されるとは思いませんでした」
 ここでのりは、今まで窓ガラスが割れた際、真紅が不思議な力を用いて、修復していた
と明かしてくれた。それで、現場確認しても何も異常がない理由が分かった。
「今日も、他の子が外から飛び込んできて」
 ……他の子? やはり人形なのだろう。あえて聞かずに置くとしよう。
 無線機から、私を呼ぶ声が聞こえてきた。状況報告せよ、と言っているが、事実を報告
しても信じてもらえるはずがない。私は「異常なし」と報告した。

「それでは、私はこれで……」
「あ、どうもご苦労様です」
「のり、あがっていただいたら?」
 奥から、真紅の声が聞こえてきた。先ほど、のりに紅茶を淹れるよう頼んでいたから、
一緒に飲んでいったら、と遠まわしに言っているのだろう。
 しかし、あの人形は喋ったり、動いたりするだけでなく、飲食までするのか。
「いえ、勤務中ですから。気持ちだけいただきます」
 本当なら面と向かって言うべきだろう。失礼であることは承知しつつ、私は少し大きな
声で奥に向かって声をかけた。
「真紅のお誘いを断るなんて、失礼な人間ですぅ」
「だめだよ翠星石、そんなことを言っちゃ」
「うゆ? 真紅、どこ行くの?」
 奥から真紅が出てきた。真紅は玄関まで来ると私に言った。
「今度は、仕事の無いときにいらっしゃい。皆に紹介するわ」
「皆?」
「私の姉妹に、よ」
 私は奥から別の声が聞こえたのを思い出した。その声の主の事を言っているのだろう。
「機会があれば、是非」
「あら、機会は作るものよ?」
 真紅は少し膨れた。言葉遣いに似合わぬ子供っぽい表情に、私は思わず苦笑した。
「……なんで笑うの?」
「あ……失礼しました。それではこれで」
 のりと真紅に敬礼をし、踵を返して玄関のドアを開ける。のりの「ご苦労様です」とい
う声と、真紅の「待ってるわよ」という声を背中で受けながら、私は外に出た。
 背後でドアが閉まる音を聞いて、ふと思った。
 今ここで見たり聞いたりしたことは、実は夢、幻だったのではないか、と。
 それを確かめたくて、今一度ドアを開けたい衝動に駆られた。しかし懸命に抑え、止め
てある自転車にまたがると、私はもう一度桜田邸を見た。
 屋根の上に、黒い服を身にまとい、自分の身の丈ほどの、大きな鞄を携えた少女がいる
のが見えた。慌てて目をこすり、もう一度見たが、そこには誰もいない。
 署には「異常なし」で報告しているんだ。桜田さん宅にはおかしなことはなかった、そ
れでいいじゃないか。自分に言い聞かせ、私は自転車のペダルに力を込めた。
「神は天に在り、世は全て事もなし……か」
 呟きながらふと見上げた空は、どこまでも澄み切っていた。

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<おまけ>
 その晩、くんくん探偵の再放送を見ながら、真紅は今日家に来た『泉田』と名乗る男の
ことを思い出していた。
 真紅をジュンの腕の下から助け出したとき、彼は極めて自然に、真紅を抱きかかえた。
 まるで、人間が自分の子供を抱っこするように。
「ジュンだって、最初は間違った抱き方をしていたのに……」
 ポツリと呟き、真紅はチラリとジュンのことを見た。
「……やっぱり、人生経験の差かしら?」
「ん? なんか言ったか、真紅?」
「なんでもないわ」
 抱き方だけではない。言葉遣いもそうだ。
 多少のとまどいは窺えたが、彼は丁寧な言葉遣いをしてくれた。
「どこかの誰かとは大違いだわ」
「なんだよ、さっきから」
「……なんでもないわ。ジュン、紅茶を淹れてきて。ダージリンよ」
 ぶつぶつ言いながらキッチンに向かうジュンを見ながら、真紅は思うのだった。
 家来を選ぶのを早まったかしら? と。

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※>>91から数ヶ月後ということで宜しくです

 署との直通電話が鳴ったのは、交番での24時間勤務を終え、帰署準備をしている最中
だった。相勤の巡査部長が、受話器を私に差し出してきた。
「お前さんあてに外線が入ってるから、こっちに繋ぐって」
 緊急時以外、外線からの電話を交番に転送する事はない。 故郷の両親に何かあったの
だろうか? はやる気持ちを抑えつつ、私は受話器を受け取った。
「お電話代わりました、泉田です」
『泉田! 一体いつになったら遊びに来てくれるの!?』
 無防備な私の耳に、怒気をはらんだ女性の声が飛び込んできた。
 その声の大きさに、ただでさえ寝不足で機能不全を起こしている、私こと泉田準一郎の
脳味噌は、一瞬フリーズした。耳もキンキンしている。
 女性の声に聞き覚えがあったのだが、敢えて私は尋ねる事にした。
「……すいません、どちら様でしょうか?」
『私の声を忘れたと言うの?』
『真紅、馬鹿っ! 何言ってんだよ!』
『ちょっとジュン! やめなさい!』
 電話の向こうで口論が始まった。余りのけたたましさに、私は耳から受話器を離した。
『あ、あの! すいません、泉田さん。桜田です……って、うわっ! 何するんだよ!』
『いいこと泉田、とにかくすぐにいらっしゃい!』
 ブツッ! ツーッ、ツーッ、ツーッ……。電話は唐突に切れた。
 真紅はキレていた。私もキレそうだった。朝っぱらから何事かと思えば……。
 事の仔細が漏れ聞こえたのか、巡査部長が苦笑していた。
「……モテる男はつらいねぇ、泉田くん」
「からかわないで下さい、まったく……」
 溜息をつきながら、課長に渡す報告書を鞄に入れる。巡査部長がシミジミと言った。
「桜田さんトコさ、親御さんが海外を飛び回ってて、家にいるのは子供達だけなんだ」
「……そうでしたね」
「だからさ、時々様子を見てやれよ。先様はいい顔をしないかも知れないけどさ」
 考えときます、と返事をし、自転車にまたがった時には、キレかけた私の心は平静を取
り戻していた。ペダルを踏み込んで、ふと思い出した。『今度来た時は姉妹を紹介する』
って、あの人形――真紅は言っていた。
 私が『機会があれば』と答えたら、『機会は作るものだ』と真紅は膨れたっけ。
 駅前のデパートでお土産を買ってから、お邪魔する事としよう。紅茶を飲むくらいだか
ら、ケーキも食べるだろう。
 腕時計をチラリと見て、私は署への道を急いだ。

----
【いんたーみっしょん】
 それからきっかり1時間後、私は両手にデパートの紙袋を抱えて、桜田家に向かって歩
いていた。袋の中身は、紅茶の茶葉とミルク、茶葉に見合ったお茶菓子数種類である。
「『すぐ来い』なんて言ってたけど……1時間の遅刻か」
 遅刻したらお仕置きだ! などとは真紅は言っていなかったが、やはり怒るだろう。
 さて、言い訳をどうするか? 素直に謝るべきだろうか。はたまた、先に土産物を差し
出すべきか。それとも、紅茶を淹れて誤魔化すか。
(ねぇ、そこの人間。ちょっといいかしらぁ?)
 どこからか声が聞こえた気もするが、24時間勤務が原因の幻聴に違いない。無視。
「……人間、こっちを見なさぁい!」
 少女の声がはっきり聞こえたのと同時に、私の目の前を何かがスッと横切った。たった
それだけだが、私の歩みを止めるには十分過ぎる効果があった。『何か』は、私のすぐ横
の街路樹に当たった――いや、刺さった。それは黒い羽だった。
「やっと止まってくれたぁ……♪」
 嬉しそうに、クスクスと声の主が笑った。声の感じからすると若い女性のようだ。しか
し、気配を感じる事が出来ない。姿が見えないことへの苛立ちを隠し、私は口を開いた。
「……止めたの間違いだろ?」
「あぁら、そのまま通り過ぎる事も出来たはずよぉ?」
「――用があるならサッサと出てきてくれないか? 鬼ごっこに付き合っている暇はない
んだ」
「あらあら、せっかちさんねぇ。待ってなさぁい、すぐそこに行ってあげるわぁ♪」
 言葉が終わったのと、私の背中に何かの気配を感じたのとは全く同時だった。慌てて振
り向いた私の視線の先に凸面鏡があった。しかし、そこに写る景色は道路でも自動車でも
なかった。
「――街?」
 鏡の中の、陰鬱な雰囲気が漂う風景は、街というよりもむしろ廃墟だ。突然鏡が大きく
膨れ上がった。その表面は何も写していない――漆黒の闇だ。呆然と見つめる私を嘲るよ
うに、鏡に広がる闇が弾けた。
「な、何だ!?」
「うふふふふ……お待たせぇ♪」
 声と同時に、鏡の中から手が2本出てきた。続いて頭、胴体、そして全身。
 私の目の前に、黒を基調にした衣装を身に纏った少女が姿を現した。頭髪はプラチナブ
ロンド。体つきはやけに小さい。が、そんなことはどうでもいい。少女の姿の現し方は、
あるホラー映画を思い出させた。
 怖い。絶対に相手にしてはならない。私の脳内で警報音が激しく鳴り響いている。少女
が顔を上げ私を見た。私の中で何かが臨界点を突破した。

「う、うわああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
「……うるさいわねぇ。そんなに大げさに驚かなくてもいいじゃなぁい」
「お、お前! まさか! ssssssssssssssssssssssssss」
 真紅を見たときには感じなかった恐怖心が、私を叫ばせた。ちなみに、sの羅列は決し
て手抜きではない。サ行の音を構成する母音が出てこないのだ。しかも、恥ずかしながら
どもってしまっている。一瞬怪訝そうに私を見ると、少女は嬉しそうに微笑んだ。
「あらぁ、あなた、私の事を知ってるのぉ?」
「sssssssssssssssssssssssssssss」
 いや、君の事なんか知らないから。ただこれだけは言える。これからはこういうタチの
悪い登場はやめたほうがいい。と、しょうもない忠告を心の中でしているうちに、ようや
く落ち着いた。これであの名前を言う事が出来る。私は大声で叫んだ。
「貞子!」
「……えっ?」
「だから貞子! 登場の仕方が貞子!」
 私の言葉に、少女の顔から微笑が消えた。
「な……何よ……何よ何よ何よ何よ何よ! 私は……私の名前は……うわあああん!」
 少女は叫ぶなり、凸面鏡に飛び込み姿を消した。少女の目元に一筋、涙が煌いた。
 泣きたいのはこっちだ。ただでさえ遅刻しそうだってのに、こんなところで足止めを食
らって。真紅がカンカンに怒っているであろうことは、想像に難くない。肩を落としなが
ら、私は再び歩き始めようとし、ふと凸面鏡を見た。
 凸面鏡は普段通り道路を映すだけで、何の気配も感じない。急に良心が咎められた。
「あ、あのさ……今度会う機会があったら、名前を教えて欲しいな」
 誰でも自分の名前は大切なものだ。知らなかったとはいえ彼女を傷つけてしまったのは
紛れも無い事実である。慰めにもならないことは分かっているが、それだけ言うと、私は
桜田家に向けて行軍を再開した。
【いんたーみっしょん・終わり】

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