私の下僕はガキだった。
いつも水飴みたいな鼻水たらして、男のくせに女々しく泣いてた。そう、男の子のくせに。耳まであるストレートな髪は、上質なトリートメントを使っているのかいつもさらさらで、風が吹くと、絹みたいに踊った。何よ、私よりきれいじゃない。
「今日はちゃんと持ってこれるかしら」
私は、下僕に無碍な注文をする。紅茶を持って来いと。下僕が作る紅茶は、市販品特有の妙な甘さと下品な薫り、そして極め付けに徹底的な温さを併せ持つ。簡単に言うとマズイのよ。
「……」
不躾にノックをせずに下僕が部屋に入ってくる。“お待たせ”の一言もないのかしら。
「遅いわよ。人間の子供は紅茶すら手早く作れないの?まあいいわ。置いて頂戴」
私が催促すると、下僕は、「ゴメン」とだけ呟いた。
「……」
その後、無言による静寂。時計の針の音だけが耳に入った。
「なによ。今日は一段と暗いわね。まあいいわ。口うるさく言うようだけどこの紅茶」
「あのさ」
下僕が、荒々しく話を割った。
「なにかしら?急に。そんなに急くこと、」
「おまえとはもう遊べない」

紅茶のカップに口を付けていた私は、咄嗟に下僕の顔を見た。
「なんのこと?」
下僕は、下を俯きながら話を続けた。
「もう、真紅とは遊べない。もうお人形ごっこは卒業なんだ」
突飛な話だった。それに対し私は、どうしようもなくいつもの“癖”がでてしまった。
「勝手なこと言わないで。誓ったでしょ?この薔薇の指輪に。私のローザミスティカを護ると。そんないい加減、許されないわよ」
利己的な台詞が出てしまった。それに気付いた私は、思わず口に手をやった。
「僕はもう四年生なんだ!いつまでも人形となんて、遊んでられないんだ!」
自分の感情を出し切った下僕の顔は、本当に紅潮していた。自動的なように、涙を浮かべ部屋を飛び出した。
部屋にぽつんと取り残された私は、紅茶の水面に目をやり、その波紋を見ることで気を落ち着かせていた。
そして、四時のハト時計の自鳴鐘がなると同時に、私はベットに移動して膝を丸めた。球体間接がキシと軋み、自分が人形である事を皮肉に証明した。
目の前には、下僕のランドセルが無造作に置かれ、私は思わず、ランドセルに歩みを進めた。
「そう。これが理由なのね」
ランドセルから顔を出した理科のノートの表紙には“女野郎!”と乱雑なイタズラ書きがかかれていた。

私の顔なんて、見たくもないんだろうな。
けど、このままじゃいけない事は当然のようにわかった。―謝んなきゃ。
けど、どうやって?
すっかり冷えきった紅茶を、ぼんやり眺めながら、真紅は“人形のように”静止していた。そう、“人形のように”。いえ、違う。“人形”じゃないの。私。無機質な、ただの“人形”。
そう、私は人形。
下僕の側にいるのが、あたかも当然のように錯覚していた。私がこの家に来たとき、下僕のやつ、バカみたいによろこんだっけ。
男の子は、「ガソダム」や「ウルトラマソ」みたいなのに憧れるんだけど、あいつは私のことみるなり、
「きれぇ」
とか言ってクシで乱暴に私の髪を梳かし始めた。腐っても男だから、クシが頭に刺さって、それに怒る私を無邪気に笑ってた。
そんな遠くない昔の話だ。
「私のせいかな」
女野郎!と書かれたノートを見て、私はつぶやいた。ちゃんと、男の子にならなきゃいけない時期に、私となんてあそんでたから、あんなことされんのかな。
「真紅」
下僕が律儀にノックをしながら、部屋に入ってきた。手には、紅茶があった。
「これ。きっとおいしくないだろうけど。真紅が好きな、オレンジペコ」
下僕は私に紅茶を差し出す。紅茶からたつ湯気と、私の目に浮かぶ“なんか”で下僕の顔がよく見えない。
「それのんだら、お別れだ」
私は下僕の作った紅茶を口にそっと運び、目を瞑ってから、こう言った。
「おいしくない」
それは下僕の作った紅茶のなかで、一番上手に作られた紅茶だった。

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