題名『暑い』

「たりー、です。まったく、たりーです」
翠星石が、のどの奥から搾り出すような声でぼやく、
いや、僕だってぼやいてるし、真紅だって雛苺だって、口を開くたびに
タリータリー、言っている。
こんな暑さじゃ誰だってぼやきたくなる。
外気温は30度超、夏まっただなかにクーラーも無い部屋、
パソコンからの放熱も相まって、僕の部屋は熱源地獄と化していた。
呪い人形達は汗こそかかないがやっぱり暑いようで、
恥じらいもなく上着を一枚脱ぎ、二枚脱ぎ、していた。
見てるこっちのほうが恥ずかしい。

もう我慢できない、限界なんて間もなく通り越してしまう。
そうしたら確実に熱射病のようなものになってしまう、呪い人形達はどうかは
知らないけれど。
気温に翻弄されている体を引きずりながら、物置の中を引っ掻き回した。
あった、そう、これだ、年代ものだけどきっとまだ動く。
「これって確かおでんのだいこんを切るための機械だったとおもうの!」
雛苺さん、まったくの大はずれです。
引っ張りだしてきた扇風機はボタン式で、首が回るタイプ。
周りの期待(呪い人形3匹)を一身に背負って僕はボタンを押す。さあ、いよいよ始動だ。

ゆっくりとした羽の回転がだんだんと速くなり、後ろの空気をかき集めて前に押し出す。
部屋の空気をひっくりかえしているにすぎないが、それでも体感気温は大分下がるように思う。
「あ゙ーーーーー、ジュ゙ン゙ーーーー、ずずじい゙よ゙ー」
「ま゙っ゙だぐだわ゙わ゙ーわ゙ーわ゙ーわ゙ー」
始動と同時にさっそく遊びだしているアホ雛苺がいる。ガキが良くやる遊びのひとつだ。
それにつられるように真紅も遊んでいる。本当にガキだ。
しばらくは我慢していたが、もっとも涼しい特等席を独占してしまっている上に、
ウザイのだから当然僕と翠星石は納得がいかない。
もっとも涼しい陣地を取ろうと、沈黙の中で戦争が始まろうとしていた。
次の瞬間、僕の横から黒い何かが横切ったかと思うと、真紅の頭に当たりカコンととても
いい音がした。
黒いものとは・・・中華なべだ!翠星石が投げた中華なべが真紅の頭に直撃して
天使の歌声如く快音を響かせた。
真紅は、怒りこそ表情に出してないが、そうとう怒っている様子で、
体を思い切りよじり、しかえしのかみのけテールアタックを食らわせていた。あれは痛い!
鼻っ面を思いっきりひっぱたかれた翠星石も負けていない。次に飛ぶのは、どこから出したのか、まな板だ!
まったくをもって不可解だ。なんでこんな扇風機如きで命を張っているのか、
いや、そこで気づいたこれが、これこそが、真のアリスゲームなのだと・・・
勝者は真紅。だけど僕は彼女に重大発表を告げなくてはならない、この戦いの間に思い出した最重要要項。
「とても残念なお知らせがある、居間にクーラーあったのすっかり忘れてた」
その言葉に真紅の鉄拳が飛ぶ。膝蹴りが飛ぶ、いろんなものが飛んでくる。
「わかった、特等席譲るから、絶対に」

居間、クーラーの冷風がモロに降ってくる真下の特等席は真紅に。
そして、とうとうクーラーのスイッチをオン。さあ、めくるめく冷風の世界へ!
しかし、降ってきたのは、なんかよくわからんクーラー汁だ!それもおびただしい量!
ガハーっと降ってきた水は真紅の全身にかかり臭い匂いを撒き散らす。
「ジュン、ちょっとこっちにいらっしゃい」
怒りに震えた真紅の声に、僕は全身から汗が引いていくような気がした。
いや、実際に引いて行った。クーラーいらずだ、万歳。

(終わり)

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