アリスゲームの設定変更をしますか?
はい。
全ドールのジュンへの好感度MAX、及び感情パラメータを自己中心的に変更。
以上でよろしいですか?
はい。
では、アリスゲームを開始します。
「はぁ〜」
溜め息が自然と口からでる。
リビングはまさに戦場と化していた。
「ジュン助けてですぅ!」
「びええ〜ん!」
顔を真っ青にして飛び付いてくる翠星石と雛苺。
真紅はさっきから無言で立っている…いや、動けないでいる。
「一体どうしたんだよ?」
呆れ顔でたずねる僕。
「ヤツが出たですぅ!黒い悪魔が!」
「黒い悪魔?…嗚呼、ゴキブリか」
何だ、そんなものかと溜め息を再び吐き出す。
その時、今までマネキンと化していた真紅がビクリと動き、同時にゴキブリが部屋の中を舞う。
今まで何処に居たのか、蒼星石がそれを追うようにテーブルだった物から飛び出した。
蒼星石の斬撃をヒラリとかわすゴキ。
「ちっ!桜田家のゴキブリは化け物か!」
僕は体にへばり付いた三馬鹿を引きずりながら戸棚からソレを取り出すと、リビングを破壊した張本人もろともソレを吹きかけた。
嫌になるほど騒雑しく、しかし幸せな日々。
だが、今まさに日常は終ろうとしていた…
それは突然起きた。
その場にいたドール達は一斉に頭を抱える。
「どうしたんだ?」
ジュンは心配し尋ねるが、誰も返事を返さない。
真紅は無言でリビングを出ていき、少し遅れて翠星石が後をついて行く。
「何だ?あいつら…」
「ジューン?大好き!」
突然、しがみ付いてくる雛苺。
「いきなり何…」
「ジュンから離れろ、雛苺!」
ジュンが話し終る前に、殺気をだした蒼星石が怒鳴る。
「嫌だ!ジュンは雛のモノよ」
「もう一度言う。僕のジュンから離れろ!」
状況を理解出来きずジュンは立ち尽くしていた…
一方その頃、真紅はジュンの部屋で居た。
「来たわね。翠星石」
「さすが真紅。話がわかるですぅ」
真紅は突然、翠星石に突進した。
「な!?」
虚をつかれ、タックルをまともに喰らい吹き飛ぶ翠星石。
「ホーリエ!今よ!」
壁に激突した翠星石に、容赦なく追い討ちをかける真紅。
間一髪で地面から生えた木で防ぐと、鬼の形相で翠星石が吠える。
「この女狐が!突然何しやがるですぅ!前からお前さえ居なければ…ジュンは私の物だったのに…!死にやがれ真紅ですぅ!」
翠星石は絡まった木の槍を真紅に飛ばす。
華麗に避ける真紅をを後ろから衝撃が襲った。
ゴリッ!
嫌な音がリビングに響く。
ジュンは目の前の光景を理解出来ない。
ドサッ…
地面に落ちるソレ。
「雛苺…一回で僕の言う事を聞かないから、そうなるんだ。と、もう言っても無駄か…ハハハ」
首から上を失った雛苺の体は、まだジュンの体にしがみ付いている。
「邪魔だよ。クズ苺。ホラホラホラ!」
蒼星石は無理矢理ジュンから引き剥がすと、何度も雛苺だった物を鋏で貫いた。
「なっ!お前…何やってるんだ!?」
悲鳴のようなジュンの叫びに、蒼星石は満面の笑みを浮かべて応えた。
「ジュン…君は悲鳴まで綺麗だね。僕は君無しでは生きれなくなりそうだよ」
ジュンの体にしがみ付き、頬擦りする蒼星石。
「あ…う…」
ジュンは言葉を発せずにいると、突如口を塞がれた。
「……ん」
一方的にジュンの口を犯す蒼星石。
「……それじゃ、名残惜しいけど僕は行くよ。他のガラクタを壊したら戻ってくるね。…そしたら、この続きをしよう♪」
蒼星石が去った後も、ジュンは立ち尽す他なかった…
その様子を外から眺めていた黒い影。
「蒼星石ったらジュンの口を奪うだなんて…切り刻んで豚の餌にしてあげる所だけど、まず先に…フフフ」
ジュンは立ち尽くしていた。
背後からの攻撃をモロに喰らい、ゴムボールの様に吹き飛ぶ真紅。
「……スィドリーム、良くやったですぅ。無様ですね?真紅。不意打ちが手前だけのものと思わない事ですぅ」
止めを刺すため近付いて来る翠星石。
「くっ!ホーリエ!」
真紅が呼ぶと同時に、ホーリエは閃光を放った。
眩しさに顔を背けながら、翠星石は憶測で逃げようとする真紅に蹴りをいれた。
「う!」
確かな感触を感じ、何度も蹴りつける翠星石。
「ぎゃ!…うく」
真紅は痛みの余りのたうち回った。
「こざかしい野郎ですぅ!ヒヒヒ…いつもお高くとまった顔が歪むのは、なかなか喜劇ですぅ。もっと鳴けですぅ!メス豚が!」
もう事切れたのか、真紅はピクリとも動かない。
「マグロを蹴っても愉しくないです。……もう死ねですぅ」
そう言って、翠星石は真紅の頭を踏み潰そうとした。
メシャ…
景気の良い音が部屋にが響くが、しかし真紅の頭は潰れてはいない。
「あれ?足に力が入らないですぅ。音は聞こえるのに」
ゴリ、ツブブ…
翠星石が音の正体を理解したのは、自らの胸から鋏が生えきった後であった。
「な!?こここれは?蒼せ…ぃ…石の?オカシイですぅ。蒼星石の鋏が私から生えて?…あ…ぅ…」
「馬鹿な翠星石。…こんなのが僕の姉だなんて吐気がする!」
翠星石に刺さった鋏をそのままに、蒼星石は真紅の方に顔を向けた。
「ふうん?やるね真紅…さっきの閃光の中偽物を置いて逃げるなんて……」
さっきまで翠星石が蹴っていた真紅は、薔薇の花びらに形を変えていた。
蒼星石は桜田宅内の気配を探る。
どうやら真紅は今nのフィールドに逃げ込んだようだ。
「!!……馬鹿な?ジュンの気配が無い?」
蒼星石が大急ぎでリビングに戻ると、黒い羽根が落ちていた。
「ハハハハ!…水銀燈か。舐めた真似をしてくれるよね?……普通の壊れ方が出来ると思うなよ!」
蒼星石は鋏に刺さった翠星石を引き抜くと、顔面を殴りじめた。
顔の原型は無くなり、眼球が転がる。
『お前らのオッドアイのせいなのかな?何か僕は、二人合わせて一つってイメージがあるな…』
かつてジュンが、翠星石と蒼星石に言った言葉を思い出す。
「心外だよ?お前のせいでジュンは僕個人を見てくれない!……眼を返して貰うよ」
転がった赤い瞳の眼球を拾うと、蒼星石は自らの右眼を引きずりだした。
代わりに拾った眼球を入れると、一人蒼星石は笑みを浮かべた。
「これでジュンも僕だけを見てくれるよね?」
『可哀想なジュン。私が貴方を守ってあげる』
ジュンは水銀燈の後について、nのフィールドを走っていた。
『落ち着いて?私は貴方の味方よ。真紅や翠星石も上で殺しあってるし…』
ジュンは走りながら、先ほどの水銀燈の台詞を思い出していた。
『……逃げましょう?私は貴方を奴らから守るから…』
彼女の言葉は偽りでないと、ジュンは何故か感じたのだ。
いつも冷酷な瞳の水銀燈とは思えない程の真剣な眼差し。
「着いたわ。ここが私のフィールドよ。ここなら守りは万全」
「ありがとう。でも何故?……わからない事だらけだ」
頭を抱えたジュンを水銀燈は抱き締めた。
「あくまで想像だけど、全てのドールが貴方に好意をもった。それも狂気とも言える程に…」
「じゃあ君も?」
そうかもしれないと、水銀燈は頷いた。
「でも私のフィールドを良く見て?ジュンを好きになれたら、陽が差したのよ?今まで暗闇だった私の心に暖かみを与えてくれた」
暖かい笑みを浮かべる水銀燈に、ジュンは答えた。
「信じて良いの?」
ニコリと満面の笑みで水銀燈は応えた。
nのフィールドの何処かに、真紅は息を潜めていた。
「残り全てのドールが、フィールドに集まったようね」
----
「今はまだ時ではないわね。もう少し隠れていた方が良いわ」
真紅は、さっきから必死に真紅を治療しているホーリエに話しかけた。
先の戦闘で深手を負った真紅は、蒼星石から身を隠すほかなかった。
「でもこれは好機だわ。水銀燈がジュンを連れて逃げてくれたおかげで、全てのドールの意識がそっちに向いている。上手くいけば勝手に潰し合ってくれるわ」
真紅は独りほくそえんだ。
「水銀燈!ジュンを返しに貰いにきたよ?」
蒼星石の声が水銀燈のフィールドにこだまする。
その声を聞いて怯えるジュンを、水銀燈は優しく抱きしめた。
「大丈夫よ。あいつは私が何とかするから、落ち着いて?」
ジュンは静かに頷いた。
しかし、水銀燈が行こうとするとその手を掴んで言った。
「必ず帰ってくるよね?」
笑みを浮かべ頷くと、水銀燈は蒼星石の元へ飛びだした。
「やっとお出ましかい?女狐さん」
挑発的な層星石の台詞に、同じく挑発的に返す水銀燈。
「あぁら?片割れを失った出来損ないが何を偉そうに……すぐに翠星石の元に送ってあげるわぁ」
「くっ!あいつは関係ない!!」
翠星石の話を出され癇に障ったのか、蒼星石は目にも留まらぬ速さで駆け出した。
迫りくる蒼星石を前にあくまで冷静な水銀燈。
「はあぁぁっ!!」
蒼星石が繰り出す斬撃を軽くかわすと、余裕のある声で言った。
「怒りに身を任すと、墓穴を掘ることになるわよぉ?お馬鹿さん」
「怒りに身を任すと、墓穴を掘ることになるわよぉ?お馬鹿さん」
そして水銀燈がパチン!と指を鳴らすと、いつの間に近づいたのか僕の人形たちが蒼星石を取り囲んだ。
「馬鹿な!?いつの間に?」
「本当にお馬鹿さんね。貴方が自分から近づいたのよ?私はなんにもしてないわぁ〜」
蒼星石は舌打ちをすると、周りの人形たちを斬り払おうとした。
が、それよりも早く人形たちは蒼星石に絡みついた。
「そのまま死になさい」
冷酷に言い放つと、水銀燈はまた指を鳴らした。
とたん、蒼星石に絡まっていた人形たちは一斉に爆破した。
「ぐわあ!!」
人形の部品がそこら中に飛び散る中、水銀燈は微笑んだ。
「あっけないわね。所詮はセットの片割れね。………はっ!?」
爆破で立ち上がる炎の中から、突然巨大な鋏が飛んできた。
それをギリギリでかわす水銀燈。
「馬鹿な!?あの状況でどうやって?」
完全にはかわしきれなかったのか、痛む右腕を押さえながら水銀燈は炎の中を見つめる。
「あれを避けるとは、流石は水銀燈。出来の悪い僕の姉とは違うね」
炎の中から姿を現す蒼星石。
その手には如雨露が握られている。
「さっきのは流石の僕でも死ぬかと思ったよ?ベリーベルが身代わりになってくれたかろ良かったものの、もし死んでいたらどうやって責任を取ってくれるつもりだったんだいぃぃ!?」
蒼星石は絶叫すると如雨露を振り回し、その水がかかった地面から触手の様な木が一斉に生え出した。
水銀燈は自身を貫こうと伸び進む木を、何とかかわすとあたりを見回した。
蒼星石が見当たらないのだ。
「甘いね!死ね!!」
避けた木の裏側から飛び出す蒼星石。
水銀燈に向けて伸びる木にのっていたようだ。
完全に虚を突かれた水銀燈は、それを避けることが出来ない。
「しまった!!」
今まさに鋏が水銀燈の首に触れようとしたとき、突如二人を他方向からの攻撃が襲った。
「なにいぃ!?」
「え!?」
二人は強烈な衝撃に吹き飛ばされた。
水銀燈は吹き飛ぶさなか、攻撃が放たれた方向に白いドールが立っているのを見逃さなかった。
「あれは!?薔薇水晶?」
考える間もなく、吹き飛ばされ建物にぶつかった衝撃で水銀燈の意識は堕ちた。
----
ジュンは水銀燈に言われた通り、建物の一角に身を潜めていた。
水銀燈と蒼星石が戦っているのか、さっきから轟音が鳴り響いている。
「水銀燈……大丈夫だろうか……」
水銀燈の身を案じるジュンだが、反面そんな自分がおかしくも思えた。
彼女はほんの昨日まで敵だったドールなのに、何故ここまで信頼できるのか……
リビングで彼に話しかけてきた水銀燈は、明らかに今までとは雰囲気が違った。
まるで聖母の様な……彼女のジュンを気遣う言葉は無上の安心を彼に与えてくれた。
「どうしたんだろう、僕?……わからない、わからないよ」
これ以上考えても無意味だと思ったそのとき、ジュンは周りの異変に気がついた。
「??……音がやんだ?終わったのか?」
外を覗こうと窓の一つに近づくと、突然その窓から一人の少女が顔をのぞかせた。
「うわぁ!?」
突然のことにビックリし、尻餅をつくジュン。
その白い少女は窓を静かに開け部屋に入ると、ゆっくりとした足取りでジュンに近づいてきた。
左目に眼帯をしている彼女は、右目だけでジュンを見下ろした。
「貴方が……ジュン?」
ジュンは彼女の眼に魅入られて、答えることが出来ない。
まるで底の無い闇の様な、無限に続く虚無の様な、見る者を引きずり込む何かがそこにはあった。
「あ……あう?」
自分が震えているのに気がついたジュンは、そこで初めてこの少女に自身が恐怖しているのだと気がついた。
「間違いない……いや、間違えるはずが無い。貴方がジュンね……」
一瞬、彼女の眼に温もりが宿ったのをジュンは見逃さなかった。
「来て……私と一緒に……」
唖然とするジュンを、見かけによらぬ力で立ち上がらせると無理に連れて行こうとする少女。
「待って!僕はここで水銀燈を待たなくちゃいけないんだ。約束したんだ!」
ジュンは当然抗うが、そんな彼に少女は音も無く近づくと、
「ごめんなさい。……今は時間が無いの」
と、言いながら首筋に軽く手刀をみまった。
気を失ったジュンをお姫様抱っこすると、少女は窓から外へ跳躍した。
----
「……ん。………ここは?」
ジュンは白い少女に揺さぶられて目を覚ました。
「おまえは……。はっ!?ここはどこだ?」
突然立ち上がるとジュンは周りを見回した。
そこはどこまでも白い世界。
果てしなく続く白に、ジュンはさっきの少女の眼を思い出した。
「おまえ!ここはどこだよ!?元の場所に戻せ!水銀燈を待たないと……」
「薔薇水晶」
ジュンが話し終わる前に、少女は静かにでも良く響く声でそう言った。
唖然とするジュンに彼女は続けた。
「……おまえじゃない。私の名前は薔薇水晶」
それだけ言うと、薔薇水晶はジュンの手を掴み歩き出した。
「お、おい!どこに行くんだよ?」
歩みのペースを落とさず、前を向いたままで彼女は言った。
「ジュンに見せたいものがあるの……」
「見せたいもの?……そんなこと言ったって、ここには何も」
怪訝そうなジュンに薔薇水晶は答えず、黙々と歩き続ける。
「着いた……」
どれほど歩いただろうか、彼女は突然立ち止まった。
「これは……花?」
そこでジュンが見たのは、際限ない白の世界に咲く一輪の花だった。
「何て名前なのかはわからないけど、綺麗な花だな……」
薔薇水晶はジュンを真っ向から見つめながら、
「ここは私のフィールド。何も無いはずの世界。でもジュンのことがいきなり頭に流れてきて……」
と、そこまで言うと彼女は花に視線を落としながら続けた。
「それからこの子が出来たの。何故だかわからないけど、この子を見てるとジュンに会いたくなった。ジュンにもこの子を見て欲しくなったの」
ジュンは花を見つめる薔薇水晶の表情が、自然に綻んでいるのに驚いた。
(こいつ、こんな表情もできるのか……)
ジュンが薔薇水晶を見ながらそんなことを考えていると、突然視線をジュンに戻した彼女と目が合う。
とっさに目をそらすジュンを不思議に思っていると、薔薇水晶はフィールドに侵入者が入った事に気がついた。
「これは……ドール」
薔薇水晶は侵入者のいる方向へ駆け出した。
「おい!?いきなりどこに行くんだよ!?」
「ジュンはここに居て」
そう言い残すと、薔薇水晶は瞬く間にジュンの視界から消えた。
「はあ〜。守られてばかりだな、僕は」
ジュンは、さっきから置いてけぼりを食らうこの状況の多さに、頭を悩ます気力も尽きはじめていた。
「薔薇水晶か……」
悪いやつかそうで無いかはまだかっきりとわからないが、水銀燈の様に気を許せる相手では無いとジュンは思った。
もし無理にでも薔薇水晶から逃げようとすれば、きっと蒼星石の様な狂気性をみせる気がしたのだ。
水銀燈もそうで無いとは言い切れないのだが…… 「水銀燈……。大丈夫かな?」
気がつけば彼女のことを考えている自分に、ジュンは驚いた。
「僕は……水銀灯の事が…………はっ?。もしかしたら今薔薇水晶が戦っているのは?」
「呼ばれて飛び出て、金糸雀のお出ましなのかしら!?」
誰に向かって疑問を振ったのか良くわからないが、意気揚々と薔薇水晶の前に立ちはだかる金糸雀。
「容赦はしないわ」
静かに、でもありたっけの殺意を込めて薔薇水晶が言った。
「脅したって無駄なのかしら。ジュンを渡しにもらいにきたのよ!」
金糸雀も負けじと大声を張り上げる。
「ジュンは…………渡さないっ!」
薔薇水晶が地面に右手を着ける様にしゃがみ込むと、掌に触れた部分から無数の棘が現れた。
棘は金糸雀を囲う様に展開されていき、あっという間に四方を囲んでしまった。
「ピ、ピンチなのかしらー?」
薔薇水晶は地面から掌を放すと、その手を握り締めた。
すると一斉に金糸雀を取り囲んでいた棘が、彼女目掛けて収束し始めた。
「全方位からの攻撃。逃げ場は無いわ」
勝ちを確信した今でも、無表情な薔薇水晶。
一方、金糸雀は窮地に立たされているにもかかわらず、余裕の表情をしていた。
「ピチカート!!」
彼女は自らの人工精霊に呼びかけると、おもむろに手にした日傘を上に向けた。
そのとたんピチカートが閃光を放つ。
「……無駄よ」
身動きもせず目をつぶる薔薇水晶。
しかし全てが終わっていると確信し目を開けた彼女の瞳には、信じられない光景が写った。
なんと、金糸雀が忽然と姿を消していたのだ。
「いったいどこに?」
焦る薔薇水晶の横からピチカートが体当たりをしてきた。
何とかかわす彼女に、頭上から声がかけられる。
「隙だらけよ!これで終わりなのかしら!」
金糸雀はさっきの閃光の際、頭上に跳躍し日傘を広げ滞空していたのだ。
日傘から手を離し上空から薔薇水晶目掛けて落下してくる金糸雀。
ピチカートの攻撃を無理な体勢で避けたため急にその攻撃に反応できず、彼女は避けるのをあきらめた。
金糸雀が、強力な跳び(落下)蹴りを薔薇水晶に叩き込む。
「うぐ!」
薔薇水晶は何とか掌から出した棘で防御したものの、完全には防ぎきれなかった。
「この機を逃す金糸雀ではなくてよ?こんどこそ終わりなのかしら!」
日傘を片手に走り出す金糸雀。
薔薇水晶は棘でその行くてを妨害するが、金糸雀は傘を突き出すとそれを開く衝撃で棘を吹き飛ばした。
どうやらただの日傘では無いらしい。
そして金糸雀は薔薇水晶の元まで来ると、勢いを殺さずそのまま傘で薔薇水晶を貫いた。
「チェックメイトなのかしら!これでジュンは策士な金糸雀が頂き!」
喜び勇む金糸雀だが、そんな彼女に有り得ない方向から有り得ない声が聞こえた。
「チェックメイト」
背後からの薔薇水晶の声に驚き金糸雀は振り向こうとするが、彼女が再び薔薇水晶を見ることは二度と無かった。
金糸雀を背中から貫いている薔薇水晶の右腕。
さらに彼女は金糸雀の内部も、突き刺した右腕から棘を出すことにより完全に破壊したのだ。
金糸雀は、苦しまず一瞬で事切れただろう。
「貴方が私だと思って突き刺したのは、水晶と光を利用して作った私の写し身よ」
今頃言っても届きはしないが、策士と名乗っていた金糸雀には必要な言葉だろう、と薔薇水晶なりの彼女への敬意だった。
「はぁはぁ……終わったのか……」
ジュンがそこに現れ、横たわる金糸雀を見て言った。
静かにうなずく薔薇水晶。
「痛みは無かったはず。一瞬だったから……」
「そうか……」
ジュンは、ただ頷いた。
「戦いは避けられないのか?どちらかが死ななければいけないのか?」
ジュンはもう動くことは無い金糸雀を見て言った。
薔薇水晶は相変わらず無表情に、たんたんと話す。
「それがアリスゲームだもの。ジュンの事が無くても、いずれは最後の一体になるまで戦う。それが私たち薔薇乙女の宿命。遅いか早いか……それだけの違い」
「そうだよな……。このごろ平和すぎて、お前たち呪い人形の設定を忘れてたよ……」
力なくジュンは言う。
自分一人ではどうしようもない現実にぶつかり、己の無力さに行き場の無い怒りがわく。
そのとき、突然ジュンの後ろから聞き覚えのある声が響いた。
「みんな、こんにちは。ジュン元気だった?やあ、そこのドール。さっきはキツイ一発をありがとう」
ジュンと薔薇水晶が振り向くと、そこには蒼星石がたっていた。
「さっきのお礼にと、ちょっとした手土産を持ってきたんだ」
そう言って彼女が差し出したのは、何とさっきの花だった。
「……え?うそ……」
青ざめる薔薇水晶を見ると、蒼星石は笑いながら花を放り投げた。
花に駆け寄ろうとする薔薇水晶に蒼星石は、
「ははははは。そんなに大事なものだったの?僕も待ってきた甲斐があるというものだよ。でもね、さっきの不意打ちの分には、まだまだ足りなんだよおぉ!!」
と、言いながら鋏を投げた。
ザグッ!!
鋏は薔薇水晶の両足を切り裂いた。
膝から下を失っても、薔薇水晶は這いずって花のところへ行こうとする。
そこにゆっくりと近づく蒼星石。
「ははは。滑稽だよね?ゴミが調子に乗るからそうなる」
花のすぐそばまで来た薔薇水晶は、右腕を伸ばす。
「……だめだ」
ジュンはこの後どうなるかわかってしまい、うつむいてしまう。
グサ!
伸ばした腕を鋏で斬り落とされる薔薇水晶。
「……あ?これじゃあ届かない」
そう言うと、彼女は左腕を伸ばそうとする。
「くっそ!」
恐怖で体が動かないジュンは、黙って惨劇を見ているしかなかった。
「頭が壊れたのかな?もともと悪いのかな?どっちかは知らないけど、惨め過ぎて笑えるよ」
蒼星石は、薔薇水晶の左腕に鋏を振り下ろそうとする。
(動けっ!)
そう自分の体に怒鳴りつけると、ジュンは蒼星石目掛けて体当たりをした。
「な?ジュン!?」
蒼星石は転んで尻餅をつき、信じられないといった顔をジュンに向けた。
ジュンはそっちを見ずに、花を拾うと薔薇水晶の左手に握らせてやった。
「ごめん。もっと早くに助けれたはずなのに……」
「ジュン……ありがとう」
花を握り締めると、彼女はジュンの方を向いて言った。
「私……貴方と……」
何とか声を絞り出す薔薇水晶。
「貴方と……もっと…」
「死ねえぇ!!」
突然、蒼星石が薔薇水晶の胸に鋏を突き刺す。
薔薇水晶は最期の言葉を言い終わることなく、死んでしまった。
「な、何て事を!おまえぇ!!」
ジュンは怒鳴るが、蒼星石は彼を悲しそうな顔で見つめ返した。
「そうか……。可哀想にジュン。こいつや水銀燈に洗脳されて、何が正しいかもわからなくなったんだね?」
「は?」
ジュンは、目の前の人形に心の底から恐怖した。
「大丈夫だよ。僕が直してあげるよ。記憶なんて、この鋏で切り取れるからさ」
ここに居てはまずいと感じたジュンは、蒼星石に背を向けて走り出そうとした。
だが足に蹴りを入れられ、薔薇水晶の横に派手に転ぶジュン。
「逃げちゃ駄目じゃないか。優しくするから、ね?」
不気味なほどの笑顔で、近づいてくる蒼星石。
「もう駄目なのか?」
はんば諦めかけたジュンの腕を、事切れていたはずの薔薇水晶が突然動き出し握り締めた。
「え?」
うっすらとジュンの体が消えだす。
薔薇水晶は最期の力を使って、ジュンを逃がそうとしているのだ。
「ジュン……。私、貴方ともっと話がしたかった……。もっと傍にいたかった……。自分が変われる未来を見たかった」
彼女はジュンの腕を力一杯握り締める。
「未来は夢になったけど……ジュン、綺麗な夢をありがとう」
ジュンは、命一杯の感謝を込めて、精一杯の笑顔で言った。
「ありがとう、薔薇水晶!」
そしてジュンは、その場から消えた。
「おまえ、何をしたぁ!ジュンを何処に飛ばしたんだぁ!?」
ヒステリックに叫ぶ蒼星石に、薔薇水晶は極上の笑顔で応えた。
「死んでも、教えない」
怒りで顔が歪む蒼星石。
「なら!死ねぇ!!」
優しい光を灯した薔薇水晶の瞳に、今まさに自身へ振り下ろされようとする鋏が映る。
だが彼女の瞳が見ているのは、鋏などではなくジュンの笑顔だった。
最期のその時まで……
----
ジュンはさっきから泣いていた。
『自分が変われる未来を見たかった』
彼女のその言葉が胸に刺さる。
「結局僕は何も出来なかった。守られてばかりで、僕は最悪だ」
どうしようもない現実と、自分の非力さに嫌気がさす。
それでも、彼は立ち上がり駆け出した。
「ぐすっ……こんな所に、いつまでも居ちゃいけないな。これで約束も守れないようじゃ、さらに最悪だ」
約束を交わした水銀燈の元へ、ジュンは走る。
水銀燈が気がついた時には、彼女のフィールドには誰も居なかった。
水銀燈が、ジュンを探しnのフィールドを彷徨ってどれだけの時間が過ぎただろうか。
薔薇水晶に吹き飛ばされた衝撃は、建物を二、三貫通するほどのものだった。
軽い傷は、彼女の人工精霊メイメイが治療したが、片翼に負った傷はいまだ完治出来ずにいた。
「くっ!……少し休んだ方が良いわね」
いま彼女がいる場所は、迷路のように入り組んだトンネルが続くフィールドだった。
よほど疲れていたのだろう。 そのまま眠ってしまった
一人の人形師が、おそらく彼の工房であろう部屋の中をせわしなく歩いている。
部屋には多くの人形があった。
その中に真紅たちも混じっている。
「もうすぐ完成だ。私のアリス」 そう言って、作りかけの人形に笑いかける男。
「六体作っても駄目だったが、お前は間違いなく完成品だ。アリス」
作りかけの人形は、まだ自分で話すことは出来ないが、人形師が自分の作り手であり父親だと理解していた。
そして自分は、望まれて完成を迎えようとしていると言うことも理解し、それを誇りに思っていた。
だがもう完成するという時に、男は姿を消してしまった。
「違う。このままのお前はアリスではない。私の心を照らす灯火にはならない……」
(お父様?何を言っているの?私は完璧よ?)
「そう、このままでは……濁った光しか照らさない、水銀燈のような……」
(行かないで、お父様!私はまだ完成ししてないわ!)
「お前はアリスではない。水銀燈だ。私は去ろう。時が来るまで……アリスが羽化するその時まで……」
(いやああぁぁ!!お父様!私を置いていかないで!独りにしないで!私は、私はジャンじゃない!!)
「大丈夫か!水銀燈!!」
「え?」
ジュンに揺さぶられ、目を覚ます水銀燈。
「ジュン?ジュンなの?」
「大丈夫か?だいぶうなされてたけど……」
心配そうに水銀燈の顔を覗きこむジュンに、彼女は抱きついた。
「ジュン、ジュン!」
水銀燈に突然抱きつかれ動揺を隠せないジュンだが、彼女が泣いていると気がつくと、優しく抱きかえした。
「大丈夫。もう、独りじゃないから」
水銀燈は泣きべそをかきながら、ジュンを上目遣いで見た。
「もう、私を置いていかない?」
どうやら、夢と現実がまだはっきりしていないのか、ジュンは水銀燈を少し幼く感じた。
「ああ、もう君の傍から離れないから……。約束するよ」
命一杯優しく、ジュンは言った。
しばらくして、水銀燈も落ち着いてくると、さっきの事が原因で気まずい雰囲気になっていた。
(でもこの雰囲気、心地が良いな……)
そんなことをジュンが考えていると、水銀燈が静かに口をひらいた。
「ジュン、私ね……ジャンクなの」
「え?……ジャンク?」
ジュンは彼女の言葉の意味がわからない。
「そう、ジャンク。私たち薔薇人形が一人の人形師から作られたのを知ってるわよね?」
ジュンは静かに頷いた。
「私たちを作った人形師ローゼン、いやお父様は……私を作ってる最中に姿をけしたの。だからは私は未完成のドール。……ジャンクなの」
「な!?」 ジュンは驚きを隠せない。
「私が目覚めた後、お父様の使いラプラスの魔が、アリスゲームについての説明をしたわ。その後、私たち七体のドールは
各々目覚めては眠り、眠っては次の持ち主の所へと各地を転々としてきたの。ゲームの開始の合図は、七体が再び一つの地に集まり、同時に目覚めた時……」
「つまり、それが今というわけか……でも何でみんな、僕のことが?」
ジュンは問いかけるが、水銀燈もわからないと首を横に振った。
「つまり私はジャンク。壊れてるの。こんな私でもジュンは受け入れてくれる?」