汚い樹を燃やすことに成功した僕こと桜田ジュンであるが、まさか炎が巨大な樹にまで燃え移るとは思いもしませんでした。正直すまんかった。
もはやこのレベルの火事ではムシャクシャしてやった、では通用しないだろう。それほどにまで火の勢いは凄まじかった。
「うわぁ!! マズイ、こいつはマズイぞ!」
 このでっかい樹はきっと自然文化遺産のようなトンデモない代物に違いない。
こんなものを燃やしてしまったら一生クサイ飯を食い続けるか、365日延々と公安の厳ついオッサンどもに監視されるに違いない。
こうなってしまったのは全てこの真紅とかいう禍々しい樹のせいだ。
燃え尽きる前に火を散らばせるなんて、この真紅という樹はやたらと死に汚い。
「こうなったらもうヤケクソだぁ!! もっと燃えやがれ! 僕の熱いハートで全てを焼き尽くしてやるッ!」
 僕は半狂乱で笑いながらそこら中にある無傷の樹に火を点けていく。
どうせ僕は少年法で守られてるんだ!社会は僕の味方さ!未成年万歳!
大体こんなところに生えているから燃え移ってしまったんだ。僕のせいじゃない。こんなところに生えたこの馬鹿デカイ樹が悪い!
僕はナイスな責任転換でブルーな気分を振り払うと、放火のギネスブックを塗り替える早さで次々と火を広めていく。

僕がひと段落して額の汗を拭う頃には、背景は真っ赤に染まり、紅蓮の炎が周囲を高熱と熱風で包み込んでいた。
その熱さに常夏のサマーバケーションを思い浮かべる反面、何かが頭の中でひっかかる。
「あっ……そういや僕はどうやってここから出るんだ?」
 思考。次いで青ざめる僕の顔。
なんてこった!?僕自ら、自分の退路を無くしてしまうとは……!
策士、策に溺れるとはまさにこの事かしら!
「む、無念……」
 こうして僕は炎の熱と煙に巻かれ、意識は真っ暗な闇に沈んでいった。

「ブハァ!」
「に、人間っ!? い、生きてたの!?」
 僕は鼻と口から大量の羽根を吹き出した。何故だかは知らないが、どうやら再び現世へと舞い戻ってくることができたようだ。
「はぁ…はぁ…死ぬかと思った……」
「ほんとぉ……ほんと心配したんだからぁ……!」
 生還したばかりで満身創痍の僕に追い討ちをかけるよう、メチル水銀が泣き喚きながら翼で殴りつけてきた。
その翼は僕のアブトロニックで鍛え上げた腹部にものの見事に食い込んだ。
「ふぐぅ!?」
 くそっ……二、三本持ってかれた……!
だが女性の悲しみの一つや二つ、受け止めてやらなくてなにがマエストロだ!
僕は恐ろしいぐらいにガクガクと震える両足に力を込め、倒れまいとしっかりと地を踏み続ける。へっ……女泣かせな罪な男だぜ、僕は。
そう頭の中で呟きながら、僕は全身を走る痛みに半泣きで鼻水たらしながらも我慢する。

「し、心配させてごめん……」
「ほんとよぉ!! でも……無事でよかったぁ……」
 メチル水銀は僕と同じように涙で歪んだ顔で怒鳴った後、また顔を伏せ嗚咽していた。
普段の姿からは想像できないほどの彼女の、少女としての一面を見た僕の表情は綻ぶ。
そして僕は肩を震わせる彼女の頭を優しく撫でる。
「泣くなよ……」
「だってぇ、だってぇ……!」
「泣きたいのは僕の方さ……だって――」
 自分の家が燃えてるんですから。
火の粉が飛び散り天井の一部が僕のすぐ傍に落下してきた。
轟々と燃え盛る灼熱の炎。衰えることのない火は、僕が長年住み続けた家を思い出ごと黒い墨に変えていく。
そうか……自宅を燃やされるという気持ちはこんな虚しいことだったのか……
やられてから初めて相手の気持ちが分かるとはよく言ったものだ。
ごめんね、梅岡先生……あの時、先生の家を燃やしてしまって……
いや、やっぱり今のナシ。ざまぁみやがれ梅岡!
「……ん?」
 ふと、僕は気配を感じ瞳を横に動かした。
赤い火をあげる壁の向こう、灰色の煙にうっすらと映し出される影。
「え?」
 信じられない場面。
誰かが夢だと一言でも僕に教えてくれたら、僕は安心して頬をつねり目を覚ますだろう。
それほどにまで、眼前に広がっていたのは出来の悪い悪夢だった。
そうさ、誰が信じられるか。
――片腕をもぎ取られ、床に身動き一つせずに横たわる女王様の姿なんて。

「おやおや、ようやくお目覚めですか、坊ちゃん?」
 聞く度に虫唾が走るあの声を、僕の耳が拾う。
ステッキをつきながら綽々とした態度で現れた二足歩行のウサギ。
奴は言葉を発することができずに立ちつくす僕に会釈すると、足元の女王様をつま先で軽く蹴りその赤い目を細める。
「あまりに起きるのが遅いので、退屈しのぎにこのドールと戯れていたのですが……なんとまぁ」
 奴は女王様の体を踏みつけた。
「脆い」
 その一言に、充分に激昂していた僕の中でついに何かがブチ切れた。
血が出るほどに強く握り締めたこの拳を、奴の顔面にお見舞いする以外に僕の荒れた心を平静に戻すことなどできないだろう。
「……おい、ウサギ。 その汚ねぇ足を今すぐ退けろ……!」
「嫌ですぞ、と言ったら?」
 僕は緩慢な動きで指輪をウサギに向ける。
「縛る。 泣いても喚いても喘いでも縛り続けてやるッ!」
「ククク……トゥリビァル! その前に私のステッキで貴方の菊門を拡張してやりますぞ!」
 僕とウサギの間を塞ぐように、さらに火が勢いを増した。
「ダメよぉ、人間! 貴方じゃ、あのウサギには勝てない……! だから、私が……!」
力ない翼を持ち上げたメチル水銀を片腕で制止させる。
「僕は負けない。 負ける気なんて毛頭もない。 メガネが吹き飛ばされようが、エロ画像が消去されようが、何をされようとも僕はここに踏みとどまってやる。」
「……ジュン」
「メチル水銀。 女王様を、皆を頼む。 僕は―――」
最早、熱など感じないほどに僕の感覚はただ一点に集中されている。
「――奴を倒す」
そう、ウサギを倒すということだけに。
「負けたら、許さないわよぉ」
「ああ、任せとけ」
 僕は横顔で笑ってメチル水銀に応えてみせた。彼女も精一杯の微笑みで返す。
今、限界まで研ぎ澄まされている僕の感覚は、例えるならば一本のナイフだ。
そして僕はその刃先を目の前の敵へと向ける。
鋭く尖った僕の戦意は衰えることなく、折れることもない。
天井が赤を纏い崩れ去る。動じずに僕は真っ直ぐにウサギを見据えた。
「行くぞ、ウサギ―――縛られる覚悟は充分か?」

気づけば僕は駆け出していた。
燃え盛る火を飛び越え、倒すべき敵であるウサギの元へと全速力で走る。
「うおぉぉぉぉぉぉ!!」
右拳をギュっと握り締め、奴の顔目掛けて突き出した。
が、やはり届く寸前でオレンジ色の壁に阻まれれしまう。
性少女性癖。真なる淑女だけが使える聖なる領域。
これを破らなければ僕に勝機はない。
「無駄、無意味、無謀ですぞ! 坊ちゃんごときに破れる聖少女領域ではありません!」 
 耳障りな高笑いが響く。
僕は歯をかみ締めてさらに腕に力を込めた。
骨の軋む音が右腕を中心に全身に伝わっていった。
最初は振動、遅れて襲い繰るのは反動よる想像を絶する痛み。
「うあああぁぁあああぁぁああ!!」
 体中から悲鳴があがる。
それでも僕は一歩も退かなかった。
背負った多くのモノのためにも、退くわけにはいかないのだ。
脳裏に浮かぶのは傷いついた皆の姿。
「破れろ、破れろ、破れろ、破れろよ! 今破らなきゃ、何にもならないんだよ! みんなジャンクにされるんだよ!」
 喉から迸る絶叫は、無常にも火の渦の中に飲み込まれて消えていく。
「もう、そんなの嫌なんだよ! だから……だから破れてよ! お願いだから破れてよッ!!」

瞬間、心の水が波紋を打つ。
ウサギの性処女性癖を殴りつけた拳から、視界が真っ白になるほどの輝かしい光が放たれた。
「なっ!? こ、これは聖少女領域!?」
 先ほどの高笑いとは真逆に、今度は奴の口から零れたのは驚愕の二文字であった。
辺りを覆う眩い光は、ウサギのオレンジ色の壁に溶け込むように侵食する。
何が何だか理解できない僕は、その様をただ呆然と見続けることしできないでいた。
「ぶ、ぶっちゃけありえませんぞ!? 坊ちゃんの領域が私の領域を中和しているなど……そ、そんなことは断じて……」
 パリン。
あれほど強固な防壁は、いとも簡単に砕け散った。
そして阻まれていた右拳はようやく障害を取り除かれ、叩きつけるべき目標へと突き出される。
右拳が捉えた目標。それは、柔らかいウサギの顔面。
「ドリブァルぅぅぅ!?」
 哀れにも、モロに食らったウサギの口からは赤い鮮血が飛び散り、奴の顔を真っ赤に染め上げた。
綺麗な弧を描きながら後方に飛んでいくウサギの体は、今度は床に頭から突っ込み、それでも勢いが止まらず二、三回転してからようやく止まった。
間髪いれずに走り出した僕は、左拳を高く掲げた。

理由は分からない。だが、あの絶対防御がない今こそがチャンスなのだ。
仰向けに寝そべるウサギの顔面へ、力を込めて振り下ろす。
「これは柏葉の分!」
「トリヴィアルルルルル!?」
 ウサギは鼻血を噴出しながらも立ち上がろうと慌てて上体を起こした。
それを見て、僕はすかさず顔面を足で蹴り倒す。そして奴の無防備な腹部に僕の拳が突き刺さった。
「これはメチル水銀の分!」
「トぅリブァルァァル!?」
 吐血しつつも、このままではマズイとその小さい脳で判断したのか、ウサギは背中を向けて走り出す。
急いで僕から離れようとする奴だが、蓄積したダメージのせいかその足取りは安定していない。
「逃がすか!!」
僕は逃げる奴の背中に、指輪を向けた。飛び出した縄は目にも留まらぬ早さでウサギを追いつき、あっという間に縛り上げる。もちろん亀甲縛りだ。
「フオオォォォォォォ!!?」
 指輪に力を送り続け、完全にウサギの動きを封じた僕は床に落ちていた木刀を拾い上げた。
そしてそれを勢い良く奴目掛けて投擲した。真っ直ぐに飛来する木刀は風切り音をたて、突き出されたウサギのケツに物の見事に突き刺さった。
「私の貞操がトゥリビァル!!?」
「それは女王様の分だ!」
 あと一人、赤いのがいたような気がしたが、まぁアイツはどうでもいい。
「私、汚されちゃった……汚されちゃいましたぞ……」と泣きながらブツブツ呟くウサギに、僕は一歩一歩を踏みしめてゆっくりと近づいていく。

「そしてこれは……僕と女王様達の――」
「お、お、お、お止めなさい、坊ちゃん!! わ、私が悪か……」
 ウサギの言葉に耳を傾ける僕ではない。全身の力を手に込めて右拳を振り上げる。
「絆の力だぁぁあああああぁぁぁぁ!!!」
全てに終止符を打つ強力な一撃は、ウサギを遥か後方に弾き飛ばした。
火のせいで脆くなった壁をぶち破り、赤い血を撒き散らしながら奴は庭へと転げ出る。
茂みに突っ込み、ようやく止まったウサギは最早、木刀が突き刺さったケツしか見えなかった。
こうして、アリスゲームにおいて猛威を奮い続けたケモノはその無駄に長い生涯を終えた。
「はぁ……はぁ……」
 僕は勝った。
だが、勝利の代償はあまりに大きすぎた。
「うっ……」
 一気に押し寄せた疲労に、耐え切れずに膝をつく。
火も完全に家中に燃え移り、最早逃げ場さえ見当たらない。
どのみち、逃げようにも体が言う事をきかないのだが。
僕は操り手のいなくなった人形のように、床に倒れこんだ。
辺りにたち込める灰色の煙のせいで、ろくに呼吸をすることのできない僕に、追い討ちをかけるように炎がさらに勢いを増した。
幸い、大きく開いた天井からは青い空が顔を覗かせている。こんな真っ赤な炎の中で死ぬのはまっぴらゴメンだが、こうして晴々とした空を見れて死ねぬのなら、幾分この世への未練も和らいだ。

思い残すことは只ひとつ、女王様達の安否だけ。
メチル水銀に任せたから大丈夫だとは思うが、それでも僕の心中は晴れなかった。
「最後に……もう一度、女王様に……」
 叶わぬ願いだとは分かっている。
だげど、せめて一言だけ伝えたかった。
閉じた瞼に映るのは楽しい思い出ばかりでもないが、それでも幸せだった日々。
赤いのが押しかけてきたのは突然だった。
最初にM属性に目覚めたのはメチル水銀の羽根の洗礼だった。
捕まったくせに、キムを連れて姉が脱獄してきた時には舌打ちをした。
臭い緑がゴミ穴から這い上がってきたのには驚かされた。
梅岡がくたばった日には狂喜した。
女王様に初めて踏まれた時は――
「ははっ……色んなことがたくさんありすぎて…思い出しきれないや……」
 目から温かい何かが溢れかえる。
泣いてなんかいない。目にゴミが入っただけだ。
「……ありがとう」
 精一杯の感謝の気持ちを、僕は皆に返す。
『………』
僕の瞳が最後に見たのは、青空を背に白い影が優雅に佇む光景だった。
影は優しく微笑み、僕の頬を撫でる。
赤い業火が視界を包み込んだ時には、僕の意識は闇の奥底に沈んでいた。
そして、そこで意識は完全に途切れた。

一週間後…

「グッドモーニング、ジュン殿! 今朝も心地よい朝ですぞ!」
 目覚めてリビングへと来た僕を迎えるメイド服のウサギ。
クソッ垂れ!朝から清々しい気分が台無しだ!お前は快感かもしれないが僕は見たくもないものを見せられて不快指数100%だ、このげっ歯類!
あの後、残念ながらも生きていたウサギ。
奴の生死なんかどうでもいいと僕達は総出でシカトをしていたが、夜になる度「寂しいですぞ!寂しいですぞ!人肌寂しいですぞ!ウサギは寂しいと死んでしまいますぞ、トゥリビァァル!」
と奇声をあげて、僕の部屋に侵入し、ベットにルパンダイブしてくるので仕方がなく全員で相談した結果、下僕として飼ってやる事にした。
正直こんな可愛いさの欠片もないペットより、チワワの方が断然いい。
いっそのこと山奥にでも捨てに行こうかとも思ったのだが、しかし捨てたら捨てたで、市役所から廃棄物不法投棄として罰金を取られるので下手には扱えない。
まったく迷惑この上ないウサギだ。
まぁ、人参一本で24時間ぶっ続けで働かせている僕もあまり偉そうなことは言えないが。
それに最近では大人しく言う事も聞くようになってきたし、よくよく接してみれば悪い奴じゃなさそうし、まぁ、このまま家に置いといてもいいか…
「今朝の献立はキャロットスープに人参ジュースに生人参が一本ですぞ!」
 前言撤回。このケモノ、絶対いつか山中に埋めてやる。
腹いせに人参料理が埋め尽くすテーブルをひっくり返すと、僕は絶叫をあげるウサギを尻目にソファーに座り、おもむろに新品の大型液晶テレビのスイッチを入れる。
もちろんこんなものを買う財力はこの桜田家にはない。このテレビはウサギにバイトさせて稼がせた金で買ったものだ。
相変わらず家の修復は手付かずのままだが、じきにウサギにやらせるつもりだ。

「おはようなのだわ」
「おはよう、ジュン」
 僕がくんくんを見てる頃、ちょうど赤いのとメチル水銀が起きてきた。
「おはよう、メチル水銀。 ……それと……え〜と……」
「真紅よ! いい加減覚えて頂戴!」
「……ウザッ」
「聞こえてるわよッ!」
 赤いのは相変わらず生意気だ。こいつも山中に埋めてやる候補にいれておこう。
ちなみにあの火事のせいで赤いのの身体は燃え尽きてしまい、ローザミスティカしか残らなかった。だが、幸いなことにローザミスティカの抜き取られたキムの抜け殻があったので、その中に赤いののローザミスティカをつっこんだのだ。
初めは冗談で入れてみたのだが、動き出したのでビックリ。薔薇乙女とは思いのほかに単純なことが判明した。
「まったく……ウサギ、紅茶をいれなさいのだわかしら」
 多少、後遺症は残っているようだが。
「おはよう、桜田くん」
「おぉ、柏葉。 もう学校行くのか?」
 制服姿の柏葉が、いつもどおり血塗れた木刀片手に廊下から顔を出した。
「ええ、もう少しで学級崩壊寸前だから。 この調子で行けば学年崩壊も近いわ」
 彼女は楽しそうに口元を歪める。
「それじゃあ、いってくるね」
「ああ、頑張れよ」
 柏葉はその一言を残してテレビ画面の中へと消えていった。
どうやらテレビから出入りするのが癖になってるらしい。

「さぁさぁ、皆さん! 朝食が出来上がりましたぞ!」
 ちっ、めげずにまた作りがったのか……
またテーブルをひっくり返してやってもよかったが、それでは食べ物を粗末に扱うなとメチル水銀の怒りを買うことにもなるのでやめておいた。
メチル水銀は雑食なのか何でも喜んで食う。例え毎日人参料理でも、だ。
僕は重い溜息をつきながら、皆と一緒に席につく。
テーブルを挟んで正面には、食事前だというのにいまだ紅茶を啜る赤いの。その横で目の前の料理に表情を綻ばせるメチル水銀。幸せな奴だ。
そして、台所からはロングスカートを楽しげに揺らしながらポッドを運んでくるウサギ。食べる前から食欲が大幅に削られた。
空いている席は二つ。一つは柏葉で、もう一つは僕の隣の席だ。
ウサギは床で食うので問題外。
僕は横の空席に目をやり、あの時の白い影を思い出していた。
僕をあの炎の中から救い出してくれた人物。
忽然と姿を消してしまった純白の少女
彼女の小さな背に背負われていたことを曖昧ながらも覚えている。
だが、家から出た後のことは、まるでそこだけ切り取られたように記憶がないのだ。
目を覚ました僕の前から、あの少女はいなくなってしまった。
メチル水銀に彼女の行方を尋ねてみても『ついさっきまでここにいたのに……』と不思議げに首を傾けるだけだった。
でも、僕は待ち続けた。いつか彼女が帰ってくると信じて。
一週間たった今でも、僕は彼女の帰りを待っている。

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「お食べください、皆さん! 今朝のは自信作ですぞ!」
「とってもとっても美味しいわぁ」
「……私は紅茶だけでいいわ」
 人参スープを口に運ぶ。
ほんのりと甘みがあるそれは、思ったよりすんなりと喉を通った。
冷え切った胸が少し暖まった。
……もし、彼女との出会いが夢ではないのか?と、問われたら、僕は口を噤んでしまうだろう。
あの少女の存在は儚く、実際に夢だという一言にすれば片付けることは容易い。
やはり、僕の夢だったのだろうか。あまり確信が持てなくなってきたその時、ふと太股に違和感を感じた。
その違和感はどうやらズボンのポケットに入っている何かのせいのようだ。
おもむろに僕は手をつっこみ、中のものを引っ張り出し手の平に置いた。
「あっ……」
 紫の神秘的な輝きを放つ欠片。
それは、小さいながらも水晶の破片であった。
「ラプラスの愛のエプロン! 私の料理は常に進化し続ける奇跡の因果律! 満足してもらえましたか、皆さん!」
「美味しかったわぁ」
「ラプラス。 この気味の悪い食物を下げて頂戴。 紅茶の匂いが悪くなるのかしら〜……ハッ!?」
 それぞれが感想を述べる中、僕は黙って手の平の水晶を見続けていた。

「ジュン殿! 貴方様のトゥリビアルな感想を聞かせてもらいたいのですが?」
「え……? あ、ああ……そうだな……」
 僕は手の中のものを、再びポケットの中に戻した。
自然と浮かんできた笑みと喜びを隠しきれず、思わずテーブルに手をかけて、
「マズイんだよ、こん畜生!」
 そして思い切りひっくり返した。
飛び散る人参。
「トゥゥゥゥリビァァァル!!? 私の料理がぁぁ!?」
 叫ぶウサギ。
「食べ物を粗末にする人は許せないわぁ!」
「人参がぁ!? 人参の汁が目にぃ!?」
 メチル水銀が翼を広げ、赤いのが目をおさえて床を転げまわる。
僕は笑いながら黒い羽根から逃げる。
朝っぱらからドタバタと騒がしくなる桜田家。いつも通りのカオスっぷりだ。
近隣の迷惑などお構いなし、それが桜田家クオリティ!

僕達は、見えない絆の糸で繋がっている。
女王様と下僕。
白い少女と僕。
踏みつけられた瞬間に芽生えた絆の糸は、決して切れることはなく、僕と彼女をつないでいる。
いつか、その糸を辿り彼女は僕の元へ戻ってくるだろう。
戻ってこないなら、僕がその糸を引っ張って彼女を見つけてやる。
だから、また会うその日までのしばしの辛抱。
隣の空席が埋まるその日まで、僕は君が帰ってくるのを待とう。
そう、皆と一緒に。
僕は心の底から笑いながら、羽根を全身に受ける。
「エクスタシぃぃぃぃぃ!!」

幸せで楽しくて、少し混沌とした平和な日々が続く桜田家。
白い少女が戻ってきて、ジュンの隣の空席が埋まるのは―――そう遠くない未来のお話。

おわり

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カオス・メイデンはこれで完結です。
次からはほっときぱなしの他の作品を続けていこうと思います。

蒼い子がでないのは仕様です。
決して忘れていたワケではありません。いや、マジで。

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