ここはnのフィールド。
荒野と化した大地に一体の人形が立ち尽くしていた。
彼女の名は水銀燈。
名工ローゼン初のドールにして、今やドールズ最後の戦士である。
「・・・そろそろ、行かなくちゃね。」
誰にともなくつぶやく。 しかし応えるものはすでにない。
やがて彼女はその翼を広げると最後の戦いに向け飛び立った。
「 行 き 着 く 先 」
あれからどれくらい経ったろう?
思い返せばわずかに数時間に過ぎないことに気付く。
それでも彼女には何年も昔のコトのように思われた。
感覚が狂っているのか? 私はジャンクだ、無理もない
自嘲気味に薄く笑い、今一度過去を振り返る。
「水銀燈。 貴女の力を貸して頂戴。」
珍しく真紅の方から水銀燈を訪れると、開口一番そう言った。
「あら真紅! ごきげんよう。 一体何の冗談かしら?」
「冗談ではないわ水銀燈。 私は真面目にお願いしているの。」
「お願い? お願いならお願いらしく振舞ったらどうかしら?」
そう言うと、真紅は膝をつき頭を垂れる。
「お願いするわ水銀燈。 貴女の力を貸して頂戴。」
自分の言ったこととは言えこれにはさしもの水銀燈も呆気にとられる。
ドールズの中でも特に気位の高い真紅がここまでするとは思わなかったのだ。
「・・・あらあら、そこまで言うなら貸してあげてもよくってよ?
でも、その代わりの報酬を戴けるかしら?」
「報酬? 何がお望み?」
「うふふ、わかるでしょ? ローザミスティカよ。」
「・・・いいわ、全てが終わったなら持って行きなさい。」
「・・・」
またしても呆気に取られる。 思わず真紅の真意を探るべくその瞳を覗き込む。
「なにかしら?」
迷いのない澄み切った瞳は水銀燈の目を正面から受け止めた。
「・・・わかったわ。 ではこれからどうするのかしら?」
先に目を逸らしてしまった水銀燈は内心の動揺を隠し尋ねる。
「あの人形は12時に来ると言っていたわ。 それまでには来て頂戴。」
「そう。 では12時に伺うわね。」
「あまりレディを待たすものではなくてよ?」
「お互い様ね真紅。 私もレディよ?」
「・・・そうだったわね。」
そのやり取りを面白くもなさそうに切り上げると真紅は鏡の向こうに姿を消した。
「・・・真紅、どういうつもり?」
水銀燈は真紅の消えた鏡をじっと見つめ続けた。
ローザミスティカを狙う水銀燈は常時桜田邸を監視している。
当然コトの成り行きは見知っていた。
真紅が説明の手間を省いたのも全て承知との暗黙の了解があったからだ。
あの人形は突如彼女らの前に現われた。
ドールズの父ローゼンの作ではない。
日本の人形造形師、上近柳斎の作「瑞樹」。 それが金糸雀と
薔薇水晶の首を携えて来たときはさしも水銀燈も戦慄を禁じえなかった。
宣戦布告としてミーディアムとその姉が殺害され桜田邸は炎上した。
そしていくらもしないうちに先の真紅の訪問である。
「・・・なにを考えているのかしら? 真紅。」
ローザミスティカはドールズの宿願たるアリスへの翼
例え壊されても手放せるものではない。
それが、なぜ?
「行ってみれば、わかるわよね? 真紅?」
水銀燈は配下のジャンク人形達を従えて鏡に入った。
nのフィールドの一角にはすでに4体のドールズが揃っていた。
緑色の服の人形が落ち着きなく歩き回っている。
「・・・それにしても水銀燈はホントにくるですか?」
「さぁ?」
「さぁって!? 来ないんですか?」
「知らないわ。 来るとは言ってたけど?」
真紅は相変わらず読書にふけり、片手間に答えるだけだ。
「まったく、あんなゲス野朗なんてアテにできないです。」
「でも味方は一人でも多い方がいいのぉ〜。」
「そうだね。 水銀燈はボク達の中でも一番強いし。」
「そうね。 この戦いには絶対に欠かせない存在だわ。」
「うぅ〜、来るなら早く来るです!」
「・・・お待たせしたかしら?」
「ひぃっ!?」
突如の背後からの囁きに思わず飛び退く翠星石。
「ごきげんよう。 お久しぶりね?」 優雅に一礼してみせる。
「久しぶりなのぉ〜。」
「久しぶり、水銀燈。」
「お、脅かすんじゃないですっ!?」
「・・・よく来てくれたわね、水銀燈。」
真紅は水銀燈に一瞥くれるとまた本に目を落とす。
「まぁ、真紅のたっての頼みだもの。 それで?
まだ時間はあるようだけどどうするのかしら?」
「別に? 時間が来るまで待つだけよ。」
「作戦は立てなくてもいいの?」 驚いたように蒼星石が尋ねる。
「ないわ。 立てようがないもの。」
「じゃ、じゃあどうするのぉ〜?」
「各個奮闘努力せよ。 こんなところかしら?」
相変わらずその目は本から外れない。 そして誰もがこれからの
戦いに気を取られ、本が逆さまであることに気付かなかった。
「相変わらずですねぇ真紅は。 先が思いやられるです。」
「・・・」
嘆息する翠星石、そして水銀燈は静かに真紅の横顔を伺う。
不安な沈黙の中、時間だけが過ぎていった。
「来たわね。」 真紅は本を閉じると立ち上がる。
「い、いよいよです!」
「うん。」 翠星石と蒼星石は如雨露と鋏を構え、宙を睨む。
「こ、怖いのぉ〜。」 雛苺は物陰に隠れてしまった。
「・・・」 水銀燈の目は相変わらず真紅の横顔に注がれているままだ。
やがて空が濁り、中心から「何か」が降りてくる。
遠目に判別できないがそれが瑞樹であることははっきりとわかった。
大気が歪むほどの「負」の気がここまで伝わってくる。
「待たせたの、西洋人形ども。
うぬらの体と命、我が父の悲願のために使わせてもらうぞえ。」
その姿はジャンクと言うも愚かな不気味な体を成していた。
様々な人形の部位をかなり乱暴に不規則に繋ぎ合わせている。
彼女本来の体が一体どれだけ残っているのだろう?
金糸雀、薔薇水晶の一部もその中に見て取れた。
「醜悪ね。」
「なんじゃと?」
「醜悪と言ったのよ。 そのお耳は飾りかしら?」
「抜かしたの小娘・・・」
「な、なんで私達を狙うですか!?」
「ほっほっほ、希代の名工ローゼンの手になる逸品なれば
必ずや究極の美を生み出す役に立とう。」
「そんなものを生み出してどうするんだ!」
「我が父に捧げるのじゃ。 究極の美こそが我が父の悲願なれば。」
「・・・」
私と同じ? 水銀燈は一瞬奇妙な親近感を覚えるもすぐにその考えを打ち消した。
(違う! 私はこんなジャンクとは違う。 私はジャンクなんかじゃない!)
「ジャンクは・・・ジャンクよ。」
その言葉に水銀燈は思わず真紅を睨む。 彼女のもっとも忌むべき言葉だ。
だがそれ以上に激昂した者がいた。
「・・・愚か者がっ!? すぐに貴様もガラクタに変えてくれるっ!」
叫ぶや否や瑞樹は真紅に襲い掛かる。
無数の手足がいくつもの連なりを見せ、ありえない距離を越える。
「真紅ぅっ!」 ババッ!
雛苺の叫びが響くと同時に真紅のいた場所に土煙が舞う。
しかし真紅は横っ飛びにかわし、ステッキを取り出す。
「はあっ!」 ガキッ!
蒼星石は一飛びで迫るや鋏を大上段に振り下ろし「腕」を切り落とす。
「邪魔じゃ!」 横薙ぎの一閃が蒼星石を弾き飛ばす。
「ぐぅっ!?」 鋏で直撃を防いだものの大きく弧を描いて飛んで行く。
「蒼星石ぃ〜!」 雛苺が伸ばした蔓で受け止めた。
蒼星石の無事を確認した真紅と翠星石は顔をあわせ頷きあう。
「行くわよ、翠星石。」
「はいです!」
正面から突進しつつ花を撒く真紅、如雨露を振りまわす翠星石。
「しゃあっ!」
真紅に飛ばした無数の腕はしかし突如伸び上がった蔓に絡め取られる。
「ぬっ!?」
「はっ!」 真紅は蔓と腕を駆け上り、掛声と共にステッキを繰り出した。
「無駄じゃっ!」 大きく開けた口から放たれた無数の「指」が真紅に降りそそぐ。
「きゃっ!?」「真紅っ!」落ちる真紅をすかさず翠星石が蔓で支える。
「わたけが!」
「貴女がね?」
「なに?・・・っ!?」
瑞樹の周囲には桃色の花が舞っていた。 それらは瞬時に針と化し瑞樹に向かう。
「ぬぅぅうっ!?」腕を体中に巻きつけて針の雨を凌ぐ瑞樹。
「はあああああぁっ!」 間髪いれず蒼星石が宙を舞う。
「てやぁっ!!」 ガキキキッ! 鈍い音と共に数本の腕を切り飛ばす。
「ぐ、おぉぉ・・・」
瑞樹は衝撃に耐えかねその場に崩れ落ちた。
「やったです!」
「やったのぉ〜!」
「ふぅっ・・・」
「・・・」
しかし直後無数の黒い筋が蒼星石に巻き付く。
「なっ!?」
「・・・やってくれたの?」
腕を開き再び姿を晒したその顔からは夥しい量の髪がうごめきたゆたっていた。
「蒼星石を放すです!」「蒼星石!」如雨露を振り回す翠星石と突進する真紅。
「かぁっ!」瑞樹は全ての腕を四方八方に振り飛ばす。
蔓は腕と喰い合い、真紅はかわすのに手一杯だ。
「やりおるわな、西洋人形。 だがここまでじゃ。」
「あぐっ!?」 髪を締め上げ蒼星石を圧迫する。
「水銀燈っ!」 真紅の悲痛な叫び。
「・・・ちぃっ!」 逡巡も束の間、水銀燈は瑞樹に向かって飛んでいく。
「かぁっ!」 口から「指」を吐き迎え撃つ瑞樹。
「ふんっ。」 水銀燈は巧みにそれらをかわし一気に瑞樹に肉薄する。
途上で見た真紅の目が何かを訴えていた。
「おのれっ!」 大量の髪を展開し絡めとろうとする瑞樹。
しかし水銀燈は寸前で急上昇をかけ一気に天に舞上る。
「逃げるか小虫めっ!」
「あら失礼ね?」 静止すると翼を大きく左右に広げ竜と成す。
「ぬ・・・?」 思わず構える瑞樹。
「ホーリエ!」
グバッッ!!
「があああぁっ!?」 死角からの突如の衝撃に揺らぐ瑞樹。
「くっ!」 そのスキを突いて蒼星石は髪の毛を切払い縛から逃れる。
「おのれがぁぁ!!」 瑞樹は荒狂い、腕と髪をさらに振り回した。
そして真紅は再びステッキを振るう。
(なぜなの真紅? なぜ?)
水銀燈は最初から真紅を全く信用していなかった。
どうせ真紅は自分を弾除けにでもするつもりなのだ
水銀燈の心中には常に真紅への疑念が渦巻いていた。
だがいざ戦いが始まると真紅は先陣を切り、勇敢に戦っている。
絶えず一番前に立ち、皆を庇ってさえいるようだ。
(貴女はアリスになりたくはないの?)
―――アリス 完璧なる乙女
それはドールズの存在意義であり悲願だ。
それを望まないドールはいない。
しかしこのままでは真紅は無事ではすまないだろう。
その体がわすかでも欠けてしまえばアリスの資格を失うのだ。
この私のように・・・
(本気なの? 真紅! 貴女はどうしてそこまで・・・)
ローザミスティカの話も自分を騙すための嘘だと思っていた。
激戦のさなか、水銀燈は真紅への懐疑に埋もれていった。
「しゃあっ!」 無数の手を真紅に伸ばす瑞樹。 しかし真紅は難なくかわす。
「!?」 その軌道の妙に気付いたときはもはや手遅れだった。
勢いを増してそのまま向かう先には・・・雛苺!?
「雛苺! 逃げなさい!」
「ぇう!?」突然の危機に雛苺は逆に固まってしまう。
「くぉっ!」攻撃を止めようと必死に鋏を振るう蒼星石、だが勢いは止まらない。
「チビ苺っ! あぶないですっ!」
ズンッ
瑞樹の腕が翠星石の腹部を貫く。
「あ・・・が・・・?」
「翠星石ぃっ!?」
「翠星石・・・」
「・・・なっ!?」
「す、翠星石ぃ・・・」
最後の力を振り絞って雛苺を突き放す。
「・・・に、逃げるで、す、チビい、ち・・・」
カクンッ
翠星石の首はそのまま力無く垂れてしまう。
「ひ、ひぇっ、ひえぇ〜〜ん!」 その場から逃げ出す雛苺。
「よくもぉっ!!」 再度鋏を振るう蒼星石。
「くっ!」 真紅も続いて瑞樹に挑む。
(翠星石・・・バカな子ね。 他人を庇って死ぬなんて。
蒼星石ならともかくあんな役立たずを庇って死ぬなんて、ね。)
心中、翠星石を罵ってはいたものの水銀燈の受けた衝撃は大きかった。
アリスになる
それは他者を倒し、己ただ一人が父の寵愛を得ること。
敗者には骸のごときジャンクの末路しかない。 それがアリスゲームだ。
(邪魔者を蹴落とす絶好のチャンスだったハズなのに・・・)
姉妹である蒼星石ならまだしもなぜ雛苺を? 水銀燈は混乱していた。
水銀燈が援護をしたのはあくまで現状、利害が一致しているからだ。
言わば自分のためである。 皆もそうであるハズだ。 それがなぜ?
しかし物思いに耽っている余裕はもはや無かった。
戦況は一気に悪化している。
攻守の要であった翠星石を失い、真紅も蒼星石も攻め手を欠いていた。
闇雲に突っ込んでも腕や指に叩き落とされ、髪に絡め取られるだけだ。
今は自分が行くしかない!
「・・・ふぅっ!」 水銀燈は翼を広げ瑞樹に向かって羽を撃つ。
「小癪なっ!」 すかさず指を吐き出して迎え撃つ瑞樹。
さらに翼を竜に変じて放つ。
「グゥォオオオオ!!」
「しゃあっ!」 宙で絡み合う腕と竜。
「はっ!」「てやぁっ!」花を撃つ真紅と飛びかかる蒼星石。
戦いはさらに激しさを増していった。
(これは?)
真紅は瑞樹の足元から腕が何本も地面に喰いこんでいるのを見つけた。
それはさらに地中に潜りこんでゆく。
「まさかっ!?」
慌てて中空の水銀燈を見る。 瑞樹の腕を必死に支える水銀燈。
その下には瑞樹から水銀燈に向かって大地に筋が這っていた。
(水銀燈っ!) 真紅は全力で走りだす。
「かかったのぉ?」
「? なにかしら?」
「先にそちが使った手じゃ・・・返すぞ!」
シュバババッ
突如地中から無数の腕が飛び出る。 とっさにかわそうとする水銀燈。
「ぐっ!?」 だが自身の翼が瑞樹の腕と絡み合って動けない。
貫手状の繊手が弧を描き水銀燈に迫る!
「っ!」「水銀燈っ!」
バキンッ
「真紅ぅっ!」
蒼星石の叫びに閉じた目を開く。
「?・・・真紅!?」
「水銀燈・・・後は、任せるわ、ね?」
水銀燈は目の前の事態が信じられなかった。
目の前で両手を大きく広げ、胸を貫かれている少女。
・・・真紅が私を庇っている?
「アリスに、なって・・・お父、様、に・・・」
「・・・真紅?」
胴を裂かれ、その体は奇妙にゆっくりと大地に落ちていった。
まるで彼女の振るう赤い花弁のように。
「てやぁっ!」蒼星石が水銀燈の翼と噛みあっていた腕を切り落とす。
「ジュン、のり、ゴメンね・・・」
まさに死のときを迎えながら真紅の心は不思議と静かだった。
どこかすがすがしい思いに包まれている。
自分は精一杯戦った。 力及ばなかったが二人は許してくれるだろうか?
そして・・・
(水銀燈・・・とうとう貴女に言えなかった。
貴女はジャンクじゃないって、最後まで伝えられなかった・・・)
姉妹の中でも水銀燈の存在は別格だった。
不完全ながら最強
いびつながら秀麗
背徳的ながら高貴
ドールズにとって水銀燈の存在は一つの壁であった。
ローザミスティカの獲得以上に、彼女を
超えることこそがアリスへの絶対条件と言える。
それはドールズ全員の共通認識である。
アリスへの試練、それこそが水銀燈の存在理由だった。
そしてその現実を受け入れられるほど水銀燈の心は強くなかった。
水銀燈が他のドールに向ける目には劣等者への嘲りと共に、
常に嫉妬と憎悪があった。
「私はジャンクなんかじゃない。」
繰り返される虚勢の言葉は彼女自身が
その現実を認めている証左に他ならない。
(ずっと言いたかった。
貴女を尊敬してる。 貴女に憧れてる。
そして貴女を愛してるって・・・)
誰よりも優れた水銀燈を誰よりも崇拝していた真紅。
その想いが、言の葉として贈られることはついになかった。
アリスへの執着がなかったワケではない。
父を愛していた。 もう一度会いたかった。
でもできなかった。 水銀燈を超えることが。
勝てなかったのは瑞樹にではない、水銀燈にだ。
(貴女を超え さらなる高みに至る時 私は誰を目指せばいいの?)
(私にはわからない 私にはできない 私には貴女が必要なのに!)
その不安が、心弱さが敗因
でもいい
彼女はきっと勝つ
そして父に会うだろう
そしたら・・・
「・・・お父、様、に・・・今度、こそ・・・
作って、もらって、ね?・・・おねえ、さ・・・」
最後まで言い切ることなく真紅はこときれた。
「・・・」(なぜ?)
縛から解かれても思考はいまだ混乱の中にあった。
しかしその迷いがさらなる悲劇をもたらす。
「カカッ!」
「うぁっ!?」
水銀燈を解き放つも着地点に這わされていた髪に絡めとられる蒼星石。
「・・・っ!?」
助けなければ! しかしその距離は絶望的に遠かった。
「ぁぁあああああ!!」 おめいて飛び込む水銀燈。
「無駄じゃっ!」 させじと締め上げる瑞樹。
ギリリッ・・・ビキッ
「きゃあああああ!?」グバァァァアアッッ!!
巨大な鎌と化した翼が大地ごと髪を切り飛ばす轟音が
蒼星石の絶叫と重なる。
すかさず蒼星石を抱きかかえ、飛んでいく水銀燈。
「・・・逃げるかぁっ!?」
瑞樹の呪詛を背に受けながら水銀燈は飛び続けた。
交戦地よりはるかに離れた荒野の一角に降り立つと
水銀燈は蒼星石を静かに大地に横たえた。
「・・・うぅ・・・くっ・・・」
「・・・蒼星石。」
あらためてみる蒼星石の姿は無惨なものだった。
あとコンマ数秒遅れていればもはや原型も留めなかったろう。
戦うことはおろか立ち上がることも、
それ以前にその命を保ち続けられるかどうかも怪しい。
「水銀、燈・・・」
「しゃっべては駄目よ、蒼星石。」
「い、いの・・・もう、わかってる、から・・・」
「・・・蒼星石。」
なんだろう、この気持ち?
胸が苦しい、なにかが溢れそうな危うい気持ちで一杯だった。
(悲しいの? 私は悲しいと思ってるの? これが悲しい、気持ち・・・)
「これ、を・・・」
外れかけた手を必死に動かす蒼星石。
水銀燈はすぐにその手を取った。
「ボク、の、鋏・・・キミ、が・・・」
「わかったわ、大事に使わせてもらうわね。」
「それ、と・・・これ、も・・・」
そう言って自分の腹部を指す蒼星石。
「・・・?」 じっと蒼星石の言葉を待つ。
「もって、行って・・・ボク、の・・・おな、か・・・」
「なっ!?」 流石にこの申し出には面食らう。
「アリ、スに・・・なっ、て・・・」
「何を言ってるの? そんなことできるワケないじゃない!」
「・・・ボク、も、翠星、石も・・・キミが、好き・・・」
「あ、貴女は何を・・・」
「・・・生き、て・・・」
その目が静かに閉じられると、手も力なく地に落ちた。
「・・・蒼星石?」
もはやいらえはない。
「・・・」
涙が止まらない。 こんなことは初めてだった。
嗚咽こそ出ぬものの涙はとめどなく溢れ続けた。
(どうして私は泣いてるの? いまいましい邪魔者が消えたのに。
おかしいわね? ふふっ、やっぱり私はジャンクなのね・・・)
水銀燈は蒼星石の言葉を思い返していた。
「ボクも翠星石もキミが好き」
信じられなかった。 いや信じたくなかった。
いまさら疑う理由とてもなかったが、それでも信じることを拒んだ。
いままでずっと皆が自分を嫌い蔑んでいると思っていたのだから。
蒼星石の言葉を信じることは今までの自分を否定することでもある。
皆の笑顔が恐ろしかった。
水銀燈にとって、彼女に向けられる笑みは全てが嘲笑だった。
自身が不完全であること、そのコンプレックスは
弱い彼女の心をいとも容易く蝕んでいた。
嘲笑や失望、侮蔑を恐れる余りミーディアムも持てず、一人孤独に彷徨った。
何かを、誰かを憎むことでしか自分を保てなかった。
でも今はハッキリとわかる。
自分に向けられた笑みは嘲りでなく、親愛の証だったのだと。
水銀燈は己の過去と現実に折り合いをつけるため
ただじっと荒野に立ち尽くした。
----
そして今、彼女は一人最後の地に向け飛び続ける。
すでに配下の人形達は全滅していた。
先に雛苺を狙わんとした瑞樹の気配を感じ、
配下の人形全てをその足止めに投入していたのだ。
後は自分がこの速度を保てば、先に会敵できるだろう。
(よりにもよって貴女が残るなんて、ね。)
これには水銀燈も思わず苦笑してしまう。
雛苺
一番幼く、一番頼りない少女。
妹どころか娘のように思えるほど彼女はかよわい。
アリスゲームに際し、水銀燈にとって彼女は完全に員数外だった。
例え自分に敗れるコトがあろうとも彼女が
勝ち残ることだけはあるまい。 そう確信していた。
よりにもよってその雛苺が最後まで残ろうとは
今まで苦々しく思っていた彼女のあどけない
言動も今となると妙に愛くるしく思える。
(雛苺・・・アリスには、貴女がなってね?)
自分に全てを託して逝った真紅や蒼星石には申し訳なかったが彼女の
意思はすでに決まっていた。 二人もきっと許してくれるだろう。
せめて雛苺と最後の別れをすませたかったがもはやそのいとまもない。
(貴女は私が必ず守る!)
決意を胸に水銀燈は飛び続けた。
「・・・待たせたわね。」
瑞樹の眼前に舞い降りる水銀燈。
瑞樹はバラバラにされた配下のジャンク人形達の中で待っていた。
「怖気づかずによう来たの、西洋人形。」
改めて見ると、瑞樹の体は立っているのが不思議なほどに損傷していた。
彼女はただ一人でドールズ7体を相手に戦ったのだ、無理もない。
(・・・執念・・・)
まるでかつての自分を見る思い
どこか気恥ずかしい気持ちに思わず頬が緩んでしまう。
「・・・何がおかしい?」 それを嘲笑と取ったか、語気を荒げる瑞樹。
「フフッ・・・」 そんなところまで似ていることに感動すら覚える。
(おバカさんは、私一人じゃなかったのね・・・)
奇妙な嬉しさを感じ、さらに顔がほころぶ。
その顔はいつもの皮肉な笑顔からは創造も出来ぬほど屈託ない。
「・・・?」
その異様に呆気に取られ、瑞樹は手を出しかねた。
「貴女は、お父上を愛していて?」
「無論じゃ。 我ほどに父を愛する者があろうか?」
「私もよ・・・」
父への愛、しかしそれは呪縛でもあった。
父への愛に全てを捧げた、自分ばかりか他者までも。
それが間違いとは思わない。 だが悔いはあった。
今それを改められるなら・・・
「貴女とは良いお友達になれそうね。」
「・・・今更命乞いか?」
「いいえ、私は貴女を許せるけれど、
雛苺をその手にかけさせるワケにはいかないの。
引いてくださる? さもなくば・・・いまここで終わりよ。」
最前までの笑顔はいまや氷のように研澄まされ、その目は静かに闘志に燃えた。
それを嬉々として迎える瑞樹。
「やらいでか!? その美貌こそ我を成し遂げる最後の鍵!
今こそ父の悲願を叶えようぞ!!」
「ありがとう。 嬉しいわ、本当に・・・」
生まれて初めての賛美
水銀燈の寂しげな笑みも意に介さず、瑞樹は一気に躍りかかった。
----
最後の戦いが始まった。
「がぁぁっ!」 これを最後とばかりに猛攻をかける瑞樹。
「あぁぁっ!」 水銀燈も死力を尽くす。
共に帰る道はなく、相手を倒す、ただその一点に全てを注ぐ。
雛苺に全てを託した水銀燈はもはや損傷を恐れない。
一方瑞樹も体の挿げ替えを期し、損傷を意に介さぬ。
駆け引きも何もない力と力のぶつかり合いが繰り広げられた。
「ぐぅぅぅっ・・・!!」「ぬぅぅぅっ・・・!!」
再び絡み合う腕と翼、拮抗する力に戦いは膠着状態に陥った。
「・・・水銀燈、がんばるのぉ〜。」
雛苺は物陰に隠れてその様子を伺っていた。
翠星石に救われ、戦場から逃げ出したものの彼女はすっかり途方にくれていた。
やがて彼方にいる瑞樹の敵意が明確に自分に向けられるやパニックを起こす。
だが無数の気配が瑞樹に向かい、その進行を阻んだことから水銀燈の援護に気付いた。
そして、水銀燈の激しく燃えるような気が瑞樹に向かって
行くのを感じ、いてもたってもいられなくなったのである。
水銀燈が倒されれば次は自分。
とてもではないが己一人で立ち向かえる相手ではない。
雛苺はなんとか水銀燈への加勢を目論むも荒狂う巨大な気と
苛烈を極める闘争に竦んでしまっていたのだった。
「かかったのぉ?」
「なにかしら?」
以前と同じやり取り
「終わりじゃ!」
シュバババッ!
突如水銀燈の真下の地中から無数の腕が飛び出す。
しかし水銀燈は慌てず蒼星石の鋏を構える。
「同じ手をっ!」
「使うかよっ!?」
突如爆ぜ割れる腕、そして飛び出す大量の髪!
「っ!?」
「カカッ! そこまで舐めてはおらぬわえ!」
「うぬっ・・・!」 必死に力を振り絞るも体を縛る髪はビクともしない。
「その首、もらったっ!」
腕を大きく真横に薙ぐ瑞樹。 軌道は正確に首を指す。
ガクンッ
「なぁっ!?」 突如停止する腕。 それには無数の蔓が絡まっていた。
「水銀燈をイジメちゃ駄目なのぉ〜!」
「雛苺!?」
「小虫かっ!」
「ひっ!?・・・えぇ〜い!」
瑞樹の凶猛な眼光に一瞬ひるむも、雛苺はさらに蔓を展開する。
それは文字通り戦場を埋め尽くした。
「くくっ!?」「ちぃっ!?」
敵も味方も、自身さえも意に介さぬ力の暴走に二人の戦士は舌を巻いた。
その縛鎖から逃れようと一旦腕と翼を緩め合う。
「ふっ!」 水銀燈はその間隙を突き、髪を翼で斬払う。
「おのれぇっ!?」 絶好の好機を失い激昂する瑞樹。
怒りの矛先は・・・雛苺!
「この・・・小虫があぁぁぁぁ!!」 大地を引き裂きながら突進する瑞樹。
「あぅ・・・う〜!」 怯える雛苺はさらに蔓を紡ぎ出す。
結果、それが雛苺を追い詰めた。
「逃げなさい雛苺っ! 雛苺っ!?」
水銀燈は蔓を切り払いながら近づこうとする。
だが次から次へと湧き出す蔓に阻まれ、近付けない。
一方瑞樹は蔓の及ばぬ地中に半ば身を埋ずめ、
文字通り大地を掘り進みながら肉薄する。
負荷に耐えかね、その身はさらに崩れていった。
そして・・・
「死ねぇっ!」「雛苺っ!」
ズグッ
瑞樹の腕が雛苺の体を貫く。
途端に天地を埋め尽くした蔓は霧散した。
「あ・・・ぅ・・・」
「雛苺ぉっ!!」 水銀燈は即座に大鎌と化した翼を振るう。
「くっ!?」 大地を切り裂くが如き一撃に流石に飛びすさる瑞樹。
グバァァァアアッ!!
大地は裂け土煙が巻き上がり、すべてを隠す。
その絶好の好機にしかし水銀燈は追撃を怠った。
雛苺を抱え、その場を離れる
「雛苺! しっかりなさい!」
「・・・水銀、燈・・・?」
その目はすでに霞み、死期が差し迫っていることを告げていた。
「どうして来たの!? 臆病者の貴女が。」
「・・・だっ、て・・・水銀、燈、が・・・」
「バカな子。 なんで私なんかのために・・・」
雛苺は水銀燈に笑いかけた。
「・・・雛、ね・・・水銀燈、大、好き・・・」
「っ!」
「・・・おねえ、ちゃ・・・」
「雛苺っ!」
「・・・」
そして雛苺は静かに崩れ落ちた。
「・・・」
その様子を感情のこもらぬ瞳でじっと見つめる瑞樹。
水銀燈は雛苺の亡骸を大地に横たえると瑞樹と向き合った。
「・・・待っててくれたの? ありがとう。」
憎い仇でありながら、不思議と水銀燈に怒りはなかった。
むしろその心はこれ以上なく静かに澄んでいる。
「・・・よいかえ?」 問う瑞樹。
「・・・いいわ。」 答える水銀燈。
その身を一条の矢と化して
二人は互いに―――飛んだ
----
「ぁああぁっ!」
「じゃあぁっ!」
繰り出される鋏と繊手
それらは交差し、互いの急所を突き貫く!
ドンッッ!
鋏は瑞樹の胸、繊手は水銀燈の腹に刺し込まれていた。
「・・・ぁ、う・・・」 苦鳴とともに水銀燈の首は力なく垂れ下がる。
「・・・カカッ! 我の勝ちじゃな西洋人形!」
勝ち誇る瑞樹、しかしその顔はすぐに神妙な面持ちとなる。
「・・・父上、ついにこの時がきました。
長かった我が旅路もようやく・・・」
「・・・終わりね。」
「!?」
突如跳ね上がる水銀燈の顔。 そこに死の翳りはかけらも見えない。
「メイメイ。」 グイッ
「なっ!?」
穿った胸部に精霊を押し込むと同時に両足で瑞樹の胴を挟み縛る。
そして上半身は宙に舞った。
「ばかなっ!?」
事態が飲み込めない瑞樹は空に浮かぶ水銀燈の上半身を驚愕の目で見つめる。
「・・・な、なぜ?」 攻撃も離脱も忘れただ問いかける瑞樹。
「私はね・・・」 ゆっくりと目を閉じる水銀燈。
「―――ジャンクなの。」
「・・・。」
「さよなら・・・メイメイッ!」
ズドオォォッ・・・
炸裂する衝撃をその翼に受け、水銀燈はさらに空へと昇って行く
私は ジャンク
心中に呟いたことはあっても、ハッキリと口に出すのはこれが初めてだ。
「私はジャンクじゃない。」
これが水銀燈の口癖だった。 数え切れぬほど繰り返してきた言葉。
でももういい 私はジャンクで構わない
最後に見た瑞樹の顔が不思議と穏やかであったことが救いだった。
彼女も救われたのだろうか? 最後の最後に
私達はとうとう勝てなかった、でも負けなかった
それで、十分だ
空をゆっくり舞い堕ちながら、やがて彼女の意識は白く溶けていった・・・
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とりあえずこれで一区切りです。
このあと、グッドEDとバッドEDに分岐します。
先に短めのグッドEDを上げます。
{{outline}}
----
!グッドED
――ここは?
再び意識を取り戻した水銀燈は奇妙に見慣れた部屋に転がっていた。
暖炉の明かりが室内を薄く照らしている。
あちこちに見える人形のパーツや衣装・・・
まさか!?
上半身だけで必死に這って行く。
翼は爆風の煽りですでに使い物にならなかった。
しかし目的の場所にはすぐに辿りついた。
さして広い部屋でもない。
「おかえり、水銀燈。」
「・・・」
言葉に詰まる あれほどに思い焦がれた父が目前にいた
「そうか・・・オマエが残ってしまったのだね。」
「・・・あ」
水銀燈の思いをよそに彼は独白を続ける。
「私は敗れたのだな、天に。」
「・・・お父様?」
「よく知らせてくれた。 ありがとう。」
「わ、わたしは・・・」
言葉を挟もうとするももはや彼は聞いてもいない。
「ついに及ばなかったか・・・」
疲れきった声
「我が愛しい娘達を捧げてまでしたこの壮大な賭けもこれで終わりだ。」
そして初めて水銀燈の顔を見る
「さぞや私が憎かろう? オマエにだけ可能性を与えなかった私が?」
「そ、それは・・・」
流石にこれには言葉に詰まる。 不完全な自身への憤りを
憎しみにこそしなかったが恨みが全くないワケではない。
その逡巡を肯定と取ったか言葉を続ける父。
「オマエには私を殺す権利がある。
オマエに殺されるならそれもいい、それこそ私にふさわしい最後だ。」
「待ってください、私は・・・」
「考えてみれば我が最高傑作たるオマエが残るのは、ある意味自然なことだ。」
その言葉は水銀燈にこれまでにない衝撃をもたらした。
「私が・・・最高、傑作・・・?」
「そうだ。 水銀燈。 オマエこそ我が生涯最高の作品だ。」
ローゼンは己ただ一人でアリスを成し得ると考えるほど愚かではなかった。
いかに天を衝く才に恵まれようと
いかに歳月を重ね技量を磨こうと
いかに我身を焼く情念を注ごうと
―――アリスは生まれない
アリスゲームは苦悩の末に生み出された一つの賭けであった。
結果として全ての者が倒れ、何一つ残らないかもしれない。
しかし己一人で天に挑むより、まだ希望があった。
そして彼は生み出す、至高の少女を
水銀燈
けしてアリスにはなれない
しかしまぎれもない彼の最高傑作
名工ローゼンが、己ただ一人で成した生涯の頂点
そしてアリスを生み出すための最後の鍵
「愛しているよ、私の水銀燈。 アリス、キミは今どこに・・・?」
彼は再び自身の想念に浸っていく
「待ってください! お父様、私は・・・」
「うん?」
私は、なんだろう?
度重なる衝撃的な事実と悲劇に思考は混沌としていた。
自分は父になんと訴えるつもりなのか?
今、私は何を望む? 私の意味は?
「あぁ、そうだね。 オマエの体を完全にしてやらなくては。
我が最高の作を不完全なままにはしておけない。
すでに腹部はできている。 というより最初からできていた。」
「・・・」
「下半身を失ったようだがそれも問題ない。 せめてオマエだけでも・・・」
「お父様!」
「ん?」
「たった一つだけ、お願いがあります。」
「なんだね?」
「みな倒れました。 翠星石、蒼星石、雛苺、真紅、金糸雀、薔薇水晶・・・
お父様のお力で再びあの子達を・・・」
「・・・」
「・・・お父様?」
「残念ながらそれはできそうにない。
いや物理的には可能なのだがな・・・」
「?」
「犠牲無しには、叶うまい。」
「犠牲?」
「オマエと言う、犠牲がな。」
「私?」
「そうだ、我が最高傑作たるオマエを使えば、皆を復元させることは可能だ。」
「・・・」
「どうする?」
「お願いします、お父様。」
「・・・わかった。 それでこそ我が最愛の娘だ。」
水銀燈に向けられた彼の笑顔はこれ以上ないほどの誇りと悲しみに満ちていた。
作業にとりかかる父の目は疲労に濁っていた
先ほどとはうってかわって生気に満ちていた。
最後にその顔を見られただけでも十分だ。
そしてなにより・・・
我が最愛の娘
父の言葉にすべてが報われた
いいようのない幸福感を胸に水銀燈は静かに眠りについた―――
「ウフフッ♪ やっぱこういう自己犠牲モノが受けるのよねぇ〜」
自身の書き上げた短編を読み返し、そのデキに満足する
深夜にこっそり起き出し、少しづつ書き続けた力作だ
「これで私の人気もうなぎ登りよねっ!」
これで昼過ぎに起きては冷め切った朝飯をあてがわれるという
今までの辛苦も報われようと言うものである
「なにをしてるのかしら? 水銀燈」
ギクッ
「あ、あ〜ら真紅、ごきげんよう。 こんな夜更けにどうしたの?」
思わずPCのモニターを隠す
「最近外が騒がしいようだったので気になってたの」
「そ、そう? そんなことはないと思うけど・・・」
自分の悪癖、独り言を思い出す
「大層な力作ね? 誰が貴女を愛してるって? 冗談もそこまで行くと笑えないわ」
チッ 見てやがったがコイツ
かくなる上は口封じを・・・
「ふむ、裏山ってのはどうかしら?」
「・・・」
駄目だ のりにいらなくなったジャンクどもの処分を命じられて
捨ててきたら廃棄物不法投棄として桜田家は罰金を取られたのだ
おかげで一ヶ月のメシ抜きと町内清掃奉仕の刑を喰らったばかりである
空腹に耐えかね、虫や雀を捕食していた私を見かねた蒼星石は
こっそり食事を分けてくれた くぅぅっ、やっぱアンタはいいヤツねっ!
いつか私が世界を征服したら世界第二の地位をくれてやると言うと
困ったように笑っていた 遠慮してるのか? 相変わらず謙虚なヤツだ
「じゃあお隣の犬に喰わせるってのは・・・」
「・・・」
犬が腹を壊すだけだ、下手すれば死ぬ
それ以前にこんなもん食べてくれないだろう
「庭に埋めようかしら?」
「・・・」
バレたらのりに怒られる
またメシ抜きはもう嫌だ
「いっそ燃やしちゃおうかしら?」
「・・・」
ドールは燃えるような材質ではない
まったく、始末に負えないヤツらだ
「あ、そうだ! 粗大ゴミのタンスの中にでも入れとけばいいわ!」
「・・・」
粗大ゴミなら中身も見ずに即スクラップでバッキバキ!
ナイスアイデア! 私は今日も冴えている♪
「ねぇ真紅? 今度粗大ゴミの日に私と一緒に・・・」
「一人で行けぇぇぇ!?」
ボグッ!――グワッシャァアン!!
真紅の腰の入った右ストレートが水銀燈の頬を捕らえる
虎の咆哮にも似たその一撃は水銀燈を窓ガラスごと吹っ飛ばした
しまった、また声に出してたか・・・
今更ながら自身の悪癖を呪う
それというのもいつも一人で寂しかったからだ
これでもママゴトでは一人で最高七役をこなす
世界タイまであと一歩!
「金メダルも遠くないわね・・・」
「・・・なにを言ってるのかしら貴女は?」
呆れ顔の真紅は背後の気配に後を振り向く
「さっきからうるさいですぅ〜」
「ふわぁ、なにかあったの?」
「どうしたのぉ〜」
どうやら騒ぎを聞きつけ起き出して来たらしい
「あらあらみんなお目覚めね? 貴女の力作、ぜひみんなにも見てもらおうかしら?」
こいつらにまで知られるのはさすがに不味い
こうなったら証拠隠滅あるのみ!
「仕方ないわね、こうなったら・・・PCごとすべて灰にしてくれるわ!」
「なっ!?」
さいわい元は頭に入ってる。
短編はいつでも再現可能なのだ。
「あははっ! みんな消えちゃえっ♪」
「オマエが消えろぉっ!?」
ゴギッ!!
「げぶろぁっ!?」
マ、マジ痛い・・・
このガキ、いま本気で入れやがった!
「ボクのPCを勝手に壊すんじゃなぁい!」
「うぅ、でも証拠が・・・」
「んなモン知るかっ! そのPCにはな!
ボクが数十時間もかけて集めたエロ画像が・・・」
慌てて自分の口を抑える少年A
「ケダモノ」
「けがらわしいですぅ」
「最低」
「Hなのぉ〜」
「無様ね」
「お姉ちゃん、悲しいわ」
いつの間にかのりまで起き出して来ている、この騒ぎでは無理ないか
「な、なんだよ!? 別にいいだろっ!」
「ジュン君も男の子だもんね、それは仕方のないことだわ。
でもジュン君には巴ちゃんがいるじゃない?」
最近ガキは巴と言う名のGFができていた
なんでも幼馴染とかで復学してから思い切って告ったらしい
「だ、だって、アイツ胸ないし・・・」
「ジュン君のバカぁっ!?」
ゴキッ!
のりの怒りのアッパーが完璧な角度で炸裂する
首が変な方向に曲がっているが平気なんだろうか?
「・・・チビ人間は巨乳好き、と」
翠星石が律儀にメモっている
どうやらまたエロガキをゆする気らしい
今まで一体いくら貢がせたのだろうか?
「・・・ぉごおおおおぅ!?」
なぜか顎ではなく口元を押さえもんどりうっている少年A
あ、舌噛んでら 指の間から大量の血が流れ出ていた
「・・・そりゃあね。 男の人の気持ちもわからなくはないわ。」
でもね? 女の子って、恋にはもっと繊細なものなの・・・」
どうも事態に気付いてないらしく滔々と説教を垂れるのり
相変わらずのマイペースっぷりだ
このままだと救急車をすっ飛ばして霊柩車を
呼びそうな勢いだがどうしたものか?
ま、いいや
証拠隠滅の邪魔者でしかないガキにはさっさと消えてもらうに限る
のりグッジョブ! 私は100万ドルの笑顔で彼女に向かい親指を突き立てる
のりは気付きもしないが気にしない、シカトには慣れている
見てろよ愚民ども! 私が天下を取ったあかつきには不敬罪で処刑してやる!
暗い野望を胸に秘め、ゆっくりとPCに近づく
今こそすべてを闇に葬るとき!
しかし振り上げた手は何者かに掴み取られる
「っ!?」
「ダメです! 水銀燈」
「翠星石・・・どういうつもり?」
「そんなことをしても誰も喜ばないです」
「知った風なコトを! 貴女に何がわかるって言うの!?」
思わず語気を荒げてしまう しかし彼女は優しく微笑んだ
「そのPCにはチビ人間の思い出が一杯詰まってるんです」
「・・・」
「それさえあればチビ人間からいくらでもせしめられるです♪」
「鬼ね」
よーするにゆすりのネタを潰されては困る、と言いたいらしい
いいわ 分け前は5:5よ?
仕方ないので、作品項目だけ削除することにした
また打ち直すのははなはだ手間だが背に腹は変えられない
「あ、それ♪ ポチっとな?」
「させるかぁっ!?」
ゲシッ!――ガンッ!!
「はげぇぇえ!?」
真紅の矢の如きドロップキックが私の後頭部を蹴り飛ばす
顔はそのままモニターに叩きつけられた
「きさんっ!? なんばすっとかぁっ!!」
言葉がおかしいが気にしてはいけない
間違っても鹿児島在住経験などない
「せっかくの証拠をそうやすやすと消されてたまるもんですか!」
「どこまでも私の邪魔をする気? 真紅、許さないわよ!」
「許さないのはこっちの方だわ。 それをどうする気だったのかしら?」
「知れたことをっ! 全国のお茶の間にお届けするのよ!」
「そんなことは絶対にさせないわ。 私、真紅の名にかけて」
「何人たりとも私の邪魔はさせないわ! 行くわよ? 真紅!」
こうして二人のとっくみあいが始まった
「・・・ふぇぇ〜〜ん!」
突然室内に響く雛苺の泣き声
死体予備軍に説教くれていたのりは我に返ると彼女を宥める
ちなみに少年Aは痙攣を始めた もう長くねーな
「どうしたの? 雛ちゃん」
「雛が、雛が殺されてるのぉ〜!」
「ボクも殺されてる・・・」
あ、それ私の創作作品だ
どうも真紅と取っ組み合ってる最中に蒼星石と雛苺が読んでいたらしい
「まぁ、ヒドイことするわねぇ」
「のりも殺されてるよ?」
「・・・なに?」
バカ! 余計なことは言わなくていい!
蒼星石はマウスを操り、冒頭部分に戻す
「ほら? わずか一行で瞬殺」
「・・・」
その顔が青、黄を経て赤に染まる様はまさに信号機そのもの
そうか! 信号機のモデルは人間の顔だったんだ!
私はまた一つ利口になったことを喜んだ、人生これ勉強である
「・・・これ、誰が書いたのかしら?」
やっべ! 喜んでる場合じゃない!
私は真紅を突き放すと急いで割れた窓から飛び出した
「まちなさーーーいっ!!」
夜空に響くのりの絶叫、それにしてもこういう場合の人間のセリフはいつも同じだ
「待てー!」 人間は有史以前から同じことを言っている
きっとこれから何千年経っても、やっぱりこういうときは「待て」と言うのだろう
人間とはなんと進歩のない生き物だろうか?
世の無常を憂いながら私は月夜に舞った
まるで月光の精のように――
ゴンッ! 「うげっ!?」
なにかが私の頭部を直撃する
「・・・うるっせーぞ桜田!!」
どうやら深夜の騒動にキレた御近所の投擲物らしい
私はそのまま大地に堕ちる
「うぅ、ちくしょう・・・」
私は大地を掻き毟って泣いた
なんで私がこんな目に?
それもこれもみんな社会が悪いんだ!
いつか世界を支配してやろうと決意を固め
ほとぼりが冷めるまで逃げることにした
ウフフッ♪ 今度は貴方のお宅に御邪魔するわね?
「 行 き 着 く 先 」 は 貴 方 の お 家
完
----
グッドEDはこれで終わりです
バッドEDはややエグい内容です
!バッドED
「真紅ちゃ〜ん? はい、御飯よぉ♪」
「・・・」
「あらあら雛ちゃん、またこぼしちゃったのぉ?
もぅ、しょうがない子ねぇ。」
「・・・・」
「翠星石ちゃんも蒼星石ちゃんもすぐ食べさせてあげますからねぇ〜」
「・・・・・」
「はい! どう・・・」
ゴギッ!
「ぎゃああああああ!?」
「・・・それは押入れでやれって言ってるでしょ?」
私は木刀を突きつけると押入れを顎でしゃくった。
「うぅ、ごめんなさい巴様。 すぐ行きますから・・・」
散乱したわら人形や色とりどりのてるてる坊主を掻き集めるといそいそ
押入れの中に入っていった。 いちいちうっとうしいヤツだ
「まったく、我が家にはろくな人形が来ないわ。」
私は大きく溜息をついた。
話は3日前に遡る・・・
私は修行のために山篭りをしていた。
熊でも出れば新技のいい実戦テストになるのだがいかんせんここにはいない。
しょうがないので日々、自給自足と鍛錬を繰り返していた。
今日も今日とてエサを求めて山中を徘徊していると無数の壊れた人形達を見つけた。
人形に苦い経験のあった私は思わず眉をしかめたが当然それらは動き出す様子もない。
私は精神修養も兼ね、過去のトラウマを克服すべく一体持ち帰ることにしたのだった。
しかしあるのは壊れた人形ばかりで五体満足なものは一つもない。
恐らく欠けて売り物にならない人形をまとめて捨てていったのだろう。
最後に壊して遊んだのか、どれもこれも酷く損傷している。
仕方なく無事なパーツを組み合わせて作ることにした。
上半身のみの髪の長い人形が目を引き、それに合う下半身を探す。
すぐに見つかり、わずか二つの部品を組み合わせるだけで作業は終わった。
多少違和感がないでもないが十分だろう。
そのデキに満足した私はその場を後にしようとしたのだが・・・
「・・・ぇ〜〜〜」
奇妙にくぐもった声に思わず後を振り返る。
こんな山中に何者が?
私は出来上がった人形を放り出し、愛用の仕込み木刀「綾辻」を構える。
最悪の事態を想定し、親指で留め金を外す。 これでいつでも刃が使える。
注意深く周囲を伺い神経を研ぎ澄ます。 だが何者の姿も見えない。
「・・・ぇ〜〜〜」
再びの声。
それはどうやら積み上げられた廃棄人形の中から聞こえるようだ。
私は慎重に人形を取り除き、声の主を探す。
すると・・・
「おお! 父上っ・・・」 グシャ!
「それ」が何かを言い終わらぬ内に反射的に木刀を振るっていた。
誰が父上だ、私は女だ
ムカツいた私は腹いせに「それ」の残骸を薪の代わりにしてやることにした。
私は二つの人形を抱え、再び拠点にと作った巣に戻っていった。
「・・・ぉ〜〜〜・・・」
満天の空の下、焚火にくべられた残骸の断末魔が心地よい。
ここしばらく話し相手もいなかったので少し寂しく思っていたのだ。
今夜はこっちの完成品を抱いて寝よう。
少し早いが私は床につくことにした。
「・・・お父様ぁ〜〜!」 ゲシッ!
突然抱きついてくる完成品を反射的に蹴り飛ばす。
チッ、コイツもか!? 私は綾辻を手に様子を伺う。
「うぅ・・・お父、様・・・」
ゴリッ!
思わずその頭を踏みにじる。
どいつもこいつも・・・私はれっきとした女だ
「あぐっ!?」
「・・・だぁれがお父様だって? あぁ?」
その端正な横っ面を木刀の切っ先でぐりぐりこねまわす。
「ご、ごめんなさい・・・」
「私は、お、ん、な、よ! わかった?」
「はい、じゃあえ〜と・・・お母様?」
ダンッ!
「うごっ!?」
再度頭を踏みつける。 誰がお母様だ 私はまだ13だ
「あぅぅ・・・」
「巴様とお呼び、わかったわね?」
「は、はい・・・巴様。」
「よし。」
嫌な疲労感を覚えた私はすぐに眠ることにした。 とりあえず明日だ
完成品をロープでふんじばり、改めて床についた。
「ん〜、いい朝ね。」
「おはようございます、巴様。」
「・・・」
「巴様?」
「・・・おはよう。」
しっかりと縛り上げておいたはずが、いつの間にか抜け出していた。
縄抜けとは意外に器用なヤツだ
山篭りも今日で終わりだ
荷物を取りまとめ、下山の準備をする。 次来るのは来年だろう
完成品を伴い、私は山を降りはじめた。
「そういやアンタの名前は?」
「水銀燈です。」
「ふ〜ん。」
変な名前だ 「水銀」はまぁいいとして、どこら辺が「燈」なのか?
もしかして見つからなかった下半身がランプ状になっていて明かりが
取れる構造だったのか? んなわけないか
「水銀燈はこれから私の家で暮らしなさい。 いいわね?」
「はい、巴様。」
「言っとくけど私の命令は絶対よ?
逆らったら即スクラップだからね?」
「は、はい・・・」
動く人形は雛苺以来だ。 トラウマの克服にはうってつけと言えるだろう。
また、前回の失敗を反省し、これからは厳しくしつけることにする。
自分が厳しくしつけられた経験から、思わず甘やかしてしまったのが
いけなかったのだ。 子供できたら厳しくしよう
家に帰り着くと案の定、誰もいなかった。 好都合だ
とりあえず薄汚れた水銀燈を風呂に放り込み、ついでに
自分も風呂に入る。 山篭りの垢を落とさなくては
風呂から出ると早速タンスの肥やしになっていた子供の頃の服を
引っ張り出す。 手頃なサイズと言えるだろうそれを水銀燈に渡した。
「とりあえずそれを着なさい。 素っ裸じゃカッコわるいもんね。」
「はい、巴様。 ありがとうございます。」
「サイズは問題ないわね?」
「はい、ピッタリです。 でも・・・」
「? なに?」
「デザインがダサ・・・」
ガゴンッ!
「げぁぁあああ!?」
「・・・殺されたいの?」
「も、もうしわけ・・・」
「次はないわよ?」
「は、はい。」
久々にまともな食事を取ろうと台所に向かう。
食卓に置かれたメモを見つけ、その内容に愕然とする。
なんと桜田邸が炎上し、ジュン君とお姉さんは病院に運び込まれたらしい。
すでに事件より4日が経過していた。
「水銀燈っ!? すぐ出かけるわよ!」
「は、はい! 巴様。」
水銀燈を伴い、私は二人の入院先に駆け出した。
勿論お見舞いの品も忘れない。 この辺の細かい気配りで地道に
ポイントを稼ぐのは恋愛の鉄則だ。 お姉さんに対してもである。
リサーチ済みのジュン君とお姉さんの好物を物色しながら
公然とジュン君を訪問する口実が出来たことを私は天に感謝した。
大きく一つ深呼吸すると「桜田」のプレートが入ったドアをノックする。
コンコンッ
「はい、どうぞ?」 お姉さんの声だ。
「お邪魔します。」 音を立てぬようゆっくりドアを開ける。
「あら! 巴ちゃんじゃない。 わざわざ来てくれたの? ありがとう。」
頭には包帯が巻かれ、頬に絆創膏が貼られているが思った以上に元気そうだ。
「お久しぶりです。 あの、ジュ、桜田君は?」
「ジュン君は今寝てるの。 せっかく来てくれたのにごめんなさいね。」
そう言うと彼女はちらりとカーテンに遮られた隣のベッドに目をやる。
「い、いえ、いいんです。 あの、コレ良かったらどうぞ。」
「わぁ! ありがとう! 私の好物もジュン君の好物もあるんだぁ!」
「そ、そうなんですか? 良かった、気に入ってもらえて。」
あえてとぼけてみせる。 これもテクニックだ
「あら? その子は?」
「あっ、え〜と・・・しばらく家で面倒見ることになった水銀燈です。
ほら、桜田さんよ。 御挨拶なさい?」
彼女の肩をきつく掴む。 ここで下手打ったら折檻だというサインだ。
「あ、あの・・・はじめまして、水銀燈と申します。」
スカートの裾をつまむと優雅に一礼する。
その場違いなしぐさに思わず眉をしかめてしまう。
後で日本式仕儀作法を叩き込んでやる
「・・・う〜ん。 誰?」
「っ!?」
カーテンの中から漏れ出る声に思わずドキッとする。 ジュン君の声だ
やった! ジュン君に会える 私は思わず声をかけた。
「あ、桜田君? 私、お見舞いに来たの。」
「・・・柏葉?」
「そうよジュン君。 巴ちゃんがお見舞いに来てくれたのよ?」
やがてそろそろとカーテンが開けられると
お姉さんと同じような姿のジュン君が見えた。
最初は目を細めて私を伺っていたが、断念したのかメガネをかける。
「あの・・・元気?」
「・・・うわぁぁぁぁぁっ!?」
ボンヤリしたその目が私の横に注がれると彼は突如絶叫した。
「桜田君っ!?」
「ジュン君っ!? どうしたの?」
「に、人形が、人形がぁ・・・」
えっ、コイツ?
ズンッ!
私は即座に水銀燈を室外に蹴り飛ばす。
ヤツのくぐもった呻きが聞こえるが気にしない。
「はぁはぁはぁ・・・」 少しは落ち着いたようだがまだ息は荒い。
「ごめんなさいね、巴ちゃん。 最近ちょっと人形でいろいろあって・・・」
「いえ、私の方こそすみませんでした。」
「いいのよ。 ところで水銀燈ちゃんは?」
「今外してます。」 空気も読まずに入ってきたら腕の一本ももぎとってやる
「そう・・・」
「そろそろお暇します。 お騒がせして申し訳ありませんでした。」
「いいのよ、良かったらまた来てちょうだいね?」
「はい、お伺いします。 桜田君? あの、また来るから・・・」
「・・・もう二度と来んな!」
「っ!?」
「ジュン君! なんてこと言うの?」
「いえ、それじゃあ失礼します。」
「ゴメンね巴ちゃん・・・ホントにゴメンなさいね?」
「はい、それではお大事に。」
私は頭を下げると外に出て扉を閉める。
「・・・」
「・・・巴様?」
ゴスッ!
「うげぇっ!?」
とりあえず張り倒す。 まだおさまらないが後だ。
怒りと悲しみを胸に私は家路に着いた。
----
「・・・んで? そいつはどうしたのよ?」
家に着くとすきっ腹にエサを詰め込み、早速尋問に入った。
案の定、水銀燈は事情に通じており今までの経緯を語った。
犯人が瑞樹という名の日本人形であることまでは
わかったがそいつのその後が判然としない。
トドメを刺したらしいのだがまだ生きている可能性もあるという。
もし生きていれば良し、そいつの首を手土産にすれば挽回も可能だ。
この失点はなんとしてでも埋め合わせなければならない。
「そ、それがなんとも・・・」
「・・・わからないって?」
「い、いえ、多分私がいた場所にいるんじゃないかと・・・」
「それってあの山のことよね? やたら壊れた人形が一杯転がってたけど。」
「それは多分、私の配下だと思います。」
「配下? そんなのいたの?」
「はい、でも瑞樹の足止めをさせたら全部壊れてしまって・・・」
「よくわかんないけど、あれは全部アンタの関係者なのね?」
「はい・・・」
「まぁ動いてたのはアンタと首だけ日本人形だったけど・・・ん?」
「・・・えっ?」
思わず顔を見合わせる二人。
先に水銀燈はこう言った。 「日本人形」だと。
「そいつの特徴、覚えてるわよね?」
「あ、いえ、それが・・・」
「・・・アンタそいつとやり合ったんでしょ?」
「瑞樹は自分の体に他の人形の部品をかなり強引に
繋ぎ合わせていましたから顔しか覚えてないんです。」
「どんな顔よ?」
「それは、言葉で説明するのはちょっと・・・」
「あぁもう!・・・そう言えばアイツ父上がどうとか言ってたわね?」
「っ!? それです。その口調は瑞樹のものです。」
「・・・マジ?」
「ええ? あの、なにか?」
「・・・」
その人形ならすでに腹いせに火にくべていた。
もはや灰しか残っていないだろう。
挽回計画、初っ端から頓挫!
私は頭を抱えてうずくまった。
仇を討ったのはまぎれもない事実だが、信じてもらえなければ意味がない。
そのためにはどうしても物証が必要なのだ。
とりあえず物分りの良いお姉さんに先に話を通しておこうか?
そのためには事情をさらに詳しく知っておく必要がある。
今度はもっと時間を遡って聞くことにした。
どうやら桜田家には6体もの人形が集っていたらしい。
その他もろもろ含めると数十体にはなりそうだがそれはいい。
以前に家でも飼っていた雛苺のクソガキをはじめ、赤色の真紅、
緑の翠星石、青色の蒼星石、日本人形の瑞樹、そしてこの水銀燈だ。
桜田邸はよく観察していたので水銀燈と瑞樹以外は少なくとも一度は
目にしている。 どうやら新参者がはっちゃけた挙句の炎上事件らしい。
その後、5対1のガチバトルが行われ、残ったのがこの水銀燈。
大雑把に言うとそういうことだ。
「・・・なっさけないわね〜? 5:1のリンチモードで
逆にそこまでケチョンケチョンにやられたってワケ?」
「はい、ことのほか瑞樹が強く・・・また序盤では約2名が
実質戦力として機能していなかったものですから・・・」
「誰と誰よ?」
この手の話にのめり込むのは私の悪いクセだ。
親にははしたないと言われるし、友人には変な目で見られる。
間違ってもジュン君やお姉さんに知られるワケにはいかない。
「・・・私と雛苺です。」
「なんで?」
「え?」
「雛はわからなくはないけど、アンタはそこそこデキるんでしょ?」
「はぁ、それがいろいろあったものですから。 どうにも共闘しかねて。」
「まぁいいけどさ。 他の3体も大したことないわねぇ。
3:1でのされるなんてどんな役立たずよ?」
「・・・」
なぜかこっちを恨めしそうな目で見つめる水銀燈
「何か文句ある?」
「い、いえ、別に・・・」
「? ま、結局ジュン君の仇は私とアンタで討っちゃったワケだ。」
「巴様が瑞樹を倒したんですか?」
「壊して火にくべた。」
「・・・」
「今は灰しか残ってないわ。 あ〜ぁ、知ってたらそのまま持ってきたのになぁ。」
「ジュン君がお好きなんですか?」
ゴンッ
「痛ったぁ・・・」
「ジュン様、でしょ? いずれアンタの御主人様になるんだから。」
「そうなんですか?」
「そうなるのよ。 いえ、そうするの。 どんな手を使ってもね。
アンタも手伝うのよ? いい?」
「は、はい!」
「まずは報告ね。 疲れたし、向こうにも落ち着く時間が
いるだろうから明日にしましょ。 ちょっと昼寝するわ。」
「はい、お休みなさい。」
私は布団を敷くとすぐに横になった。
天井を見つめながら私はボンヤリと物思いに耽っていた。
疲れているとは言え、今朝までぐっすり寝ていただけに頭は冴えている。
「雛ちゃ〜ん・・・」
「・・・?」
雛のクソガキがどうしたのだろう?
体勢はそのままに顔だけ声の主に向ける。
見ると水銀燈が何かに語りかけている。
「翠ちゃ〜ん・・・」
翠星石? あの口の悪い緑の猫被りのことだ
「・・・」
「・・・?」
次の言葉を耳を澄ませてじっと待つ。
「・・・4人足りな〜い!?」
「多いわよっ!?」
思わず跳ね起きて突っ込んでいた。
おい○さんだって1/10なのに、半分以上とは図々しいにもほどがある。
見ると水銀燈の前にはわら人形が置かれていた。
壁に掛けてあったのを持ってきたらしい。
「・・・なにやってんのよ?」
「あ、と、巴様? これはその・・・」
「それは雛苺でも翠星石でもないでしょ?」
「・・・」
水銀燈はうつむいてじっとしている。
その顔は今にも泣き出しそうに歪んでいた。
「・・・しょうがないわね。」
私はティッシュと輪ゴムを持ってくるとてるてる坊主を作り始める。
「・・・巴様?」
「ちょっと待ってなさい。」
やがて出来上がったてるてる坊主にスプレーで色を付けていく。
無い色をわら人形に割り振り、とりあえず数を揃えた。
「はい。」
「うわぁ〜♪」 途端に水銀燈の顔に笑みが広がる。
「乾くまで触っちゃダメよ?」
「はい! ありがとうございます!」
「あと、うっとうしいからやるなら押入れでやってね?」
「はい、わかりました。」
「それじゃおやすみ。」
水銀燈が押入れに入るのを見届けると再び私は床についた。
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翌日、結局昼まで待ってメールを打つことにした。
とりあえず仇は私と水銀燈の二人が命懸けで討ち、もう心配は
いらないこと、そして他の人形達は戦いに敗れて壊されたことを伝えた。
返信はすぐに来た。
お礼と先日のお詫び、そして私達ににケガはないかとの心配が記されていた。
私は山篭りで負ったいくつかの傷を瑞樹との戦闘のせいにすることにした。
また今後の付き合いを考え、水銀燈の下半身を損なうほどの健闘と、私が
それを継ぎ足したことを添えて送ると、重ねてお礼と心配のメールが届く。
これで少なくともお姉さんの好感度UPは間違いない。
後はお姉さんからジュン君にそれとなく伝えてもらえれば機嫌もどうにかなる。
いずれにせよ夏休みはまだ20日を残しているのだ。
早速勉強机に向かうと夏休みの間の計画を練り始める。
すると、わら人形やてるてる坊主を抱きかかえた
水銀燈が窓辺に腰掛け歌いだした。
「しね♪ しね♪ しねしねしねしねしんじまえ〜♪」
「・・・」
「黄色いブタめをやっつけろ〜♪」
「・・・・」
「金で心をよごしてしまえ♪」
「・・・・・」
「日本人は邪魔っけだ♪ 黄色い日本ぶっつぶせ♪」
ゴギンッ!!
「がああああっっ・・・!?」
ドサッ
大上段の一撃が水銀燈を庭に転落させる。
よりにもよって日本の伝統を守る我が柏葉家で死ね死ね団の
テーマとは、そのクソふざけた度胸だけは賞賛に値する。
窓から庭を見ると散らばった人形達を泣きながら掻き集めていた。
室内の方に散らばったいくつかのてるてる坊主を投げ捨てる。
「いやああああああああああああっ!?」
途端に響く絶叫。 御近所に悪い噂が立ったらどうする!?
やがて人形を抱きかかえた水銀燈が部屋に戻ってきた。
「・・・なにあの歌は?」
綾辻の背でトントンと肩を叩きながら冷たい目で尋ねる。
「あ、あの・・・子守唄です・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・他にレパートリーは?」
「ありません・・・」
「あっそ・・・」
コイツは一体どんな人生を送ってきたのだろう?
仕方なく歌を教えてやることにした。
窓辺から御近所一帯に死ね死ね団のテーマなど流されてはたまらない。
下手な街宣右翼より性質が悪い。
声は美しいし、音感も見事なものだ。
後は歌さえ選べば良い歌い手になるだろう。
しかし困ったことに我が家にはろくな歌がない。
家柄から我が家には古いラジカセが一台あるばかりだ。
だいたいCD、MD全盛の時代にラジカセではどうしようもない。
旧家だからと言って流行にまで鈍感では化石のそしりを免れない。
年頃の女の子としてそれだけは避けたかった。
なによりジュン君になんと思われるか考えただけで恐ろしい。
「じゃあチューリップの歌を教えるわね?」
いまだに幼稚園や保育園ではよく使われる歌だ。
下手に流行物に手を出すより無難だろう。
なによりこれなら何もいらない、身一つで事足りる。
「チューリップの歌、ですか?」
「そうよ? 私に続いて歌うのよ?」
「はい。」
「オホン! 咲いた〜♪ 咲いた〜♪ チューリップの花が〜♪」
「・・・咲いた〜♪ 咲いた〜♪ チューリップの花が〜♪」
驚いた すでにして私より上手い。
なにより私のズレた音程を即座に修正し、より精度の高い歌声を流麗に紡ぎだしている。
「な〜らんだ〜♪ な〜らんだ〜♪ 赤♪ 白♪ 黄色♪」
「・・・な〜らんだ〜♪ な〜らんだ〜♪ 赤、白、き・・・」
「・・・?」
「・・・」
「どうしたのよ?」
「真紅ぅ〜! 金糸雀ぁ〜!」
「やかましいっ!?」
ゴギンッ! 「いぎゃっ!?」
どうやらすでにくたばった姉妹人形を思い出したらしい。
しょうがないので「ハトポッポ」を仕込むことにした。
これもあっさりとマスターし早速歌い始める。
「ポッポッポ♪ 鳩ポッポ♪・・・」
美しい音色
歌い手次第で歌がここまで映えるとは思いもしなかった。
ありふれた安っぽい歌も彼女にかかれば至高の旋律と化す
計画もそのままにしばし私はその歌声に聞き惚れていた。
ん? 鳩? ハト 雀・・・そうだ!
「水銀燈? こっちいらっしゃい。」
「はい? ただいま。」
「アンタ、雀は獲ったことある?」
「いえ?」
「獲れる?」
「多分・・・」
「じゃあ今からこの辺の野生の雀、片っ端から獲ってきなさい。
生死は問わないから。 ただし残さず持って帰ること、いいわね?」
「どうしてですか?」
「どうしてもよ。 早く行きなさい。」
そう言うと私はゴミ袋を手渡す。
彼女は黙って受け取ると黒い翼を広げ、窓から飛び出して行った。
すぐに見付けたらしく後を取り、確実に捕らえていく。
その見事な空戦機動に思わず感嘆の声を漏らす。
かつての零戦もこのように華麗に空を舞ったのだろうか?
「これで明日の朝から安らかに眠れるわね。」
私は安眠を破る毎朝のけたたましい雀の鳴き声を
思い出しながら水銀燈の飛んで行った空を眺め続けた。
「御馳走様でした。」
「ごちそうさまでした。」
食事を終えると揃って部屋に戻る。
前回の失敗を反省し、親に事情を話して飼う許可をもらったのだ。
尿意を催しトイレに向かうと、忘れていた疑問が頭をもたげる。
「そういえばアンタ達のお腹の中はどうなってるの?」
「? どういうことですか?」
「食べた物全然出さないじゃない? 雛もそうだったけどさ。」
「それは・・・ディラックの海に通じているとかなんとか・・・」
「なに、それ?」
「私もよくはわかりませんけれど・・・」
「入ってばかりで出てこないなんて、まるでブラックホールね。」
「ブラックホール? なんですか?」
「説明は面倒だからナシ。 それってなんでも入るの?」
「理論上はそうだと・・・あの、何を? あぐっ!?」
私は水銀燈の髪を引っ掴むと仰け反らせ、口の中に綾辻を突っ込む。
すんなりとはいかず何度か引っ掛かるたびに先端を掻き回した。
「あが・・・おぐっ!?、ぉごご! ぉがっ!?ぁががあっ!!」
「・・・大人しくしなさいよ?」
容赦なく木刀を突き入れる、水銀燈が涙目と手振りで訴えているが気にしない。
やがて、柄までが入るとそこから先に手応えは全くない。
「ぁが〜・・・」
しょうがないので木刀を引き抜く、先端は嫌に冷え切っているがそれだけだ。
「次はコレね?」
水銀燈が捕獲した雀達を取り出すと片っ端から口の中に詰め込んでいく。
チュンチュンチュン! 「あぐっ、がぐっ、うぐっ・・・」
調子よくどんどんと嚥下していく。
やがて十数羽の雀はすべて腹の中に消えた。
「・・・出て来ないわね?」
「はぁ・・・」
「何処行ったのかしら?」
「さぁ・・・?」
消化されてしまったのか? それとも異次元に飛ばされたか?
謎は深まるばかりだ
「じゃあ、最後はコレね?」
「なんですか?」
「爆竹。」
「・・・」
私は火をつけると水銀燈を引き寄せる。
「そ、それだけはお許しを・・・」
泣き顔で哀願するが容赦はしない。 抵抗する水銀燈を
押し倒し、無理やり開かせた口の中に爆竹を押し込んだ。
バババババンッ!
「ぅぎゃああああああああああああ!?」
「うるさいっ!」
ゴギンッ!
絶叫する水銀燈を思わず殴りつける。
どうやら手間取ってる間に火が本体に達したらしい。
嚥下する前に爆発してしまった。
喉の辺りで材質ごしに明滅する閃光が見えた。
「夜中に騒いだら怒られるでしょ!?」
「・・・」
どうやら殴られた衝撃で気を失ったらしく、白目を向いて痙攣するばかりだ。
私はほっといて寝ることにした。
そして今朝目覚めると薄気味悪いママゴトを始めていた。
いまだ押入れの中で続行中らしく、くぐもった声が聞こえる。
停電時にしか出番の無い蝋燭に使い道が出来たのはいいのだが・・・
「ふぅっ・・・」
私はもう一度ため息をつくと今後の計画を練り始める。
そして計画に没頭するあまり、押入れの中の奇妙な
やりとりに気付くことはなかった。
暗い押入れの中に蝋燭のかすかな光が瞬く。
今にも消え入りそうな明かりを頼りに水銀燈は
わら人形や、てるてる坊主に話しかけていた。
その声は爆竹による損傷のためかしわがれ、
度重なる殴打のために全身はひび割れ、首はかしいでいた。
動く度にきしむ体は油の切れたカラクリのようだ。
そしてなにより
その目にはもはや正気はまったく見当たらなかった
彼女は今度こそ完全に壊れたのだ
体以上に 心が
「本当に怖いお姉ちゃんですねぇ〜真紅ちゃん?」
「・・・」
「あらあら、雛ちゃんもそう思うのぉ?」
「・・・」
「まぁ! 翠ちゃんそれはいい考えだわぁ!」
「・・・」
「うんうん、蒼ちゃんにもさせてあげますからねぇ♪」
「・・・」
「そう、今夜にでも・・・
・・・お仕置きしてあげなくちゃあねぇ?」
「 行 き 着 く 先 は ・ ・ ・ 」
完?
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!422からの分岐 ノーマルルート
今日もいい天気だ お父様を散歩にお誘いしよう
そう思いながらハーブを一枚むしりとる。
父に淹れる紅茶のために、一人ハーブ園を訪れていた。
本来ならばミーディアムにでもやらせるのだが今はいない。
そして今後、再びミーディアムを持つことがあるかどうかもわからない。
「ねぇ? 今日もいい天気よ。」
真っ赤なドレスに身を包んだ少女が
服に結いつけられた黒い羽に語りかける。
やがて彼女は家を目指し、ゆっくりと歩き始めた。
「 行 き 着 く 先 」 ノーマルルート
再び意識を取り戻したときは心底驚いた。
あれほどまでに思い焦がれた父が目前に居る。
最初は疲れた心が見せる幻だと、冷ややかとも言える
冷静さをもって懐かしい父の顔を見つめていた。
やがて語られる父の言葉からこれが現実で
あることを理解すると、途端に父に飛びついて泣いた。
人前で涙を流すなど、アリスを目指す己にあってはならぬこと
その決意、そして覚悟をこのときはじめて裏切った。
「水銀燈が?」
「そうだよ真紅。 水銀燈はお前こそアリスにふさわしいと言った。
いずれアリスとなる器だと。 一番に作り直し、早く見てやってくれとね。」
これにはさしも真紅も困ってしまう
つい最前に父の胸で赤子のように泣きじゃくったばかりだ。
自身の決意はおろか、水銀燈の期待をも裏切ってしまったことに
どうしようもない情けなさと慙愧の念を覚え、再び涙を流した。
「たくさんお泣き。 そして泣き足りたらまた笑っておくれ。
オマエの笑顔は薔薇の微笑み、この世で一番美しい。」
我が子をあやすようになだめる父の顔にかつての渇望や狂気が
もはやほとんど見て取れぬことに少なからず驚いた。
そして彼女は水銀燈を糧に、再び姉妹が甦ろうとしていることを知った。
「ゴメンなさいね。 ジュン、のり。 こんなにも遅れてしまって。」
時刻は深夜
世界が月光に染められる中、真紅は桜田家の墓前を訪れていた。
あれからすでに数ヶ月が経っていた。
鏡を抜けて日本に渡り、桜田邸を訪れたものの
もはや家は跡形もなく処理されたあと。
途方にくれた真紅はその場に居合わせた少女、
柏葉巴の協力でここに辿りついたのだった。
(貴方たちを守れなかった。 私が不甲斐無いばかりに。)
深い悔恨の念
それは己が生きるためにミーディアムを欲した結果でもある。
戦うことを是とする己の身勝手が、
戦いを厭うかよわい彼らを巻き添えにした。
‘ノブレス オブ リージュ’
高貴なる者の義務として彼らを守らなければならなかったのに
(水銀燈、貴女は間違ってたのかもしれなくてよ? 私にはアリスなんて・・・)
しかしその気弱な考えをすぐに打ち消す。
彼らはすでに逝ってしまった。 己の挫折は彼らへの冒涜でもある。
やがて真紅の胸を去来する暖かい思い出は彼女の胸を熱くする。
そして流した三度目の涙に誓う。
(私はアリスになる、必ず)
「そしたらまた来るわね? ジュン、のり・・・」
二輪の薔薇を添えると真紅は墓地を後にした。
真紅はnのフィールドを訪れ、姉妹達の亡骸を探した。
水銀燈が最後の力でかろうじて己一人は転送してくれたものの、
その他のドールはいまだこの地に眠っている。
早く待っている父の元に送ってやらなくてはならない。
荒野を駆ける真紅は姉妹の亡骸と共に一枚の黒羽を見つけた。
手に取って眺めていると、水銀燈のいつもの皮肉っぽい笑みが思い出される。
自分に向けられる激しい嫉妬の目、そしてどこか寂しげな後姿・・・
(貴女はもう、どこにもいないのね・・・)
心にぽっかり穴が開いたような奇妙な感覚
それを埋めるように黒羽を胸に抱きしめる。
ふと我に返ると、いまだに水銀燈の影を追っている自分に苦笑してしまう。
(こんなことだとまた貴女に笑われてしまうわね?)
でもいい
自分はまだ弱い
しかし決して挫けるワケにはいかない
もし自分に負けそうになってもこの羽が見ていてくれるなら――
「今はまだ甘えさせてね? お姉様・・・」
彼女は羽をそっと懐に収め、父の待つ家へと歩き始めた。
「なに?」
「私はアリスになります。 お父様。」
「・・・」
眼前の父の顔は心底複雑、そうとしか表現しようのないものだ。
「・・・もう、よいのだよ?」
たっぷり時間を掛けてようやく絞り出された言葉はそんなお粗末なものだった。
おそらく内心の整理がまったくついていないのだろう。
深い懊悩が手に取るようにわかる。
父の決断を促すため、言葉を続けた。
「水銀燈はアリスを望んでいましたわ。
自身のために、なによりお父様のために。」
「・・・」
「私も同じです。 今度こそ、アリスになりますわ。 必ず。」
「しかしそれは・・・」
「アリスゲームだけがその道だとは思いません。
完璧なる乙女・・・少しだけ、考える時間をくださいましね? お父様。」
「・・・ああ! それがいい。 私も自分が一体なにを追い求めていたのか、
もう一度ゆっくり考えてみよう。」
そういって二人して笑いあった。
思えば、父の理想と己の理想とは本当に同じものだったのだろうか?
そしてそれは容易く言葉にできるようなものだったのだろうか?
まずは「完璧」という言葉、その概念について少し考察してみようと
父の作業を眺めながら静かに思索にふけった。
ハーブ園からの帰り道、色とりどりの花を見つける。
赤、白、黄色・・・
思わずのりが歌ってくれたチューリップの歌を口ずさむ
「・・・どの花見ても綺麗だな♪ そうね、本当に綺麗。」
(赤は私、白は水銀燈、黄色は金糸雀ね。
残念ね翠星石? 貴女の色はないみたい。 フフッ♪)
花弁の感触を楽しみながら、一つ一つの色と香りを確かめてゆく。
「本当に、どの花も綺麗だわ。
貴方達、とっても素敵よ?・・・・!?」
自らの独白にハッとする
どの花も・・・
そう、どの花も美しい 醜いものなどない
強いて言えば優劣をつけられるくらいだ
それとて己の主観にすぎない 真逆の評価をする者も居よう
もっとも美しい花とて欠点はある
逆に欠点が例えようもなく愛らしいものもある
まるで我々姉妹のように・・・
では 「完璧」とはなんなのか?
はたして「完璧」とは実現しうるものなのか?
そも「アリス」とは如何なる者だったのか?
なにか根本的な間違いをしていたような奇妙な感覚
少女は自分の思いつきを父に話そうと再び家を目指す
そして風になびく黒羽を見るや、その顔をほころばせる
(それでも一番美しいのは・・・きっと貴女よ? 水銀燈。)
やがて少女はゆっくりと駆け出して行った
「 行 き 着 く 先 」 正史・完