アンダーウェア
ベッドで読書に耽っていた真紅が本を閉じる。
「ねえ、ジュン」
「ん?」
「あなた、女性の下着に興味ある?」
「ブアッ――なんだよ、急に!」
突然出た「下着」という言葉にジュンが盛大にうろたえる。耳まで真っ赤にして、まだまだ純情な少年だ。
真紅はそんな彼を見て楽しむように、淡々と理由を述べる。
「たまには違う下着も着けてみたいの。ジュンに仕立ててもらおうかと思って」
「そんなの作れるかッ!!」
廉恥心から怒り出すジュン。それでも真紅は意にも介さない。
「そうかしら。あなたなら素敵な下着を作れるはずよ」
ジュンの裁縫の腕前は、あの真紅を唸らせるほどだ。
しかし、ジュンが言う「作れない」とは意味が違う。真紅はわざと意味を取り違えた。
「作れても嫌だ」
ジュンは頑なに拒否する。中学生が女性下着を作るのは、それは抵抗があるだろう。
真紅は少し考え、とんでもない提案を出す。
「なら報酬を付けましょう。特別に、新しい下着の上から私の体を触ってもいいわ」
生唾を飲み込むジュン。その音は真紅にも聞こえそうだ。
こんな話を真紅がするはずがない。遊ばれているに決まっている。
しかし、思春期のジュンの心が煩悩で揺れる。
「本当に――」
「嘘よ。本気にしないで。汚らわしい」
本気にしたとたん、真紅が早業で冷たくあしらう。
少しでも期待してしまったジュンは、またも廉恥で怒り狂う。
「ガアアアアア、人形のくせに人を馬鹿にしやがってえッ!!」
怒って暴れだしたジュンから軽い身のこなしで逃げる。
逃げ切る間際、こう付け加える。
「でも、本当に見事な下着を仕立ててくれたら、考えてあげてもいいわよ」
「へ?」
呆気に取られたジュンは、瞬時におとなしくなる。
この後、彼は作るか作らまいか、たっぷり一週間は真剣に悩み続けた。
----
近頃のジュンは寝不足が続いていた。原因は勉強でもなければインターネットでもない。ある物を夜中にこっそりと作っているのだ。
「できたッ!」
今夜もせっせと物作りに励んでいたジュンが、完成の声を上げる。
「うん、我ながらいい出来だ」
そう言って顔の高さで広げたのは、ピンクのレースのキャミソール。
そう、彼は真紅に頼まれた下着を仕立てていたのだ。
翌日、ジュンは真紅と二人きりになる時を待った。
そして昼食後、その時は訪れた。
翠星石と雛苺は一階でお昼寝をしている。ジュンの自室で本を読んでいる真紅と二人きりになった。
机から折り畳まれた下着を取り出し、ベッドで読書をする真紅に寄る。
「真紅……」
「何?」
本から顔を上げる真紅。
いざとなると恥ずかしくなるものだ。ジュンは手渡そうとしても、なかなかできない。
「これ……作ったぞ」
差し出しながらこれだけ言うのが精一杯だ。
出された物が何か分からなかった真紅は、とりあえず本をベッドに置いて受け取る。
「まあっ、何て素敵なの……!」
広げて見た真紅の第一声は、素直な賛辞の感嘆だった。彼女は目を輝かせ、その手作りの衣装をうっとりと見つめる。
「これを私に?」
「ああ、真紅が欲しいって言ってたから」
「私が?」
真紅は首をかしげて「はて」と考える。この人形は己がした悪戯をすっかり忘れていた。
そして、徐々に思い出す。あれは二週間以上前、下着を作らせようとしてジュンをからかった。そこで何か約束をしたような気がする。
「あ! あの時のっ!」
真紅の顔が一転して青くなる。
どうやら全てを思い出したようだ。
まさか、本当に下着を仕立ててくれるなんて思ってなかった。
このまま約束をうやむやにするのも、自分がかっこ悪いようで気が引ける。
真紅はわずかな望みを懸けて聞いてみる。
「ジュン、本当に私の体に触りたいの?」
触りたくないと言われても傷付くが、今はそんなことを気にしている場合ではない。ジュンのことが嫌いなわけではないが、心の準備という物がある。
「うん……」
緊張しながら頷くジュン。
運命は決した。
腹を括った真紅は、何も言わずに着ている服のボタンに手を伸ばした。
----
「あっち向いてて」
下着を脱ぐ前にジュンを後ろに向かせる。体に継ぎ目があるので、人形でも裸は恥ずかしい。
「いいわよ」
ジュンが声がする方に振り向くと、真紅はベッドで仰向けになっていた。
着けているのは薄いキャミソール一枚だけ。よく見れば肌が透けて見える。
ジュンは見ただけで息が荒くなるのを感じた。
「優しく触るのよ。それと、約束通り下着の上からだけにして」
許しを貰ったジュンは、震える指を恐る恐る近づける。
人差し指がおへそ付近を押す。
「あん……」
真紅の甘い声が漏れる。思った以上の快感に襲われ、真紅は戸惑う。
ジュンの方は興奮を増す。触った感じは柔らかく、人肌と変わらない。
こうなったら男が手を伸ばす場所は、自ずと限られてくる。
「はあっ……!!」
強い快感が体を突き抜け、真紅は一際大きな声で喘ぐ。
胸を触られたのだ。
反応から好感触を得たジュンは、そのまま胸を揉み回す。
小さな胸を指で何度も揉み、お尻にもベッドの間から手を滑り込ませる。
「ダメっ、変になっちゃうぅっ」
感じ始めた真紅は涙で瞳を潤ませる。
体を弄る手は次第に激しくなり、真紅は理性を失くしていく。
「ジュン、ジュンッ、キスして! お願い、キスしてぇっ!」
無性に唇が恋しくなった真紅は、形振り構わずに懇願する。
ジュンも勢いで躊躇わずに唇を重ねる。
しかし、経験不足のジュンのキスは、唇を合わせるだけ。
物足りない真紅は、短い舌を懸命に伸ばしてその先を促す。
それに乗ったジュンが舌を真紅にねじ込ませる。
「はむっ!?」
真紅の狭い口内は、ジュンでいっぱいに満たされる。
快感と幸福で震え上がった真紅は、そのまま意識を手放してしまう。
真紅はキスだけで悦びの終着駅まで到達してしまった。
目を覚ました時、真紅は得も言われぬ幸福感で包まれていた。
「真紅。おい、真紅。大丈夫か?」
ジュンが何やら心配そうに声を掛けているが、真紅は天井を見たまま動かない。
「――私ッ!?」
しばらく余韻に浸っていた真紅が、急に起き上がる。
そして、さっきまでの乱れ振りを思い出して青ざめる。
「真紅、本当に大丈夫か?」
はっとジュンを見た真紅は、今度は恥ずかしくて真っ赤になる。
ジュンの顔にどうしようもない怒りが込み上げ、平手打ちをお見舞いする。
「イテッ! 何すんだよ!」
「あれほど乱暴にするなって言ったでしょ! やはり人間のオスは野蛮なのだわ」
立ち上がってまくし立てた真紅はベッドから飛び降り、いそいそと服を着る。
逃げるようにドアを開けた彼女は、出掛けにこう言う。
「次は優しくするのよ」
ジュンが聞き返す間も無く、ドアは急いで閉じられる。
「次……?」
振り回されたジュンは、呆然とドアを眺めていた。
後日、真紅が新たに下着の注文をしたとかしなかったとか。
おわり