何時の間にか僕の引き出しに入っていた謎の封筒...

――巻きますか、巻きませんか

その文面を訝しく思いながらも暇つぶしに丸で囲みごみ箱に捨ててから寝た。
翌朝いつものように食事の準備をしてから姉を起こしに二階へと上がる(と言ってもまだ始めてから二週間程度だが)
―コンコン、
「姉ちゃん、朝御飯できたよ..ってかそろそろ起きないと遅刻するぞ?」
その言葉に呼応する様に寝ぼけ眼を擦りながら姉が部屋から出てきた。
「ん〜‥おはようジュン君、、」
「ほら、早く顔洗って来いよ。ご飯が冷めちゃうだろ」
「…は〜ぃ」
僕の肩を支え代わりに使い階段の方へと向かった姉に『ドキリ』とさせられる。ひんやりとした朝方の廊下だからこそ感じられる仄かな体温と優しく包みこんでくれるような香り‥
いやらしい意味ではなく純粋に癒される。

さて、僕の重度の引き篭りと言う病は柔らかな春の訪れと共にその症状も改善されたわけで…
それはいよいよ僕が学校に復帰する時期が近づきつつある事を告げていた。

朝食を終えてから僕の煎れたコーヒーで一服しつつ姉が嬉しそうに呟く。
「来週からジュン君と登校‥お姉ちゃん待ちきれないわ〜♪」
「僕は正直まだ不安の方が大きいよ」
「大丈夫。巴ちゃんもついてるしそんなに心配しないの」
「そ、そうだよな。(よし今がチャンスかもっ!)まぁ、なんだ、その、今更なんだけどさ‥あ、あ」
「ん〜!?どうしたのモジモジしちゃって。いつものえばりんぼジュン君らしくないわねw」
「う、うるさいな!ほら弁当。とっとと学校行けよお茶漬け海苔!!(ああぁぁぁ..)」
「あらあらwそれじゃ、行ってきま〜す」とニコニコしながら姉は登校してしまった。。。
これで何度目の失敗だろうか..
荒れていた僕を見捨てずに立ち直らせてくれたお礼を、たった一言の『ありがとう』を伝えるのが照れ臭くて。
「はぁーーっ」
溜め息をつきつつ自分を情けなく思う。こうして家事を進んでやる様になったのも、その一言のきっかけ作りのためだったりする…
ぽわわ〜んとした優しい性格(怒ると鬼のように恐いが‥)の姉にとってはさほど重要な事ではないだろうが、それは僕なりのケジメというか小さなプライドというかとにかく言わなければならない一言な訳だ。
(復学まで残り七日間か‥それまでには)

なんて事を考えつつも朝食の後片付けを済ませ二階の自室へと続く階段を昇る。面倒だが今日の分の課題をすませないといけないのだ。
因みに課題とは、提出すれば学校を欠席した分を補って進級させてくれると言うとてもとて〜も有り難〜い物だ。
(早く済ませてネットでもやるか)
やる気なく部屋のドアを開ける、と同時に何か違和感を覚えた。
「ん?」
しかし原因はすぐに見つかった。それは僕の机の脇にある見慣れない鞄のせいだった。
(何だコレ?年代ものっぽいが)
見慣れない鞄が突如として存在した、そんな不思議さよりも中身は一体何なのかを知りたい好奇心の方が膨らんでしまう。
―カチャ!ギィ..
(ゴクッ!)
思わず喉がなる。トランクの中身は人形、しかし普通では有り得ない程リアルに造り込まれた人形。
僕はその妖しい魅力に度肝を抜かれ一瞬凍りついてしまう。
が、恐る恐る手に取って全体をゆっくり調べてみる。リアルな質感と凝った衣装がますます僕を虜にする。
ふと背中の、丁度腰の中心部辺りに穴があいているのを見つけた。再びトランクに目を落とすと奥に螺子巻きを見つける。
(ゼンマイ仕掛けか?)
僕は螺子巻きを手に取りゆっくりと穴に差し込み、回す..
―キリキリッキリキリッキリ‥

そして歯車は音を立てて回り始めた――

----
{{ ガタガタガシーャンッ }}
「ひょあ!(ビクッ)」
絶妙なタイミングで発生した大きな物音に思わず錯乱してしまう。
(えっ何!?落ち着け僕、落ち着け、下?、一階?、棚から物が、きっと、いやしかし、戸締まりは‥)
色々な思考がぐるぐる巡るがラチがあかない..悔しいけれど原因が不明なままなのは余計に不安を覚える。どうやら僕はあまり持っていない勇気を振り絞る決意を迫られてしまっているようだ。
ひとまず人形はベッドに置いて、クローゼットから少年野球時代の頃のバットを取り出す。ついでに通販でゲットした魔避けのお守りなるものを首に架けておそるおそる一階へと降りる。
(フゥー、自分の家でこんなに緊張するのは姉ちゃんの着替えを覗こうとした時以来かな‥アハー‥ハ)
ほろ苦い想い出を反芻しながら音の発生源と思われる場所、物置部屋の前に到着した。
ゆっくりと深呼吸を一つして高鳴る鼓動を抑えつつ扉を開ける

―ガラガラッ

だが僕の目に映った光景は崩れ落ちたダンボールとその中身、昔使っていた玩具の類が散らばっている床だった。
「ふぅーっ、驚かせやがって‥アンタも人が悪いぜ!」
とりあえず嫌な予感が外れた事への安堵、及びビクビクしていた自分への自潮からくる一人ツッコミを済ませてから持って来たバットをその辺りの壁に立掛けてる。
そしてしぶしぶ散乱物の処理を始めるのだった。

(…‥ )
だが、散乱物の片付けも残り僅かになった所で嫌な汗が背筋を伝った。何か得体の知れない視線のようなものを感じて胸が騒ぎだす…
それを示唆するように重い空気が僕を押し潰すそうとプレッシャーをかけて来る。
(…‥)
僕はできるだけ自然に、その気配に気づかないふりをして片付けもそのままに物置を出ようしたのだが

―バンッ

突然物置の戸が勢いよく閉じられ後ろから囁き声がした。
((待ちなさぁい人間))
既に自分の意思は恐怖で吹き飛び、まるで操られる様に振り向かされると部屋の一番奥に置いてある大きな鏡が青白く光っているのが見えた。よく目を凝らすとその鏡の中から銀髪の悪魔が僕を見つめていた。
「なっ…」
言葉が出ない‥ただ銀髪の、妖艶と言う表現がぴったりの女悪魔が鏡から抜け出して不敵に笑うのを見続ける事しかできなかった。
「うわあああああぁぁぁぁ!!!!」

―バタッ

「あらぁ気絶したの?肝の小さな人間ねぇ」
もちろん芝居だ。僕の知る限りの知識をフル稼働して出したベストの結論がコレだった。こんなのをまともに相手にしたら大抵ろくな事にならない…
(頼む、早く帰ってくれ!)

―その頃二階では
(パチッ!…キョロ、キョロ‥ワタシ、メザメテル‥ココワ?)
{{ うわあああああぁぁぁぁ!!!! }}
(ヒメイ?…ソシテコレハ‥ドールズノケハイ!)

―再び物置部屋

奴は僕に歩み寄って来てまじまじと左手を調べているようだ。何をしているかなんて当然分からないが、未知との接近遭遇に心拍数が跳ね上がる。
「まだ未契約なのはいいとして、私を見て失神するのはおかしいわ。でも気配が勘違いなはずも‥、コイツを起こして確認する必要があるみたいねぇ」
その言葉に僕が焦る暇も与えず奴は股間をえぐるように踏みつけてきた。
「起きなさぁい♪」

―グリグリグリョリ…

(ぶっ!!..耐えろ耐えろ耐えろ耐えろ耐えろ・・・魔避けは何してんのォ‥)
額からは脂汗が流れ、我慢の為に噛んでいた下唇から血が滴る。そんな苦労に追い討ちをかけるように、なかなか起きない僕に業を煮やして奴は更にボルテージを上げた。
「起きろぉガキィィィィ!!」
(ふおおおぉぉぉぉォォ…‥)

「ハアッ、ハアッ‥おかしいわね?人間のオスはここが一番敏感なはずなのにぃ・・・あっ!私ったらおばかさぁん♪反応させるのを忘れてたわぁw」
危険な台詞を前にしても、もう僕に抵抗する体力も気力も残されていなかった。。。
「しかたないわねぇ、ジュルリ‥」
舌舐めずりをしながら奴は文字通り僕の命運を握ろうとしていた。
(ねぇ‥ちゃ・ん…)

―バンッ

「そこまでかしらー!!」
叫び声と共に戸が開かれ薄暗かった部屋に光が差し込む、そしてその光は僕にとってはまさに希望の灯だった。

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