「咲いたですよ…コスモス、綺麗に咲いたですよ…」
アリスゲームが終わって1ヶ月が過ぎようとしている。
翠星石はただ独り、庭に咲き乱れるコスモスを見ていた。
夏の終わりを告げるような風にゆらめくコスモスの花、
それは蒼星石と一緒に育てた最期の花。
「チビチビ苺の花壇なんかより、ずっと立派に咲いたです…」
あの日、雛苺が持つ百均の象のジョーロに対抗意識を燃やした翠星石は
雛苺に内緒でジョーロを庭の植え込みに隠しながら、
「あんなチビチビ苺なんかより、ずっときれいな花壇を作るです!」
と言って庭にコスモスを植えようと言い出した。
蒼星石は苦笑いをしながら、翠星石の園芸の手伝いをする。
やがて芽を出し、花を咲かせる日を心待ちにする翠星石に対して
自分がこの花を見る事はないだろうと思いながら、蒼星石はそれを見守っていた。
ずっとこんな幸せの毎日が続くと信じて疑わない翠星石とは裏腹に
この時既に幸福な時からの別離を決心していた蒼星石。
『ごめんよ翠星石、僕はやっぱりアリスを目指すよ。
これが二人でする最期の庭作業かも知れないけど、君の笑顔は絶対忘れない』
アリスを目指した蒼星石、目指さなかった翠星石。
双子の姉妹を分け隔てたものが何だったのか、それは当の姉妹にさえも解からない。
「翠星石は…蒼星石や雛苺なんかいなくったって、寂しくなんかねーです。
これっぽっちも寂しくなんか…」
彼女からそれ以上の言葉が紡がれる事はなかった。
小さな声は空をかけめぐり、想いは風に消えてゆく。
返しそびれて主を失った象のジョーロは、薄汚れて植え込みに半ば埋もれ、
時と共にいずれはコスモスさえも力尽きて枯れて行くだろう。
だけど人の想いは花となり、心に永遠に咲き誇る。
翠星石の胸に咲き乱れる思い出の花々、枯れる事のない遠いなつかしい日々。
翠星石は涙を我慢するように空を見上げると、
ただ静寂の青い空だけが、あの日と変わらずに翠星石を包み込んで、
透き通ったやわらかな光の旋律を降り注いでいる。
鎖された時の狭間に 迷い込んだ小さな光の雫
夢のおわり ただ君だけを願う