バレンタイン争奪戦!!〜例えばこんなアリスゲーム〜

「バレンタイン?」
いつもと変わらぬ夕食時は、真紅のそんな一言から始まった。
「そう、真紅ちゃんたちは知らないかしら?女の子が好きな男の子にチョコレートを渡す日なのよ」
エプロンを片付けながら、のりが微笑みながらそう答える。
その言葉に、既に夕食を食べ終え、居間でくつろいでいた翠星石がピクリと反応する。
「そのためにこれからチョコレートを作るのよ。毎年ジュン君にあげているの」
「雛もジュンに渡すの! 雛はジュン大好きなのよ」
「あら、じゃあ一緒に作りましょうか?真紅と翠星石ちゃんどうする?」
「ふ、ふんっ!翠星石には関係ないですッ。べっ、別にジュンなんてなんとも思ってないですから!」
「……そうね、下僕にあげるチョコレートなんてない、わ」
翠星石はどもりながら、真紅はキョロキョロと目を泳がせながらそう答えた。
「なら、義理チョコをあげたらどうかしら?義理チョコっていうのは、自分の身近な人や、日ごろお世話になっている人に送るチョコレートのことなのよ。逆に、本当に好きな人にあげるチョコレートを本命と言うの」
「雛はほんめいなの!」
「そ、それなら……しゃあねぇです、居候の身としては、それくらいなら作ってやってもいいです」
「……わ、私は……」
なんとか輪に加わりたいと思っていた翠星石は、このチャンスを逃すまいと「嫌々ながらに作ってやる」というスタンスを崩さないまま、ジュンにチョコレートを渡すことを決意した。
一方プライドの高い真紅は、それでも躊躇っていた。
「……なら、こうしたらどうかしら。誰が最初にジュンにチョコレートを受け取ってもらうか競うの。アリスとなるべく乙女なら、それくらいの魅力は必要なのだわ」
苦し紛れに飛び出した、真紅のこの一言が、後に「バレンタイン争奪戦」と呼ばれるこの戦いの始まりだった――。

「聞いてしまったのかしらー!!」
いつの間にか部屋に上がりこんでいたカナリアが元気良く登場する。
「そういうことなら、カナも参加するかしら!お父様は仰ったかしら、戦うことだけがアリスゲームではないと!」
「「「……誰?」」」
「お、お約束なのかしらー!?」
「アリスゲームと聞いたら、僕も参加するしかないな」
どこからともなく蒼星石が現れる。
「僕はまだアリスになることを諦めた訳ではない。それに、ジュン君には日ごろお世話になっているしね」
壁に寄りかかり、目を閉じながら蒼星石は淡々とした口調でそう言った。
「そ、蒼星石!?翠星石は蒼星石とは戦えないです!」
「……ごめんよ、翠星石。でも僕には、戦わなきゃならない理由があるんだ」
「邪魔よ。大体、影の薄い貴方たち二人が介入してきた所で、何の障害にもならないのだわ」
「それは酷すぎるかしらー!?」
「くっ……僕の気にしていることを……。真紅、どうやら君は僕を本気にさせたようだね」
「あらあら、ジュン君モテモテねぇ」

カナリア、蒼星石参戦!!

「うふふ……楽しそうなことしてるわねぇ」
とある病院の一室で、水銀燈はめぐの膝の上で割れた鏡の破片を眺めていた。
そこには桜田邸の様子が映し出されている。
「こうなったら私も参加するしかなさそうね……」
「あら珍しい、どうしたの?紛いなりにも、アリスゲームの名を冠しているから?それとも別の理由があるのかしら」
めぐがどこか嬉しそうに問いかける。
「うふふ……こんなことでアリスが決まってたまるもんですか。でもね、もし私が一番にあの人間にチョコを渡したら?私の前で無様に喜び尻尾を振るあの人間を見たら、真紅たち、一体どんな顔をするのかしらぁ……うふふふふふ……」

水銀燈参戦決定!!

バレンタイン前夜。

――桜田邸――
「翠星石ちゃんそれ焦げてるわよ!雛ちゃんは上げる前から全部食べちゃってどうするの!真紅ちゃんは……えーっと、どこから突っ込めばいいのかしら……」
「チョコレート作り、侮れんですぅ……」
「あまーい、あまいのー♪」
「………これが、アリスゲームなのだわ………」
「……なんだか下の階が騒がしいな。ま、いつものことか。さて、通販通販っと」

――みっちゃん宅――
「ふっふーん♪受け取ってもらうには包装が命!チョコレートの味や見た目は関係ないかしら。だってだって、受け取って貰えれば勝ちなんだから!やっぱりカナは、ローゼンメイデン一の頭脳派かしら♪」
「お菓子を作るカナ……なんて、なんて可愛いのッ!!?……あ、フィルム替えなきゃ」

――某病院――
「水銀燈、いいの?既製品で」
「だって作る場所なんてないじゃなぁい。それに、あの人間のためにわざわざそんな労力かけてられないわぁ……」

――某時計店――
「マスター……僕が頼んだのはチョコレートなんだけど……どうしてマヨネーズなの?」

そして戦いの日が訪れた……!

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「いい?ルールは今説明した通り、不公平をなくすため、スタートは一旦全員が正午にこの家に居間に集ま

ってからよ。それまでは各自、自宅で待機していること。いいわね?」
「はーい、なのー!」
「分かったですぅ」
「了解だよ」
「ズルは許さないかしらー!」

居間でルールの説明をする真紅、それを承知する面々。
紅茶でくつろいで一見穏やかそうな雰囲気のように思われるが、各人皆心の中では闘志がメラメラと燃え上

がっていた。

「あら……?あれは何かしら……?」

ふと真紅が窓の外を見ると、何か小さな物体が空を飛んでいる。
片手には包装された小さな箱が。

「鳥なのー?」
「飛行機かしらー?」
「いいえあれは……ヘロゥキテーのぬいぐるみですぅ!まさか、水銀燈ッ!?」

全員がドタバタと階段を上がっていき、ジュンの部屋の扉を開けた。

「うわぁ!なんだよお前ら!!」
「ジュン、下がってなさい」
「え……?」

その直後、部屋の窓が音を立てて割れた。
そこにはリボンの似合う可愛らしいキテー人形が、片手に包丁、片手に小箱を持って立っている。
主人の言いつけを厳守すべく、ジュンの姿をキョロキョロと探すキテーだったが……。
そこには鬼の形相をした薔薇乙女たちの姿があった。
無表情ながらに、冷や汗を垂らすキテー。

「邪魔を……」
「するな……」
「ですぅ!」
「なのー!」
「かっ、かしらー!?」

全員の(乗り遅れたカナを除く)攻撃をマトモに受けて、四肢が千切れながら吹っ飛ぶキテー。

〜〜梅岡先生からのお願い〜〜

人形を乱暴に扱っちゃ駄目だよ☆
人形には心があります、大切に可愛がってあげよう!

※真紅たちはその後、きちんとキテー人形を直してあげました※

「いいわね?約束を破った者は……」
「今のようになる。みんな覚えておくことだね」
「がってんしょうちですぅ!」
「なのー」
「かっ、かしらー!!」

何故か冷や汗を垂らしっぱなしなカナであった。

「ちぃ!やっぱり私が直々に行くしかなさそうね……」
「あら?でももうチョコレートはないわよ?」
「そんなの、代用品で済ませるわぁ」
「そう。頑張ってね、水銀燈♪」

そして約束の時が訪れる――。

正午まで残り15分――。

「遅いのだわ!」
「だ、誰も来ないですぅ……」

居間に集まったのは真紅と翠星石の二人だけであった。
二人はどこか苛立たしげな表情を作りながらも、じっとそのまま耐えていた。

「ふっふっふー、アリスにさえなってしまえばこっちのものかしら? カナが楽してズルしていただきかし

らっ♪」

屋根伝いにジュンの部屋への侵入を試みるカナリア。
幸いなことに、先ほどの水銀燈の暴挙により窓ガラスが割られていたため、侵入は非常に容易かった。

「こんにちは!かしらー!」
「ん?なんだお前か。なんだってまたこんな所から……。真紅たちなら下にいるぞ」
「今日はあなたに用があるのかしら!」
「僕に?なんだ、また変なことじゃないだろうな」
「うふふ、今日は何の日だか知ってるかしら?」
「今日?なんかあったかな。……うう、引き篭もってると曜日の感覚がなくなってくるな……」
「鈍感な人間かしら……とりあえず!これを受け取ればいいかしら!」
「ん?随分派手な包装だな……なんだよ、これ」

そう言ってカナが差し出した小箱を受け取るジュン。
中身を知りたそうに、臭いを嗅いだり、箱を振ったりしている。

「勝った!やっぱりカナが一番かしらッ!?」

勝利を確信するカナリア。だが……。

「……おい、何の真似だ?中身からっぽじゃないか、これ」
「かしらーーーーーーー!!!!!???」
「新手の嫌がらせか……もういいから、下で真紅たちと遊んでろよ」
「みっちゃああああああああああぁぁぁぁぁああああああんっ!!!!!!!!!」

叫びながら窓から逃げていくカナリア。

「なんだったんだ……」

カナリア、一時(自称戦略的)撤退!!

それから二分後――。

「ジュン〜?」
「ん?どうした?」

ドアから体半分だけ出してジュンを見る雛苺。
ちなみに雛苺は別にズルをしようとした訳ではない。
ただ単に、真紅の説明したルールをよく聞いていなかったのだ。

「えへへ……」
「なんだよ、何か用か?」

はにかみながら近づいていく雛苺。
ジュンは相変わらずパソコンの画面と睨めっこしている。

「んっと、雛ね、一生懸命作ったの!ジュン、食べてくれる?」

上目遣いに、少し心配そうな顔をする雛苺。
が、こんな萌えるシチュエーションでも、ジュンはやはりディスプレイしか見ていなかった。
ようやく顔を雛苺に向けると、雛苺の両手の中にはどろどろの何か黒い物体があった。

「こ、コレは……?」
「えへへ、ジュン、あーんして?」
「いやいやちょっと待て。泥団子は本当に食べるものじゃないんだぞ?」
「ど、どろだんご……」

酷くショックを受ける雛苺。

「違うのか?えっと……何か書かれいるな……。『はんめい』?何が判明したんだ???」
「字を間違えたのーーーーー!!!!!!!!ちょっと、ちょっと待っててジュン!すぐに戻るから!!」

そう言い残し、雛苺はドタバタと階段を降りていった。

「あら、雛苺?遅かったわね」
「30分前行動は基本ですぅ!」

だがそんな二人の言葉は耳にも入らず、一心不乱に「はんめい」の「は」を「ほ」にしようとする雛苺、だが……。

「じ、字が分からないの……」

愕然とする雛苺。
どうせならそのまま渡せば良かったのだろうが、雛苺はもはやアリスに執着などないため、心の篭ったチョ

コレートを渡すことが目的だったのだ。

「急いで動いたらお腹が空いたの……うゆ?こんな所に甘そうなちょこれーとが……だ、駄目なのっ!これ

はジュンに……ああ、でも……ごめんなさいなの、ジュン……」

嬉しそうに自らが作ったチョコレートを頬張る雛苺。
お腹が膨れたのか、そのまま眠ってしまった。
それを見た真紅と翠星石は、互いに見つめあい、ニヤリと、それはそれは恐ろしい笑顔を作った。

「これで強敵が一人……」
「消えたですね……」

お互いに顔を見合わせ、クックックと笑い合う二人だった。

「雛苺はジュン君に最も近い存在だったからね。僕もホッとしている所だよ」
「蒼星石っ!?」

二人が後ろを振り向くと、いつの間にか到着していた蒼星石が真っ直ぐ真剣な表情で二人を見ていた。
何故か片手にマヨネーズを持って……。

雛苺リタイア。

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「元々不公平なのさ、このゲームは。どうやってもジュン君と同じ家に住んでいる君達に分がある。……そ

こで僕は考えたんだ。ならば、先に潰してしまえと」
「やめるです、蒼星石っ!」

一歩、また一歩と近づいてくる蒼星石。
片手には鋏、片手には何故かマヨネーズ。

「真紅、翠星石……僕は君達とは戦いたくはなかったけれど……これが運命ならッ!!」

鋏を構え、翠星石の方へ走り出す蒼星石。
だが……彼女の目に映ったのは、目に涙を浮かべ、両手を広げる翠星石の姿だった。

「君は……」
「やめるです、蒼星石……翠星石は……蒼星石とは戦えないです……」
「そんな甘えがっ!アリスゲームに許されるもんかっ!」
「許されなくったっていいですッ!翠星石は、蒼星石と戦うくらいなら死んだ方がマシです!!!」
「す、翠星石……」

自分はこんなにも愛されていたのかと驚く。
己の器の小ささを知り、膝をついて愕然とする蒼星石。

「君の泣き顔hぶふぉおッ!!!???」

突然四肢に絡まる蔦。
完全に不意を突かれた蒼星石は、為す術もなく翠星石の作り出した巨大な蔦に張り付けられてしまった。

「ヒーッヒッヒッヒ、引っかかりましたね蒼星石!そんな甘えはアリスゲームには許されないですぅ!!」
「よくやったわ、翠星石。どうやら、私と貴方の戦いになりそうね」
「負けないですよ、真紅!」
「……すい、せいせき……」

彼女は今、涙を流しながら優しかった頃の姉の姿を思い出していた。

ドタバタドタバタッ!
ジュンは誰かが階段を物凄い勢いで上ってくる音が聞いた。

「はぁ……またか」

やれやれといった様子で、壊されたら困る物をベッドの下に隠す。
バタンッ!バタンッ!
扉が開き、だがそのすぐ後に閉められた。

「開けるですっ!卑怯ですよ真紅!!」
「はぁ、はぁ、はぁ……じゅ、ジュン!お茶を淹れて……はぁ、頂戴」
「なぁにをやってるんだお前達は……」

開けるですー開けるですーと、扉の外からは甲高い叫び声が聞こえてくる。

「いいから、すぐに紅茶を淹れなさいっ!!」
「はいはい……」

そう言って扉の方へ歩きだすジュン。

「ちょ……どこへ行くつもり!?」
「どこって……紅茶を淹れるんだろ?台所へ行かなきゃできないよ」
「いいから、そこに座りなさいっ!まったく、使えない下僕だわ……」
「なんなんだよ一体……」

よっこらセックスと言いながら腰を下ろすジュン。

「さて……んっ……そうね、紅茶と言えば、お菓子は何が合うかしらね?」
「はぁ?そんなん、クッキーとか、スコーンとか……」
「なんて頭が悪いのかしらッ!紅茶と言えばチョコレートに決まっているでしょう!!?」
「そ、そうなのか?」
「そうよ。……あら?あららら?どうしてかしら、こんなところにチョコレートがあるのだわ。でも……困

ったわ、こんなに沢山、一人じゃ食べられないみたい。ジュン、レディにこんなに食べさせるのは酷という

ものよ。食べなさい」
「……今日はいつにもましておかしいぞ、お前。大体、こんなに沢山とか言っておいて、一口チョコじゃな

いか」
「い、いいから、早く食べるのだわ!さぁほら、すぐ「ちょーっと待つですぅ!!!」

なんとか鍵をこじ開けた翠星石が乱入する。

「す、翠星石っ!」
「今日は騒がしいな……少しは静かにしてろよ」
「……ジュン、これから翠星石が言うことをよーーーく肝に銘じておくです!まず最初に、翠星石は……ジュンのことなんて、な、何とも思ってないです!」
「はぁ?」

ますます困惑するジュン。

「だからこれから渡す物には……別にこれといって、とっ、特別な意味がある訳ではなく……あああ!だからだからっ!ジュンみたいなチビで引き篭もりで通販オタクみたいな奴のことを翠星石が好きになる訳なんてなくて……」
「喧嘩売ってるんだな?そうなんだな?」
「フフン、無様ね、翠星石」
「な、なぁんですってぇ!?ちょっと表に出るです真紅!どうせもう翠星石たちしか残ってないです。こうなったらガチバトルです!」
「望むところなのだわ!!」

そう言って、壊れた窓から外へ飛び出す二人。
暫くすると、うおおおおやらおりゃああああやらと、凡そ乙女には似つかわしくない怒声が聞こえてきた。

「……ホント、一体何なんだ……」

度し難いといった表情で、ジュンはまたパソコンに向かった。
階段から不吉な影が忍び寄っているとも知らずに……。

一方、階段では――。

「ふ……ふふふ……まさかマスターから貰ったマヨネーズがこんなところで役に立つなんて……」

体中マヨネーズでぐちゃぐちゃの蒼星石だった。
そう、彼女はマヨネーズを全身に塗りたくることによって、摩擦を弱め、翠星石の蔦地獄から開放されたのだった。
階段には彼女の歩いた軌跡がてんてんと、零れたマヨネーズによって表されている。

「ジュン君!」
「うわぁ、また来たぁ!!……って、蒼星石か」

ジュンは安堵した。
何故なら蒼星石は、ローゼンメイデンシリーズの中で唯一マトモな人形だったからだ。
だが――何かおかしい。
違和感を感じる。
……臭い?そうだ、何か臭うぞ。これは……。

「ふふふ、ジュン君、さぁマヨネーズを食べるんだ。コレステロールを摂ろうじゃないか」
「蒼星石ぃーーー!!!??」

油まみれの体で方にマヨネーズを構えている蒼星石。
そう、彼女は最愛の姉に裏切られて少し気が触れてしまったようだ。

「さぁ……さぁ、ほら……」
「お、落ち着くんだ蒼星石!何があったのかは知らないけれど、そう人生捨てたもんじゃないから……」
「さぁ……さぁ!!!!」

そう言って、ジュンの口に直接マヨネーズを差し込むと、マヨネーズのパックを思い切り(注:余りにも過激な内容のため、一部省略します)

「うわああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!」
「ふふふ、まだ残っているよ。全部食べなきゃ、駄目だよ……」
「くっ、口の中がぐちゃぐちゃする!!うッ……!気持ち悪い……」
「駄目だよ、駄目だよジュン君。僕はこうするしかないんだ。さぁ、『日頃のお礼』も兼ねて、グイっと……」
「ちょ、僕そんな恨まれてたのー!?……誰か……誰か助けてよっ!!」

(助けてあげるわよ?)

どこからともなく、官能的な声がジュンの頭に響いた――。

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(助けてあげるわよ?)

「この声は?誰でもいい、助けてくれぇ!」

(うふふふふふ………)

パソコンのディスプレイから、唇を三日月状に歪ませた水銀燈の姿が現れた。

「はぁい♪」
「水銀燈っ!?僕の邪魔をしにきたか!」
「女神様……どうか僕をお助け下さい……」
「ちょ、この人間白目剥いてるんだけど……」
「ジュン君は……僕の愛に耐えられなかったんだ」
「貴方、マヨネーズ貰って喜ぶお馬鹿さぁんがどこにいるのよ」
「何ッ!?ジュン君、そんなことないよね?おいしかったよねぇ!?」
「……もう……マヨネーズなんて……見たくもない……」
「!!!!!!!!?????????」
「無様ねぇ……」
「……分かってた、分かってたさ、本当は……何かちょっと違うよなって」
「ちょっとどころじゃなかったけどね」
「ッ!?……マスターが、マヨネーズさえ買ってこなければ……ぐふっ!!」

どういう原理か、蒼星石は力尽きてその場に倒れた。

「マスター……大好きだけど……誰より……大嫌い、だよ……」

蒼星石リタイア。

「助かりました、女神様」
「いつまでテンパってるのよ……」
「……ハッ!水銀燈!?」
「これって天然、なのかしらぁ?反応に困るわぁ……」
「それで……一体どういう用件だ?」

突然マトモに戻ったジュンが、ずれたメガネを直しながら真剣な表情で尋ねる。
それもそのはず、この水銀燈に彼は何度も酷い目に遭わされているのだ。

「そんなにつんけんしなくてもいいじゃなぁい。今日が何の日か知らないのぉ?」
「今日?そういえば、カナリアも同じようなこと言ってたな……誰かの誕生日か何かか?」
「ハンッ、誕生日ですってぇ?どうしようもなくお馬鹿さんな人間ね」
「なんだとっ!?」
「(ハッ……いけないいけない、ここは優しくいかなきゃ)ご、ごめんなさぁい、ちょっと緊張しちゃって……今日はバレンタインデー、女の子が好きな男性にチョコレートを送る日よ」
「……ああ、そうか、そういうことだったのか。ってことはさっきの奴ら……うーん、少し悪いことしたな」
「他の女のことなんて、どうでもいいじゃなぁい……」

ジュンに怪しくすり寄る水銀燈。

「ちょ、おま……」
「私が何のために来たか、もう分かってるでしょう……?」

いつの間にか彼女は、ジュンの膝元に座っていた。
思わず首をのけぞるジュン。

「えっと、もしかして……僕に?」

照れて顔を赤くするジュン。

「せいかぁい。受け取って、貰えるわよね……?」

水銀燈が妖艶な笑みを浮かべる。

「あ、ああ……」
「ふふ、嬉しい……。(勝った!「バレンタイン争奪戦」完!)」

「ふふ、嬉しい……」

そう言って水銀燈が取り出した物は……。

「……何コレ」
「何って、ヤクルトよぉ。知らないのぉ?」
「いや……あの……」
「体にいいんだからぁ。乳酸菌摂ってるぅ?」
「いや……僕、ヤクルト嫌いなんだよ、ね……」

――沈黙――

※よろしければ、この状態のまま数分間お待ち下さい

硬直する水銀燈に、申し訳なさそうなジュン。

(どうして?私の作戦は完璧だったはず……何故なの?やはり私じゃ……アリスになれない、の……?)

乳酸菌と言えば水銀燈。
つまり乳酸菌を否定されるということは、水銀燈を否定するも同意なのである!
段々と目に涙が浮かんでくる水銀燈。
頭の中では「ジャンク」という言葉がぐるぐる回っている。
コンプレックスの強い彼女は、自分の存在を否定されたと認識したのだった。

「めぐううううううううううううううぅぅうぅううううぅぅう!!!!!!!!!!!!!!!」

なにがなんだかよく分からないというジュンを残して、水銀燈は泣きながらめぐの元へと帰っていった。

水銀燈リタイア。

----

「ハァ、ハァ……やるですね、真紅」
「貴方もね、翠星石……くっ!」

外ではまだ二人のガチバトルが続いていた。
両者共に綺麗なドレスは泥にまみれ、自慢の美しい髪の毛はあっちこっちに飛び跳ねていた。
ちなみに……ローゼンメイデンの中でも穏健派の二人は、殺し合うような真似はしない。
各々の片手に持ったチョコレートの小包。
これを破壊されたら負け、破壊したら勝ちということだ。
さっきガチバトルと言わんかったかコラとかそいういう突っ込みは勘弁してほしい。

「翠星石……一つ提案があるのだわ」
「その手には乗らないですよ、真紅」
「いいから聞きなさい。……いっそのこと、どちらのチョコレートを貰うのかは、ジュンに選んでもらえば

いいんじゃないかしら?」
「そ、それは……!」
「あら、自信がないの?」
「あ、あるに決まってるです!いいですよ。その勝負、受けて立つです!!」

真紅には自信があった。
ジュンは甘いものはあまり好きではない――。
それは、より長く一緒に暮らしていた真紅だけが知っている情報だった。
そのため、真紅のチョコレートはとても小さく、控え目に作られていたのだ。
対して翠星石のチョコレートは、大きさこそが愛情と勘違いしたのか、どのチョコレートより大きい。
何故真紅が最初からこの手段を取らなかったのかと言うと、何だかんだ言ってジュンが優しいからである。
優しいが故に、精神年齢の低い雛苺やカナリアのチョコレートから貰う可能性が高いと判断したのだ。
だが今や、自分と翠星石以外は全員リタイアした。

(勝敗は決したのだわ……!)

真紅はそう確信していた。
だが……。

「ぐえっ!?」

真紅の後頭部に何か硬い物がぶつかる。
振り返ると、そこには古ぼけた、だけど見慣れた鞄が宙に浮いていた。

「貴方は……」
「薔薇水晶ですねっ!」

ひょっこり顔を出したのは、何と薔薇水晶だった。

「……何?」

きょとんとした表情の薔薇水晶。

「『何』、じゃないのだわ!いきなり現れたのは貴方じゃない!」
「薔薇水晶……どうしてこんな所にいるですか?」
「……チョコレートを渡しに行く、途中」

気だるそうにそう答える。

「ちょ、チョコレートですってぇ!?」
「フンッ……嘘おっしゃい。チョコなんて、どこにもないじゃないの」
「……ここにあるわ」

薔薇水晶がそう言うや否や、眼帯の薔薇がニュルっと伸びて、中からキモグロい麺状のチョコレートが出て

きた。

「キモッ!?」
「……何を言うのよ。海原雄山氏も認めた味だわ」
「そ、そんなことはどうでもいいのだわ。一つ尋ねるわ、薔薇水晶。それは、誰に渡す物なの?」

真紅はとても忌々しそうに薔薇水晶を睨んでいた。
対して薔薇水晶は、物凄く鬱陶しそうに答える。

「……ラプラスの魔」
「「……は?」」

思ってもみなかった答えに唖然とする二人。

「お父様が、乙女たるもの、バレンタインという日本最大の乙女チックな行事に参加すべきだと……」
「だからって……」
「よりにもよって、ラプラスの魔、ですか……」
「いけない?」

何が悪いのか分からないと言った風に首をかしげる薔薇水晶。
一方で、翠星石は酷く安堵した。
これ以上ライバルが増えてたまるものか、と思ってのことだ。
だがしかし……

「チョコレートを入れて戻ってきたのかしらー!」

元気一杯にカナリアが茂みから登場する。

「余ったチョコで作り直したのー!」

いつの間にか目覚めていた雛苺が新たなチョコレートを引っさげ台所から顔を出した。

「コンビニで安売りしてたわぁ……お小遣いありがとう、めぐ」

さらには空から水銀燈が現れ出でる!

「そうか、そうだったんだ。健康を考えたハーフマヨネーズ、これならジュン君もきっと……」

他一名。

「……ところで貴方達は、何をしているの?」

薔薇水晶が珍しく自分から声をかける。

「それは――」
「ジュンにチョコレートをあげて、最初にカレの愛をゲットしたドールがアリスになれるのかしらー!!」
「ちょっ……それ違っ……」
「殺し合うことがアリスゲームじゃない、確かにそうお父様は仰ったのかしらー!!」
「いや、それは確かに言ったけど……」
「そう……そうなのね……それならば私も、参戦するわ」
「でもまぁカナも所々盗み聞きしただけだから、半分以上はカナの推測なのだけれどねー!!」

カナリアの最後の言に、薔薇水晶は気付かなかった。

「どうやら……」
「ええ……」
「僕たちは戦う運命にあるようだね……」
「蒼星石は黙ってるです」
「すみません……」
「なのー」
「かしらー?」

今ここに、薔薇乙女が集結した。
ジュンの愛は誰の手に……?

「……そんな趣旨だったっけ?」

ポツリと誰かが呟いた。

ぴんぽーん。
一触即発。
そんな雰囲気が漂う中、平和なチャイムの音が鳴り響いた。

「はーい。あら、巴ちゃん」
「こんにちは、桜田君いますか?」
「ちょっと待っててね……ジュンくーん、巴ちゃんよー」
「呼んだか?あ……」
「こんにちは」
「お、おう」
「あの……今日、バレンタインデーでしょ?だから、ハイ、これ」
「あ、ありがとう……」
「あの……えっと、私もう行くねっ」

頬を染めて駆け出す巴。
その様子を、同じように頬を染めて見送るジュン。呆けて見やる薔薇乙女たち。

「な、何てこと……」
「……思わぬ伏兵がいたのね……」
「まだ終わらんですっ!オリンピックには銀メダルというものがあるです!」
「そ、そうかしらー!二番はカナがいただきかしらっ!」
「……どきなさい。アリスになるのは、私……」
「何を寝ぼけたことを。アリスになるのは私だわぁ」

ぴんぽーん。

「はいはい……あの、どちら様でしょうか?」
「あのー、あたし、カナのマスターやってる者なんですけど……君が噂のジュン君ね?」
「は、はぁ……」
「いつもカナがお世話になってます。あ、それでコレ。つまらないものだけど……」
「あ、チョコレートですね。ありがとうございます」
「菓子折り持ってこようとも思ったんだけれど、せっかくのバレンタインだしね」
「ははは」
「ふふふ、それじゃあ、またね」

「カナリア……」
「そ、想定の範囲外かしらー……。ちょ、ちょっと、みんなどうしてカナを睨むかしらッ!!!??」
「許さなぁい……ミーディアムの不始末はドールの責任よ。ローザミスティカで償って」
「水銀燈目がマジかしらーー!!!??」
「落ち着くのよー、日本はまだ銅メダルなら狙えるわー(?)」
「……今度こそ、私が頂くわ……」

ぴんぽーん。

「はい?えっと……」
「こんにちは。私、めぐって言います」
「え?あ、どうも」
「いつもうちの水銀燈がご迷惑をお掛けしているようで……それでお詫びと言っては何ですが、にチョコレ

ートを……」
「あ、ありがとうございます。あの、パジャマで寒くないんですか?」
「病院抜け出してきちゃったんです。うふふ。じゃあ、タクシー待たせているんで、失礼します」

「で?水銀燈」
「ミーディアムの不始末は、何だったですっけ?」
「ドールの責任、だったよね」
「……導き出される最良の謝罪方法、ローザミスティカの謙譲」
「そうかしらー!かしらかしらかしらー!!!」
「違うの!違うの!めぐったら……絶対わざとだわぁ……」
「これだからジャンクは嫌なのー。壊れた人形は焼却炉にポイなのー」
「今ジャンクって言った!今ジャンクって言ったぁ!!うわあああああんめぐううううぅうぅう!!!!」
「ひ、雛苺って、結構毒があるのね……」

ぴんぽーん。
「またですのっ!?」
「今日は来客が多いな……はいはーい」
「あの、ジュン君、コレ……ハーフマヨネー「帰れ」

そして扉は固く閉ざされた。

「……そっか、ハーフじゃなくて、カロリーゼロマヨネーズにすれば……」

――その夜――

結局、取っ組み合いの喧嘩になった薔薇乙女たち。
ジュンは大泣きしている水銀燈を見かねて、あと冷ややかな目で彼女を睨む雛苺が恐ろしくなって、喧嘩の仲裁に入った。
そして事情を聞くと……。

「まったく……限度ってもんがあるだろう!」
「ひぐっ、ひぐっ……」

水銀燈の頭を撫でながら、主に雛苺に説教するジュン。
だが雛苺は下を向いてチッと舌打ちしていた。

「大体そんなことでアリスなんて決まる訳ないだろうが……そこっ!その物騒な物しまえっ!」

説教に飽きた薔薇水晶が、後ろの方で水晶の剣を素振りしていたので注意するジュン。

「この飽くなき努力こそが勝利へと結びつくの……」
「さいですか……」

何を言っても動じない薔薇水晶が、ジュンは苦手なようだ。

「だって……せっかくジュンのために作ったチョコレートを無駄にするなんて……」

顔を伏せて呟く翠星石。

「ったく……最初から普通に言えば、全部ありがたく貰ってたよ。ほら、くれるんだろ?きょ、今日は、その……あ、ありがとよ。フンッ!」
「やっぱりジュンは優しいのー♪」
「ちょ、お前……二重人格さんですか?」
「甘いのが嫌いなジュンのために、七味唐辛子を隠し味にしてみたわ。この真紅の気遣いに感謝しなさい」
「それはどうかと思うが……ま、ありがとよ」
「翠星石が一生懸命作ってやったですぅ……残したら承知しないです!」
「でかっ!……こんなの作るの大変だっただろう。……ありがとな」
「……ラプラスとどっちにあげようかしら……」
「僕はラプラスと同レベルか……だからその剣をしまえって!!」
「ひぐっ……うぐ……うわあああああん!!!!」
「水銀燈……そ、そろそろ泣き止めよ、な?」
「カナのみっちゃんへの愛情がたっぷり篭ってるかしらー!」
「なんか間違ってるような気もするが……ありがとう」
「ジュン君、カロリーゼロのマヨネーズだよ」
「お前は帰れ」

こうして、バレンタイン争奪戦は平和の内に治まったのだった。
いつものように大迷惑を被ったジュンだったが、彼の表情はどこか幸せそうだった。

バレンタイン企画「例えばこんなアリスゲーム」

            ―完―

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なんだかスレを私有化しているようで、物凄い罪悪感を感じまくりながらの投稿でした。
でもやっぱり、せっかくだからバレンタインの本日中に投下したいって気持ちがあって。
俺のssが嫌いな人にはホント申し訳なく思ってます。

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