とある昼下がり、凍てついた空気が溶け始めた陽だまりで、三人はお茶の注がれた湯のみを手にちゃぶ台を囲んでいた。
「あ、そうです。今日はおじじとおばばにグッドニュースを持ってきてやったです」
「あら、なんなの?翠星石ちゃん」
「えーっと・・・」
鞄を開き中をまさぐる翠星石。取り出したのは、宛名におじいさんとおばあさんの名が書かれた封筒。そして人の拳大の小箱が二つ。
「あった。これですぅ」
「・・・これは!蒼星石からの手紙じゃないかい」
「まあ、蒼星石ちゃんからの・・・」
「そうですぅ。今日、ちび人間のうちに蒼星石から小包が届いて、その中に入ってたです」
「どれどれ・・・」
さっそく中から手紙を抜き出し読み始めるおじいさん。お習字で習ったような綺麗な文字が規則正しく並んでいた。
《おじいさんおばあさん、元気ですか。ぼくは元気です。
突然ですが、ぼくや翠星石と同じようなドールを作り出した人にこの間出逢ったのは翠星石に聞いていますか?
その人なら僕たちのお父様の事をなにか知っているかもと思い、その人を追ってぼくは今フランスにいます。
まだその人は見つからないので、しばらくながびいてしまうかもしれません。ごめんなさい。でも雛苺が
こちらにいた頃の知り合いの人に助けてもらったりしてるので、心配しないでください。僕は元気です。
帰ってからたくさんお話をしたいので、手紙ではこれくらいにしておきます。
蒼星石より
追伸 この時期日本では大切な人にチョコレートを贈る風習がありましたよね。こっちではそういうのが
ないので忘れていておそくなっちゃったけど、一緒に贈ります。美味しくできたかなぁ。
追伸の追伸 ぼくがいない間に翠星石が迷惑をかけてるかもしれないけど、よろしくお願いします》
おじいさん手にしている手紙を、おばあさんと翠星石も横に並んで一緒になって読んでいた。
「ま、まったく妹のくせに出すぎたやつですぅ。翠星石が迷惑なんてかけるわけがねえです」
「あはは、そうよねえ。翠星石ちゃんはお姉ちゃんだものねえ」
おばあさんが翠星石の話に相槌を打っている間に、おじいさんは翠星石が持ってきた二つの小箱のうち一つを手に取り、ゆっくりと蓋を開ける。中にはハート型の黒い塊がラップに包まれて鎮座していた。
「おじじ。味はどうなのです」
「・・・美味しい。美味しいよ」
塊の端をかじると、おじいさんは誰にともなくそうつぶやいた。すると手が微かに震えはじめ、零れ落ちた滴がチョコレートに塩気を足した。
「翠・・・いや、蒼星石を褒めてあげなきゃいかんのう・・・」
「・・・そうですねえ。おじいさん」
隣でおばあさんゆったりと言葉を寄り添わせる。
居たたまれなくなった翠星石はうつむきながら急に立ち上がった。
「す、翠星石はそろそろ帰るです。もうすぐのりがご飯をつくる時間です」
「もう帰るの翠星石ちゃん。車・・・とかに気をつけてね」
「翠星石はそんなのにぶつかるほどとろくないのですぅ。って、えっ」
鞄に乗り込もうしていた翠星石を、おばあさんがそっと抱きしめた。
「・・・本当に、気をつけてね。蒼星石ちゃんだけじゃなくて、あなたも、私たちにとっては愛しい娘なのだから」
「おばば・・・」
「ジュン。そろそろ翠星石が帰ってくる時間だわ。ガラスを割られないよう、窓を開けておいてちょうだい」
真紅は本に目線を落としたまま口を動かした。
「なあ真紅。翠星石のやつ、だいじょうぶかな」
「そうね、上手くいっているといいのだけど。あとは祈るしかないのだわ。あなたやのりにも手伝ってもらったのだし」
桜田家二階、JUMの部屋。二人しかいないこの部屋は今、奇妙な焦燥感のようなものが漂っていた。そこへ間一髪たった今JUMが開けた窓を通り、JUMの鼻先を猛スピードで飛び込んでいく鞄。
しばらく鞄は閉じたままだった。鞄が飛んできた際にのけぞってベッドに座ったままのJUMに、本を開いたままの真紅。部屋をしばらくの間沈黙が支配していた。
「・・・なんで何にも訊かないですか」
最初に沈黙を破ったのは鞄の主だった。鞄を開き、二人に背を向けたまま喋った。
「そうね。気にならないと言ったら嘘になるわ。でも・・・」
真紅は持っていた本を置き飛んできた鞄に近づくと、翠星石の両肩に手を乗せ耳元で囁く。
「あなたが決めたことを、あなたは全力でやってきたのでしょう。それ以外に、いったい何が必要だというの」
「・・・・・・っく、ひっく。ひぁ、うわぁぁあああ!」
翠星石は振り返り、真紅の腕の中で泣き崩れた。
「あなたは立派なお姉ちゃんだわ。あの子にとっても、わたしにとっても・・・」