ケットシー氏の鬱作品に触発されて、軽く鬱な作品を書いてみましたw
連続投下失礼します。

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満ちることのない想い。
空虚にぽっかりと空いた穴。
癒えることのない大きな傷痕。
忘れえぬ大切な思い出。
日々の生活が限りなく無に等しく感じるのは、ずっと、ずっと僕の心を占有し続けていた「彼女たち」が消えてしまったから。
もう一度、君に会いたいよ。ねぇ、真紅……。

Rozen Maiden:After The Time

「おかえりなさい、今日は早かったのね」
「ただいま」

僕には帰る家がある。
そこでは「ただいま」を言って、「おかえりなさい」を言って貰える。
それはとても心地の良いもので、酷く僕の胸を抉る言葉。
今晩も、姉と二人きりの食事。
「いただきます」を言って、「ごちそうさま」を言う。
もう慣れてしまった寂しい食卓。
戻らない時を慈しみながら話す食卓。
「おやすみなさい」を言い合うこと。
それは心の安息。
それは悪夢の始まり。

僕が再び学校へ通うようになって、もう半年が経つ。
半年―――そう、それはちょうどあの奇妙な人形たちが、僕の前から忽然と消え去ってしまったのと同じ時間。
僕が初めて本当の絶望を知った時間。大切なモノが崩れてしまった時間。
僕を形作っていた世界。それが大本から壊れていくのを、僕はただ見ていることしかできなかった。
無力さを嘆き、悔い、自身を憎み。
何も考えられなかった。
僕は部屋から一歩たりとも出ることはなかった。
彼女たちが残した鞄を見つめながら、一日の大半を過ごしていた。
姉は学校を休学した。
毎日隣の部屋から聞こえる、彼女の泣き声が鬱陶しかった。

食事も摂らず、水も飲まず、僕はただじっと膝を抱えていた。
そんな生活を何日か繰り返して、ふと気がついた時、そこは病院のベッドだった。
すぐ隣には最早見慣れてしまった姉の泣き顔と、久しぶりに会う心配そうな表情を浮かべた両親の姿があった。
僕は狂ったように泣き叫び、両親に僕の部屋にある彼女たちの鞄を取って来させた。
そしてまた、家にいる時と同じような毎日が始まった。

ある日、柏葉が訪ねてきた。
憔悴し切った彼女は、僕に向かって一言だけ
「雛苺がいなくなってしまったのは、あなたのせいよ……!」
そう言い残し、そのまま僕の前に姿を現すことはなかった。
その一言は、未だに僕の心を大きく抉ったままだ。
僕は泣いた。
泣き続けた。

暫くすると、感じの良さそうなセラピストが僕の元へ通ってくるようになった。
「何があったのか、話してくれるかな?」
彼女は上っ面の笑顔で、僕に毎日優しく問いかけた。
僕は全てを話した。
話さずにはいられなかった。
うんうんと、あの吐き気のする笑顔で彼女はずっと頷いていたが、微塵たりとも信じていないのは明白だった。
錯乱?鬱?ボーダー?
そんな言葉で、僕を型にはめるんだろう。
そう考えると、この世界がどうしようもなく下らない物に思えて仕方がなかった。

僕が入院してから二週間が経ったある日、担当の看護婦が入院服の少女を連れてきた。

「桜田君と、お話したいんですって。本当は駄目なんだけれど……めぐちゃんがどうしてもって言うから。ね、めぐちゃん」
「こんにちは、私、柿崎って言います」
「……えって……」
「え?」
「帰って、帰ってくれ!」

僕はすぐに追い出そうとした。
何も知らない、何も理解してくれない他人に、僕は何も話したくはなかった。
だが彼女が発した次の言葉に、僕の世界が久しぶりに開けた気がした。

「私が、水銀燈のマスターでした」

「君が……」
「初めまして、桜田君。貴方は、確か真紅、翠星石のマスターだったわね」

すぐに看護婦を追い出し、僕は起き上がった。
備え付けの鏡には、酷く痩せ細った気持ちの悪い男が映っていた。

「僕は、僕は……」
「ううん、貴方は悪くないわ。これが運命だって、水銀燈はいつも私にそう言っていた」
「僕は見ていることしかできなかった……彼女たちが一人、また一人と動かなくなっていく光景を……。無力だった、何も知らなかったんだ。僕は逃げて、隠れて、自分の身を守ることしかできない、最低の男なんだ!!」
「それは違うわ、桜田君。彼女たちは望んでこの結末を迎えたのよ」
「違う!真紅は……翠星石は……雛苺は……!」
「過程はどうあれ、彼女たちは戦いの中で、結局は自らがアリスになることを選択した。そしてこれはその決意の代償。彼女たちは生まれ持った使命を終えたのよ」
「そんな、そんなことのために生まれてきたなんて……酷いよ、酷すぎるよ……」
「そうかしら?私は水銀燈たちが羨ましいわ。貴方、自分が何のために生まれてきたか分かる?」
「……そんなこと、分かる訳ないじゃないか。分からないから、みんな苦むんだ」
「そう……それじゃあ、教えてあげるわ。私たちが生まれてきたことにね、意味なんてないのよ」
「ッ!! そんなことは!!」
「そんなことは、何?」
「そんなこと……ない……」
「いいえ、そうなの。私たちは彼女たちとは違うのよ。ただ意味もなく生まれてきて、本能のまま子孫を残し、そして命を終えていくの。たったそれだけのことなのよ。価値なんてないわ」
「違う違う違う違うッ!!僕は、僕たちは……」
「甘えるのも、いい加減にしなさいよ!」

泣き濡れた頬に、熱が走った。

「水銀燈は、運命に従うことを選んだわ!姉妹たちを殺すこと、それは辛い選択だったのよ?貴方たちには分からなかったもしれないけれどね。
そして貴方のドール、真紅たちもまた水銀燈と同じように、辛い決意をしたわ。与えられた運命に必死で抗おうと、精一杯の努力をしたのよ。
そんな彼女たちに対して、貴方は一体何?いつまでも自分が悲劇の主人公みたいな顔して、こうしていじけてるだけじゃない!」
「もう嫌だ……死にたい……」

そして彼女の二発目の平手が飛んだ。

「死ぬなら勝手に死ねばいいわ!……ねぇ、貴方何がしたいの?貴方は生きているのよ?水銀燈たちだって、これからもっとしたいことがあったのよ!?それでも必死に限られた時間を生きていたわ!」
「………」

僕はそのまま俯いた。
何も言い返すことなんてできない。
彼女の言うことが正論なのだから。
脳裏に、浮かぶ、真紅、翠星石、雛苺、蒼星石、金糸雀……。

「……ぶったのは謝るわ、ごめんなさい。
……本当のこと言うとね、私もずっと桜田君と同じだったの。生きていても仕方ないって。早く死にたいって。こんなつまらない世界で、私ができることなんて何もないんだもの。
……でもね、水銀燈と出会って、私は変わった。変わることができた。人は何かをすることができるのよ?桜田君。
人が生まれてきたことに、意味なんてないわ。でも価値を自分で作ることはできる。私はこの命ある限り、精一杯できることをするわ。
差し当たっては、貴方を掬い上げること。そのためなら、私、何でもするわ。……長々と話し込んでしまってごめんなさい。また、来るわ……」

そう言って去っていく彼女は、どこか寂しそうに見えた。
「また来る」と言った彼女だったが、僕が彼女を見たのはそれが最後だった。

それから四日後、僕は看護婦に柿崎さんの病室を尋ねた。
僕が彼女に話しかけるのは初めてだったので、彼女はとても驚いていた。が、すぐさま悲壮な表情を浮かべ、「めぐちゃんは……ちょうど先日、亡くなったのよ……」と答えた。
不治の病だったそうだ、生まれつきの。
僕はもう何度目になるか分からない程号泣した。叫んだ。這いずり回った。壁を殴り続けた。
何て自分は愚かなんだろう。
ただひたすら自分を責め、悔いた。
悔恨などという言葉では生温い、僕は憎悪した。自分自身を。この世界を、運命を。

「……そうだわ、ちょっと待っててね」

そう言って暫くしてから、看護婦はまたやってきた。
大きな、見慣れた鞄を携えて。

「めぐちゃんがね、自分が亡くなったら、桜田君にこれを渡してくれって……」

水銀燈の、鞄だった。

「伝言を頼まれているの。
『これから貴方が何を選び、どう生きていくのかは自由。けれど、彼女たちの意思を侮辱するような真似だけは許さない』
ですって。彼女たちっていうのが誰のことかは分からないけれど、めぐちゃん、亡くなる寸前まで、桜田君のことを気にしていたわよ……。とても、いい子だったわ……」

その日、僕は退院した。
迎えに来てくれた両親に、「僕はもう大丈夫だから」と言って、海外に戻らせた。
姉は僕を暖かく迎えてくれた。
つい先週から、学校へ復学したらしい。
「いつまでも悲しんでいたら、天国にいる翠星石ちゃんや真紅ちゃんに笑われちゃうわ」
そう言って、彼女は微笑んだ。
「雛苺なら、きっと慰めてくれるさ」
そう言って、僕も微笑んだ。
姉は驚愕したように目を大きく見開いたが、すぐに涙目になって
「おかえりなさい、ジュン君……」
そう言って抱きしめてくれた。

そのすぐ翌日から、僕は学校へ復学した。
刺すような視線が痛い。
それでも、僕の足が止まることはなかった。

「今日からまた、桜田が復学することになったぞ。みんな、仲良くしてやれよ!」

担任の梅岡の、相変わらず空気の読めていないHRが始まる。
吐き気を必死に堪えながら、僕は机に向かっていた。

放課後、僕は真っ直ぐある特別教室へ向かった。
冷や汗が垂れ、学ランに染みる。
ドアの前で、ハンカチで拭き取ると、僕は大きく深呼吸をして、一歩、踏み出した。

「僕を手芸部に入れてください」

部長である桑田は目をぱちくりして、戸惑っていた。
他の部員も同じようだ。
何せ、部員は全員女子生徒だったから。
それでも僕は、退くつもりはなかった。

「先生に、聞いてくるわ……。ちょっと、待ってて」

彼女は困惑した表情を隠そうともせずに、教室の外へ出て行った。
部員があちこちでひそひそと小声で何か話している。
僕はその場に立ったまま、ひたすら桑田を待っていた。

暫くして、桑田が戻ってきた。

「入部届けを持ってきたわ。先生、ちょっと困っていたみたいだけど、許可してくれました。……えっと、これからよろしくね、桜田君」

彼女はそう言って、はにかみながら僕に手を差し出した。

それから僕の新しい生活が始まった。
かつての趣味であった通販はやめた。
朝六時に起床、姉と交替で朝ご飯を作り、七時に家を出る。
放課後は部活動。僕はすぐに部員全員から注目を集めた。勿論、良い意味でだ。
小さい頃からずっと裁縫をやっていた僕にとって、他の部員は子供の遊びもいい所だった。
僕は必死に、真紅たちの服を思い出し、デザインから裁縫まで、全て自分一人でこなしていった。

「そんな小さな服、誰に着せるの?」
「別に着るために作っている訳じゃあないよ」
「もったいない!こんなに上手なのに!」
「嫉妬するわよね。桜田君、女の私たちより巧いんだから」

夕方六時に帰宅し、やはり姉と交替で晩御飯を作る。
時には一緒に作ることもある。退院以来、僕たちはとても仲の良い姉弟になった。
学校の予習復習をこなし、夜十時頃。
僕はいつものようにパソコンの電源をつける。
検索キーワードは―――「Rozen Maiden」

そんな生活を毎日続け、半年が経った。そう、こうして今に至る。
ようやく先週、七つの服が完成した所だ。
その日、退院して以来初めて僕は学校を休んだ。

チャイムを押すと、中から疲れきった表情の女性が出てきた。

「貴方は……?」
「初めまして。桜田ジュンです。カナリアの……ミーディアム、だった方ですよね?」

「そう……貴方が、真紅ちゃんたちのミーディアムだった男の子なのね」

カチャリと、紅茶のカップが音を立てる。
彼女の部屋は酷く散らかっていた。
所々に、カナリアや真紅たちの写真が飾ってある。
手垢でベッタリと汚れたその写真を、僕は神妙な表情で見続けていた。

「―――そういう訳で、アリスゲームは幕を閉じました。彼女たちの体は、人形師ローゼンが持ち去って、彼が今どこにいるのかは分かりません」
「……そう、そういうことだったのね」

彼女は溜息と共に煙草の煙を吐き、そう答えた。

「あの日ね、カナは、いつものカナだったわ。
元気一杯で、『行ってきます。晩御飯はオムライスがいいかしら!』って。
私ね、いつものように、遊びに行くんだとばっかり思っていたの。
『行ってらっしゃい、早めに帰ってくるのよ』って、それが私がカナにかけた最後の言葉だったわ。
……ねぇ、彼女は、カナは、もう戻ってはこないの?ねぇ……答えてよ!」
「ローゼンメイデンの魂であるローザミスティカは『彼女』の中で一つになりました。今『彼女』はカナリアでも真紅でも誰でもない、完全なる少女『アリス』なんです。あの狂った人形師の望んだ通りのね」
「じゃあ、カナは!カナはそんなことのために死んだっていうの!?……返してよ……カナを、返してよぉ……ッ!!」
「カナリアは必死に戦ったのに、貴方はただそうやって立ち止まっているだけですか?」

僕はかつて、僕自身が柿崎さんに諭された時と同じように、彼女に語り始めた。
彼女は流れる涙を拭おうともせず、ただひたすら僕の目を見据えて聞いていた。

「もし、貴方がまた歩き出すつもりなら……これを受け取って下さい」
「これは……?」
「僕が作った、カナリアの服です。記憶を辿っただけの物だから、細部は違うかもしれないけれど……」
「……カナ、カナぁ……!!」
「僕はこれからも生き続けます。立ち止まってなんかいられない。思い出に縋って生きていくだけじゃあ、必死で生きた彼女たちに失礼だから……。だから、僕は……」
「……ありがとう。私も、こんなことしてる場合じゃないわよね?私ができること、しなくちゃね?そうでしょう、カナ……」

きっと僕も泣いていたんだと思う。
激情が心の奥底で暴れ回り、湧き水のように溢れてくる思い出に、僕は為す術もなかった。
僕たちはその夜、明け方まで語り合った。
ぶっきらぼうに余所見をする真紅の写真、カナリアと二人、無邪気に笑う雛苺の写真、命一杯の笑顔を向ける翠星石の写真、困ったような表情の蒼星石の写真……。
その全てが僕にかつての光景を鮮明に思い出させてくれた。
僕たちはずっと、思い出を語り合った。
後ろを振り向いたまま立ち止まるのではなく、更なる一歩を踏み出すために。
思い出の中の彼女たちの姿は、いつだって、いつだって輝いていた。

「ジュン君?雛ちゃんの鞄なんて持って……何処へ行くの?」

寝ぼけ眼の姉が心配そうに玄関に姿を見せる。

「柏葉の家。アイツ、あの後すぐ転校したんだ」
「……どうしても、行くの?また、辛い思いをするかもしれないのよ?」
「いいんだ。それに……きっと分かってくれるよ、アイツなら」
「そう……分かったわ、学校にはお姉ちゃんが連絡しておくから」
「ありがとう。遅くても二日で帰ってくるよ」

そうして僕は歩き出す。
一歩、また一歩。
靴底に感じる固く冷たいアスファルトを踏みしめながら。
悲しみは消えない。けれど、座り込んでるだけじゃ何も変わらないんだ。
生きるためには、沢山のことと向き合い、戦わなきゃいけない。
けれど、生きているから戦うんだ。
生きることは戦うこと、そう教えてくれたのは、彼女なんだから……。

       Rozen Maiden:After The Time

         ―――END―――

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