トロイメント第4話。実はあの時、水銀燈が登場していた事を知っているだろうか。

話は桜田家の門の前、金糸雀が風に吹かれて立っている所から始まる。
「あれから72回…数々の失敗を経て、ようやくまたチャンスが巡って来たのかしら…」
そう言って決意も新たに拳を握り宣言する。
「今日こそローゼンメイデン一の頭脳派金糸雀が、他のドール達をトッチメルのかしら!」
と、一通り言い終わると、すかさずシートを広げてピクニック気分でリュックからお弁当を取り出す金糸雀。
「でもその前に、朝のお弁当でしっかりエネルギーをチャージかしら」
「カナとっときのお砂糖入りたまごやきを食べて〜がんばるわぁ〜〜」
「いっただっきま〜〜す!」

そんな金糸雀を上空から見下ろす一体のドールが居た。
「あれは…金糸雀?」
電柱の頂上からほのぼの光景を見つけた水銀燈。
「ふふふ…これは良いチャンスだわぁ…」
静かに地面に降り立ち、金糸雀の背後に回りながら余裕の笑みを浮かべ、
嬉しそうにお弁当を広げる金糸雀にアリスゲームを仕掛けた。
「…御久しぶ!ブフフォウ!!」
だが、言い終わらぬ内に水銀燈は、突如カラスの猛烈な体当たりを食らって顔から地面に突っ込んだ。
そこら一帯を縄張りに持つカラスが、よそ者を排除しようと襲って来たのだった。
そう、水銀燈はカラスと間違えられていた。
「うわっ、わっ!」
金糸雀は水銀燈に気付かず、カラスを追い払おうとフォークを振り回している。
「決め」るべき登場シーンを邪魔された水銀燈は、地面にめり込んだ顔を上げて怒りの矛先をカラスに向けた。
「おんのれぇぇこのバカカラス!」
金糸雀のたまごやきを狙って交戦中のカラスに飛びつき、両足で挟んでタコ殴りをかます。
縄張りを侵されたカラスも、たまごやきを横取りされまいと水銀燈の頭を嘴で連打する。
「やっ、いやっ!」
そんな事お構い無しにフォークを振り回す金糸雀は、全然水銀燈に気付いていない。
「ちっ…」
カラスとフォークの二重攻撃に少々部が悪いと判断した水銀燈は、
一時態勢を立て直す決心をし、カラスの首を絞めながら飛び去って行く。
その手には何故か金糸雀のたまごやきまで握っていた。
「ああぁぁーーーん!」
背後から金糸雀の泣き声が追いかけて来る。
水銀燈は口をもしゃもしゃ動かしながら、ハッと我にかえる。
「あえ、あんえああいああもやいあんあ…」(あれ、なんで私たまごやきなんか…)
たまごやきをこくんと飲み込むと、絞め落としたカラスを放り投げてちょっと自己嫌悪に陥る水銀燈。
「…でも、これちょっとおいしいわぁ」
金糸雀から巻き上げたお弁当の味にちょっとだけ満足しながら、次の機会を伺う事に決めた水銀燈だった。
半泣き状態の金糸雀も、次の機会を伺うように茂みの中に身を隠している。
「別に平気よピチカート…たまごやき位の事でこのカナリヤはへこたれないわ、たまごやきくらい…たまごやきくらい…」
幸運な事にどうやら金糸雀は、たまごやきを盗った犯人が水銀燈だとは気付いてないらしい。

桜田家の中で、一連のドタバタが演じられていた頃、
その庭では真紅たちを狙う金糸雀、それを狙う水銀燈という妙な図式が展開されていた。
「…ヨーグルトの中の乳酸菌が見事に死んだですぅ」
とか何とか室内でやっていた後に、再度水銀燈にとっての絶好の機会は到来した。
金糸雀が鼻をひくつかせて、茂みの中から顔を出す。
「あれぇ…何だか甘い匂いがする…あれは、もしかしてたまごやき!!」
尺取虫の様にくねくね匍匐前進しながら、茂みから這い出してきた金糸雀めがけて水銀燈が襲い掛かる。
その関係はまるで小動物と猛禽類の如し。
「今度こそ、あなたのローザミスティカいただくわよ!」

「……って、なんで私たまごやきなんかもってるのよぉ!」
復讐とばかりに襲ってきたカラスを交えて三つ巴の激戦を交えた後、
勝利した水銀燈が手にしていたのは、形の崩れたたまごやきだった。
意識を取り戻したカラスに再度ドつかれて当初の目的を忘れ、二度もカラスに間違えられた事に怒り狂い、
いつの間にか三者共にたまごやきを奪い合う戦を演じていたのだった。
だがしかし、その時の光景は名勝負と呼ぶに相応しい戦いだった。
カラスを再度タコ殴りしながら飛び去る水銀燈の背後から、悲痛なカナの叫び声が追いかけてくる。
「ああぁ〜たまごやきぃぃ〜!」
首を絞めて気絶させたカラスを再度放り投げて、更に自己嫌悪に陥る水銀燈。
「まぁいいわ、どうせだからいただきましょう」
そう思って口の中に放り込む。
しかし、今度のたまごやきは雛苺と翠星石製のスペシャルエッグ。しかも死んだ乳酸菌入り。
水銀燈にとって、その死んだ乳酸菌入りたまごやきの味は劇物に近かった。
「ブフォ!まっず〜キモヂワル…」
突然の吐き気に悶絶しながらヨロヨロと失速して墜落する。
アスファルトの上でのたうち回りながら、電柱の陰で酔っ払いオヤジの様にゲロを吐きまり痙攣する水銀燈。
力尽きてゲロの海に倒れながら、薄れゆく意識の中で
「フッ…この私をはめるなんて、さすが策士ね…カナリア…」
などと、見当違いな推測を巡らせていたのだった。

気がつくと、そこはゴミ捨て場だった。
ゲロ塗れの人形を拾った通行人がゴミ捨て場に片付けたらしい。
さっきのたまごやきゲロが髪にくっ付いて固まり、妙に酸っぱい匂いを発している。
「…どうして私がこんな目にあうのよぉぉ」
自分の置かれた状況を理解した水銀燈は、ローゼンメイデンの誇りもへったくれもないポリバケツの中で、ずっと涙を流し続けていたのだった。
しかし、その涙の理由を知るドールは誰もいない。

がんばれ水銀燈。まけるな僕らの水銀燈。

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