えー、トロイメント第0話な感じの物語ですけど、
思いっきりネタバレなんで、ご注意ください。
薔薇水晶ちゃん〜ラブリー眼帯の秘密・改〜です(藁
本当は延々と続くオヤジモノローグだったのだけど、キモいんで前面改良しましt
どんなもんでしょう?
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「おとうさま・・・おとうさま…」
崩れて行く薔薇水晶を抱きながら、エンジュは叫んでいる。
しかし、彼の声は誰の耳にも届かない…エンジュの脳裏に甦る出会った頃のラプラスの言葉。
『…人形は何も返さないんじゃない…何も返せないんだ。どんなに想いを伝えようとしても僕らに届かないだけなんだ…』
「エンジュ先生、お疲れですか?」
「ん…ああ、いつの間にか眠ってしまったよ」
ラプラスの声に目を覚ますエンジュ。薔薇水晶が甘えるように、彼の背中に頬を寄せる。
薄暗い工房の中で、浅いまどろみから引き戻されたエンジュが彼女の髪をそっと撫でると、
薔薇水晶の顔からは笑みがこぼれた。
もうとっくに深夜を回り、暖かい静寂の時間が流れている。
「懐かしい夢を見たよ…君が私を師に会わせてくれた時の…それと…それと…思い出せないな…」
昔、人形師に絶望して、作品を全て処分しようとしていたエンジュを、ラプラスはローゼンに会わせた。
そんな事をエンジュはぼんやりと思い出していた。
ラプラスにとってそれはほんの気まぐれでしかなかったが、
弟子となった彼は次第に才能を開花させ、やがて薔薇水晶という最高傑作を生み出すことになった。
「おや…」
エンジュが手に持つ作りかけの眼帯に気付いたラプラスは、目を細めてほくそ笑んだ。
「…やはり薔薇の眼帯をお作りになりましたか」
「いや、これは…」
それはラプラスが彼に教えた、ローゼンの第7ドールの特徴。
「何をためらう事がありますか。師を越えたいというあなたの願い、
あなたが自分の作品に虚しさを感じて私の元に来た時から、これは必然だったのですよ」
エンジュは悩んでいた。師ローゼンを超える手段としてラプラスが示した方法は
薔薇水晶をローゼンの第7ドールに偽装させ、師の人形達と戦わせる事だったのだ。
「だが、薔薇水晶にこれを付けろなんて、私に言える訳が無いだろう…」
それは彼女にエンジュのオリジナルとしてではなく、
師ローゼンの贋作としての烙印を押すことに他ならない。
薔薇水晶は何も言わず、ただ苦悩するエンジュを心配して見つめていた。
エンジュが師と別れてどれほどの歳月が流れたのだろうか。
つい数ヶ月前まで優しさの中に包まれていた薔薇水晶。
人形師として自信を取り戻したエンジュと暮らす工房には薔薇の花が絶えず、
作品製作に勤しむエンジュに寄り添って過ごす生活は、幸せに満ち足りていた。
そんなエンジュに、ラプラスが囁いた戯れの言葉。
「師ローゼンを越えてみたくはないですか?」
その快楽の言葉は、エンジュの心を麻薬の様にじわじわと蝕みだした。
安らぎの毎日がゆるりと狂いだす。
『師をこえるドールを生み出す』エンジュは心に血を流しながらその夢をむさぼり続ける。
その夢はエンジュの作品に足枷となって現れた。
ローゼンを超えるべく作った人形は、師に遠く及ばない。
雑念に濁った心では、どれだけ努力しようとも決して最良の作品は生まれてこないものなのだ。
それでも、薔薇水晶はエンジュの作る人形が好きだった。
緩慢に動く出来損ないの人形に落胆するエンジュの傍らで、ぎこちなく微笑む妹を喜ぶ薔薇水晶。
そんな新しく生まれ出た妹への喜びも束の間に、
翌日、壊されて変わり果てた妹の残骸を見つめて、薔薇水晶は一人泣いていた。
「可愛そう…」そうつぶやく薔薇水晶に、
「こういう愛もあるんだよ」とエンジュは寂しく語りかける。
薔薇の花が絶えて久しい工房に夕日が差し込む。
斜陽の中でひとり、遠くに去ってしまった妹達を思い、
薔薇水晶は自分の影法師と戯れていた。
少女が歩くと影も歩き、少女がくるくると回れば影も回る。
まるで妹と遊ぶように、薔薇水晶はゆらめく影と遊び続ける。
やがて陽は落ち、影はゆっくり消えてゆく。
再び一人になった薔薇水晶を照らす月明かりが、彼女の心に一つの決意を促した。
それは、この悲しい日常に終止符を打つ決意だった。
工房にエンジュを捜して足を運んだ薔薇水晶は、
作りかけの眼帯が床に無造作に投げ捨てられているのを見つけ、それを手に取った。
『おとうさま…おとうさまの願い、私がきっと…』
そう、眼帯を結ぼうとした薔薇水晶は、傍らにある鏡に自分の姿が写っている事に気が付いた。
鏡の中から見つめる自分の姿は、遠い過去から微笑みを投げかける様に薔薇水晶に囁く。
『もう一人の私…泣いているもう一人の私…あなたはだぁれ?』
月明かりに照らされた鏡の中から呼びかける内なる声。
「私は…誇り高きエンジュお父様の薔薇乙女…薔薇水晶…」
そうつぶやくと、最期に一度だけ、そっと鏡に向かって胸を張った。
そして、いつかもう一度こうして胸を張れる日を信じて、薔薇水晶は眼帯をきつく結んだ。
彼女はもう迷わない。
「薔薇水晶……」
工房に戻ったエンジュの声に振り向く薔薇水晶。
「おとうさま…」
まっすぐに顔を上げて見つめる少女の左目にかけられた薔薇の眼帯。
無口な薔薇水晶は何も語りはしなかったが、それを見たエンジュは少女の深い思いを理解した。
薔薇水晶はエンジュの迷いを断ち切る為に、フェイクというレッテルを自らに課し、
第7ドールを名乗る道を選んだのだ。
右目に宿る決意と、左目に隠した優しさ。
エンジュは、何も言わずに薔薇水晶をそっと抱きしめた。腕の中に伝わる少女の温もり。
薔薇水晶もエンジュに抱擁されながら何も語らず、只静寂の時間だけが過ぎてゆく。
全てはおとうさまの願いのために― それが少女の優しさを強さに変えた。
『フェイクと呼ばれて生きる事が、どんなに辛い運命であったとしても、
どんなに酷い仕打ちであったとしても、私の心の中にある想い出は、決して汚されないから』
薔薇水晶の想い― それは清らかで、暖かで、どこまでも真っ直ぐだった。
「だから、おとうさま…どうか心の闇に沈まないで…」
エンジュに抱きしめられて、穏やかに微笑みながらも少女の魂は泣いていた。
出来る事ならお父様の娘として生きて行きたかったと涙を流していた。
『おとうさま…いつか、この戦いが終ったら…またあの日の様に…。』
それは儚い願いだったのだろうか。
「おやおや、あの泣き虫の薔薇水晶がねぇ…これは面白い」
ラプラスは、nのフィールド内で真紅を待つ薔薇水晶の話相手をしている。
彼の退屈は当分の間解消されることだろう。
「では薔薇水晶、ひとつ預言をしましょう」
「予…言?」
「預言です。あなたが真にエンジュの事を思うなら、彼の願いを叶えること、
そしてこの戦いの果てにあなたは壊れなければなりません」
「壊れ…なければ…」
「それが昔日の彼の心を呼び戻すでしょう」
「心を…呼び戻す…」
「そう、良い子だね薔薇水晶は」
でも、薔薇水晶とエンジュの物語には、どうしてこんな結末しか残されていなかったのだろうか。
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というわけで、薔薇水晶出撃前夜のお話でした。
真紅と出会い第7ドールを名乗る1日前の物語。
おいらにとって、薔薇水晶はこんな子なのです。