町から人里離れた山村に、トレーラーハウスを居住施設にして生活する男、ポスタル・デュード。
昼も過ぎ、太陽が眩しいくらいに照り輝いているというのに、彼はまだ眠っていた。
完全に閉め切ってあるブラインド。
その隙間から入り込む太陽の光は、枯れきって成長の見込みがない植物が植えられた鉢を照らす。
それはまるで彼の心を表しているようだった。
しかし彼の心に光が差し込んだところで自らの罪深さを反省することはできるのであろうか。
「希望?そんなものは必要ない。やりたいようにやるだけさ!」
デュードは目を覚ました。
「あぁ〜良く寝たぜ〜」
そしてベッドの隣の棚の上にある時計を見いやった。円形状のアナログ時計の針はコチコチと動き、まもなく三時になろうとしていた。
「なんだ。まだ三時かよ。五時間も早起きしちまったぜ。まあこのまま、また寝るより起きて何かしたほうがいいか」
デュードはベッドから起き上がり、青と白の縞色のパジャマを脱ぎ捨て、その格好のまま洗面所へと入った。
彼は着る服を取ろうと、寝る前に予約を入れておいた洗濯機の蓋を開けた。
「うげ!なんだよこりゃ。洗濯機壊れやがったな!これじゃあ乾燥機能が意味ねえよ」
洗濯機は、大量の水で溢れ、洗濯物は底に沈んでいた。
「他に着るものはねえし、参ったなあ。この格好でクリーニング屋行くのもアレだしな」
文字通り彼はパンツ一枚だ。確かにこの格好で外を歩くのはまずい。
「仕方がねえ。今日は一日このままでいるか」
蓋を閉め部屋を出ようとしたその時だった。
『ふふ、おばかさんねぇ』
洗面所に声が響いた。
「なんだ?そこか!」
デュードは先程の壊れた洗濯機の蓋を開けた。
するといきなり、何かが飛び出してきた。
「うぉ!何だよ!」
その物体は黒い羽と服を纏った人形、水銀橙だった。
「お久しぶりねぇ、デュード。今日はいつも以上にだらしないわねぇ」
「生憎取り込み中でなあ。ジャンク人形に構ってる暇はねえんだよ」
『ジャンク』という言葉に水銀橙が過敏に反応した。彼女は形相を変えてデュードを睨みつける。
「やっぱりあなたは殺しておかなければいけないようねぇ。どこまでも私を侮辱して!」
怒りの形相の水銀橙は翼を広げると幾つもの羽がデュードに向けて射られた。
「うふふ、ここじゃ避けきれないでしょう?」
「だから馬鹿なんだよ。お前のその羽攻撃は命中率ゼロだからな!」
デュードは余裕だった。そしてその言葉通りこれだけの羽が飛んできているのに一発も当たっていない。
「っく!ここでは不利な戦いを強いられそうね。私のフィールドで決着を着けさせてもらうわ!」
水銀橙がそう言い残し、光り輝く洗濯機の水の中に消えていった。
それと同時にデュードも周りが光に包まれその中に飲み込まれていった。
「いってぇ〜!乱暴なクソアマだぜ。ブロンドじゃねえから余計にタチがわりぃ」
光に包まれたかと思うと、いきなり真っ暗な闇に包まれたゴーストタウンに突き落とされた。
「何だよここは?趣味悪ぃ所だぜ。さっさと退散したほうが良さそうだ」
パンツ一枚という姿のデュードにとってこれほど居心地の悪いところはない。
冷たい風が彼の体に吹き付ける。
「おぉう、寒ぃ!早く出口探さないと」
デュードは文句を垂れながら、当てもなく歩き始めた。
しばらくして−1時間ほど歩いただろうか。
デュードは急にへばり、膝に手をついた。
「はぁはぁ、体が動かねぇ。パイプもねえし、クソ!狂っちまいそうだ!」
歯を食いしばり、頭を抱え込むデュード。
そんな彼の後ろには水銀橙が立っていた。
「ふふ、本当にクズな男ね。あなたが欲しいのはこれでしょ?」
水銀橙の手にはパイプが握られていた。それを見た瞬間デュードは
「おい!そいつをよこせ!マジでどうにかなっちまいそうだぜ!」
と、狂ったような目で水銀橙の持つそれを睨みつけた。
「さぁて、これをどうしちゃおうかしら」
パイプをくるくると回す水銀橙。
「おい!早くしろ!ヤバい!」
デュードの額は汗でびっしょりだ。さらに段々青ざめてきている。
そんな彼を見て楽しむ水銀橙。
「こんなもの・・・こうしてあげるわぁ」
水銀橙は手からパイプを落とした。
見る見るうちに落下していくパイプは、地面に落ちた瞬間砕け散った。
デュードは愕然として立ち尽くした。
あまりの出来事に先程苦しみも忘れ、声も出ない。
「な、な、あ、あ・・・うげぇええぇぇぇ!!!」
そしてその衝撃が収まった瞬間、彼の喉には溜まきったものをすべて放出したいという衝動に駆られ、跪いて嘔吐するのだった。
「あらあら、汚ぁい。本当に下劣ねぇ」
そんな彼を見て薄く微笑む水銀橙。
「うげぇ!っげえ!っげほ!水銀橙よぉ。ここまで俺をキレさせておいてタダじゃ済まさねえぜ・・・」
デュードからは怒りのオーラが溢れて出ていた。水銀橙もそれを感じ取ったのか、少したじろいだ。
「な、なんだっていうの?」
ゆっくりと起き上がるデュード。
「どうやら俺はお前を殺したいという圧倒的衝動を抑えきれなくなっちまったようだ。地獄に送ってやるぜ!」
「地獄に送られるのは、そっちよ!」
水銀橙は剣を出現させ、それをデュードの腹に突き刺した。
だが彼は大声で笑い、大量の血が出ているのまったく痛みを感じていないようだった。
「嘘・・・」
「嘘じゃねえよ。そっちが近づいてくれたおかげでようやくチャンスが出来たぜ!」
最初から計画済みの彼の策略にまんまと引っ掛かる水銀橙。
四方八方の瓦礫から細いワイヤーのようなものが飛び出し、水銀橙の手足を一本づつ縛った。
「う、っく、これは・・・!」
どんなに力を入れて引き千切ろうとしても取れない。
「こいつは切れ味抜群のワイヤーでよぉ。下手に動けばお前の細い腕くらいスパっといっちまうぜ?」
「フン!冗談でしょぉ?こんなもので私を倒そうだなんて、本当におばかさぁん。すぐに引き千切ってやる!」
そう言って水銀橙は右手を思いっきり振り上げた。
すると
「え?わ、私のう、腕が!?」
「言ったとおりだろ?たまには人を信じてみるもんだぜ?」
彼女の腕は綺麗な断面図を描き、引き千切れた。
「こ、これは?どうして?私の、私の腕がぁぁああああ!」
ショックで暴れる彼女をさらに悲劇が襲う。
衝撃で今度は右足の太ももい巻きつけられていたワイヤーを引っ張ってしまい、足が切断され、水銀橙はバランスが取れず崩れる。
「わ、私の足・・・」
「オラ!どうせてめえみたいなジャンクに勝てるわけねえって言っただろうが!」
デュードは水銀橙の頭を踏みつける。
「う、ぐぅ!」
そして腹に突き刺さった剣を抜き取り、今にも水銀橙に突き刺さんと構えた。
「い、いや、やめて!」
見苦しく助けを請う水銀橙。不完全な体でのその行動はあまりにも滑稽だった。
もちろん、デュードはそんなものに乗るはずもなく「謝るタイミングを間違えてるぜ?お馬鹿さんよ」
剣を振り下ろし、水銀橙の首に突き刺した。
「あ、がぁ、カハァ、っぶ、ぐへぇ」
言葉にならない声を上げている水銀橙。
「実に見苦しいぜぇ水銀橙ぉ。こんな体じゃ羽もいらねえよなぁ」
そう言ってデュードは水銀橙の背中に乗っかった。
「な、なにを・・・するの!?」
「害鳥駆除だよ!」
デュードは水銀橙の翼を掴んだ。
「オラいくぜ!」
「いや、ちょっと、や、やめて、やめてよ!やめてぇぇぇえええ!!!」
水銀橙の悲鳴がフィールド中に響き渡る。
「こいつは楽しいぜ」
デュードの手には二枚の翼があった。
水銀橙は倒れこんだまま涙を流している。
「か、体が・・・お父様から頂いた体がぁ」
「メソメソとうるせえんだよスクラップ!」
苛立った−というより楽しんでいるデュードは水銀橙の首に突き刺さった剣を捻じ切るように回した。
「あがぁあ!うぐぇ!の、の・・・どが」
そしてバキッ、という音と共に彼女の首は千切れた。
「自分から戦いを挑んでおいてこのザマとは情けねぇぜ水銀橙よぉ。まあ最後に笑うのは俺だけどな。へっへっへ」
ガラクタとなった水銀橙を見てゲラゲラと笑うデュード。だがその背後には