あれから2年経った今でも、時々思い出すことがある。
いや、思い出すんじゃない。・・・忘れられないんだ。
この退屈な世界に突然現れた彼女。
彼女、と言うと間違いなのかもしれない。だが、俺にとってのそれは彼女だった。
なぁ、お前は今どうしてるんだ・・・もう一度会って・・・・そして話したいよ・・・
この世界は退屈だ。それは今も昔も、そしてきっと未来も変わらないのだろう。
目標もなく、ただ生きているだけの存在。俺には自分自身がなにか、物のような気が
してならなかった。
ただ、単調に繰り返す日々、規則的に繰り返される会話、意味の無い授業。
学校はつまらないものだ、そう思うようになったのは何時ごろからか。
それは俺だけじゃないらしく、周りの奴らも先公の話など聞かずに喋っている。
授業している奴も奴だ。淡々と教科書の内容を復唱しているだけで、生徒に対して注意
をしようともしない。
その中で俺はただただ何も考えずに座っているだけだった。
放課後、学校終わると同時に元気になる奴は沢山いる。
友達を誘い遊びに行ったり、家に帰って勉強したりするんだろう。
俺はそんな事には全く興味が無かった。興味が持てなかった。
校門のところに見覚えのある顔。俺の幼馴染だ。
俺の姿を認識するとすぐにこちらの方に歩いてくる。
「ねぇ、暇なんでしょ?良かったら一緒に帰らない?」
これだ、俺のことなど放っておけばいいのに何かと俺にまとわりつく。
特に俺に害も無いので大抵一緒に帰っているんだが・・・何故か今日は・・・
「ごめん、俺は寄る所があるから」
考えるよりも先に口が出た。
断られるのを考えてなかったのか、思いのほか驚いているようだ。
「そ、そうなんだ。寄るって何処に行くの、私も付いて行っちゃ駄目かなぁ」
こいつは・・・人のプライベートというものを考えないのか。
「いや、俺一人で行きたいから。すまんな」
とりあえず一人になりたい。話をそこで切ると家とは逆の商店街のほうへと向かった。
幼馴染が何か言いたそうに俺の方を見ていたが、俺はそれを見てない振りをした。
ふと、気づく。
「あ、れ」
商店街に向かっていたはずなのにいつの間にか林の中にいた。
「おかしいな、この辺に林なんてあったか。そもそもなんで俺はここにいるんだ」
状況を把握出来ない、確かに俺は商店街への道を歩いていた。
怖くなり俺は走り出す。
「どこだ、ここは、なんで、ここにいるんだ」
胸が苦しい、自分がどこに居るか分からず、どこに向かって走っているのかも分からず。
とにかく走った。
走って、そして絶望した。
「なんだよ!ここはどこなんだよ!なんで俺がここにいるんだよ!」
怯えた声で独り叫ぶ。
それは林というにはあまりにも大き過ぎた。森、とも言えないだろう。
まるで出口の無い世界に迷い込んだようだ。
嫌な考えが頭に浮かぶ、ひょっとすると俺はここから2度と出られないんじゃないのか。
生に執着しているわけではない。退屈な世の中で生きていくならいっその事と思ったこともある。
だが、誰にも知られずここで朽ち果てていく、それは嫌だ。
自己を無くす気がして、自分が忘れられてくような気がして・・・
目を閉じてみる。
落ち着きを取り戻す。
自分は確かにここに存在している。
もう大丈夫。
目を開けてみる。
そこにはさっきまで無かったはずの、鞄があった。
「なんだ、これ」
何の変哲も無い普通の鞄、色も茶色を基調とした一般的な鞄だ。
しかし、その鞄からは明らかに他のとは違う雰囲気がある感じがした。
「どうしていきなりこんなものが」
周りの景色に変化はない。ただ、目の前に鞄が現れただけだった。
「・・・開けてみるか」
完全な興味だった。例えそれが危険なものだとしても今の状況ではどうすることも出来ない。
結局、鞄は元々開けられる運命にあるように感じた。
恐る恐る鞄を開ける。
突如、中から大量の光が漏れ出す
「っ!」
眩しくて目が開けられない。何が起こっているのか分からない。
やはり開けるべきではなかったのか。
同時に3つの考えが頭をよぎる。
少しして、光が分散しさっきまでの景色が戻ってくる。
「ど、どうなってるんだ」
鞄の中を見る。何も入っていない。いや、一つオルゴールのねじ巻きみたいな物が入っていた。
「これは・・・」
それを手に取ろうとした、そのとき
「あなたがワタシを目覚めさせたのね」
真上で声がした。
「なっ!」
上を見る。そこには一人の人間がいた。
いや、人間というには小さすぎる。それに服を着ている背中からは黒い羽のようなものが生えていた。
俺は瞬間的に判断する。
あぁ、死神か。本当に実在していたんだな。
だが、俺は恐怖よりもその死神の美しさに見とれていた。
整った顔、綺麗な淡紫がかった銀色の髪、それに見合う黒い羽。
どれを取っても欠点など見当たらなかった。
「ねぇ、ちょっとアナタ聞いてるの」
「えっ」
突然話しかけられ驚く。
「アナタがワタシを目覚めさせたのか。あの鞄を開けたのはアナタかって聞いてるのよ」
未だに何が起こったのかよく分からずにきょとんとしている俺。
それを見て軽く笑うような、そんな仕草をして
「そうね、愚問だったわね。ここはnのフィールド。
何故アナタのような人間風情がここに入って来れたのか知らないけれど、
あの鞄を開ける者が他に居るはずもないわね。・・・しかし、何故ここに人間が」
目の前に突如現れた小柄な少女。
彼女は自問自答を繰り返しながら俺のことを見つめている。
「nのフィールド?」
聞き慣れない、むしろ初めて聞いた言葉に疑問を感じ無意識に口にする。
それを聞いた少女が口を止める。
「アナタ、本当に何も知らないのねぇ。」
「いいわ、特別に教えてあげる。まず場所からね。
さっきも言ったとおり、ここはnのフィールド」
「ちょっと待てよ、nのフィールドって何だよ!そんなの聞いたことないぞ!」
いきなり分からない単語を言われて、思わず声を出す。
「本当にお馬鹿さんねぇ」
嘲笑
「アナタみたいなお馬鹿さんにも分かるように説明してあげるわぁ。感謝しなさい。
nのフィールドは簡単に言うと夢の世界ね。」
「夢の・・・世界・・・?」
「そう、生きているものには心がある。心があるものは夢がある。
ここはそんな所。そうね、ここはアナタの世界のようね。」
「俺の世界・・・」
周りを見渡してみる。
見えるのは木と地面。それ以外は何も無い。
どこまで見渡しても景色に変化は無かった。
「つまらない世界だわ。アナタ、よっぽど退屈なのねぇ」
「これが・・・俺の世界」
「まぁいいわ。続けるわよ。」
考える暇もくれずに少女はしゃべり続ける
「とにかくアナタはワタシを起こしたのよ。それが何を意味するか分かる?」
「・・・分からない」
「アナタはワタシのミーディアムとなるのよ。正確にはなる資格を得たというべきかしら」
「ミーディアム、媒介の事か?」
「あら、それくらいは知ってるのね。私たちの糧となる者。私たちはミーディアムを通して生命力を得るの。
まぁ、ワタシには関係ないのだけどね。」
生命力を?
あぁ、なんだやっぱり
「死神か」
声が漏れる。
「まさか、本当にいたなんてな。未だに信じられないよ。」
「何を言ってるの?」
少女は不機嫌そうに聞き返してきた
「要するに君は死神なんだろ。俺の命をもらいに来たって言うんだろ」
ふっきれたのか、俺はさっきよりもずっと落ち着いて軽く言った。
だが少女はさらに不機嫌になる。
「死神なんかと一緒にしないでくれないかしら。
ワタシは水銀燈。誇り高きローゼンメイデンの第一ドール。」
「すいぎんとう・・・」
少女は水銀燈という名前のようだ
ドールって、人形のことか
「それじゃあ君は死神じゃないのか」「そう言ってるでしょう」
聞くと同時に否定の言葉が返ってきた。
「・・・ははは、なんだよこれ。いきなり変なところにいて、鞄を空けたら生きてる人形か。
本当、信じられないことが続くよ」
馬鹿らしい。
ホント普通じゃない。
普通じゃない。
「・・・普通じゃないよな。」
俺はあることに気づく。
そして、目の前にいる少女に話しかけた。
「水銀燈とかいったよな。ここは。いや、これは現実に起こっていることなのか?」
「あら、急に強気ね。夢じゃなくて全部まぎれも無く現実で起こっていることよ。」
本当に現実なのか。
本当に・・・
「は、ははは、はははははは」
大声で笑う。
さっきまでの臆病な自分がまるで嘘のように笑いが止まらない。
だってそうだろう。つまらないと思った日常。やることの無い世界。
それが今は考えたことも無いような、現実離れしたことが目の前に起こっているのだから。
「いきなり笑いだすなんて、気持ち悪い人間だわ」
少女が言葉を発する。
「そうだよな、こんなに可愛いのに死神なわけないんだよな」
「可愛いのは当たり前よ。ワタシは完全な存在になるのだから」
心無しか、完全という部分だけが強調されて聞こえた。
「なぁ、さっき言ってただろ。ミーディアムがどうのって」
「ええ、アナタはワタシのミーディアムなることが出来るわ。でもそれはアナタの命をワ・・「なるよ。」
少女の言葉が終わらないうちに俺は答えた。
「なるよ、ミーディアムに。よく意味は分からないが、とにかく今のような生活からは抜け出せるんだろ。
それだけでなる価値はある」
「勝手に決めないでくれるかしら。選ぶ権利があるのはワタシよ。
それにワタシはミーディアムは特に必要としていないわ」
あっさりと断られた。
ここで引いたら元の日常に戻される。
いや、ここから出る方法も全く分からない。
「そこを頼むよ。友達でもいい。とにかく君と繋がりを持っておきたいんだよ」
よくよく考えてみると物凄い恥ずかしい事を口にしているのだろう。
だが、面白いことになっているのにこのまま終わるのは絶対避けたかった。
何でもいいからこの少女と関わりを保ちたかった。
しかし彼女は無表情だ。そして口を開いた。
「友達・・・友達なんて必要ないわ。ワタシは今まで一人だった。そしてこれからも一人。
ずっと一人でやっていくのよ。お父様に会うために・・・」
最後のほうは何を言っているか聞こえなかった。だけど否定されたことには変わりはない。
だが少女の言葉はどこか胸にひっかかるような言い方だった。
今まで一人、これからも一人・・・か。
「つまらなくない?」
さっきまで会った気持ちがふっと消えた。
少女はきょとんとしている。
「さっき君は、俺のこの世界をつまらないと言ったよね。
確かに君の言うとおりさ。今まで生きてきて本当に楽しかったと思ったことなんて数えるほどしかない。
死のうと思ったこともあった。それでも今まで生きている。なんでだと思う?」
言葉と言うのは不思議だ。たった一言。
それだけで状況が全く逆になる。
さっきまで彼女が話の主導権を握っていたのに、いつのまにか俺がその権利を奪っている。
「そんなの・・・・・」
彼女は言葉が出てこないようだった。出そうとしているのに出せないようにも見えた。
「友達がいるからだよ。」
俺は言った。続けて
「後、家族もだな。生きることに未練は無い。だけど死ねないでいる。それはあいつらのせい、おかげだ。」
俺は家族の顔を思い浮かべる。
「もしも君みたいに、ずっと一人で生きていくなんてことになったら俺は間違いなく死を選ぶだろうさ。
一人で生きることは難しいからな。逆に今みたいに家族や友達がいるとする。そこで俺が死んでみろ。
数の大小はあれど誰かが悲しんでくれるだろ。」
幼馴染の顔が思い浮かぶ
「自分以外に自分を認識してくれるものがいない。それって本当に自分が存在してることになるのか?
誰も自分を知らない。それって本当に生きてるって言えるのか?俺にはそうは思えない。
だから死なない。死ねない。生きてることがつまらなくても、
他人に全く関心が無くても、一人で生きていくことなんて出来ないんだよ」
少女は黙っている。
いつの間にか下を向いて。
そして・・・
「分からないわ。全然分からないわ。アナタ馬鹿じゃないの。姉妹なんていたって結局邪魔なだけよ。
結局、最後は一人になるのよ・・・」
「そんなことないさ。どんな奴でも最後まで一人になることは無い。俺はそう思う」
「・・・」
「そこまで言うならアナタはワタシに証明してくれるの?
一人では生きていけないんでしょう。それを見せてみなさい。」
そう言って、少女は右手を俺のほうへ差し出す。
「ここに口付けをしなさい」
命令口調で言う少女の指にはいつの間にはめたのか、綺麗な指輪があった。
「・・・あぁ、見せてやるよ」
俺は少し戸惑いながらもその指輪に顔を近づける
「その前に」
少女の言葉は俺の動きを止めた。
「ワタシが名乗ったのにアナタが名乗らないのは可笑しいわね。アナタの名前は?」
言われてみれば確かにそうだ。混乱していたとはいえ名乗るのを忘れていた。
仕方ない気もするが・・・
「そうだな、確かに不公平だな。水銀燈」
少女の名前を呼ぶ
「俺の名前は――
その日、俺は水銀燈のミーディアムとなった。