「それじゃあ、ジュンにもよろしくね」
電話の向こうの、とても遠く感じる、娘、のりの声。
事実、桜田夫妻はおよそ地球の裏側のようなところに居た。
同じ会社に勤務していた夫婦は、揃っての長期海外出張。
娘と息子を日本に残した不安で、初めは毎日のようだった国際電話も、
慣れてしまうもの。それが毎週となり、今では月1回か2回。
そんな月数分となった貴重な親子の会話、その内容はほとんどが、
のりから母への、弟のジュンについての報告、相談だった。
と言うのも、のりの弟、ジュンは中学生となってから1度も学校へは行かず、
所謂、言うところの、引き篭もり状態だったのである。
そしてこの電話が終わると、すぐさま今度は妻から夫へ全く同じように、
報告、相談、訴え等が繰り返される。
だが夫は決まってこの数ヶ月間
「大丈夫。のりがいる。心配要らない。」
の一言だった。
近所に親戚がいるとか、家政婦といった存在もなく、
引き篭もりの中学生の息子を、高校生の娘に一任である。
しかし、この妻も夫にそう言われると、その後は何も無かった。
もうすぐジュンが引き篭もって1年が経とうとしていた。
今日も1ヵ月ぶりながら、いつもの定期報告。
だが、今日は違って、妻は心に決めてたかのように、夫の放任主義に強く言葉を返した。
「あなた、ジュンが引き篭もってもうすぐ1年たつのよ?
のりも来年は受験。ジュンの面倒ばかりも見ていられないわ。」
妻は長期戦を考えて、次の返す言葉を用意する。
しかし驚いた事に、夫は少し目を瞑ったのち、
「わかったよ。そろそろと考えてたんだ。。。」
と軽く頷いた。
妻が何がそろそろなのかと、突っ込む間も無く、
夫は携帯電話を手にし、メモリから番号を探し始めた。
最近の履歴や、普段かける番号ではないのか、夫は探し出すのに苦労したが、
やがてその端末を耳に当てた。そして
「もしもし。例のアレ。うん。登録してある住所にね。
え?そうだな。第5ドールがいいだろう。
アプローチはそちらにお任せするよ。」