「さてと・・・・・君は僕のマスターになってくれるのかな?」
夢の中で誰かに話し掛けられた。
自分は喉元に何か鋭利なものを突きつけられていた。
相手の姿ははっきりと見えなかったが、自分よりも随分と小さな影が見えた。
「・・・・・・・」
無言で頷く相手が喉元に鋭利なものを突きつけていることもあるが、それ以上に自分に拒否の意思を示させない程の殺気のせいだった。
「ありがとう。今度君の家に会いにいくよ」
その小さな影は自分の前から消えた。
ちょうど、そこで目が覚めた。
「やけにリアルな夢だったなぁ・・・・・・」
自分は汗で濡れて着心地が悪くなった服を脱ぎ捨てた。
その後、一日中夢の事が頭から離れず何をする気にもなれずにバイトを休んだ。
夜になりまたあの夢を見るのではないかという不安があった。
しかし、寝ないわけにはいかないので仕方なく寝室に行った。
電気もつけずにそのままベッドに向かい横になろうとベッドに乗った瞬間、背中に何かが当たった。
すぐさまに飛び起きてみるとベッドの上に何かが置かれていた。
「鞄か?」
「こんな鞄なんてここに置いた記憶もないし、今まで見た事も無いな・・・・誰んだ?」
鞄を持ち上げ様々な角度から見てみる。
やはり見覚えは全く無かった。
「ここにあるって事は俺のものか?」
今日は家から一歩も出ていない、誰も家に入れた覚えも無い。
自分は見覚えの無い鞄を開けてみる事にしたが、やはりどこか他人の物を勝手に開ける様な抵抗があった。
しかし、中身を見たいという気持ちに負けて鞄を開いてみた。
「っえ?・・・・・・・・・・・ハイ?」
一瞬、いや五分は自分の目を疑っただろう。
鞄の中に入っていたのは人間。
それもとても小さく、人間の子供と同じぐらいだった。
何というかとても綺麗だった。
少し触ってみたい、そんな衝動に狩られ小さな人間を持ち上げてみた。
「・・・・・ん?っえ?何だ?人形?」
本当によく出来ていた。
多分人形のコレクターに売ると結構な値になるだろう。
だが、自分には売る気が何故か起こらなかった。
「螺子穴?螺子・・・・あぁ、これか」
螺子穴に螺子を差し込んで数回回してみる。
暫くの間人形を見守っていると、少しだけ反応があった。
「動いたよね?動いたよね?うん、動いた」
自問自答をしてみる、そんな事をしている間に人形が動き始めた。
というよりも、もう動いていた自立、目を開き、自分を見る。
自分はこの人形を知っていた。
夢の中とはいえ自分に死を感じ取らせ恐怖を与えた小さな影。
「お、おま、おま・・・・・・」
「始めまして。マスター」
自分が驚いて言葉に出来ていない言葉を言い切る前に人形が喋った。
人形が喋る事にも驚いたがそれ以上に恐怖心が勝っていた。
「あ・・・・・・」
言葉が出ない、命の危機、今度は夢じゃない、現実だ。
「契約して、この指輪に口付けを」
人形が指を差し出す。
夢の映像が自分の脳裏をよぎる。
無言で頷き、口付けする。
「ありがとう。これで貴方は正式に僕のマスターだよ」
人形は微笑んだが自分には綺麗な笑顔にも恐怖を感じた。
「ねぇ・・・・・マスター?」
「マスター・・・・・」
声が聞こえる。
「大丈夫?マスター」
意識が覚醒してくる。
目を少しだけ開けてみると小さな手が自分を揺すっている。
あぁ、そうだ自分は恐怖の余り意識を失ったんだっけ。
「すみません。今何時ですか?」
人形の方に顔を向け姿勢はそのままに敬語で尋ねた。
敬語になったのは多分この人形を恐れているからだろう。
人形は一通り部屋を見回して置いてあった目覚まし時計を持ってきた。
「7時・・・・25分くらいか。朝か」
「あの・・・・マスター大丈夫?」
人形が自分を心配した表情で覗き込んでくる。
昨晩は恐怖しか覚えなかったけど、こうして見ると中々可愛かった。
「大丈夫、多分。えっと、失礼だと思うけど、女の子だよね?」
人形はキョトンとした表情で自分を見ていた。
もしかして、間違ったかな?と思って自分も相手を見つめていると。
人形はクスクスと笑い始めた。
「そうだよ。すごいねマスター。僕の事を初見で女の子って言う人は少ないけどね。僕は女の子だよ、人形だけどね」
今度は自分がキョトンとした。
この人形が動き出してからの印象は恐怖だったが落ち着いてみると普通に可愛い少女だと感じていた。
女の子と言う人は少ないと言っていたが自分には信じられなかった。
自分がおかしいのだろうか?
「マスター。名前教えてもらえるかな?僕は蒼星石って名前なんだけど・・・・」
「そういえば名前まだ言ってなかったね。えー、倖っていうんだ」
蒼星石は何故か少し微笑んだ。
「僕少し練るね。おやすみなさい。マスター」
そう言って蒼星石は鞄の中に入っていった。
おそらく蒼星石は自分が意識を失った後も寝ずに自分を見ていてくれたのだろう。
蒼星石を恐れていた自分が急に恥しく、かつ蒼星石に悪い事をしたような気がしてきた。
「悪い事をしたようなではなく実際悪い事をしたんだろうなあ。蒼星石が起きたら謝ってみようかな?」
数時間後。
時間的には丁度腹が減り始めるぐらいだ。
というよりも腹が減り始めていた。
そろそろ昼飯にしようかなと思っていたら、蒼星石が起きてきた。
「おはようございます。マスター」
まだ眠いのだろう目をこすりながら蒼星石がやってきた。
「おはよう。えっと、ご飯食べる?」
人形が物を食べる事はまず無いと思いながらも一応確認を取っておいた。
すると、蒼星石の返答は意外なものだった。
「あ、はい。いただきます」
意外な返答に少し戸惑ったが、別に問題は無かった。
その後しばらくは殆ど会話もなく、黙々と調理を続けた。
自分は一人暮らしをしていて掃除以外は人並みに出来るつもりだ。
掃除が出来ないおかげで家の中は結構散らかっていた。
「ほら、出来たぞ」
蒼星石を椅子に座らせ、自分の作った料理を机に並べた。
料理を見て蒼星石は明らかに驚いていた。
「そんなに驚かなくてもさ・・・・。まぁ、いいや。食べよう」
自分は内心ショックだった。
気を取り直し、食事を開始する。
「なぁ、蒼星石・・・・お前が来る前に自分の夢に出てきた?」
唐突な質問、蒼星石の顔には明らかに疑問の表情しかなかった。
「夢に?確かに僕は今こうして螺子を巻かれて動いている時には夢に入れるけど・・・・まだ、動いていない時には人の夢には入れないんだ」
人違いか?
それ以前に夢だ。
唯、その夢に出てきた人形は自分の目の前にいる人形そのもの偶然ではまず無いだろう。
夢と目の前にいる人形はまず関係があると言い切っていいだろう。
目の前の人形、蒼星石はこの事に関しては知らないらしい。
そして今、蒼星石はとても気になることを言った。
「人の夢には入れるのか!?」
「っえ?えぇ・・・・対象が寝ていれば夢の中には入れます。でも、あの、あまり他人の夢に入るのは・・・・」
夢の中を覗けるというのに思いっきり喰い付いてしまった。
多分、他人が見たらドン引きだろう。
蒼星石ですら少し引いていたし、道徳を説かれてしまった。
「あっ。うん。そうだね」
蒼星石と目を合わせられない。
微妙な空気が流れて、言葉が出ない。
「ちょっと、バイトに行って来る」
この場の雰囲気に耐え切れずに逃げるように、というよりも逃げた。
「っぁ・・・・・・」
蒼星石の声が聞こえたような気がして止まって振り返った。
すると、蒼星石の顔が少し赤く感じれたが笑顔で「いってらっしゃい」と言ってくれた。
素直に可愛いと思っていた。
自分は笑顔で手を振って玄関を出た。
家を出て数分。
曲がり角から見覚えのある鞄が見えた。
自分の部屋に置かれていた鞄。
人形が蒼星石が入っていた鞄が落ちていた。
「・・・・・・・・」
とりあえず角を曲がって見てみる事にした。
数歩、歩くと言葉を失う。
鞄を持ったまま少女が倒れている。
おそらく蒼星石と同じ人形だろう。
何かに襲われたか服もあちらこちら破けてぼろぼろだ。
「おい!!大丈夫か!?おい!!」
返事は全く無いが、胸が上下している。
非常に弱々しいが呼吸をしている。
今日もバイトにいけそうも無い。
人形を病院に連れて行けるわけもなく家に向かい全力で走った。
それ程の距離を進んでいなかったので、ほとんど時間がかからなかった。
ドアを大きな音をたてて開けた。
それを聞きつけて蒼星石が玄関に顔を出した。
「お帰りなさい。マスター。もうバイト終わったの?早かったね」
違う、違う。
バイト行ってないって早すぎるって。
そんな風に突っ込みたかったが全力疾走、息が切れて声が出ない。
必死に首を振って腕の中にいる少女を見せた。
蒼星石の顔が険しくなっていく。
「マスター。早くその子を離して・・・・」
まだ蒼星石がここへ来て日も浅いが、今までの声よりトーンが低くどこか威嚇している猛獣のようだった。
蒼星石が危険を示している事が分かった。
「早くっ!!」
怒鳴る蒼星石に少し怯みながらもこの少女を寝室に運びベッドに寝かせた。
「蒼星石、どうしたんだよ?」
ものすごい剣幕のままの蒼星石に少し身構えながらも尋ねてみた。
自分と二人きりになり少し落ち着いたのだろう。
まだ、息が荒い蒼星石が口を開いた。
「今、あいつを倒しておかないとマスターに必ず害が及ぶ・・・・」
あの蒼星石が他人の事を「あいつ」と言った事が妙に衝撃的だった。
「害が及ぶ」つまり自分が危険な目に遭うということだろう。
「うーん・・・・。でも、まずあの子の意識が戻らないことにはなぁ」
そう言って、自分は「看病の用意をしてくる」と言い残し水を汲みに台所へ向かった。
「マスター!!」
一通り準備をして、あの少女が寝る寝室へ向かった。
ドアを開けると蒼星石が少女の上に乗り蒼星石自身の背丈ほどある大きな鋏を少女に向けていた。
おもわずせっかく準備をした物を落としてしまった。
止めに行こうと部屋に一歩足を踏み入れた瞬間にまた恐怖が自分を襲った。
あの夢の時に感じた殺気と全く一緒、この殺気は自分に向けられているものではないが、足がすくみ動けなくなった。
蒼星石には自分が視界に入っていないのだろうか?
意識の無い少女は抵抗する事もなく、蒼星石が鋏を大きく振り上げた瞬間には自分が飛び出していた。
「っえ!?」
やっとこちらの存在に気付いたが自分は止まる事無く蒼星石の手から鋏を叩き落して両手首を掴み壁に蒼星石を押さえつけた。
押さえつけられた蒼星石はどうして?と目で訴えかけてくる。
瞳には涙を少し浮かべていた。
どうして?と聞きたいのはこちらの方だった。
「・・・・・・あんた」
背後から声が聞こえた気がした。
後ろを見てみる。
蒼星石にも見えるよう手首を抑えたまま体をずらした。
背後にはさっきまで意識すらなかった銀髪の少女がうつろな瞳で自分を睨みつけている。
ぼろぼろの体を引きずって少し歩くと手を前にかざし背に生えている漆黒の翼を広げ威嚇をしてきた。
「あんた・・・・蒼・・・星石をはな・・・し・なさいよ。さも・・・な・・いと、容赦しないわよ!!」
絶え絶えの言葉の最後にはっきりと意思表示し少女を殺そうとした蒼星石ではなく今、蒼星石の手を抑えている自分に敵意を向けていた。
そして、更に一歩踏み出そうと足を引きずった瞬間少女がまた倒れて意識を失った。