死にそうなほど泥酔しながらもなんとか自力で家まで帰り、どうにかこうにか風呂に入って酒気を抜いた後、俺は自分の部屋の違和感とその原因に気付いた。
部屋の中心のテーブルの前にでかくて黒い木製の鞄がどんと置かれていた。
少し混乱したがその鞄が俺のでないことは確だ。ならなぜここにある?誰かが置いていった?
怖くなって急いで窓と玄関を確かめたがちゃんと鍵がかかっている。誰かが侵入した形跡はない。一応何か盗られたものはないかも確かめたが何もなくなってはいなかった。

誰かが置いていったのじゃないならやはり泥酔した俺が持って来たのだろうか?そんなはずはないと思いながらとりあえず鞄を開けてみた。

最悪だ。

鞄の中には子供が入っていた。全然動く気配がない。死んでいるのであろう。
俺はますます混乱した。意味がわからない。どこの子だよ。俺が殺して持ち帰ったのか?
帰ってきた時以上に気持ちが悪くなりながらその死体を確認してみることにした。
なにやら服装がおかしい。中世ヨーロッパの貴族の少年のような服を着ている。恐る恐る脈をとってみたがやはりない。
がその時あることに気付いた。

これ人形だ。

いっきに安堵が溢れてきた。どうやら最悪のケースは免れたようだ。
しかしよく出来た人形だ。これなら誰でも人間かと間違えてしまうだろう。
鞄から出してみた。でかい。60〜70cmぐらいはあるようだ。
鞄の中には他にゼンマイのようなものが入っていた。この人形はゼンマイで動くのだろうか。調べてみると腰のところにそれらしき穴があった。
思いきって巻いてみた、が反応がない。壊れているのだろうか?

鞄の中身がただの人形だとわかり安心したらどっと疲れが出てきた。
まだ誰がこの鞄を持って来たのかはわからないが、とりあえず人形を鞄に戻し寝ることにした。

朝起きて昨日の鞄を見ようとしたらなくなっていた。
またまた混乱して(夢だったのか?)と考えながら飛び起きたら、部屋のすみの邪魔にならないところに移動されていた。
なぜ、といぶかる暇もなく俺は物音に気付いた。
台所の方から音がする。明らかに誰かがいる。
音から察するに料理をしているのか?
俺は音を立てないようにそっと覗いてみた。

もう本当、わけがわからない。

昨日の人形が椅子の上に立って目玉焼きを焼いている。

なんなんだよ、どうなってんだよ。
人形が人間になった?
昨日俺がゼンマイを巻いたから人形にされてた呪いが解けたのか?
それともゼンマイを巻くと人形が人間になる魔法?
そんなことを考えながら唖然として立ち尽くしている俺にとうとう人形が気付いた。

「やあマスター…おはよう。やっと起きてくれたんだね。」
………人形が喋った。
まあ動くぐらいだから喋ることも出来るのかもしれないが…
人形はなおも続けた
「僕が目を覚ましたというのに僕を起こしたはずのマスターが寝てて、何度起こしても全然起きないからずっと待ってたんだ。
勝手かと思ったけどあるもので朝食を作っておいたよ。」

俺が起こした…。やはりあのゼンマイは封印解除の鍵だったようだ。
マスターと呼ばれるからには俺はこいつの主人になったのだろうか?
とりあえずのところ危険はないようなので思いきって人形に話しかけてみた。
「お前…誰?」
人形は俺の方をじっと見てから答えた。
「僕はローゼンメイデンの第4ドール蒼星石。そして貴方には契約を結んでもらい僕のミーディアムになってもらいます。」

「ミーディアム?契約って…?」
「ミーディアムとは僕らローゼンメイデンと契約で結ばれて僕らに力を供給するマスターのこと。
契約はこの指輪をはめて、この薔薇の飾りに口付けすることで交されます。」
そう言うと蒼星石は俺に銀のリングに金の薔薇のついた指輪見せた。
「僕と契約してくれますか?」
蒼星石の問いに俺は少し考えた。
「…お前は俺と契約を結んで何をするんだ?」
別に家にお手伝いさんなどいらない。契約を結んだところでなんの得もありそうにない。
「僕はマスターの力をかりてローゼンメイデンの他のドールズとお互いのローザミスティカをかけて闘い、完璧な聖少女アリスを目指します。」
「は!?闘う??」
予想外だった。得はないどころかなにやら危険な目に巻き込まれそうだ。
「えと…ローザミスティカってのは?」
「僕たちを動かす言わば魂のようなものです。」
なにその人形間戦争。人形が殺しあいをするのか。
そういや完璧な聖少女アリスってなんだ?てか聖少女?
「お前…女の子なの?」
確に綺麗な顔をしていたが服装から男だと思っていた。
蒼星石は少しむっとした顔をした後
「よく間違われます。」
と涼しい顔で言った。

だが女の子だとわかったところで戦争をするような危険な人形を家に置いとくわけにはいかない。
「契約なんだけど…正直結びたくない。」
俺の言葉に蒼星石は眉をひそめ怪訝そうに聞いてきた。
「なぜですか?」
「なぜって…お前、他の人形と殺しあいするんだろ?そんなんに巻き込まれたくない。
てか、なんで俺がお前のマスターになるんだ?」
「僕のレンピカが貴方を選び、貴方もレンピカの問いに応えたからです。
まきますか まきませんか
と言う問いに。」
「!」
急に思い出した。昨日の夜、俺は家の近くの公園の公衆便所で堪えきれずに吐いていた。
ふと横の壁をみると、今の問いが落書きのように書かれていた。
たいした意味はないが俺は持っていたペンで"まきます"の方に丸をつけたのだ。
あれでこいつはここに来たと言うのか。

「いや、あれは酔っていたからで…」
「問掛けへの応答に白州か白州でないかは関係ない。もっと深いところでのやりとりです。」
蒼星石はキッパリと言った。俺はこいつと契約を結ぶしかないのだろうか?
だがやはり争い事に巻き込まれるのはごめんだ。
「でもやっぱりお前と契約は結べない。」
「…どうしても結べないと言うんですか?」
蒼星石は怪訝そうにしながらも少し困ったようにたずねてきた。
やばい、可愛い…
でもここで受け入れるわけにはいかない。
「…ごめん。」
「…わかりました。マスターがどうしてもと言うなら僕に無理強いはできません。
いきなり来て無理を言ってすみませんでした。
…おそらくもう会うこともないでしょう。さようなら。
だいぶ冷めちゃったけど、朝ごはん食べてくれると嬉しいです…

レンピカ、またお願いするよ。」
そう言って光の玉を出したかと思うと一瞬パッと光って蒼星石も光の玉も鞄も、跡形もなく消えていた。
残された俺の呆気にとられた顔とテーブルの上の冷めてしまった朝食だけが今までの出来事が真実だと物語っていた。

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