真紅のタネの無い手品に驚嘆し、我ながらアホな面をしていたと思う。
元通りに直った窓ガラスをぺたぺた触って、やっぱりタネも仕掛けも無いなと改めて実感していると、
ドアがノックされる音が響いて我に返った。

ドアの向こうで僕の名を呼ぶ声が聞こえる。
ドタバタ騒いだから母さんが不審に思ってやって来たのだ。
さて、どうする。
今までの経験上、母さんは僕の部屋に入るときは必ずノックをするが、
僕の返事を待つこと無く部屋に入ってくるケースが圧倒的に多い。

一瞬、別にバレちゃってもいいんじゃないか?という疑問符付きの考えが頭を過ぎったがすぐに打ち消す。
とにかくバレちゃ駄目なんだ。
秘密があった方が楽しいからとか、そんな稚拙な理由では無い筈なんだが、今は説明出来ない。
自分でもわからないんだからな。
まあそのうち四百字詰め原稿用紙二枚分くらいに理由を書きまとめて提出するよ。
添削は翠星石にでも頼むかな。

そうと決まったらすぐ行動だ。
すまし顔で正座してる真紅を抱きかかえて有無を言わせず押入れに放り込む。
「すまん。お茶は後で淹れるから」
次いで石石姉妹を押入れに放り込むべく踵を返すと、翠星石が蒼星石の服の襟を掴んで、
「まったく、しゃーねー野郎ですぅ」
と言って、頭上でクエスチョンマークを持て余している蒼星石をずりずり引きずって
押入れの中へ入っていった。

襖を閉める間際、
「ちょっと、一体どういうこと?」
と隙間からひょっこり顔を突き出し僕に訊ねる真紅に、
「それは後で説明しますから、今は静かにしといてほしいです」
と翠星石が答え、真紅が渋々顔を引っ込めるのを確認してから襖を閉じた。
機転を利かしてくれた翠星石に素直に感謝する。

一通り証拠隠滅し終え、僅差で母さんがドアを開け部屋に入ってきた。
危ない危ない。ふと母さんの視線の先にある物に目が行く。
しまった、鞄だ。
忘れていた。
「大きな音立てて何してたの?」
と母さん。
「いや、そこの鞄につまずいて転んじゃってさ」
しめた、鞄の事は不審には思っていないようだ。
息子の部屋事情を把握していないからそうなるんだ。
「ガラスの割れた音が聞こえたんだけど」
この質問には知らぬ存ぜぬで通すしかないな。
「え?そんな音は聞こえなかったけど・・・」
「おかしいわね、確かに聞こえたんだけど」
幻聴だよ。
と言う訳にもいかないので、
「母さん、疲れてるんじゃないの・・・?休んだ方がいいよ」
と遠まわしに幻聴説を肯定しておく。
母さんはそうかしらねえ、などと言いつつも目から発射中の疑り光線を僕に浴びせ続けていたが、
まもなく諦めて階下に戻っていった。

母さんの姿が消えたのを確認してからドアを閉め、
「もういいぞ」
と押入れの中の連中に声をかける。
ガララ、と立て付けの悪い襖を開けて真っ先に出てきたのは真紅だ。
「髪が乱れたわ」「こんな真っ暗なところに閉じ込めるなんて」「駄目な家来ね」
などと小言を連発しながら不機嫌空間を作り出している。
次いで翠星石と蒼星石が横一列になって出てくるところを見て、
この二人の容姿が瓜二つだと言うことに気付いた。
姉妹と言うより双子と言った方が正しいのではないか。

真紅が澄んだ青い瞳で僕から何かを読み取ろうとしているかのようにじっと見つめた後、翠星石に向かって、
「隠し事をするような人間がどうしてあなたのミーディアムに選ばれたのかしら。甚だ疑問だわ」
真紅の口ぶりから察するに、既に押入れの中で翠星石から事情説明を受けたみたいだな。
ミーディアムとかいう意味不明な単語が出てきたが、これは今に始まったことでは無いので特に気にしない。
「これが私の家来でなくてよかったわ」
どうやら真紅の中では僕は「これ」扱いらしいな。
「ぐむむむ・・・」
と翠星石が歯がゆそうな唸り声をあげて、僕を睨みつける。
なんだよ、その顔は。

飼い犬を連れて散歩していたところ、
おせっかいと嫌味を同時にこなす奥さん連合のボス的なオバハンに出会って、
あらあらお宅のワンちゃんは随分粗末な格好をしていますのね、うちの犬に比べたら・・・
と侮辱された若奥様のような顔になっている翠星石を見て、ちょっと複雑な気分になった。

まあそんなことはどうでもいい。
それより一つ訊いておきたいことがある。
「お前たちは一体何をしに来たんだ」
真紅が意外そうな顔をして、
「私は翠星石から、あなたが遊び相手に不自由して寂しい思いをしているから
今日だけ相手をしてやって、と頼まれたのよ」
感謝しなさい、ところでお茶はまだなのと真紅。

寂しい思いだって?僕が?
翠星石は知らん顔をしている。今にも空々しい口笛が聞こえてきそうだ。
「僕は無理矢理連れてこられたんだけど、そういう事だったんだね。最初から素直に話してくれればいいのに」
と蒼星石。
「たとえ遠まわしではあっても、友達がいねーなんて堂々と言いふらしちゃ人間が可哀想ですよ」
「あはは、それもそうだね」
と石石姉妹。
待て待て。
勝手に納得してもらっちゃ困る。これじゃまるで、僕がいたたまれない子じゃないか。

僕が弁解の言葉を考えていると、
「ところであなた、何をしたいの」
と真紅。
すると翠星石がトランプケースを水戸黄門の印籠のように見せつけて、
「じゃじゃーん!今日はこれで遊ぶですぅ!」
と一人はしゃいでいる。
一体どこに隠し持っていたんだ?

僕と一緒にテレビゲームをしてからというもの、
翠星石が家中の娯楽道具を引っ張り出してきゃいきゃい騒いでいたのは記憶に新しいが・・・
そういえばトランプも引っ張り出してたな。
今翠星石が持ってるのと同じやつだ。
あの時は僕が「トランプで出来るゲームってのは大体が人数がある程度揃わないと遊べないものばかりだから」と教えてやると、
「じゃあ人数揃えば遊べるですね!」
と言って目を輝かせていたな。

だんだん読めてきたぞ。
お前まさか・・・と言おうとすると翠星石が、
「人間がどうしてもトランプで遊びたいって泣きついてきやがるもんだから、
しょーがねーなーって事でルールの方はバッチリ覚えてやったですぅ。
ババ抜きでも大富豪でも神経衰弱でも、なんでもきやがれーっ、ですぅ!」
やっぱりそういう事だったか。
この性悪人形め、人を勝手に友達のいない気の毒な人にしやがって。
「あら、トランプね。トランプゲームの殆どは、人数が揃わないと楽しく遊べないものばかり・・・。
確かに、友達がいないあなたには不向きね。見たところ、カードも新しい物のようね。
使う機会が無かったのね・・・」
そう言うと真紅は僕に「可哀想な子ね」と言いたげな視線を向けた。
待てよ、誤解だ。
「大丈夫だよ。今日は沢山遊んで沢山楽しもうよ。ね?」
と蒼星石。
大丈夫もなにも、僕は最初から大丈夫なんだが。
「じゃ〜あまずはオーソドックスなババ抜きから始めるです!」
翠星石が意気揚々と宣言して、カードを切り始めた。
シャッフル上手いな。そんな小さい手でよくやるぜ。
ってそんなことはどうでもいいよ。
勝手に話を進めるんじゃねえ。
と嘆いても時既に遅し、いつの間にか円形に集まっていた面々に翠星石がカードを配り始めた。

ちょっと前までは賑やかだった部屋も、真紅と蒼星石が帰ってからは随分と静かになった。
最も、一番うるさいやつがまだ残ってるが。
「今日は楽しかったですぅ。また一緒に遊べるといいですねー」
と翠星石。
確かに楽しかったけどな。
だが、真紅と蒼星石の中で僕に対する間違った共通認識が芽生えたのはいかんともしがたいね。
「それくらい大目に見やがれですー。でかいくせにチビチビといつまでも気にするんじゃねーです」
そう言って翠星石は押入れの中に入っていった。
気付けばもう九時か。
翠星石就寝の時間だ。

真紅と蒼星石はトランプゲームのルールをよく理解していて、
最初のババ抜きでは真紅と蒼星石のワンツーフィニッシュが殆ど、
僕と翠星石はドベの座を毎回争っていた。
ところが大富豪を始めると、翠星石が異常なまでの強さを発揮し、始終大富豪の座に君臨していた。
僕も運が良かったのか、富豪の座を手堅く守り通した。
蒼星石は貧民から脱出出来ず、真紅は毎回大貧民になっていたな。
翠星石は大富豪特権で大貧民真紅からカードを巻き上げるのを至上の楽しみとしていたのか、
「おーっほっほ、真紅ぅ。この翠星石様に一番強いカードを献上しやがれですぅ」
というようなことをゲームが始まる度に言っていた。
その度に真紅は顔を真っ赤にして親指の爪をカリカリ齧りながら
「どうして私が・・・」「不公平よ・・・」「許せない・・・」
などと聞き取りづらい声でボソボソと呟いていた。
僕には呪いの言葉に聞こえたね。
神経衰弱は蒼星石の独壇場だったな。その記憶キャパシティを少し分けてほしいと思ったぐらいだ。
翠星石はヒステリック気味に髪を掻き毟りながら
「だー!また間違ったです!」「ええっ、間違いは無かった筈ですのに!」
「カードが移動しやがったですぅ!小癪な野郎ですぅ!」
などと騒いでいた。うるせえよ。
真紅は蒼星石がカードに手を伸ばす度に
「それは間違いよ」「あなたの記憶力の悪さを証明出来るいい機会ね」
などと巧みなメンタル攻撃を仕掛けていたが、それにめげずに一位の座を守り続けた蒼星石は凄いよ。
まあ僕も始終二位だったけどな。

楽しい時間はあっという間に過ぎ去ると言うが、その言葉の意味を今日ほど実感したのは初めてだ。
と言っても、翠星石と一緒にいる時も時間の流れが加速しているような気がするね。
なんでだろうね。

「人間、おやすみも言えねーですか?」
翠星石が押入れから顔を覗かせている。
「ああ、おやすみ」
「おやすみですぅ」
ギギギ、ガタンと襖が閉じられた。
立て付けが悪いからな。

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