『侵食』 

 別にこっそりと近づいてるわけではない。それなのになんだか彼は、いつも私にびっくりしている。 
 ほら。 
“トントン……” 
「うわぁああっ!? って、な、なんだ柏木かぁ。び、びっくりさせるなよな」 
 こんな風に軽く肩を叩いただけなのに。 
 周りの人達の視線が一瞬だけだが、咎めるように私たちに集まった。ごめんなさい。図書館では静かにしなくては。 
 でも、桜田くんは変わらないな。態度だけは強気なのに、実は臆病なところは、うん、昔とあまり変わってない。 
 もっとも昔は、本当に自分は強いと心から、ううん、そんなことは考えもせずに、当たり前のように思っていたのかもしれないけど。 
 いまは違うはずだ。 
 彼が中学生になるときに初めて味わった挫折。 
 おそらくそれは他の人から見れば、どうということのない、とてもちっぽけなものだったろう。 
 私にもそのときは、それはなんでもないことに思えた。しかし、それは彼にとっては大事な、自分を支えるものだったんだろう。 
 失った彼は自分の殻に閉じ篭もってしまった。 
 未だに学校には、入学式のときを含めても数えるほどしか登校してないし、こうして外に出歩くようになったのも最近のことである。 
 学校のプリントを家に持っていっても会おうとしなかった彼。 
 学校のプリントを家に持ってはいくが会おうとしなかった私。 
 あのときに比べればいまは遥かにマシではあるが、学校で、教室で会うには、もう少しだけ時間が掛かるはずだ。 
 雛苺達がもしかしたら、いまの彼の支えになっているのかもしれないが、すぐにそうですかと、なんとかなるものではないだろう。 
 残念だけれどそれは無理だ。 
 私にはわかる。はっきりとわかる。……私もそうだからだ。 
 毎日毎日、両親に、先生に、友達に、そんなつもりもないだろうし、もちろん悪意だってないだろうが、それだけに無視は出来ない。 
 懸けられるプレッシャーに押し潰されそうだ。 
 彼は少しだけ早く潰れてしまっただけ。勝手に懸けられる期待に応えられなくなっただけ。そろそろ――――私の順番かもしれない。 
 これからダメになっていく私と、持ち直そうとしている彼。 
 いま私が一番羨み憧れている存在は、桜田くんなのかもしれない。 
「な、なんだよ? ひ、人の顔をじっと見たりして?」 
 何故そんなことをしたんだろうか。 
 まだまだ頼りないながらも、周りに支えられ、強く育とうとしている彼と。根は腐りかけているのに、立派に育ってると思われてる私。 
 魔が差した。 
 というのとは違う。それは間違いない。はっきりと言える。でもそのときの私は、やはりどうかしていたのかもしれない。 
「桜田くん……ちょっと来て」 
「お、おいっ!? な、なんだよ?」 
 突然手を握られ、強く身体を引っ張られた彼は驚いた声を上げたが、私は構わずに図書館の奥、人の目の届かない棚の陰へ連れていく。 
 雛苺の傍にいられない私を支えてくれるのは、桜田くんしかいないと思ったから……。 

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ここまで勢いで書いてみましたがなんか暗いなぁ。 

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>>432の続き 

 握っている手が温かい。そしてなんだか力強く感じられる。 
 単純に身体能力だけならばまだ、普段はあまり外に出ない彼よりも、部活動などをしている私の方が強いかもしれない。 
 でもやっぱり、どことは巧く言えないが、伝わってくる感触は男の子の手だった。 
 それは女の子の私にはないもの。 
 桜田くんも私も昔とは違う。確実に成長している。それがなんだか少しだけ淋しい。昔には戻れないのだと……嫌でも教えられる。 
 身体の変化に、周りの変化に、心だけがまるで追いつかない。 
「ちょ、おいっ!! か、柏葉、ど、どうしたんだおまえ。いきなりこんなとこ……連れて来たりして、さ」 
「あ……」 
 物思いに耽っていた私は、彼に言われるまで気づかなかった。 
 もう随分と入り組んだ棚の奥にまで来ていて、これなら誰の目もなければ邪魔もないだろう。彼と二人っきりの空間だ。 
「ねぇ……桜田くん」 
「なんだよ」 
 振り向いた私は一体どんな顔をしてたんだろう。真っ赤になっている彼の顔を見ながら、無性に気になった。 
「私から目を逸らさないで…………ずっと私を見て…………」 
「えっ!? あ、お、おまえ、な、なに言ってん」 
「お願いだから」 
「あ、お…………わ、わかったよ」 
 可笑しなことを言ってる私に、桜田くんはきっと戸惑っているだろう。それでも小さく、こくん、と頷いてくれた。 
 私をじっと見てる。 
 勝手なものでそんな彼の視線に私は、今更恥ずかしさを感じはじめていた。 
 でも、やめるつもりは微塵もない。 
 それでも決意が鈍らぬうちにと、私は腕を交差させてシャツの裾を掴むと、彼の視線を感じながら一息で捲り上げた。 
 シャツを抜いたときに乱れた髪を、ふるふると頭を振って直す。 
 肩までしかない、いかにも優等生な短い髪型なので、それほど乱れているわけではないが、直しながら桜田くんを窺ってみる。 

「……………………」 
 さっきよりも真っ赤になってる顔で、目をいっぱいに見開らき、声にならない声を出しながら口をパクパクとさせていた。 
 彼は視線は一点に釘付けされてるみたいだが、行き着く先は追わなくてもわかってる。 
 やっと最近になってブラが必要になりはじめた、でも乳房と呼ぶにはまだまだおこがましい未発達な胸。 
 夏とはいえ外気と、なにより彼の視線に、体温が急激に上がっていく。 
 そんな経験などはない。あったら死んでしまう。だがきっとこんな感じだろう。血液が沸騰したみたいに身体中が熱かった。 
 しかしまだ、これで終わりではない。 
「ちゃんと……見ててよ…………桜田くん」 
 スカートのホックに手を掛ける。太ももを滑り落ちると、花びらのように床に広がった。 
“ごくっ” 
 唾を呑む音。 
 それははたしてどちらのものなのか。 
 いつの間にかマラソンを完走したときみたいに、呼吸を荒くしている桜田くんかもしれないし、飾り気のないない下着で彼の前に立ち、 
隠す意志がないと示すように、両手を後ろで組んだ私かもしれない。 
「もっと……もっと近くで見て……桜田くん…………」 

柏木≦柏葉 指摘してくださった方どうもでした。レスくださった方ありがとうございます。 
ご好意に甘えてとりあえず書いてみようと思います。 

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