前スレの887からの続きらしきもの投下 

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「ん〜ふっふ〜♪ん〜ふっふ〜♪」 
「今日もまたゴキゲンだなお前……」 

今宵は除日。大晦日。街は団欒と鐘の音に包まれる。そこ、今度は一日早いとか言うな(むしろ二日に近いんだぞ)。 
ここ桜田家も例に漏れず――やはり若干一名例に漏れるが――ほんわかとした空気に満たされていた。 
のりは相変わらず楽しげにドールたちの相手をし、 
そのドールたちは「大晦日だよくんくんスペシャル」に夢中である。 
ただし、翠星石だけは「みんな子どもですぅ」と言ってまたジュンの部屋にいた。 

「ちなみに除日というのは『その年を除く(終える)日』という意味だ」 
「なんでチビ人間がそんなこと知ってるですか?」 
「なんだ、やっぱり知らなかったのか」 
「 (ムッ) コホン。ここで翠星石のトリビア講座ですぅ。 
 大晦日のことは「大晦(おおつごもり)」とも呼びますですが、 
 この「晦(つごもり)」とは「月隠(つきごもり)」が訛ったものです。 
 この国の陰暦と呼ばれる暦では、月末になると月が見えなくなってしまうからです。 
 ちなみに、「一日(ついたち)は月が見え始める「月立(つきたち)」から来てるです」 
「ホントにトリビア(どうでもいい知識)だな」 
「ムキィ―――!!生意気です生意気ですチビ人間生意気ですぅ〜〜〜〜〜!!」 

ギャーギャー喚く翠星石を背に、内心敗北感に見舞われるジュンであった。 
実は除日の意味はたった今ネット辞書で調べたのをそのまま読んだだけであり、対して翠星石の知識は自前だ。 
もっとも、それでも悪態で虚勢を張り、なおかつ嘘は言わないのがジュンである。 
もし翠星石が 
『どーせチビ人間は知らなかったですね?』とでも訊いてくれば悔しながらも正直に認めていただろう。つんでれつんでれ。 

「で、今日はなんでご機嫌なんだ。また酒でも飲んだか?」 

これまたからかい半分に言う。 

クリスマスイヴにて飲酒した翠星石は、酔いが覚めて元に戻った後に自分のしたことを大いに恥じ、 

「二度と飲まんです! ていうか飲ませるなですっ!!」 

顔を真っ赤にしてそう喚いた。 
なんでも、クリスマスパーティの際に戸棚の奥にあった酒瓶を高級果汁と勘違いして一人勝手に飲んだらしい。 
要するに自業自得だ。勝手に飲ませたことにされるのりも大変である。 
もっとも、それ以来――と言っても一週間しか経っていないが――偉そうな態度で甘えられる頻度が増えたジュンも別の意味で大変なのだが。 

「ふーんだ。ローゼンメイデン第3ドール翠星石。同じミスは二度しないです。 
 今夜はばっちしラベルも確認。まぁ名前だけ借りた紛い物に決まってるですけど、 
 ネクタルの名を騙るだけあってなかなかに飲み心地がいいです」 
「は? ネクタル?」 

そんなものは桜田家にはない。ジュンが通販で買ったものにもそんな酒は含まれていない。 
嫌な予感がして振り向く。 
ベッドに鎮座まします我らがメイデン翠星石。その手にあるは一升瓶。 
ラベルには『麦神純米酒・脚濫洞(ぎゃらんどぅ) お神酒にどうぞ』と、 
麦か米かどっちなんだと突っ込もうとしたら銘にクロスカウンターを食らうようなことが書いてあった。 
というかそんなモンお神酒に勧めるな。神様がギャランドゥに目覚めたらどうする。 

「ってそれお神酒じゃないか!」 
「誰ですミキって」 
「酒ださけ! 神の酒!!」 
「何バカなこと言ってるです。酒なんて名ばかりで、ネクタルは薬です」 
「ド阿呆っ! ネクタルだって立派に酒だろバカはそっちだこのバカ人形!!」 

【ネクタル】 
 ・ギリシャ神話にて不老不死の妙薬とされる、神々が飲む酒。神酒。 

「まぁ〜ったく、やっぱりチビ人間はチビ人間ですぅ。 
 ネクタルというのはですねぇ、古代ギリシャの神々だけが食べられる木の実でですねぇ、 
 一説にはあのアダムとイヴがヘビにそそのかされて食べた木の実も 
 リンゴなんかじゃなくて実はネクタルだと言われているのですよ〜?」 

さっきは薬とか言ってなかったか? ていうか果実はアンブロシアの方じゃないのか? 
まあ果実だとか果汁だとか説はあるし、 
挙句の果てにはどっかの牛の角からも垂れ流されていたらしいのでもう何なのかさっぱりではある。 
だが何にせよ翠星石が飲んでるのが酒であるのは間違いない。 

「ちなみにその牛というのはかの有名なギリシャ神話の最高神ゼウスにお乳を与えたと言われる 
 雌山羊アマルテイアでありましてぇ、その角は『豊穣の角』と……」 
「なにが悲しくてうんちくオンパレードな大晦日を過ごさないといけないんだ! 
 いいからそれよこせっ!!」 

すっかり出来上がっている翠星石から一升瓶を奪い取ろうと襲い掛かる。 
しかしのらりくらりと酔拳じみた動きで紙一重にかわされる。 

「にゃーはーはーはーはー♪ 
 チビ人間になんか捕まらないですぅ〜♪」 
「この、待てっ!!」 

実はジュンにはかなり分が悪かった。 
ジュンは気付いていないが、翠星石の動きは本気で酔拳じみており、ギリギリのタイミングで襲い来る手を避けている。 
よって、大振りに腕を振り回すジュンでは動きが見え見えなため回避にさほど注意は要らず、無駄に体力を消耗するだけである。 
しかし―― 

「おほほほほ〜♪ 
 翠星石をつかまえてごらんですぅ〜♪」 

酔いのせいもあって頬が赤らんでいるためか、翠星石だけで見れば『追いかけっこをしている恋人』に見える。 

「この性悪人形おっ!!」 

が、もう片方がコレなのでそんなムードは微塵もない。 
そうして狭い中での追いかけっこの末、唐突に翠星石は反撃に出た。手に持つ如雨露を振りかざす。 

「スィドリームっ!」 
「いっ!?」 

部屋の中だろうとおかまいなしに生える樹々。 
その成長スピードは半端なく、ジュンのどてっ腹にぶつかりそのまま壁に叩きつけた。 

「げぶぉっ!!」 

……かなり効いた。 
というか勝手に力を使って提供主にぶつけるのは詐欺だろう。 
しかしそんなことは知ったこっちゃないかのようにじゃじゃ馬娘がのしかかる。 

「ん〜ふっふ〜♪ 
 ねえジュン。知ってるですか?」 
「なに、をだ……」 

上機嫌の翠星石は頬を赤らめた満面の笑みを浮かべたまま息絶え絶えのジュンに顔を寄せ―― 

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「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!????!?!?!?!?!?!?!?!?!?」 

息が完全に絶えた。 
今何が起きた? 
わからない。いやわかってる。けどわからない。どっちだよ。僕の知ったことか。 
じゃあほっぺたのその感触は何だ。知るか。じゃあほっぺたが熱いのは何故。知るか。 
脈が乱れてますよ。ほっとけ。もう動けるのに何故跳ね除けないんですか。ほっとけってば! 
いい加減認めてもよろしいのでは? 何をだよ!? まったく、わかるはずでしょう? 以前、水銀燈にも同じことをされ 

(あれとこれを一緒にするな……っていつの間に出てきたお前―――――ッッ!!!?) 

何故か脳裏にラプラスの魔がいた。脳裏のクセに妙にくっきりと認識出来るのがまた気持ち悪い。 

(ようやく認めましたね坊ちゃん。それにしても、これはまた異なことを。 
 『すべて』の定義が『観測者にとってのすべて』である限り、それが属する世界は正にすべてを内包します。 
 同じ世界から分有せし属性を持つ以上、貴方の『世界』に通ずる道は『在って無い』。トリビァル(つまらない)!) 
(ま た う ん ち く か !! 
 いやもううんちくでも何でもないだろそれ! 何しに来たんだお前!?) 
(『綺麗は汚い』『汚いは綺麗』と申します) 

なんだか前にも聞いた様なことを言われた。 

(『完全』は『不完全』、『不変』は『変化』、『求める』は『与える』。そして――『ツン』は『デレ』) 
(いやちょっと待て) 
(言い換えますと、『相容れぬ』は『相容れる』。それが貴方の探しもの) 
(ぐっ――……余計なお世話だ) 

体感時間にして約一分。道化ウサギは潔く去った。 
そのおかげか落ち着きを取り戻せたが、間違っても感謝なぞしてやらない。 

一方、電波の受信スイッチを押してくれやがった泥酔淑女は心なしか潤んだ瞳でジュンを見つめていた。 
再び電波を受信しそうになる心音を全力で抑えつける。 

「ぇへへ……イギリスではですねぇ、年がかわった後、誰にキスしてもいいですよ♪」 

言われてふと時計を見る。確かに年と日付が変わっていた。 
余談だがアメリカの方でも年が明けるとキスとハグの嵐だそうな。 

「そうか……それは、知らなかったな。……というか年明け早々またうんちくか」 
「そもそもうんちくのきっかけはジュンですよ」 
「……うるさい。それより先に言う事あるだろ」 
「?」 
「あけましておめでとう、だろ。それと、その…………」 

「……今年もよろしくな」 
「今年もよろしくされてやるです♪」 

ところで、そんな虫歯になって歯茎まで侵食されそうな空気に満たされたジュンの部屋の外では―― 

「ああ〜〜翠星石ぃぃぃぃぃぃ〜〜〜…………」 
「のりっ! のりいいいいいっ!! 年越し蕎麦なんてどうでもいいのだわ!!! 大至急私に似合う着物を見繕って頂戴!!!!」 

さらなる妹離れを遂げつつある姉の姿に目の幅涙を流しながら掴んだドアを粉砕しつつある蒼星石や 
ジュンの好感度について多大な危惧を覚える真紅が覗いていたりした。 
「大晦日だよくんくんスペシャル」はやはり既に終わっている。大晦日と言っても子ども向けの番組なため早めに終わるのだ。 
ちなみに雛苺は鏡餅のみかんをイチゴに置き換えるのに夢中である。 
なお、部屋の中ではさらなる展開になりつつあったが、それは二体のドールにより猛然と防がれた。 
    ガショウインネン 
(゚∀゚)<我性淫念なのはイケナイと思います! 

ちなみにその後、翠星石は地平線を埋め尽くすほどのギャランドゥな男たちに跪かれる初夢を見て大いにうなされたそうな。 

「は、這い蹲らなくていいです! 
 あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙っ!! 靴を舐めるなですうううううううぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっっ!!!!!」 
「……どんな夢見てるんだろうホントに…………」 

……正夢にならないことを切に願う。 
ラプラスの魔あたりが悪戯にそんな世界に放り込むかも知れないのであながち冗談では済まないのが恐ろしい。 
でも姉の寝顔は悪夢にうなされたものでも――考えようによってはレアものだし――見ていたいので起こさないオッドアイ妹。 
ところで、着物姿にシルクハットというのはある意味なかなか斬新な萌えなのではないだろうか? 

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あとがき 
SSよりAA作る方にやたら時間かかった罠。絵描いてトレーサーにかければいいってモンじゃないんだな。 
挿絵部分うざかったらNGワード登録でもしておいてくれ。 

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>>63からの続きらしきもの投下 

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「ん〜ふっふ〜♪ん〜ふっふ〜♪」 
「…………」 

今朝は元旦。お正月。街は穏やかな喧騒に包まれる。そこ、まだ陽が昇ってないとか言うな。 
ここ桜田家も例に漏れず――約一名は半ば強制的に参加させられているが――ゆったりとした空気に満たされていた。 
のりは普段より2割増でドールたちの相手を楽しみ、 
そのドールたちはのりに着せてもらった着物姿で「お正月だよくんくんスペシャル」に夢中である。 
今日は真紅の命令ということもあってジュンと翠星石も居間にいた。 

「ほらほらジュン、仏頂面してないで翠星石の晴れ姿を鹿とその目に焼き付けるですぅ」 
「鹿に焼き付けてどーする。そんなことしたらマスコミがまた秋葉オタの仕業とかアッタマ悪い報道するぞ」 
「じゃそのメガネに焼き付けるです!」 
「無茶言うな……ってやめんかーーーーーーーっ!!」 

あらかじめ言っておくと、今回翠星石は酔っていない。いや、雰囲気には酔っているかも知れないが飲酒はしていない。 
何にせよ今回も上機嫌である。くんくんスペシャルよりジュンにじゃれつく方が優先順位が高いようで、 
振袖をはためかせながらジュンのメガネを奪おうと飛び掛り…… 

ずびしっ!! ガスッ!!!! 

非常に見事なタイミングで二度の衝撃がジュンを襲った。 
ここでジュンの様子を説明しよう。 

メガネ:片方ひび割れ 
首:開いた状態の庭師の鋏が食い込む一歩手前 

「「……はい?」」 

二人して硬直。 
見ればつい一瞬前まで至近距離にいた翠星石が2,3メートルほど前方におり、ジュンの背中は壁に押し付けられている。 
つー……と真横に視線を巡らせると、庭師の鋏の先端が壁に突き刺さっていた。背に壁がなかったら確実に逝っている。 
思い出したかのようにひらひらと薔薇の花びらが刃の側面に落ちてきた。 

「うるさいわよ貴方たち。今私たちはくんくんの勇姿を見ているの。邪魔しないで頂戴。ね?」 
「翠星石、ジュン君。テレビを見る時は静かに、ね?」 
「「……………………………………………………はい」」 

何が起きたかはまあわかった。 
しかし蒼星石はともかく真紅まで満面の笑顔で諭す事はないだろう。殺意というか滅意を感じる。 

「えー? しんくー、今はくんくん出てないよー? 出てるのはペロリーナ男しゃ……」 

こてん。 

「あら雛苺、夜の時間にはまだ早いわよ」 
「ゆうべははしゃいでいたからね。疲れたんだと思うよ」 

何をしたのか問い詰めたかったがそれをしたら殺される。殺される。きっと間違いなく殺される。 
他の誰にでもなく。他の何にでもなく。僕コイツらに―――殺される!! 

――具体的にはホーリエとレンピカを全出力でぶつけられる―― 

半ば確信を伴った死感能力の発現を感じるジュンであった。 
メガネを通してどっかの高校生の霊が憑依したような気がしたが、 
それは本編にまったく関係ないのでわかる人だけわかってくれれば良い。 

「もぉ……大丈夫ですかぁ? 今メガネ直してあげるですからじっとしてるですよ、ジュン」 
「あ、ああ……すまないな」 

繰り返すが、現在翠星石は酔っていない。 
メガネを直すために顔を近づけることとなり――外せばいいだろというツッコミは野暮ってモンだぜベイベー――、 
それは年明けの時のあの行為を思い出させる。 
酔いが覚めた今でも上機嫌なあたり通常時のデレ度が上がってきているようだが、やはりまだシラフでは照れを隠せないようだ。 
そのためお互い微妙に目を逸らし赤面。さらにそのせいで集中力が乱れメガネ直しに余計な時間がかかる。 

「あの、ちょ、ジュ、ジュン……こっち向いてくれないと、その、直せないです……」 
「い、いや、えっとだな……」 

そのせいでさらにさらに赤面。さらにさらにさらに時間延長。すぱいらるすぱいらる。 
悪循環? 本気でそう思う奴はお子様に嫌われる大人になると心得よ。 

((死食ったーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!)) 

余計に好感度アップな二人に紅蒼劇画タッチ。字がおかしいがあながち間違いでもなかろう。 

さて、今さらではあるがドールズ晴れ姿の説明をさせて頂こう。長いから興味ないなら飛ばすことをオススメする。 
人間サイズの着物の名称が人形のそれにも適用されるのかは少々疑問ではあるが、とりあえず適用することを前提にさせて頂く。 

まず雛苺。ピンク色の布地にカラフルな花模様が刺繍された、いわゆる子ども向けの着物である。 
激しく動き回った際に裾を引っ掛けないようにとののりの計らいで、裾は幾分短めになっているが、 
雛苺の無邪気な元気姿にはむしろその方がマッチしており、こぼれるような笑顔を浮かべる姿は見る者の心を和ませる。 
今となっては絶滅危惧種となった純粋な心を持つ子ども(?)の一人である雛苺のお願いならば、 
数多の身勝手な願いを押し付けられる初詣時の神様だって進んで叶えてやりたいと思うことだろう。 

次に蒼星石。彼女が着ている着物は薄手であり、それもそのはず、これは夏用の種類である。 
浴衣と言えなくもないが、元来のそれよりややスマートなタイプになっている。 
帯には単帯と呼ばれるこれまた夏用の帯を使っており、色は着物が紺で帯が薄紫。 
裾には淡い色の花模様が刺繍され、彼女の涼しげなイメージに似合っている。 
ただしやはり着物であるため、加えて本人の佇まいが大人しげであることから、身軽な印象は少々薄れている。 
だがその分、落ち着きというものが引き立てられており、活け花でもしていればさぞ雅な絵になるだろう。 
……帽子を脱げばの話だが。 

そして真紅なのだが……実は微妙な問題がある。 
ジュンの気を引こうと急ごしらえの着物知識で試行錯誤した結果……いや、実は試行錯誤も何もないのだが、 
「高貴」という理由だけで十二単なんぞを選んでいる。 
いや、十二単が悪いわけでもないし、むしろ真紅には似合ってはいる。もしかすると最も彼女に合う着物かも知れない。 
が、だ。殿方の気を引くために必要なのは目立つ事とは限らない。少なくとも、表面上の狙った目立ちは逆効果になりかねない。 
無理に目立とうとするのではなく、素材に合った着こなしによって生まれる調和という美しさこそが自然に見る者を釘付けにするものだ。 
そして今日の真紅の場合、素材と服は合っているのに本人が目立とうと意気込んでいるため、 
それが余計なオーラを混ぜて味を濁らせてしまっている。 
加えて、あくまで十二単は彼女に『似合う』ものであって、『周囲を見惚れさせる』と同義ではない。 
よって、派手さで驚かせはしたものの、ジュンがそれ以上のリアクションをすることもなく、 
時間が経てば経つほど不純のオーラが増強されるため、悪循環もいいところである。 
ぶっちゃけ単なる目立ちたがり屋と化している。 

さて、それではこの話のメインヒロインポジションにある翠星石だが……先ほど述べたように振袖である。 
が、彼女は着付けからして例外的なものだった。 
というのも、着付けの仕方を知らないくせに意地を張って無理矢理自分で着たのである。 
のりに着させてもらった他の姉妹と比べれば当然まともに着れていようはずもない。 
だがここに、未熟であったが故の偉大な副産物が生じることとなった。 
まともに着れていない状態の維持……それ即ち着崩れのデフォ化である。 
彼女なりに必死に着た甲斐あってか、歪ながらも脱げることのないバランスを保持している。 
つまり、脚とか肩とかうなじとか鎖骨(ここ重要)とかが、常に絶妙な露出度で覗いているわけだ。 
普段元気っ娘な彼女がそんな露出をしていたところでさしたる色気は見られないはずだが、それはあくまで普段の話である。 
今着ているのは着物である。どこかしら派手な西洋ドレスと違い、東洋のドレスは素材そのものを活かす。 
淑やかさ、慎ましさ、落ち着いた物腰などの、静かな美しさを思わせるその服装では、僅かな露出がどことなく自然かつ上品な色気を思わせる。 
そして、本人はあまり意識していなかったが、翠星石の長く美しく艶やかな茶髪はそんな和服姿に見事に似合っている。 
だがそれだけではまだ足りない。しかし翠星石は偶然にも最後のパーツを兼ね備えていた。 
それは約一週間前から培われたもの。その名も『恥じらい』である。ツンデレに欠かせないアレである。 
冒頭では能天気に上機嫌なだけに見えたが、ジュンとのバカ話が途絶えると、途端にソレが表層に出る。 
照れは淑やかさを生み、時折もじもじと頬を赤らめ顔を伏せるその仕草ときたら! 
一言で言おう。 
『可愛い』のだ。 
『すごく』とか『とても』とかそんな飾りが無粋に感じるほどに。 
各々の長所を活かした真紅たちとは反対に、何から何まで普段と違う、けれど可愛らしいその有様は、ジュンをとぎまぎさせていた。 

「なんで翠星石だけそんななげーんだよ」とお思いの読者もいるだろう。 
だがしかし、察しのいい読者諸君はわかるはずだ。 
真紅、雛苺、蒼星石……彼女たちは素材と着物による映えはあれど、同時に、きちんと着こなしているが故に特筆すべき部分が限られてしまう。 
言うなれば「得点高いこた高いけどありきたり」というわけだ。 
よって、本人たちの個性以外は一般に知られる着物の美点しか残っていないため、ぶっちゃけ何も書けん。着物姿は着物姿だ。 
ああそこ。「どうせ翠星石びいきだろ」だなんて野暮なこと言うなよ。真面目に考えてももう書くことなかったんだよ。 

「な、直ったですよ」 
「あ、ああ……すまないな」 
「……………………」 
「……………………」 

メガネの修復が終わったものの、どちらも先に動くのはどことなく憚られるようである。 
実に初々しい光景だが、生憎とそれを微笑ましく眺めるであろう住人は今の桜田家にはのりしかいなかった。 

「「終わったのなら離れたらどう?」」 
「「ひぅっっ!?」」 

紅蒼、目的はやや違えどそのための手段はほぼ同じ。 
しかしその手段が若干ながらジュンたちの好感度を上げていることに気付いていない。 
そして今回に限っては、若干どころではない結果を招いた。 

ビリッ!! 

咄嗟に飛びのいた翠星石が椅子の背に袖を引っ掛けそのまま破ってしまったのである。 

「あぅ〜〜〜〜〜……………………」 
「お、おい、大丈夫か?」 
「み、見るなですぅ!この大ボケスケベ之助ぇ〜っ!!」 
「いたっ、いたた! 如雨露で殴るな! 
 って、ああコラ泣くなってば。わかったわかった、さっきのお返しっちゃ何だけど、今度は僕がそれ直してやるよ」 

言って、翠星石を抱きかかえて自室へ向かうジュン。涙目になりつつもどこか嬉しそうな翠星石。 

「ちょっ、待ちなさへぶっ!!」 

十二単。 
単(ひとえ)の上に袿(うちき)を重ね、さらにその上に唐衣(からぎぬ)と裳(も)をつける服装。要するにやたら重ね着な和服。 
激しい運動には向いておらず、絡まると当然転ぶ。 

「真紅、その格好じゃ無理だ。僕が行ってくるから焦らないで」 

蒼星石が軽装の浴衣を翻して颯爽と出て行く。 

「だ、だいじょうぶなの真紅?」 
「…………ねえ雛苺」 
「うぃ?」 
「今度、ドレスを交換してみないかしら……」 
「……うにゅ? え? あれ? しっ、しんくー、泣いてるのー!?」 

今回、自分の持ち味を活かして唯一成功しなかったのは一番張り切った真紅であった。 

ところで、そんなすちゃらかなやり取りが行われた居間とは別の部屋では…… 

「う〜ん、真紅ちゃんはああ言ったけど、やっぱりもっと可愛らしいのの方がジュン君も喜ぶわよね。 
 お人さん形用の振袖は翠星石ちゃんが着ちゃってるし、紅い振袖も布地もウチにはないし…… 
 あ、急いで布地を買ってきてジュン君に縫ってもらえば…… 
 あぁ〜、お正月じゃお店開いてないしジュン君が縫ったんじゃジュン君を驚かせられないわよねぇ……」 

自分のお披露目のことはまったく考えていないのりの姿があった。まあ本人が楽しいのならばそれで良いのだろう。 
ちなみに家の外では巴が新年の挨拶に来たところであり、この後のりと雛苺の着せ替え人形にされる運命を辿るがそれはまた別の話。 
なお、ジュンの部屋の中ではさらなる展開になりつつあったが、それはオッドアイ妹により冷然と防がれた。 

('A`)<時間なくてそうそう簡単にAAなんて描けねーよ・・・ 

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あとがき。 
正直クリスマスだけの一発ネタのつもりだったのにもう三作目…… 
それにしてもSS総合スレなんてあったんだな。 
存在知らないままこっちで書き始めちまったが、今更移行するのも中途半端なんだよな。 
エロなし話でもこっちで書いてていいんだろうか? 
いや、いずれ書くかも知れんけどここまで来るとむしろ無い方がいい気がしてきた。エロ書くの苦手だし。 

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はっはっは。期待を裏切るべく>>122までの話の番外的なもの投下。 
多分番外。内容が内容だけに。まだ途中までしか考えてないけど一応続き物。 
ウチの蒼はこんな感じだぜ。全体的な話は翠メインの予定だけど。 

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「ん〜ふっふ〜♪ん〜ふっふ〜♪」 
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」 

今日は平日。他愛ない日常。街は平凡と退屈に包まれる。そこ。ネタ切れ言うな。 
しかし桜田ジュンにとって、人工精霊ホーリエに手紙を出したあの日から平凡はほぼ無縁なものになりつつあった。 
それでも日々を重ねるうちにそれもまた日常と化していったのだが、ここに来てさらなる非日常が到来した。 
あの日からの平凡とは無縁の、かつての日常に戻ったというわけではない。むしろさらにかけ離れたと言っていい。 

「何頭抱えてるですかジュン」 
「夢だ……これは夢に違いない……」 

こいつ夢の庭師だし。 

「ぇへへ……大丈夫、夢なんかじゃないですよ。翠星石はちゃんとこうしてジュンの隣にいるですよ♪」 

夢は夢でも悪夢なんだが……とは言えないジュン。 
胃が痛くなる思いと同時にまんざらでもない想いがあるのもまた事実である。つんでれつんでれ。 
さて、何故ジュンの隣に身長150センチほどの第3ドールがいるかと言うと……話は過去に遡る。 

その日、桜田家に一通の手紙が送られてきた。 
ジュン宛のその手紙は、かつて通販を趣味としていた頃の名残で時たま来る、怪しげアイテムの紹介のものだった。 
別に会員登録しているから来るというわけでもないので来たら捨てるのが唯一の対処法だったのだが、 
今回送られてきた手紙ばかりは安易な対応は出来ないものだった。 

「…………」 
「何してるですか?」 

ジュンの部屋にて、難しい顔をして手紙と睨み合う部屋の主に翠星石は声をかけた。 

「これお前の仕業か?」 
「? 何のことですか?」 
「いいから見ろ」 

無感情に告げ、無表情に手に持った紙を翠星石に渡すジュン。そこには次のように書かれていた。 

『  まきますか  まきませんか 

  おめでとうございます桜田様!!! 
  貴方は18375627人の中から厳選な抽選にて 
  選ばれた幸運な日本の人です!!! 

  !!! お金は一切かかりません !!! 

  他では決して味わえない幸運プレゼント!!   』 

「……『チェックをしたら返信用封筒に入れ貴方の机の二段目の引き出しに保管して下さい。 
    人工精霊スィドリームが異次元より貴方の手紙を回収に参ります(注:決して覗かないで下さい!)』……? 
 何ですかこれ」 
「僕が訊いてるんだ。スィドリームってお前の精霊だろ。何の悪ふざけだ」 
「知るかですぅっ! そんなこと言ってチビ人間の言いがかりってオチに違いねーです!」 
「言いがかりも何も『まきますかまきませんか』は百万歩譲って偶然の一致だったとしても 
 ローゼンメイデンの人工精霊の名前まで一致してるなんてどういうことだ!?」 
「だーかーら翠星石は知らないです!」 
「そう言って実はお前が犯人だった例がいくつあると思ってるんだ! いい加減同じ手は食わないと学習しろ!!」 
「……ジュンは翠星石を信じてくれないですか」 
「ゔっ…………」 

卑怯だ。ここぞという時に拗ねた表情で上目遣いに涙目になるのは卑怯だ。しかもちゃんと名前で呼んでくるし。 
ここ最近彼女とは色々あったため罪悪感に拍車がかかる。 
というわけで結局『同じ手を食う』状態に陥るジュンだが、どうやら今回は本当に翠星石は犯人ではないらしい。 
いつもの彼女なら単純に攻撃するなり悲劇のヒロインを演じるなりしてくる。 
そもそも…… 

「ん? そもそも……?」 

そもそも、この悪戯に何の意味がある? 
よく雛苺をからかう翠星石だが、それは大抵、自分が被害者を装って自身の株を上げ雛苺を悪者にするといったものや、 
そうでなければ優越感を得るための子ども騙し程度のものだ。 

大体既にジュンと翠星石は契約を交わしているし、こんな手紙を持ち出したところで何になる。 

「いやちょっと待て……じゃあ……」 
「じゃあ何です。言い訳なんて聞きたくないです。どうせ翠星石の足跡は容疑の色に染まってるです」 
「不貞腐れるなっての。あのな、翠星石。お前じゃないのなら誰がこの手紙送ってきたんだ?」 
「っ……!!」 

至極真剣に、事を軽く見るべきではないと思い始めたジュンの問いかけに、 
しかし翠星石は信じられないという驚愕を顔に浮かべ―― 

「へ? お、おい……?」 

見る見るうちに大粒の涙をこぼし、嗚咽を漏らしながらジュンをキッと睨みつけ―― 

「ジュンのばかぁっ!!」 

文字通りに悲しく痛々しい、悲痛な叫び。 
ジュンがそれを唖然と見つめる間すらあったかどうかは定かではないが、 
とにかくかつてないほどの激しい脱力感によって膝を折ったところに 
天井、床、壁……四方八方から飛び出してきた樹々の奔流の直撃を受け、 
何故いきなりこんなことになったのかわからないまま意識は暗転した。 

なんでここまで怒られにゃならんのだ? 
理由がわからないとは言え、あの泣き顔と叫び声を思い出すとひどく胸が締め付けられる。 
おかげで怒りはさっぱり湧いてこず、疑問と罪悪感だけが頭の中を占めたまま漸く目を覚まし…… 

「お目覚めかい、ジュン君?」 

―――なんか正月の時と似たような状況になっていた。 

「……蒼星石。なんで今にも僕の首を両断しそうな感じで鋏を開いて、る、ん…………」 

半覚醒状態だったせいか、目の前のオッドアイ妹に冷静に疑問をぶつけるが、最後までは言えなかった。 
よく見ると、それはオッドアイ妹ではなかった。 

「どうしたの? 僕の顔に何かついてる?」 

うん、ついてる。というか、普段ついてるものが一つなくて、別のものがくっついていた。 

(なんで両目とも赤くなってんだこいつ―――――――っっっ!!!!??) 

オッドアイ……もとい、マッドアイ妹の取っている行動からしても、相当に怒り心頭なのは明白だ。 
怒る理由の見当はついたが、その理由の理由がわからない以上、弁解の余地というものはあってもなくても『見つからない』。 
ならどうすればいい!? 
考えろ! 考えろ!! 考えて!!! 答えを出せ!!!! でなきゃ死ぬ!!!!! 

「さて、目を覚ましてくれたところで……何で僕がこんなことしてるかわかってる?」 

……これだ! 
確実ではないが、とりあえず相手に問われた事に答えていってチャンスを待つ! 
そもそも状況がわかっていないんだからなぞり直して把握するくらいにはなるはずだ。 
そして何より時間稼ぎに!! 

「性……」 
「しょう?」 
「なんでもない(即答)。翠星石のこと……だよな?」 

やばかった。反射神経がほんの僅かでも鈍かったらDEAD END直行だった。 
だがジュンは気付いていない。事態は決して好転していないことを。 

「そう……わかってくれてるんだね」 

ジャキン、と庭師の鋏から音がした。 
一瞬後、マッドアイの両手にはそれぞれ一本ずつ、鋏の片割れが握られていた。 

「ってなにその隠しスキル―――――――っっっっ!!!!?」 

いわゆる二刀流である。 
鋏というものは二枚の刃を交わらせてその形状が成り立っているわけであり、出来ておかしいことではない。 
そう、決しておかしいことではない。が、この状況で実践されると恐怖感倍増である。 
そもそも蒼星石はイメージ的にはパワータイプというよりスピードタイプである。 
まああの大バサミでこれまで奮闘してきた姿を知る者にとってはそうでもないかも知れないが、それでも彼女は素早い。 
この細身に軽装なのだ。パッと見でRPGの職に当てはめろと言うなら小剣士や双剣士、あるいは魔法使いあたりのイメージだ。 
そういう方面のプレイヤーなどに大剣士と双剣士のどちらがスピードがあるかと問いかければ、ほぼ誰もが後者と答えるだろう。 
つまり、今の蒼星石の姿は彼女の専門領域をフルに活かしていると見えた。 
少なくともスライス目的ならばこちらの方が適している。 
ついでに言うと、迫力もこちらの方が圧倒的に上だと断言出来る。シチュエーションのせいもあるが。 

「ああ、こんなの些細なことだよ。 
 それじゃジュン君、わかっているのなら話は早い。手間が省けるよ。始めようか」 
「待った待った待った待った待った!!! 
 始まりは終わりなんてどっかの詩めいた終焉は嫌だ!!」 
「あはは、ねえジュン君。因果応報って知ってる?」 
「知ってるけどそれ本当に『応報』って言えるほどなのか!? 
 なんか割に合わない気がするんだけど!?」 

――――ピクッ。 

「……『割に合わない』?」 

ゆっくりと、しかし流れるように両腕を交差する。 
小細工なしに、ただそのまま両腕を内から外へ振り抜くだけであろう構え。 
シンプルだがそれは正攻法と同義。正攻法即ち小細工抜きの力押し。 
単純な身体能力差で劣る者にとって、それは死刑宣告に等しい。 

「へぇ……あんなに君を慕う翠星石の心を他ならぬ君自身が傷つけてそんなこと言うんだ? 
 ……レンピカ、遠慮はいらないよ。でも遠慮しない程度に手加減はしてね」 

矛盾しているようで矛盾していない、かなりギリギリ――この場合は生と死の境界といったところか――な呟き。 
矛盾ついでにもう一つ。蒼星石は脱力したように体に力を込めていた。 
それが意味する事は一つ。 
無駄な力を一切込めず、されど無駄でない力は全開という、腕力面でも技術面でも最高の状態で技を放とうとしていた。 

to be continued... 

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やった。やってしまった。 
ドールの人間化という恐らく誰でも一度は考えるであろうベタネタをしかも長ったらしくなりそうな形で。 

蒼はなんというかトロイメント第3話の真紅とのやり取り見てたら徐々に徐々に何故かこんなキャラになった。 
関西だからまだ第7話までしか見れてないが、 
なんか危うい展開になりそうなモンでいっそのことぶっ壊してみたが……どんなもんかね? 
ちなみにオレの書く真紅はトロイメント3話より立場が危ういものになりそうな予感。 

さて。まだ冒頭の展開にゃ追いついてない。 
多少先まで考えてはいるけど、それだけでも何回かに分割することになりそうだ。 
出だしの文もネタ切れたし、コテかトリップつけといた方がいいのかね? 

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……緊迫は一瞬。もとよりこちらは武器もなければ徒手空拳の心得もない。 
今の一瞬はあくまで気合の入れ直しなのだろう、蒼星石の体が爆発直前の沈みを見せ……跳躍! 

「うっわっ!?」 

予想通りの横二文字。後ろに避けても逃げられない。ならば下! 
上体をやや逸らしながら膝を曲げ、それでも倒れないように両足に力を込める。 
腕を振り切ったその刹那こそが逃れる好機に他ならず、宙に舞う蒼の紅軌の下を跳ぶ―――が、 

(っ!?) 

視界上端に鋏の影。 
今度は縦――単純な振り下ろしではなく、後ろ向きの宙返りによる、上から下ではなく前から後ろへの遠心軌道! 

「ぃっが!」 

前ダッシュを強制キャンセルの後バックダッシュ。足の筋肉が軽く悲鳴をあげる。それほど必死な急転換。 
それでも蒼い紅は止まらない。 
今の二撃目はこちらを逃がさないための牽制故に速度が足りなかったが、着地の瞬間、地を蹴り速度を取り戻す! 
今度の構えは左腕を右肩に置くようにしたパワー一点の横一線。迫り着てからでは間に合わない。 
いくらかの距離があるうちに、ジュンはさらに後ろに跳び――それが失策であると後悔する。 
ジュンにとって余裕がなくとも、狩人には呼吸を整えてお釣りが来るほどの暇。加えて想定内の展開。 
よって、左腕をやや上げたまま右腕の突きを引き絞る! 
だが素人であるジュンはその僅かな動きが技を変更したと気付いていない。 
間違いなく後ろに跳ぶ――ならば、その距離も考えた上で懐に飛び込んだ後に突きを繰り出すのは当然! 
しかしまた、紅き蒼もここで判断を間違える。 
この戦法はあくまで玄人の考えに沿ったもの。先の展開を想定し、それに従う攻略法。 
故に。詰めであると確信したが故に。 
相手が素人であるが故に生じるさらなる状況変化の可能性を思考内から捨て去ってしまっていた。 

「っ!!?」 
「―――!」 

寸前でジュンの直感が閃く! 突きが来る、と! 
ならば背後には跳べない。どうする!? 
突きを避けるなら当然横だ。だが向こうにはまだ左腕の斬撃――恐らくは斜め軌道の袈裟斬り――が残っている。 
それら両の閃から逃れるには!? 
突き。これは今も思ったように横にかわすしかない。 
ならどっちへ? 
残る袈裟斬りの軌道は、左腕というところからしてこちらの左肩から右腹にかけての一閃に違いない。 
ならば跳ぶべきは…… 

「――っこっこだあ!!」 

左足の力は捨てる。右足に全力を注ぎこみ、左下前方へと飛び込む! 
逃げ切った! 
後はとにかく脱兎の如く逃げるだけ――― 

(―――!!) 

再び何かが警鐘を鳴らす! 疑うことなく再び前へ!! ただし今度は振り向きざまに!!! 

ブンッッ!! 

一瞬前まで自分がいたところをフルスウィングされた大バサミが襲っていた。 
どうやら今の突きと袈裟斬りの直後、再び二枚の刃を組み合わせて元の大振り武器へと戻したらしい。 
流石は歴戦のドール。この程度の想定外など体の方では想定内。 
バランスを崩した隙を狙って逃げ出すという目論みはここに来てとうとう瓦解した。 

「―――っふぅ……。 
 流石と言えばいいのかな? 
 水銀燈と戦った時の経験は無駄ではなかったと見えるよ。 
 本当、流石は真紅と翠星石のマスターだ」 

言いながら、大バサミのまま庭師の鋏を構え直す。 

「ちょ、ちょっと待て蒼星石! 
 なんでお前はこんなことするんだよ!?」 

我ながらマヌケな質問だ。だが動揺と息切れで頭が上手く回らない以上、何か言うしかない。 
そのおかげか、ぴたり、と狩人の動きが止まる。 

「理由なら言ったはずだよ?」 
「理由の理由は何なんだ! 
 確かにその……あいつを傷つけちゃったみたいだけど………… 
 なんでそうなったかをお前はわかってるのか!?」 
「…………。わかったよ。そっちの言い分を聞こう」 

とりあえず構えは解いてもらえた。 
と言ってもこっちもそれがわからないから言い逃れが出来なかったわけで…… 
とりあえず、順を追って事実を話す事にした。 
おかしな手紙が来たこと。 
内容からして翠星石のイタズラではないのかと思ったこと。 
それを本人が否定した事。 
彼女の言葉は正しいのだろうと思ったこと。 
それ故に、疑問を問いかけた事。 
そして、それで何故か泣かせてしまった事。 
結果として、今に至る事。 

「な? 僕が悪い要素なんてこうして見てもどこにもないだろ?」 
「…………ねえジュン君」 
「?」 
「その問いかけた疑問についてだけど……具体的には何て言ったんだい?」 
「え? えーと、確か……」 

『いやちょっと待て……じゃあ……』 
『じゃあ何です。言い訳なんて聞きたくないです。どうせ翠星石の足跡は容疑の色に染まってるです』 
『不貞腐れるなっての。あのな…………』 

――――――『あのな、翠星石。お前じゃないのなら誰がこの手紙送ってきたんだ?』 

ジャキイイイイイィィィィィィイイイイインンンッッッッ!!!!!! 

「なにごと――――――――っっ!!!!!??」 

その名に反する真紅の瞳が残光を描く。 
マッドアイ妹戦闘再開。 
よくわからないが今の一言がすべての原因らしい。 
それがわかった以上、とにもかくにも生き残って対応策を考えねば!! 
両手に握るは鋏の片割れ。構えは最初とまったく同じ。ならば来るのは必殺の横二線! 
いかに速いと言えど、軌道は単純。 
よく見てタイミングを掴めば、先程同様少なくとも初撃は避けれるはず……が、甘かった。 

カッ!! 

「!?」 

突如、分離した庭師の鋏が強く輝きジュンの視界を奪う! 

(しまった、レンピカか!!) 

だがそれでも多少は見えるし軌道も単純であることに変わりは……な………… 

「いっっ!!?」 

蒼星石は横二線のはずの攻撃を、右腕をそのまま、左腕を頭上に軌道を変えた。 
その間コンマゼロゼロイチ秒! 
死地にあったからかジュンには本来知覚し得ないその刹那が理解出来た! だからどうしたってわけじゃないけど!! 
蒼星石は人間ではないが、彼女をつくったお父様とやらも人間じゃないだろと思わされる。 
こいつら一体どういう材質で出来てんだ。いやそんなことはどうでもいい! 
左腕は縦一文字、右腕は横一文字! レンピカの力で光迸る両の鋏の同時攻撃!! 

 クロスレイ 
( 十字閃―――――――――――――ッッッッッ!!? ) 

マジで殺る気かこいつは!? 
鋏が二つに分かれたと言っても、長さ自体は大バサミの時と変わりない。 
よって、横二文字の初撃は後ろではなく下にかわすつもりだったのだが、これでは逃げ場が限られる。 
そりゃ相手は自分より小さな人形なのだから人間が同じ技を使ってくるよりはかわせそうなものではあるが、 
それはあくまで自分より小さな『人間レベルの能力』が相手の場合に限り、だ。 
ドールズの能力値が相手ではそんな常識は通用しない。スピード戦ならなおさらに。 
先程の突き・袈裟斬りの同時攻撃とは違って、今度は両方とも斬撃。 
十字の軌道の隙間はあるが、自分が逃げる方向に角度を変えて埋めるだろう。 
故に、逃げ場と言える逃げ場はまったくない! 正に絶体絶命必殺の一撃!! 

to be continued... 

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今日はここまで。 
うわ〜ぁ、今回単なるバトルシーンだ。生きることは闘いだ。 
……まあ自己満足にゃ充分だがつまらんかったら申し訳ない。どうもウチの蒼はバトルが本領と化したらしい。 

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リビングのソファーにて、翠星石はひとりへこんでいた。 
なんだかんだ言っても、ジュンは大事なところでは自分のことを理解してくれていると思っていた。 
なのにあんな真剣な眼で疑われるだなんて思っていなかった。 
そりゃあ最近色々と親密になるきっかけに恵まれていたし、 
それによって自分のことを真剣に見てくれるようになったのかも知れないが、それでも傷付くものは傷付く。乙女心は複雑だ。 

「はあ……」 
「どうしたの? 翠星石」 

いつの間にか真紅が隣にいた。接近どころかドアの音にすら気付かないほど落ち込んでいたらしい。 
そう思うとまた溜息が出る。いつもの虚勢はどこへやら。 

「真紅……なんでもないです」 
「そう言わずに話してごらんなさい。私で良ければ力になるわ」 

最近のジュンと翠星石の関係についてはかなりの焦燥感を覚えていたはずの真紅だが、優しく微笑んで翠星石を促した。 
いくら焦っていようと自分の本質までは見失わない、誇り高いローゼンメイデン第5ドール。それが真紅である。 
ジュンのことには心休まらなかったが、だからと言って最愛の姉妹を助けないなど許せない。それもまた彼女のプライドであった。 

「……というわけです。コンチクショーです…………」 
「なるほどね。まったく……レディを傷つけるなんて、やっぱりダメな家来だわ」 
「やっぱり真紅もそう思うですか!?」 
「でもね、翠星石。きっとジュンはあなたの思うような気持ちでそんなことを言ったのではないと思うわ」 
「え……」 
「そもそもあのジュンが自分を疑わずに他人を疑うだなんて器用な真似が出来るはずないでしょう。 
 きっとあなたに言った言葉は状況の確認なのだわ。 
 差出人不明の人工精霊の問いかけ。しかもその人工精霊の主は既に契約済み。 
 あなたが関わっていないのなら、誰か他に私たちのことを知る者によるもの。 
 もしかしたら危険な存在かも知れない。 
 単なる悪戯でないのなら、二重契約なんていうおかしな事態を招きかねないわ。  
 だからジュンはローゼンメイデンの視点からの心当たりを問いかけたのではないかしら? 
 特にあなたを指定しているようだし、当のあなたのことを真剣に考えるのは決しておかしなことではないわ。 
 むしろ、誰かに真剣に思ってもらえることは喜ばしいことでしょう?」 

ゆっくりと一言一言を聞き漏らさせないように諭す真紅に、落ち込んで性能低下していた思考回路の活力が戻ってくる。 
言われてみれば確かにそういう解釈も出来る。いや、むしろその方がしっくりくる。 
しかしそれを素直に受け入れられないのが翠星石であった。 

「ま、まったくしょーがーねーです。 
 もっとわかりやすく言わないチビ人間が悪いですが、ここは私が大人な対応をしてやるです」 

そんな態度を微笑ましく見守る真紅こそ大人なのだが、それを指摘するほど野暮ではない。 

「そう。 
 それじゃ、許しに行ってあげなさい。 
 あの家来はまだまだ子どもなのだから、あなたが折れてあげないとなかなか自分の非を認めないでしょうし」 
「そうですそうですまったく世話が焼けるです! 
 それじゃ行ってくるですよ。やっぱり真紅大好きです」 
「ありがとう」 

打って変わって上機嫌にリビングを出て行く姉妹を見送った後、真紅の表情に僅かに真剣味が差した。 
恐らくジュンも翠星石も嘘はついていないだろう。それは断言出来る。 
当然自分の仕業でもないし、蒼星石も論外。雛苺では動機が見当たらないし、そもそもそんな頭はないだろう(失礼)。 
金糸雀がまた変な策でも考えた……というのが考えられそうなオチだが、それもまた動機が見当たらない。 
金糸雀の仕業ならもう少し混乱を招こうとする情報がこちらに与えられるはずだ。というか彼女の策はさして策になってない。 
彼女よりよっぽど策士らしいのが水銀燈や薔薇水晶だが、それでも今回のものは彼女たちの性には合っていない。 

「けど……姉妹の誰かの悪戯でないのなら一体誰が……ジュンじゃないけど、これは少し真面目に考える必要がありそうね。 
 それにしても……ふぅ」 

今度はどこか脱力と余裕の入り混じった表情で、 

「あの分だとジュンの理解に関してはまだまだ私に分がありそうね」 

僅かながら安堵を覚える真紅であったが、この先まさかあんなことになろうとは予想出来るはずもなかった。 
というか、出来たなら自分で実践していたかも知れない。 

実はこいつ単体で水銀燈倒せたんじゃないか? 
そんな感想を抱くほどの蒼星石の戦闘力に、しかし諦めは浮かばない。こんなバカなことで死んでたまるか。 
放たれようとしている十字斬りに、恐らく避ける術はない。 
避けられないならどうするか? 
避ける以外の行動を取るしかない。そんなこといくら素人でもわかる。 
ではどんな行動を取ればいい? 
受け止める? ドールズみたいにバリアめいた力を使えるならまだしも、自分はあくまで媒介だ。そんな力ない。 
なら迎撃? 同じ事だ。あの刃に生身で挑めば一気に斬られる。 
だがそれはあくまで刃に立ち向かえばの話。 
どんな材質で出来ているかは知らないが、こいつらの肌自体なら取り押さえられる。となれば――― 

「だああっ!!!」 
「!?」 

結論:渾身の掌底。 
要するに、両腕が振り切られる前に腕の交差点につっかえ棒を差し込めば技は止められる。 
普通に考えるとそれだけでは刃が届いてしまうが、相手は人形。自分よりずっと小柄。 
その細い腕に対してなら、自分の腕の太さでも充分な妨害となる。 
狙うは振り下ろされる左の肘。交差の瞬間にそこに当たれば、重なる位置に来るであろう右腕も止められる。 
タイミングの問題というものもあるが、そこもまた相手に比べて太めな人間の腕故に余裕が出来る。 
……が、やはり素人。肝心なところで腰が引けてしまい充分な勢いが生じなかった。 
結果として 

――――ぽふ。 

空間が凍てついた。 

状況を説明しよう。 
ジュンの放った掌は、勢いが衰えつつもとりあえず蒼星石の技の発動前に彼女の体に届いた。そしてそれにより技も止まった。 
が、ジュンが想定していた形とは異なった理由で、だ。 
ではどうして技が止まったのか? 
ジュンの右の掌は腰が引けたことで軌道がやや左にズレ、蒼星石の左右の腕どちらにも当たらなかった。 
当たったのはずばり―――― 

「この期に及んで君って人は……」 
「え、いや、ちょ、違、うぇっ!!?」 

胸タッチ 蒼星石に 胸タッチ。 
肩と声を震わせる蒼星石の顔が赤いのは羞恥だけではないようだ。 
バカなことで死んでたまるかと挑んだジュンであったが、こればかりはもう死ぬかなーとか思ったりした。 
見れば未だ両眼とも紅に染まったマッドアイが、残った白目部分まで紅蓮に染まりつつある。 
だがその獄炎を鎮める魔道冥府の氷魂の言霊が場に響く。 

「なにしてるですか……」 
「「へ?」」 

声の主は翠の羅刹。 
流石姉。妹以上に狂気に染まる両の眼はマッドアイ。そして鋭さが違う。 

「人が下手に出てやろうとわざわざ来てやったのに……」 

両手に握るは庭師の如雨露。 
ただし握るはノズルの部分。 

「そうですか……二人はそういう関係だったですか………… 
 いいです。わかったです。もう契約なんか解除してやるですぅっ!!」 

涙目だったがなんか涙まで赤かった。文字通り血の涙だ。 

「ちょっ、ち、違うよ翠星石!」 
「そ、そうだぞ誤解だ!!」 

ここに来て二人の心は一つになる。しかし奇跡は生まれない。 
先ほどジュンの意識を吹っ飛ばした時より遥かに巨大な力が如雨露に集束しつつあった。 
だがジュンが脱力感に襲われないところからして、どうやら翠星石の自前の力らしい。 

「でもその前にオトシマエはつけさせてもらうです…… 
 それと蒼星石。双子の姉として、無理矢理にでも真っ当な道に連れ戻すです」 

アニメ第1期の時の悲痛な覚悟を背負ったセリフがここでも使われた。感動も何もあったもんじゃないが。 

「大丈夫です。せめてもの慈悲です。痛みを感じないようにしてやるです」 

握った如雨露がむくむくと大きくなっていく。 
その様子でどういう攻撃が来るのか予測出来てしまったのは幸なのか不幸なのか。 
少なくとも確実に言えることは…… 

「なあ……蒼星石…………」 
「うん……樹の成長を利用したものじゃないみたいだから僕の鋏じゃ切れないよ…………」 

人間の腕力ですら振り回すのは困難なほどに巨大化した庭師の如雨露をノズルで握るその姿は 
あたかも愛用の槌ミョルニルを構えた雷神トールの如し。 

「光になれえええええええええええええええええええ!!!!!!」 
「「あ゙〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!」 

その日、桜田家の二階の一室が輝きに爆砕した。 

「じ、地震なのぉ〜!?」 
「……無様ね」 

なんとなく予想していた展開に、やはりすました顔で紅茶に口をつける真紅であった。 

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あとがき。 
自分で書いてて何だがどこまで続くんだろうなぁコレ…… 
あんまり間を空けすぎるとだれそうだからなるべく手早くのっけてきたけど 
そろそろペースが落ちそうだ。色々やることあるし。 

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さて、 
ジュンに怪しい手紙が送られてきたりジュンと翠星石がケンカしたりジュンが翠星石泣かせちゃったりジュンが蒼星石に襲われたり 
ジュンが翠星石に部屋ごと爆砕されたり……まあ色々あったわけだが、真紅の介入もあってどうにかこうにか落ち着いた。 
ちなみにその日は吹き飛んだ桜田家の二階の修復のためにミーディアムとして力を酷使したためジュンは泥のように眠るハメになり、 
翌日である今、やっと翠星石と向かい合ってこれからのことを検討出来る状態に至っていた。 
ちなみに蒼星石はジュンに襲撃をかけたことで真紅に連行され、二人きりの話があるそうだ。 
笑顔を浮かべて頬にピキマークという、真紅にしては非常に珍しい表情でのお誘いだったところあたり、当分帰ってきそうにない。 
雛苺は金糸雀のお誘いでまたコスプレ撮影会に行った。 

「言われてみれば、確かにローゼンメイデンのことを知らない人間による偶然にしては出来すぎていたです」 
「だろ? あの手紙、真紅の時とまったく同じ形式で書かれてた。 
 お前たちに何か関係のあるものなんじゃないのか?」 
「それはわからないですけど……だとしたら放っておくのも気味が悪いです……」 
「だよな……お前とはもう契約は交わしてるんだし……ん?」 
「どうしたですか?」 
「いや……もしもだぞ? 僕以外の人間があの手紙に『まきますか』をチェックして机に入れたらどうなるんだ?」 
「……………………」 
「……………………」 

仮に。 
仮にだが、あの手紙が本当に翠星石との契約書だったとしよう。 
ジュン以外の人間がそれを使ってイエスと答える。それ即ちひょっとすると――― 

「に、人間!! 急いであの手紙の『まきますか』にチェックして机に入れるです!!」 
「い、いや待て落ち着けって!! いくらローゼンメイデンに関係してたとしてもあんな得体の知れないモンにそう易々と……!!」 
「虎穴に入らずんば虎児を得ずです! 
 そんな雀の涙如きのリスクなんかで契約破棄なんてしたくないです!! 
 それともジュンは翠星石との契約が切れてもどうでもいいって言うですか!!!」 
「そんなわけないだろ!! それとこれとは話が別だっ!!!!」 

何気にバカップル風味の怒鳴りあいをしていることに気付いていない二人。つんでれつんでれ。 
とりあえずいつもの調子が戻ってきただけ良い傾向だろう。 

「蒼星石。あなた随分と性格が変わったわね」 

リビングにて、開口一番がそれだった。 
真紅は紅茶、蒼星石はほうじ茶を啜りつつ視線を交わす。 

「まあね。君を見習ってみたんだよ。 
 ちょっと前まで、僕は自分を見失いかけていた」 
「待ちなさい。私には最近のあなたもよっぽど自分を見失っているように見えるわよ」 
「それは……重荷がとれただけだよ」 

最近のぶっ飛んだ姿勢とは打って変わって穏やかに笑う。 

「考えてみたんだ。僕が望んでいるのは何なのか。 
 マスターとの一件の時、あんな形だったけど僕は翠星石の幸せを願っていた。 
 それは今でも変わらない。 
 なのに僕が自分から離反してしまったら、きっとまた翠星石は悲しむよ。 
 もう、あの時みたいな思いはさせたくない。 
 あの時君と話していなかったら、そしてその言葉の意味を噛み締めていなかったら、 
 きっと僕はそのままアリスゲームに身を投じてその愚を犯していた」 

表情には出さなかったが真紅は驚いていた。 
金糸雀の襲撃の際に交わした会話の様子から、蒼星石は自分の決意を快くは思っていなかったと感じていたからだ。 
元々行き過ぎるほどに真面目なところのあるこの姉妹がこんな心境の変化を見せたのは、 
やはり姉である翠星石の存在あってこそなのか、あるいはその姉の想いを知ったが故か…… 

「じゃあ……あなたも戦いを降りるの?」 
「そうだよ、と言いたいところだけどちょっと違う」 
「?」 
「僕はまだドールとしての使命を忘れたつもりはない。 
 お父様の願いは今でも果たしたいと思ってる。 
 けれど、お父様の願いはあくまで完璧な淑女だ。 
 本当に僕らが戦う事でしかそれが果たされないのかどうか、答えを確信するまでは戦う事を保留するつもりだよ」 

その言葉を聞いて、安心したように真紅は目を閉じ――― 

「そう……私としてはとても喜ばしいことだわ蒼星石。けど」 

閉じた瞼がギン、と開く。周囲には薔薇が舞っていた。 

「それとこれとは別問題よ。 
 いくらなんでも本気でジュンを襲うなんてどういう了見かしら?」 
「あ……ああ、あれ? ちゃんと手加減してt「嘘を吐きなさい」いやホントに」 

残像を描いて詰め寄ってくる真紅に 
たり、と一筋の冷や汗を流しながら苦笑いを浮かべる蒼星石。 

「そ、そもそも僕は翠星石を傷つけた事にお仕置きしようと思っただけで、別に亡き者にしようとしたわけじゃ…… 
 ほ、ほら。ちゃんと峰打ちにしてたよ?」 
「刀背打ちというのは片刃の武器だから使える技でしょう。 
 あなたの鋏、両刃とも斬れ味は抜群だったと思うのだけど?」 

そもそも大バサミ状態の庭師の鋏で戦うのがデフォなのである。 
それであれだけ斬れるのだから刀背(みね)なんぞないに等しいだろう。 
もっとも、最後の十字斬りだけは本当に刃の方で斬りかかっていたのだが。 

「いやえーっと……」 
「ジュンにお灸を据えるのは異存はないのだわ。けれど度合いの違いが大問題なのよ。 
 そりゃあジュンはダメな家来よ。まったく素直じゃないし言う事聞かないし 
 いざという時には覇気を見せるけれど私生活ではまったくだらけてるし 
 まったくあれじゃあせっかくの神業職人級の腕も宝の持ち腐れというか…… 
 そうよ! あの魔法の指に万が一のことでもあったらそれは大きな損失なのだわ! 
 聞いているの蒼星石? あなたは一歩間違えればその魔法の指を傷つけていたのよ。 
 ジュンはあれだけの素晴らしい技術を持っているのだから多少のお仕置きはともかく行き過ぎたことは…………」 

なんだか話がずれたり戻ったり……。 
というか愚痴ばっかだ。しかも誉めてるのか貶してるのかわからないところが真紅らしいというか……。 
なんだかバカらしくなってきた。まるっきりノロケだし。 

「なるほど。真紅の言葉を借りるなら、そういう『素直じゃない』ところがジュン君と共鳴したんだね」 
「っ!!?」 

白けた表情で反撃され、火がついたように真っ赤になる真紅。 
なんだか面白くなってきた。 

「心配なら素直に心配って言えばいいじゃないか」 
「……っ、誰も心配なんかしていないわ。 
 あんな人間に何故この真紅が心配しなくちゃならないのよ」 

姉といい真紅といい、なるほど、同じ人間をマスターに選ぶだけあって似ているところは似ている。 
だからなのか、自然と言葉が口を出た。 

「ねえ真紅……君だって僕の姉妹だ。僕は君の幸せだって願っているんだよ」 

きょとん、と。 
面食らった表情をした後毒気を抜かれたように溜息をつき、真紅そのまま黙って紅茶に口をつけた。 

「ああそうそう。君もジュン君にキスしてるから、今のところは同点なのかな?」 

ぶっっ!!!! 

淑女にあるまじき粗相。 
やっぱり真紅はギャグキャラと化していた。 

「いいか? そもそもこれが本物なら、お前の精霊が送ってきたことになる。 
 ついでに言うと、チェックして机に入れた場合に持っていくのもそいつってことだ」 

翠星石の手の中にスィドリームがいることを確認しつつ、『まきますか』をチェックしたジュンが語る。 

「なら、だ。これを机に入れて、そいつが勝手に持ってけば問題ないことになる。けどどうやらそれは違うらしい。 
 別の精霊がいたとして、そいつが手紙を取りに来たらそこでふんじばって黒幕を吐かせる。それでいいな?」 

神妙に頷く翠星石に背を向け、若干震える手で手紙を机の引き出しに入れ、閉じる。 

……。 
…………。 
………………。 
……………………。 

「スィドリームも動かないですし、他の人工精霊の気配もないですぅ……」 
「うーん……」 

考えてみたら、注意書きには『決して覗かないで』とあった。 
真紅の時は信じてなかったので適当に時間が経ってから覗いたが、 
非常識な日常を経験して長い今のジュンには覗き見るのが恐かった。 
どうせまたおかしなことが起きるなら、引き出しから「こんにちは! ぼくドラ○もんです!!」とか言って 
堕落した自分――自分で言ってて悲しいが――を更正するためのロボットが出てくる方が安全なだけまだいい。メガネだし。 

「……とりあえず一晩様子を見るか」 

そして、夜まで翠星石が見張る間ジュンが仮眠を取り、夜になったら交代して勉強も兼ねて徹夜で見張ることとなった。 
が、やはり別段何も起こらず、いつも通りの朝を迎え…… 

バカンッッ!! 

(――来たかっっ!?) 

咄嗟に物音のした背後を振り向き――――口あんぐり。 

「い、いたたたた……何なんですかいきなり…………」 
「……騒々しいわね、一体なにご……」 

ソレの隣にあった鞄が開き、中から出てきてすました顔で抗議する真紅は…… 
ローザミスティカを失ったかのように時を止めた。ざ・わーるど。 
同様に時を止められていたジュンは、しかし『見えていた』。 
まず、ソレは長い茶髪をしていた。 
次に、左右の目の色が異なっていた。 
そして、球体関節ではなくなっていた。 
さらに、寝床として使っている鞄に入りきらなくなっていた。 
ちなみに、何故3つ目の項目が『見えていた』だけでわかったかというと…… 

「え? あ……ひうっ!!?」 

ソレ――どう見ても人間の姿と貸した翠星石は、その巨大化に伴い普段着ている服を破ってしまった結果…… 

「きっ…………」 

――――――――――素っ裸だったのだ。 

「キャアアアアアアアアアア――――――――――――――――――――――――――――ッッッッッ!!!!!???」 
「ぎゃああああああああああ――――――――――――――――――――――――――――っっっっっ!!!!!???」 

かくして、この妙な事件は本格的な影響を見せ始めた。 

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あとがき。 
はふ……やっと冒頭に近づいてきた。 
ドラ○もんに関しては、ネタ考えた後、ほぼ同時期にSS総合スレでも使われてたとわかってびっくりだ。 
削除するかどうか迷ったけどまあいいや。 

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「ふぅ〜ん。よくわからないけど、翠星石ちゃんがおっきくなっちゃったのねえ」 
「見てわかることだろそれは……」 

……昔から思うが、この姉の驚く基準とはどういうものなんだ? 
些細なことに大仰なリアクションを取ると思えば、こんな異常現象のさらに異常現象には妙に落ち着いて受け入れて…… 
いやはっきり言おう。なんかすっげー嬉しそうだ。 

「だってえ、翠星石ちゃんたちお人形さんだけあって顔立ち整ってるでしょう? 
 だからもう、人間サイズのお洋服を着てもらうのが可愛くて可愛くて♪」 
「可愛けりゃ何でもいいんだな……」 

まだ午前中なのにもう何百回溜息をついているのだろう。 
一体どうしてこうなったのかさっぱりわからない。 
あの手紙にチェックしたのが原因であることは明白なのだろうが、それで何故こんなことになるのだろうか? 
単に巨大化するのならまだわからないでもなかったかも知れないが、人形が人間になるなんてどういうことだ。 
元々人間みたいに精巧に出来てはいたが、球体関節でなくなったあの肢体を見ると尚更にそれを意識させられるというか。 
特に恥ずかしがって腕で体を隠す姿が逆に興奮を…… 

「ってだあああああっ!! 何考えてるんだ僕はっ!!」 

しかし妄想は既にオートモードだった。 
涙目になって顔を真っ赤にしてうずくまる姿は興奮の他に保護欲をそそったし、 
折り曲げた両脚も艶かしかったし、肌と茶髪の色と面積の割合もまた絶妙で、 
むしろ手で隠したところよりも――いやそこも重要だが――髪で覆われた姿の方が美しさを感じさせるというか…… 

ガンッ! 

「でええええりゃっ!」 

ガンッ! ガンッ!! 

「じゅ、ジュンー! どうしたのー!?」 

ガンッ! ガンッ!! ガンッ!!! ぷしーーーーーっ 

「あ゙ー……いやなんでもない。やっと落ち着いた」 

心配して駆け寄る雛苺には目もくれず、割れた額から煩悩ごとだくだく血を流すジュンであった。 
テーブルは真紅のドレスよりも真紅に染まっている。 
ちなみにその真紅だが…… 
元々ドレス以外『真紅』なところなんてなかったのに今はもうそのドレスすら巻き込んで真っ白になっている。 
流石に状況処理能力が追いつかなかったらしい。 

「まあ真紅はそのうち再起動するだろうからいいとして」 

何気にひどい言い様である。いつものことではあるが。 

「落ち着いたところで、これからどうするか考え……」 

かちゃ。 

「のり、着替え終わったです」 
「あらぁ♪ やっぱりすごく似合ってるわぁ〜♪」 
「……………………」 
「あ、あの、どうですかジュン……なんだかいつもと勝手が違っててよくわからないのですが……」 
「大丈夫よぉ翠星石ちゃん。すっごく可愛いわよぉ♪ ねっ、ジュンくん?」 
「…………………………………………」 
「翠星石キレイなのぉ〜」 
「あ、あたりまえですちびちび苺っ! で、でも素直なところは誉めてやるです」 
「………………………………………………………………」 
「……ジュン? って、どうしたですかその頭!?」 

俯き加減だった顔をばっと上げて彼女が駆け寄ってくる。 
……落ち着いた意識がまた錯乱してきた。今度はひどく静かに。嵐の前の静けさとは言うが見事に言い当てていると思う。 
人間大になったことで『女性』としてそれまでより強く意識するようになったのか、なんだか別人のように見える。 
そう見えるのは服装のせいもあるのだろう。 
うん、確かに服装に関してもいつもと違う。薄手のその服はそれでも確かに彼女に似合うとは思う。 
体に負担をかけない程度の重さの材質で演出されただぶだぶ感は可愛らしさを引き立てていたし、 
その服は基本的には男女問わずズボンであり、肌に余裕をもったフィット感を与える材質故、 
彼女という素材の足の細さしなやかさが嫌でも目に入った。 
白地に淡い色の模様がちらほら舞っているのは確かにキレイと言えなくもない。 
が、それでもキレイと言うのは賛否両論に分かれるかも知れない。何故なら――― 

「……なんでパジャマなんだよお前…………」 
「ぇ……似合わないですか…………?」 

そんなことはない。寝間着というのは意表を突かれたが眼福なのに違いはない。 
眼福すぎて目のやりどころには困ったが。 

(……ん?) 

やり場に困った視線を彷徨わせていると、ふと視界の端に姉を捕らえた。 
ニヤニヤ笑い一歩手前のゴキゲンスマイルを浮かべている。 
こうなることをわかってて(あるいは狙ってて)パジャマ着せたらしい。 
……後でシメる。 

「ってそれよりも早く手当てをわきゃっ!?」 

当然ながら、パジャマであるため翠星石は裸足である。 
それ自体は別段どうということではないのだが、ドールの時にいつもどこでも靴を履いていたせいで勝手が違ったのか、 
それとも単に身体のサイズが変わったからか、段差も何もないところで足を踏み外し―――転んだ。 

「うわっ!?」 

慌てて抱きとめる。 
パジャマごしの柔らかい肌の感触とか豊かな髪とかそもそも女の子抱きとめてるとかパニくる要素は色々あったが 

「……………………」 
「……………………」 

そうなる前に二人してフリーズした。 
顔が近い。非常に近い。ちょっと嬉しくて物凄く気恥ずかしいような既視感がした。ていうか明確に思い出してしまった。 
翠星石の顔からはこちらを気遣う表情がまったく失くなった代わりに、驚きに見開いた目とピンク色に高揚した頬があった。 
なんだってこう、顔立ち整った女の子の上気した肌というのは興奮を誘うのか。それにパジャマのせいで微妙に肌の露出が色気を……。 
記憶を再現するかのように抱きとめていた両腕から力が抜け、それに合わせてまるで打ち合わせたかのように翠星石の両腕が背中に回されてきた。 
顔の方も瞳がとろんと潤みだし、口も半開きになっていってさらに顔が近づき―― 

「ジュ……」 
「翠せ……」 

……………………ふに。 

待て。今の感触は何だ。 
胸のあたりに妙に柔らかな違和感がある。そして今の体位…… 

……―――ぷしーーーーーーーーーっ 

再出血。 

貧血にふらつく足で自室に戻る。未だ真紅は真白だった。 
翠星石は我に返った後顔から蒸気を噴き出して寝込んでしまったし、蒼星石も今日はまだ来ていない。 
雛苺は先ほどの様子からして状況を楽しんではいるが詳細は知らないのだろう。 
となると、どうしてこんなことになったのかという疑問の解決は今のところ行き詰ってしまった事になる。 
どの道今の自分の状態じゃ――肉体的にも精神的にも――まともに頭が回らないだろうし、ここは休んでおくのが最善の選択か。 
ベッドに身を投げしばらくの間力なく天井を見つめる。 

(あいつ着やせするタイプだったんだな……ってそうじゃなくて!) 

悶絶した結果貧血による眩暈がぶり返したが、なんとか煩悩を頭から追いやる。 

(これもローゼンの意思なのか? 
 生きた人形とか人工の精霊とか確かに神がかり的な人形師なんだろうけど 
 人形を人間にするなんてことが可能なら……可能なら?) 

「……なんでそんなことするんだ?」 

そもそもローゼンは何を望んでローゼンメイデンシリーズをつくったんだ? 
アリス? いやそれはわかってる。 
けど考えてみたらアリスというのは人形なのか? 人間なのか? 
……アリス・ゲームに勝ち残ったドールがなれる完全無欠の少女、としか聞いていない。 
なら。 
もしローゼンの望むアリスというものが完全無欠な人間の少女というならば、この事態はローゼンの意思と見ていい。 

「けど、翠星石はひとつもローザミスティカを手に入れてないよな……?」 

それどころか戦いを嫌がる節がある。 
こういう言い方は嫌悪が走るが、今のところ翠星石はアリスに相応しくない未完成品ということになるはずだ。 
逆に、姉妹の中で最もアリスに相応しくないが故に資格を失い、結果として人形の身体を剥奪されたというのは? 
―――それもないだろう。それなら雛苺だって同じはずだし、真紅だって戦いは制してもローザミスティカは奪わない。 

「じゃあローゼンは関係ないのか……?」 

しかし今回の件、翠星石は何も知らないようだったし、なら誰があの手紙を送ってきたのだろうか? 
スィドリームが関与していないというのなら、なおさら別の精霊かローゼン関係の者の手によるものであるはずだ。 
これが『翠星石がアリスの資格と人形の身体を剥奪され、代わりに新しいドールズが生まれその精霊が送ってきた』なら 
一応の筋は通りそうなものなのだが…… 

「いや……ちょっと待て」 

眩暈も忘れて勢いよく跳ね起きる。 
すっかり忘れていた。そもそもの元凶であるあの手紙。あれは一体どうなった? 
机の引き出しに入れて、一晩そのままにして過ごして、夜が明けたら翠星石の人間化…… 
ならあの手紙はあの直前に『スィドリーム』が持って行ったのか? 
そうとしか考えられない。 
だがもしその通りなら、未知の存在が現実味を増してくることになる。 
手紙がなくなっていればその存在への得体の知れない恐怖が身に降りかかり、 
しかし万が一にもなくなっていなければ状況の説明がつかず話が進まない。 

「くそっ……どっちにしたって……!!」 

この事態を引き起こした何者かがいるのは明白だ。 
机の引き出しに何らかの手がかりが残っていることに期待するしかない。 
毒づいて、乱暴に手紙を入れた引き出しを開けて…… 

「……………………え?」 

しかし、手紙はまだ、そこにあった。 

to be continued... 

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あとがき。 
まあなんだ……エロ描けるといいなぁ………… 

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「……んぅ」 

気だるさを感じて寝返りをうとうとする。 
寝返りということは今まで寝ていたのか。まあいいや。まだ眠いし、寝よ寝よ。 

「……んぅ?」 

しかし寝返りがうてない。胸のあたりで何かに押さえつけられている感触をおぼろげに知覚。 
ああそうだ。以前もこんなことがあった。 
確かあの性悪人形が怪しく目を光らせてたんだよな……待て。 

「!?」 

物凄い勢いで意識が覚醒する。目を開くとそこにはやはり例のオッドアイ姉がいる。 
だが。 
だがしかし。 
前回と今回とでは目の怪しさが全然違う。ついでに笑い方も。 
しかもなんだか身体がでかい。そういや人間になったんだった。 
今回は前回のようにジュンの上に立つのではなく、覆いかぶさる形で見下ろしていた。 
さらに細かく説明すると、前回は布団の上に立っていたのに対し、今回は布団の中に潜り込んでいた。 

「起きたですか?」 

『にっこり』という表現がこの上なく似合いそうな。 
頬を赤らめた満面の笑みを向けられた。裏も棘もない純粋な笑顔。ええ起きましたよ。別の意味で寝ぼけそうですけど。 

「ジュン……」 

そのまま身体を落としてきた。 
ここで抗える奴がいたらジュンはさぞそいつに対して尊敬と軽蔑の入り混じった複雑な感情を抱いただろう。 
絹ごし――そういやパジャマだった――の両脚がこちらのそれに絡みつき、 
つい先ほど味わった胸の感触が再び神経を痺れさせる。快楽地獄ってのはこういうのを言うのか。 
豊かな茶髪が何本か零れ落ちてきて、まるでそれに身体の自由を奪われたような錯覚に陥る。 

「ちょっ……翠星……」 
「これでジュンと翠星石は一緒ですよ……」 

例の笑顔を近づけられて再び感じる既視感。際限ないのか顔面の熱量はさらに上がり―― 
しかし、翠星石は予想とは違う行動に出た。 
年明けの時は頬だった。それが違うのなら唇にされたのか? 否。 
頬にされていることには変わりがない。ならば何をされているのか? 即ち。 

「〜〜♪」 

すりすりと。 
ジュンの首に両手を巻きつけてすりすりと。 
この上ない愛情を込めて頬擦りしていた。 
髪が顔にかかって息苦しくなる状態だったが、どの道呼吸が止まったので関係ない。 
なんというか、想定の範囲外だった。 
顔と顔を近づけてやること、と言えば確かにこれもメジャーだ。なのだが……なんというか、予想していなかった。 
むしろこちらの方が行為としては落ち着いているはずなのに発生熱量が桁違いに高いのは何故だろう。 
人というのは心身ともに不思議なものだ。 
で、その心身ともに臨界点を越えたジュンは…… 

がばっ、と。 

「……へ?」 

目を覚まして呆けていた。 

「夢……」 

跳ね除けた布団が腰の上に乗っかっている様を見るに、そうだったのだろう。 
自分は翠星石に布団に潜り込まれてのしかかられて抱きつかれて頬擦りされて…… 

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっ!!!」 

その、まあ何かしようという気分になって……という夢を見たのだろう。 
夢オチ夢オチ。翠性の星空は遠すぎるのである。 

「まったく……」 

寝る前にあんなことがあったから性欲を催したようだ。 
顔を真っ赤にしながら毒づき、とりあえず寝なおす事にする。 
布団を引っ張り、横向けに寝転んで…… 

「すぅ……」 
「……………………」 

真横に夢の君がいて、また脳がクラッシュした。 

「んぅん……」 

しかもこのタイミングで目をあけてきた。 

(えーと……?) 

今までのは夢だったのか? 現実だったのか? 
着衣確認――――乱れなし。夢決定。 

「んぅ……ジュン……」 

しかし正夢になりつつあった。とろんとした目で迫ってくる翠星石。 

「ちょ、ちょっと待ったやめろ! なんでお前ここに……!?」 
「夢のクセにやっぱりジュンは生意気ですぅ〜……」 

夢の君はお寝ボケのご様子。ていうかこちらと似たような夢を見ていたらしい。 
上下か左右かで夢とは位置付けが違ったが、とにかく幸せそうな笑顔で迫ってくる。 

「っておい目ぇ覚ませ翠星石! これは夢じゃな……〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」 

胸に顔を埋められた。 
頬の次は胸ですか。心臓の異状音が聞こえるなら大至急どいて下さい姫君。 
でないと…… 

ぷつん。 

「……っ、翠星石!」 

がば、と。 
今度こそ襲い掛か…… 

「――――?」 
「すぅ……」 

寝ていた。甘えられればそれで充分だったらしい。 

「……………………」 

幸か不幸か、その幸せそうな無邪気な寝顔を見て貪れるほどジュンはケダモノではなかった。 
何にせよ、互いに貞操は守られた。 
お預け食らってほっとしていいのか残念がればいいのかわからないジュンであった。 

流石に部屋にいるのは神経が保たない。あのまま寝るのは論外だ。 
というわけで部屋を出る。 

「さて……」 

いつの間に寝てしまっていたのか気になったが、 
ゆうべは徹夜で見張っていたのだからいつの間にか眠ってしまっていても無理はない。 
なので、眠る前の状況を整理する。 
翠星石の人間化について原因を考えた末に、例の手紙を入れた引き出しに手がかりとなる痕跡がないかどうかを調べたら 
なくなっていると思い込んでいた手紙はまだそこにあった。 
手がかりを期待していたわけではない。 
いや、そりゃああった方が都合がいいが、ダメ元はダメ元だった。 
だというのに。手がかりがなかったどころか前提がひっくり返ってしまった。 

例の手紙にチェックをつけて引き出しに入れ、翌朝翠星石は人間へと変化した。 
他に何かしていたわけでもなし、この珍現象は手紙の手順に従ったゆえのものだと判断するのは当然だ。 
……が。 
手順に従ってそうなったのなら、手紙は机の中から消え去っていなければならないはずなのである。 
にもかかわらず手紙はまだ残っていた。 
考えられる可能性は二つ。 
一つは、手紙と人間化はまったく関係がなかった、あるいは手紙は人間化の犯人を隠すためのフェイクだったということ。 
もう一つは、手紙が引き起こす効果はまだ完遂されていないということ。 
前者の場合、これはこれで難儀なことではあるが、よくよく考えてみれば元々手がかりもなかったので事態はさして大差ない。 
だが後者の場合――― 

―――と、ここまで考えたところで階段を降りきった。リビングから声が聞こえる。 

「ああ〜〜♪ ジュンくんたち今頃きっと 
            『ピ――――――』で 
                   『ピピ――――――』で 
                          『ピピルピルピルピピルピ――――――』な甘美なひと時を……」 

……さて。性的衝動も綺麗なまでに破壊衝動に切り替わってくれたことだし。 
状況解決の究明の前に、この某宇宙人受け入れ校教師級色ボケのりの糾明といくことにしよう。 

ところで、ジュンの部屋にてようやく真っ白状態から回復した真紅は…… 

「……ぅ、ぅぅ…………ひっく……ぇぐ、」 
「し、しんくー? 泣いちゃめーなの! どうしたのー?」 

回復直後にジュンのベッドで幸せそうに眠りこける翠星石の姿を直視するハメになり、 
大いなる誤解を胸に――まあ事実を説明されても同じことだろうが――様子を見に来た雛苺に心配されながらシクシクと泣いていた。 

to be continued... 

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あとがき。 
最近真紅いじめにときめきを感じつつある双剣です。 
ローゼンゲーム化はいいとして、タイトーなところが非常に不安なのはオレだけデスカ。 
ところでYahoo!で「ローゼンメイデンのSS」で検索したら「GIRLSブラボー」が一つ目か二つ目に出てくるのは何故だ? 

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「ん〜ふっふ〜♪ ん〜ふっふ〜♪」 
「なんか久しぶりに聞く気がするな……」 

腕にかけるは買い物かご、首に下げるはがま口財布。 
今時ベタだなと突っ込みたくなるような買い物スタイルなれど、 
顔立ち整った美少女がするとどことなく様になっているのが不思議である。 
しかもたいそうご機嫌と来た。これで微笑ましく思わない輩がいるならそれは単なる嫉妬の権化だろう。 

「ほらほらジュン、早く行くですよ。買い物は戦場だとのりも言っていたです! 短期決戦必勝です!」 
「そりゃバーゲンの時だろ。毎日毎日戦場なわけじゃ……いや、タイムサービスがあったか」 

だがここに。『同年代の男子が同行している』というオプションがつくことで話は変わる。 
見目麗しき美少女が男付。それだけで――たとえ恋仲でなくとも――世の男どもは嫉妬の悪魔に魂を売る。 
端的に言うと。 
同年代の男女が共に歩くという構図は、端から見て、『デート』とされるのが世の常なのである。 

「は? 買い物?」 

勝手に自分のベッドに翠星石を放り込んだ姉を糾弾するも、なんだかのらりくらりとかわされて、 
いつの間にやらそんな話になっていた。 

「そうなのよぅ。 
 ほら、翠星石ちゃんもおっきくなっちゃったことだし、人目をはばかる必要もなくなったでしょう? 
 だから、早いうちに街を歩く事に慣れてもらった方がいいじゃない?」 
「む……」 

言われてみれば正論ではある。 
戸籍があるわけではないから働くとまでいくとなると難しいが、生きていく上で活動範囲というものは重要だ。 
引き篭もっていた自分が言えた義理ではないかも知れないが、確かに家の外の世界を知るのは悪くない。 

「けど昨日の今日……ていうか人間になったのはついさっきだろ? 
 もう少し様子を見てからにした方がいいんじゃないのか?」 
「そうでもないわよぅ? 
 身体が変わったばかりで勝手がつかめてないみたいじゃない? 
 ほらさっきここで転んでジュンくんに抱き……」 
「いやわかった。いいからその先言うな」 
「あ。そうよねそうよねジュンくんも男の子だものね! 
 ああいうドジっ娘属性とかドッキリ☆ハプニングとかがあった方が……」 
「言うなと言っとろーが!!」 

とまあそんなこんなで、それから少しして目覚めた翠星石と共にちょっと早い夕飯の買い物に出かけることになったのである。 
のりのテンションに圧倒されて渋々ながら―――という顔をしていたジュンだが、 
面白そうだと顔を輝かせていた翠星石を見て。 
お出かけ用のセーターとロングスカートを着た姿にくらっと来て。 

「まあ買い物くらいなら大丈夫か」 

とまんざらでもない顔に変わった。 

しかしここに来てその顔が引きつることとなる。 
誰もが完全にこのことを忘れていた。 
いや、のりはあるいは計算していたのかも知れないが、とにかくジュンと翠星石は忘れていた。本人ですら忘れていた。 
勘のいい読者は既にお分かりかも知れない。しかし、何気に忘れられているんじゃないかとも思える事実。 
さて、それが何かと言うと…… 

「あうあうあうあうあうあうあうあうあう……………………」 
「だああああああっっ!! くっつくなってばみっともないっっ!!」 
「ですけどですけどですけどですけどぉぉぉぉ………………」 

……翠星石は人見知りする性格だったということである。 

二人の目的は買い物。では行き先は? 
A.スーパー 
B.市場 
C.百貨店 

答え:A……ただし、どれであろうと人いっぱい。 
ここがどこかの片田舎ならそういうこともないのだろうが、あいにくジュンたちの住む街は住宅多き賑やかな街である。 
まだ昼を少し過ぎたところではあるが、それでもちらほら買い物客というのはいる。 
街の総人口が多いのならば、大概においてそのちらほら数も多くなる。 

プルプルプルプルプルプルプルプルプルプルプル……… 

「あらまあ最近の若い子は大胆ねえ奥様?」 
「いえいえあれは初々しいというのではなくて?」 
「いいですわねえ。うちの娘もそろそろいい人見つけてもいい頃なのに」 
「お、挙動不審だけどあの娘かわいくね?」 
「隣のメガネにゃもったいねえな。それにしてもあんな娘この辺にいたっけ?」 
「あら、何? 何?? 羞恥プレイ? そんなっ、こんな大衆の目の前でそんなイケナイこと……はぁンっ!」 
「先生、頼むから黙っててください……ってああこら! メロンパンなら買い置きあるだろ!!」 
「しかしこのメロンパンはただのメロンパンではないのだ。『うにめろんぱん』という大層レアな……」 
「おぬしらの方がよっぽど目立つと思うんだがのー」 

プルプルプルプルプルプルプルプルプルプルプルプルプルプルプルプルプルプルプルプル……………… 

そんな中、ジュンにしがみついて震える姿が視線を集めないわけがない。 
それが好奇だったり微笑ましさから来るものだったりなんだか全然関係ない会話だったりと色々あったが、 
どんな種類の視線であれ会話や物音であれ、人見知りの翠星石には同じ事である。 
結果、余計に周囲から注目され、悪循環が成り立っていた。 
しかも先述の通り美少女なものだから、ジュンに対していくらかの嫉妬と敵意が向けられている。 

(さっさと買い物終わらせよう…………) 

げっそりとしながらジュンは思った。 
人間になったからわかる。 
僕とこいつの共通項目ってきっと「ヒキコモリの素質」だったんだな、と。 

と、そんな時だった。 

がらがらがっしゃーんっっ!! 

「ぴきゃーーーーーーっっ!!?」 
「わ゙ーーーーーーーーっっ!!?」 

客がカートを倒したのか、店員が商品を積み損ねたのか、とにかくどこかで何か色々と倒れたらしい。 
プレッシャーの限界の境地にあった翠星石が弾けるには十分すぎる突発音だった。 
この状況において唯一信頼出来るジュンに全力で飛びつき、当のジュンは瞬時に血が顔に昇った。 

「もうやですぅ……帰るですぅ……帰りたいですぅ……えぐ、うぅ〜〜…………」 

……流石に。 
場も省みずマジ泣きするほど恐がる翠星石を怒鳴りつける気にはなれず。 

「はあ……」 

溜息一つ。 
以前とは違った意味でまるで小動物だなと微笑すら浮かべ、ポンポンと後ろ頭を叩いてやった。 

「ほら、もう少しの辛抱だからがんばれ。そうしたら今夜は姉ちゃんがダブル花丸ハンバーグ作ってくれるぞ」 

なんだかんだで面倒見がいいのがジュンある。 
微かに頷き再びジュンの服の裾を握って歩き出した翠星石は、 
未だ嗚咽を漏らしていたが、身体の震えが先ほどまでより落ち着いたように見えた。 

(気のせい気のせいこいつは恐がり口だけデカい臆病者……) 

しかし。 
それが何故であるかを考えると死ぬほど恥ずかしいので決して認めようとしないのもまたジュンであった。 
どうせ本人に指摘したところで、ハンバーグのためだと言い張るに決まっているのだし、期待しない方がいい。 

(いや、何も期待なんてしてないぞ。うん、決して) 

……こういうところこそ共通項目だろうと思う方は果たして何人いるのやら。 

とまあどうあっても普通な日常を過ごさせてくれない因果律のもと買い物を済ませ、あとはただ家に帰るだけ。 
……と、思っていたのだが。 
途中、客の多くない和菓子屋を選んで雛苺へのお土産に苺大福を購入し。 
途中、屋台のタイヤキ屋に興味を示した翠星石に付き合い。 
途中、執拗に翠星石を業界(どの業界か明記されないところあたり致命的だ)にスカウトしようとする男から逃げ惑い。 
時が経つのは早いものでそろそろ夕方である。用法を微妙に間違えている気がしても気にするな。 
学生が帰宅する時間帯である。 
そんな時間帯に連れまわすとまた同じ事になるため、さっさと帰るに限るのである。 
しかし二人の――主にジュンの――因果律は仕事熱心だった。 

「……あ」 

声を発したのは果たして誰だったか。 
視線の先には影法師。影法師の先には細身の少女。竹刀袋を肩に掛け、彼女にしては目を見開いてこちらを見ていた。 

「桜田、君……?」 

柏葉巴の登場である。 

一方その頃桜田家では――― 

真紅の苦悩を察したのりが、『丁度いい本がある』と真紅に一冊の本を差し出した 
『恋のABC』みたいな今時どうかと思うような本でも出てくるのかとその本に目をやると…… 

――――『ツンデレ大全』 

………………………………………………………………。 
完全に間違っているわけでもなさそうだが今までの話とまったく関係がない。そもそもマニュアルになるのかこれは? 

「しばらく借りるわ」 

だがしかし。 
ツンデレが何であるか知らない真紅は『最近男の子の間でトップクラスに流行な女の子の性格の一つ』という 
のりの言葉を鵜呑みにしていた。 
知を愛すること、それ即ち哲学である。 

to be continued... 

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あとがき。 
こんばんは。電気屋に行ったら目当ての120分テープが売り切れててちょっぴり鬱な双剣です。 
前回のあとがきを訂正することにした。 
オレは真紅をいじめるのが好きなんじゃなくていじめられたりして弱気になる真紅が好きなんだ。>>583とか。 
けど幸せになってほしいのもまた事実である。二律背反なんて知るか。 

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「桜田、君……?」 

さてどうしたものか。 
柏葉巴。かつての雛苺のマスターである。 
ジュンとはそれなりの仲であり、ローゼンメイデンの秘密を共有する仲でもある。 
しかし深い絆で結ばれているとも言い難く、困ったときに顔を合わせたら知恵を貸してもらったという程度だ。 
浅い仲でもないにせよ、どういう仲かと言われると―――彼女の言葉を借りるなら『友達』。 
それも間違ってはいないのだが、『普通』の友達仲でローゼンメイデンの秘密の共有というのも何かおかしい気がする。 
ともあれ、そんな言葉に表現しにくいような関係の相手と出会ってしまった。 
普段ならば別段問題はないのだが…… 

「確か……翠星石、よね?」 

そう。 
今、ジュンの隣にはローゼンメイデン第3ドールであるはずの少女が人間として立っている。 
恐ろしく低い確率で『単なるそっくりさん』ということもあり得ないではないだろうが、彼女はそうは取るまい。 
浅いものながらローゼンメイデンの知識は互いにあれど、これは完全に知識外の異常事態である。 

「何かあったの?」 
「えーっと、まあ……うん」 

―――さてどうしたものか。 
柏葉巴。数少ないジュンの『友達』である。 
彼女に話すこと自体には何も問題はないはずなのだが、何故かそのことに抵抗を感じた。 
具体的な理由の心当たりもないのに妙な躊躇いを感じてしまうジュンであったが、 

「あ、ごめんなさい……訊いちゃまずいことだった?」 
「いや、そんなことはない、けど……」 

(ま、見られた以上は話した方がいいよな……) 

とりあえず、近くの公園に場所を移す事にした。 

「そう、なの……」 

説明を受け、ベンチに腰掛けた巴は曖昧に頷いた。 
まあ当たり前か。どうしてこうなったのか、というところがさっぱりわからないのである。 
例の手紙。翠星石の人間化。しかし手紙は直接関係していないかも知れない。あるいは、まだ何か起きるかも知れない。 
わかっているのは目の前で起きた現実のみであり、 
どうして起きたか、何が起きるかがわからない以上、対策の取り様がないのである。 
そんなことを話されて何か言えと言われても、今のような反応をするのが普通だろう。 

「とりあえず、今日はあいつがああなった以外に特に何も起きてないんだ」 

隣に座ったジュンがそう付け加え、夕陽の色に染まる翠星石を眺める。 
説明なら自分だけで充分だろうし、ベンチに三人で腰掛けるというのも狭苦しいので適当に遊ばせている。 
遊ぶと言っても公園の植物の様子を見て回っているだけではあるが、ああしている時の翠星石の表情は柔らかい。 
雛苺とじゃれている時は子どもみたいで、ああしている時はほんの少し大人びていて、 
自分と接する時は乱暴だったり皮肉屋だったりする反面、素直な一面だってちゃんと持っている。 
どれが彼女の本当の姿かと言えば、きっとそれらどれもがそうなんだろう。 
……改めてそう思うと、そんな風にいつでも感情のまま振舞える姿がちょっとだけ羨ましかった。 
巴も似たようなことを思っていたのかしばらく翠星石を眺め、 
しかしそれについては何も言わずにジュンに視線を戻す。 

「ねえ、桜田君」 
「うん?」 
「これから先、どうするの?」 

至極もっともな質問だが、それこそ何を言えばいいのか困る。 

「えっと……どうするって言われても。 
 この先また何か起こるとしても、どうでもいいことなのか危険なことなのかすらわかってないんだ。 
 具体的にどうするかもわからないまま用心するってくらいしか……」 
「そうじゃなくて」 

ぴしゃり、というわけでもないが、ハッキリと迷いなく簡潔に止められた。 

悪意がないのは承知の上だが、好意もまた感じられないのでどことなく虚しさを感じられずにいられない。 
それなりに付き合いのある身だからこそわかるのだが、何故か今日の巴はいつもより二割ほど増しで『静か』だった。 

「これからどうしないといけないか、じゃなくて……桜田君はこれから『どうしたい』の?」 
「……え?」 
「彼女を元に戻したいの?」 
「…………」 

はて? 
声にこそ出さなかったが、ジュンは思い切り呆けていた。 
言われてみればこの状況を打開する必要はない。 
何か起こるかも知れないという不安はあるが、あくまで『現状』で見れば何も問題がない。 
本人の前では死ぬほど恥ずかしいので言えないが、さっきの買い物だって悪くなかったどころかそれなりに充実したし、 
むしろ今の方が無難なんじゃないのか? 
誰かに家の中を覗かれても、生きた人形が歩き回っているよりは国籍不明の人間が居座っている方がリスクは低い。 

(あ、そうか……) 

巴に話すことを躊躇っていた理由がわかった。 
考えてみればこの状況、『だから何だ』と言えなくもないのである。 
今まで巴に協力してもらったことと言えば、水銀燈との戦いの際、真紅が動かなくなった時である。 
真紅を放っておくわけにもいかない、という問題があったが故に解決を望んだのだ。 
が、しかし。 
翠星石が人間化したところで、面倒ではあっても人形に戻さないといけないという理由が出来るような危険要素は今のところない。 
そんなことでわざわざ巴に気を遣わせるなんてバカみたいじゃないか。 

「いや、あいつがこのままでいいって言うのなら僕だって別にそれで構わない」 
「……え?」 
「うん、そうだよな。何も問題ないじゃないか。 
 問題的な要素はあるけど、それはあいつの性格なんだから人形だろうと人間だろうと変わらないし」 
「えと、桜田君?」 
「ごめんな柏葉。気を遣わせて悪かった」 
「あ、あの……」 
「大丈夫、今のところ柏葉に心配してもらうようなことにはなってないから気にしないでくれ」 
「…………」 

うむ、完璧だ。ガラにもなく爽やかな笑顔で感謝を表現してみたが上手くいった。 
これだけすっきりさを表現すれば巴にも余計な心配をかけずに済むはずだ。 
その証拠に、巴は心なしか肩を落として俯いている。きっと安心してくれたが故の脱力だろう。 
安堵の息でもついたのだろう、前髪で表情が隠れてしまっている。巴にしては珍しくわかりやすい仕草だ。 
隠し切れないほどの安堵を漏らすほど心配させてしまっていたようだが、それもとりあえず解消した。よきかなよきかな。 

「よし、翠星石ー! 帰るぞー!!」 
「あ、わかったですー」 

心機一転元気溌剌。なんだかキャラが微妙に変わったような気もするがどうでもいい。 
夕陽に照らされた爽やかな笑顔で元気娘を呼び戻す。 
呼ばれた方も今日という日を満喫したからか元気な笑顔で駆け寄ってくる。 
嗚呼、これもまた青春なり。 

「その、ありがとな柏葉。おかげですっきり……」 
「ちょ、ちょっと待って」 
「? いや、心配してくれなくてもホント大丈夫だぞ?」 

まあ、これから何が起こるかわからないので半分ウソではある。 
しかしどうやら巴はそういうことを言っているわけではないようだった。 

「そうじゃなくて――あ、そうとも言い切れないけど……少し、彼女の方に話があるの」 
「彼女って……翠星石に?」 
「そう。出来れば、二人だけで」 

言い終わったところで到着した翠星石に、巴は真っ直ぐに、しかし曖昧な視線を向けていた。 

色々と。言おうと思ったことがあった。 
ジュンにではなく翠星石の方に。けれど。 
不覚にも激しく動揺してしまい――いや、感情の波が凪になるような無の状態で『動』揺も何もないのだが――言いそびれた。 
うん、言いそびれた。ちょっと考えればあり得たはずの返答だったのに、それに意表を突かれて機を逃した。 
ということは、無意識にその返答の可能性を無いものとしたくて目を背けていたのか。 

「―――――――。……………………………ぁぅ」 

目を背けた理由の推測にまで至って情けない声が漏れた。もちろん、後ろにいる翠星石に聞こえない程度に抑えたが。 
絶対そうだと言うまでの確信はない。 
あったとしても認めるのは顔面を非常に火場にさせることになる―――などとらしくもない言葉遊びをするほど混乱していた。 
ともあれ。 
あんなことがあった後では、言おうと思ったことを伝えたとしてもまるで嫉妬したようではないか。 
無論、はじめはそんなつもりは微塵もなかったのだが、一度意識してしまうとどうにも頭から離れない。 
気恥ずかしさよりも鬱の方が大きく、しかし、 

(言わないと、いけないわよね) 

ベンチから随分離れたことを確認し、翠星石に振り向く。なんだか妙にびくついているが、自分はそんなに怖いのだろうか? 
と、彼女が俯いたままぶつぶつ呟いている事に気付き、耳をすませてみた。 

「闘魂注入です闘魂注入です闘魂注入されるですぅ〜〜…………! 
 まったくなんでジュンはわからないですかホントに頭の悪い甲斐性なしニートですぅぅぅっ。 
 あああぁぁぁぁぁぅぅぅぅぅ、きっとチビチビ苺の復讐に決まってるです血痕一滴です血痕一滴です 
 チリが積もったら山になるんだから一滴一滴積もり積もって運河が出来上がるですぅ〜〜〜………………!」 

(…………………………) 

そうか。怖い理由は竹刀か。言われてみれば持ってくる必要はなかった。 
錯乱しているからなのか、わかって言っているのか、そもそも言葉を間違えて覚えているのかは知らないが、 
「けっこんいってき」は「けんこんいってき(乾坤一擲)」なんじゃないかと指摘すべきなんだろうか? 

(乾坤一擲……運命をかけて大勝負をすること、か) 

しかし言い得て妙なものだ。 
確かにこれは人生が関わる話になり得る。そう思うと心身ともに引き締まった。 

(……よし) 

惨めな気持ちはもはやない。 
未だ小刻みに震えながらぶつぶつ呟いている翠星石へと、巴は単刀直入に切り出した。 

「あなた、桜田君のこと、好きなの?」 

to be continued... 

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あとがき。 
こんにちは。BSとアナログ両方でトロイメント毎話録画してるのはオレだけなのかと首を傾げる双剣です。 
風邪の置き土産で扁桃腺でも腫れてるのか、単に空気が乾燥してるからなのか喉痛くて鬱な気分。 
アニメでも雛苺が止まって不覚にも泣いて、しかも来週も鬱話みたいでさらに鬱な気分。 
書いてる話もなんかもう鬱な話になっていく予感がしてならねえ……なんとかエロ描写勉強して補うべきなのか orz モトモトエロパロスレダケドサ・・・ 

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