ジュンと翠星石が買い物に出かけている間、そのジュンの部屋では…… 

(……なるほど、『つん』とした態度と『でれ』っとした態度……その二つが上手く調和した性格が『つんでれ』なのね) 

やたらと真面目な顔をして『ツンデレ大全』を食い入るように読む真紅の姿があった。 
その真剣さはくんくん探偵視聴中のそれに匹敵するほどである。 
ただし、視聴中が興奮であるのに対し、今この時はあくまで冷静な分析という目をしている。 

(今の時代の人間の趣味はよくわからないわね。 
 ……マゾヒストの気が全国的に広まっているのかしら? 
 とは言え、相手がそういう趣味ならその趣味に沿ったものが好かれるのは道理……) 

ある意味自分の存在を否定するようなことを考えているが、至って真面目である。 
しかしこんな本をめくりながら聡明っぽい雰囲気を醸し出す西洋人形というのもシュールなものだ。 

(私には難しいわね……『つん』は問題ないとしても『でれ』は……誇り高いローゼンメイデン第5ドールがそんな……) 

無理もないが微妙にツンデレをわかっていない―――露骨にデレデレするばかりがこの場合の『デレ』ではないのである。 

(つまり、私の場合『つんでれ』の魅力は諦めるべきなのだわ。無理矢理作った歪なものは美しくないのだし) 

見事なまでに自覚がない。 
まあ、自覚があったらそれこそ真紅の考えているような『歪なもの』になってしまうのだが。 

(けれど翠星石は確かに『つんでれ』に該当するわね。 
 となれば『つんでれ』を知識としてでも知れば何かしらの突破口が……はっ!) 

ガカッ! ピシャアアア―――ン!! 
……とか音を立てて雷光が稲びく幻が、もしそこに誰かいたなら見えたかもしれない。 

(そうよ、考えてみれば……最近の翠星石は『でれ』の割合が増しているのだわ! 
 『つんでれ』はあくまで『つん』と『でれ』の調和! 
 なら、今がピークであってもバランスを崩した結果『つんでれ』の資格を失うのは時間の問題……!) 

『でれ』だけでも男にはそこそこ受けるということに気付いていなかった。 
というか先ほど自分で自分は『つん』だけだと認めているのだから別に優位に立ったわけでもない。 
そもそもツン控えめでも充分萌え要素になる。この場合、デレではなくツンの方が栄えるわけだが。 

「それなら、まだ大丈夫ね」 
「何がだい?」 

バンッ!! 

0.1秒を切る速度で本を叩き閉じていた。見れば部屋にはオッドアイ妹。 

「そ、蒼星石……いつの間に来ていたのかしら?」 
「今来たところだけど。 
 ノックしても返事がなかったんだけど、読書に夢中だったのかい?」 
「え、ええ、まあ」 
「へえ? 君がそこまで熱心になるなんて、なんて本なんだい?」 
「い、いえ……つまらないものなのだわ」 
「ふうん……まあいいや。それより……」 

さほど追求されなかった。 
それもそのはず、今はそんなことを気にしている場合ではないのである。 

「のりさんと雛苺から話は聞いたよ」 
「そう……それなら話は早いわ」 

蒼星石にタイトルが見えない角度で本を置き、真紅は腰を上げた。 

「蒼星石……」 

そして蒼星石の両肩に手を置き――― 

「何か知ってるのなら教えなさいていうか教えてお願いだからこのままだといくらなんでも惨め過ぎるわあの子を元に戻せとは言わないけど 
 いえ何か危険が生じるというのならもちろん元に戻さないといけないけど今はそれはどうでもいいのだわとにかく 
 どうしてあの子がああなったのか事細かに教えて出来ることならやり方も是非ええ当然お礼はするつもりだけれど 
 事が事だから相応のものが用意出来る自信はないのだわだけどお願いよ知ってることがあるなら全部教えてこの通り!!」 

がっくんがっくんがっくんがっくんがっくんがっくんがっくんがっくんがっくんがっくんがっくん 

「あうはうえうあうあわうわあくえうひあうあ」 

恥も外聞もなかった。情けない表情を隠しもせず涙まで流しながら蒼星石を高速で揺さぶる。 
蒼星石は前にもこんなことあったなーなんて思いつつ、その時と同じようにされるがままになった挙句、目の幅涙を流していた。 

「真紅落ち着いて……教えろも何も僕まだ何も言ってないじゃないか…………」 

かくっ。ちーん。 

「あなた、桜田君のこと、好きなの?」 

巴は単刀直入に切り出した。 

「…………、はい?」 

……あまりにも単刀直入過ぎた。 
なので、石化か凍結か、とにかく時間とか空間とか翠星石に関わる色んな要素が硬直した。 
そうして生まれた束の間の静寂――の後、ボン、と噴火する。 

「えあっ!? ちょ、ちょちょちょ何言ってるですか! 
 す、翠星石はジュンとはあくまで契約を結んだだけの間柄であってですね、別にそんなんじゃっ!? 
 で、でもそりゃああのチビ人間は翠星石みたいにしっかりした奴がついてないと心配で心配でほっとけないですし……」 
「そうね」 
「……はぇ?」 
「外に出ようと決意した意志は本物だけど、それでもまだ放っておけないところはあるし」 

意外だった。まさか肯定されるとは。 
しかしなんだろう、都合がいいはずなのに、自分の否定を肯定されるとなんだか面白くない。 
だがかと言ってそれをさらに否定するとそれはつまり巴の言う事を肯定するというわけで――― 
少々口ごもった後、やはりそのままジュンの『悪いところ』を言い募る。 

「そ、そうですそうですその通りです! 
 やる気があっても身の程知らずでそれじゃ空回りも当然のことでほ〜んと危なっかしくて…… 
 とか思ってやってるのに真紅とばかり一緒にいてそりゃもーこの恩知らずーとか思いましたですけど 
 最近は気を遣ってやった甲斐あってちょ〜っとだけ……」  
「要するに、好きなのね?」 
「―――――――」 

やっぱり容赦なかった。 
だが巴は責めるでもなく微笑むでもなく、さらに真っ赤になった翠星石に淡々と続きを口にする。 

「桜田君のことが好きなら、他の人形たちのことも考えないと、あなた、いずれ辛くなると思う」 
「…………え?」 
「雛苺も、あの真紅という人形も、そしてあなたも。 
 みんな、桜田君を必要としているわ。 
 単純な好意もいつか愛情へと変わるかも知れないし、そうならなくても桜田君を独占されたら疎外感を感じるかも知れない」 

突然の反転。 
真っ赤だった顔の熱は冷え、次第に得体の知れない焦燥に染まり始める。 
淡々と語る巴の瞳は刺すでもなく包み込むでもなくただ平らに。 
翠星石へとプレッシャーを浴びせるのではなく、翠星石の内側から生じるプレッシャーを誘発し、その姿を受け止めていた。 

「多分、もう既にあなた以外にも彼に愛情を感じている子がいると思う。 
 あなたは人間になったことで彼に近づけたことを喜んでいるようだし、私はそれを非難する気はない。 
 けれど……」 

その先は、叶った夢に無情に空いていた夢ならざる穴だった。 

「昨日までそうだったあなたならわかっているはずよ。 
 人間だろうと人形だろうと心があるのなら、そこに差なんかない。 
 人としてあなたが桜田君と結ばれたとしても、彼が他の子にも愛されていることに変わりはない。 
 あなたは……あなたは、それがわかっていてなお、桜田君を独占して幸せになれる?」 
「え、あ…………」 

口ごもる翠星石に、やはり巴は淡々と言葉を紡ぐ。 

「彼を諦めろだなんて言わない。そんなことをしても何も好転しない。 
 けれど。 
 あなたが桜田君を好きであっても、 
 桜田君に向けられた愛情があなただけのものじゃないように、あなたの愛情は桜田君だけに向けられているわけじゃない。 
 あなたが愛する桜田君以外のすべて存在すら幸せにしないと、あなた自身の幸せは永遠に偽りのものになってしまう。 
 仮にあなたの愛情が桜田君だけに向けられていたとしても、桜田君が大事に思う他の人に翳りが残れば桜田君は幸せになり切れない。 
 なら、あなただってやっぱり永遠に幸せを手にすることは出来ない。 
 だから、気をつけて」 

何を言われているのかわからない―――のであればどれだけ気が楽だろうと思った。 
だが巴の言葉はすべて真実を指摘していると、翠星石は理解してしまっていた。それが、今まで心にあったことなのだから。 
自分が人間になった時、確かに「夢が叶った」と思った。 
それが何故夢なのかなど今更言及するまでもない。 
自分達と違い成長してゆくジュンを、知らない人間に取られてしまうのが恐かったから。 
あるいは、その成長という違いがジュンとの溝を深めてしまうという現実と未来が、どうしようもなく嫌だったから。 
いや、ジュンだけではない。確かにジュンも要素だが、それだけではない。 

「…………さっき、から……」 

蒼星石がいる。真紅と雛苺もいる。オマケに金糸雀とだって和解した。 
ジュンを含めて、皆笑い合って過ごしているこの環境。 
今ある日常はとても幸せな毎日だ。だからこの幸せが永遠に続くことを夢見た。 
大好きな姉妹たちと幸せを共有しながら過ごす日々を、望んでいた。 
ただ、それを夢と望んでいたということは。それを否定される事が、幸せを剥奪されたことに等しい。 
だから、いつもの様に。望んだことの否定を恐れて、望んだことそのものを隠すために、虚勢を張った。 

「さ、さっきから勝手に何言ってやがるですか!」 

見え見えだと自分でもわかる。この相手の前では、脆い虚勢はほんのひと突きで崩されるだろう。 

「翠星石はあんなチビ人間のことなーんとも」 

しかし、それでも言い募る。今はそれしか出来ないから。しかし、 

「だったら、私がもらうかも知れない」 

―――しかし、それでも敵は上回る。 

「……ぁ、ぇ?」 
「私"は"桜田君が好き。 
 あなたの抱いているのとは違うかも知れないけど――いえ、あなたが否定した以上、それを比較には使えないわね。 
 『あなたが抱いているのだろうと私が勘違いしていた種類の好き』とは中身が違うかも知れないけど、好き。 
 私自身にもどういうものか判別はつかない。でも間違いなく言えることはある。 
 私は彼が好き。 
 桜田君はもうがんじ絡めの束縛から踏み出せる強さを持っているし、 
 けれどどんな障害も平気で跳ね除けるまでには至らない。 
 私はそんなところに憧れるし、支えたい。 
 この『好き』がどんなものにせよ、どんな形になるにせよ、支える役目になれなくても……」 

そして、虚勢と夢は崩れることなく凍てついて、 

「……私は桜田君を見届けたい」 

そしてそのまま砕かれた。 

to be continued... 

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こんばんは。 
鬱展開を避けようと変更を加えたら余計鬱になったんじゃないかって感じの双剣です。 
いやマジでどうしよう。 
最終的にどうするかはあらかじめ決まっていたけど、なんだかダークエンドにも出来そうだな…… 

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「それでは、お大事に」 
「……どうも」 

人の良さそうな初老の医者の笑顔に曖昧な返事を返し、薬品臭漂う診察室を出る。 

「ったく、あの性悪人形め……」 

まったく災難なことだ。 
じいさんの家に遊びに行っていた翠星石が鞄に乗って帰ってきた際、また窓ガラスを突き破り、ジュンの後頭部に直撃。 
契約してからは自分の家に寝泊りするようになったせいで直撃頻度も下がっており、 
そのため鈍っていたのかジュンはそのまま意識を失い、病院に送られた。 
単なる脳震盪だったため大事には至らなかったのが幸いか。 

「これで少しは反省するといいんだけど……無理か」 

これで植物人間にでもなっていれば口の悪いあの人形も流石に反省するだろうが、 
ただの脳震盪だったとわかれば途端に調子付くに決まっている。 
そう思うと別の意味で頭が痛い。真っ直ぐ帰る前に気分転換が必要だと考え、とりあえず売店に向かった。 

「それにしても、なんでこんな小さい容器に入れてんだろ」 

病院の裏の芝生にて、売店で買ったヤクルト(セット売り)を飲む。 
都会であるとわかっていてもどことなく空気が美味い気がして、意外と心地よかった。 
ちょっぴり幸せに浸りつつ、二本目のヤクルトに穴をあける。 

「もうちょっと入れててもいいんじゃないのかね。 
 どうせ何本もセットにするならまとめりゃいいのに。 
 容器に使う費用も資源も勿体無いじゃないか」 
「この中途半端な容量が愛好家にはたまらないのよ」 

突然の声―――しかもかなり聞き覚えのある声。 
黙って隣を振り向くと、そこにおわすは涼しげにヤクルトを飲む水銀燈。 
機嫌は見事に急降下した。 

「……………………」 
「コップになみなみ注いでグイッと飲むなんてはしたないでしょぉ? 
 控えめにコクッと飲むのが優雅だってわからないなんて、ほんとおばかさぁん」 
「……何勝手に人のヤクルト飲んでるんだ」 
「あら、言う事はそれだけ? 
 仮にも真紅のミーディアムのクセに身の危険感じないのかしら?」 

無防備にヤクルト飲みながら言われて危機感もクソもあるか。 

「だったらヤクルトわけてやるから見逃してくれ」 
「……意外と肝が据わってるわねぇ。まぁいいわ、その条件飲んであげる」 

投槍な気持ちで言ったのだがまさか受けるとは…… 
もしかして、単に嫌がらせで勝手に飲んだのではなく、本当にヤクルト愛好家なのかこの黒天使? 

「乳酸菌は体にいいのよぉ? 
 そのうちの一つであるヤクルト菌は1930年に代田稔博士が……」 

どうでもいい講釈が始まってしまった。 
止めると逆鱗に触れそうなので適当に相槌打って聞き流す事にするジュンであった。 

「ところで、お前なんでこんなところにいるんだよ」 

講釈が一通り終わるのを見計らい、話題転換及び疑問解消を試みる。 

「うっ……べ、別にどうでもいいでしょそんなこと」 

珍しく言いよどむ水銀燈の視線が僅かに上に向く。つられて顔を上げるが別段何もない。 

「……? 知り合いでも入院してるのか?」 
「ぎく」 

これまた分かりやすい擬音である。 
しかしこのドールはミーディアムなしで動けたはずだ。なら契約者というわけでもないだろう。 
なら、『お父様』? 
まさか。アリスになってないドールは会えないというからアリスゲームなんて迷惑なものがあるんじゃないか。 

「まあいいけど。ほら、ヤクルトこれで最後だぞ。好きなら飲めよ」 
「あら、殊勝な心掛けね。もらっておくわ」 

また偉そうな態度になった。真紅といいこいつといい、ローゼンメイデンには淑女らしい淑女はおらんのか。 

「で、さっきの話だけど」 
「どうでもいいって言ったでしょ」 
「まあいいけどって言っただろ」 
「……。じゃあ何よ」 
「病院にいるのは別にいいんだ。 
 けどなんでわざわざ僕に接触してきたんだ。いくらお前が強くても、ここで暴れちゃ人目につくだろ」 
「心配しなくても手回ししておいたから人は来ないわよぉ」 
「手回しって……そんな面倒なリスク背負ってまで来るほどヤクルト好きなのか?」 
「それもあるけど少し聞きたいことがあったのよ」 

重度のヤクルト好きなのは認めるのか、とは言わないでおいた。 

「あなた、前に夢で私と会わなかった?」 

「…………」 

いきなりの真面目な声音にしばし沈黙。 
確かに会っている。追い詰められた子兎のように震える彼女に、確かにジュンは会っている。 
本人がそんな質問をしてくるということは、あの時の彼女は自分の夢の産物などではなく、 
今目の前にいる水銀燈自身なのだろう。 

「僕のことを誰かと勘違いしてたあれは……本当にお前か?」 
「やっぱりあなただったのね」 

ばさり、と軽く舞い上がり、ジュンの正面に降り立つ。顔には例の挑発的な笑み。 

「人間なんかのクセに言ってくれたわね〜ぇ。 
 この私が淋しいんだとか、目を逸らしてるとか」 

―――やばい。これは、なにか、やばい。 
体の自由が利かなくなってきた。 
単に緊張してるからだと言うのならいいが、もしも以前のように彼女の力に縛り付けられているのなら…… 

「な、なんだよ! 見逃してくれるって約束じゃなかったのか!?」 
「せっかちねぇ。 
 別に殺そうだなんて思ってないし、傷つけようともしてないわよ。 
 ただちょっと、あんなこと言ってくれた責任だけは取ってもらわないとね」 
「責任って何を―――んむっ!?」 

最後まで言わせず、水銀燈はジュンの唇をふさいでいた。 
唇を重ね合わせるだけの静かなキス。 
強張ったジュンの体が弛緩しはじめた頃になってようやく水銀燈は唇を離し、また挑発的に笑う。 

「ふふ、こんなところ真紅が見たら、あの子どんな顔するかしらねぇ?」 
「な……なに、するんだおま、え…………」 
「責任取れって言ってこんなことする以上、意味するところがわからないほど子どもでもないでしょう?」 

そう言った水銀燈の顔から力が抜け、ふわり、とジュンの胸によりかかる。 

「私は壊れない、なんて言ったんだから……責任持って証明してみせて」 

あの時のことを思い出して言いようのない気持ちになる。 
夢で見た水銀燈は本当に夢のように消え去ってしまいそうに儚く、切なかった。 
その記憶に感化されたのか、今の口付けで魅了されたのか。 

「……わかったよ」 

先ほどとは打って変わって穏やかな表情で告げるその天使に、照れも躊躇いもなく頷いた。 

華奢な肢体を抱きしめて、耳元で囁くように訊ねる。 

「本当に、いいんだな?」 
「……レディに恥をかかせるものじゃないでしょぉ?」 

なんだか真紅に似てるなと苦笑して……頭の中で自分をどつき倒す。 
こんな時に他の女のことを考えて、あまつさえ目の前の相手と比べるなど外道もいいところだ。 
気を取り直して今度はこちらから口付ける。 
唾液にまみれた舌先がチロチロと絡み合い、お互いを清め、穢していく。 

「ん、ふぁ、あああ……」 

恍惚とした表情で身をよじる水銀燈の胸に手を伸ばす。 
人形の身体だと言うのにその乳房は形が変わるほどまでに柔らかく、ジュンの興奮を煽った。 

「柔らかいな……水銀燈」 
「あ、あう……やぁ……言わないで、よぅ、ふぁっ!」 

逃げる身体を空いた方の手で抱き寄せて、抗議する舌先を再び犯す。 
それで逃げられないと観念したのか水銀燈の両手がジュンの背中に回され、そのまま強く抱きしめられた。 
密着したせいで愛撫がしづらくなったが文句は言わず、そのまま尖った乳首を親指と人差し指で挟み、強めに摘み上げる。 

「ひゃあああっ!?」 

痛覚を刺激する、しかしその痛みすら快楽となる電流が脳天へと走り、水銀燈の身体が軽く痙攣する。 

「感じやすいんだな……なんか可愛いや」 
「……っこ、このっ……調子に乗らなふむっ」 

抗議はやはり舌先で丸め込む。主導権はすっかりジュンのものとなっていた。 
今度は舌と舌を絡めるのではなく、歯の裏をなぞるように這わせる。 
ぞくぞくと背筋を走る寒気に、たまらず水銀燈はジュンの舌を除けようと自分の舌を動かすが、 
ジュンにはそういう才能でもあったのか、あっと言う間に水銀燈の舌の動きを読み、ひたすらかわして相手を焦らしだす。 

「ちょ、はッ、息ができな……はァ、少し、休ませて……」 
「だーめ。最初にしてきたのはそっちだろ?」 
「そんな……はぅ!」 

乳房を覆っていた手を秘部へと移す。あくまで触れる程度だが、それだけで充分、愛液が溢れ出しているとわかる。 
息苦しいと言う理由はわかっている。 
こちらの舌が直接呼吸を妨げているのではなく、焦らしたが故の興奮で呼吸自体が乱れているのだ。 

「ほら、こんなに濡れてる。気持ちいいんだろ?」 
「そ、そんなことぉ……」 
「水銀燈……すごく、綺麗だ」 

びくり、と。水銀燈の身体に快感ではない震えが走ったのがわかった。 

「嘘……私は、綺麗なんかじゃ……」 
「嘘じゃない。言ったろ? あの夢でお前が言ってたことの方が嘘なんだって」 

未だ彼女を縛る自虐の念を祓おうと、清めるためだけに唇を奪い、優しく抱き包む。 

「大丈夫、淋しくなんかない。お前はちゃんと愛されてる」 

縋りつくようにしがみついていた黒い天使の手から力が抜け、今度はただこちらを求めるためだけの力が込められた。 
嗚咽を漏らす彼女の表情は見えないが、構わず銀糸の髪を梳く。 

「水銀燈……お前が欲しい」 

数秒の躊躇いの後、ぎこちなく恥ずかしげに頷く気配。抱き合った体を離し―――その動きに合わせて流れるように再びキス。 
唇を離して見た水銀燈の瞳に浮かぶ涙が、快楽に蕩けたものでも、悲しみに満たされたものでもないと、ジュンは間違いなく確信した。 

「痛かったら言えよ?」 
「大丈夫だから……お願い、はやく…………」 

視線を逸らして薄桃色に頬を染める少女に優しく微笑みかけ、その秘部に己の分身をあてがう。 

「んっ……」 
「挿れる、ぞ……」 

痛みを感じさせないようゆっくりと腰を動かすが、やはり完全に痛まないよう挿入するには無理がある。 
こちらから愛撫してばかりだったが、自分とて充分に興奮していたのだ。分身はすっかり張り詰めてしまっている。 

「ひああぁっ……!」 

身体を侵してくる異物に対してあげられた悲鳴に、いったん動きを止める。だが、 

「んっ……はぅ、んうぅぅ…………っ!」 

こちらが動きを止めたとわかるや、水銀燈はジュンの身体にしがみつき、自分からソレを受け入れた。 

「うぁっ……!? お、おい……」 
「だい、じょぶって……言ったでしょぉ……いいから、うごい、て…………」 

言われて気付く。 
漏れ出す声も吐息も確かに痛みを帯びてはいるが、酔いしれるような甘さも伴っていた。 
水銀燈は感じている。痛みよりも快楽……歓喜の方が大きい。 
ならば、残る僅かな痛みすら取り除いてやるのが自分の役目だろう。 
水銀燈に受け入れられ、締め付けられる中、ゆっくりと腰を前後に動かす。 

「ん、くっ……はぁんっ!」 

身を反らし、綺麗な銀髪が狂ったように振り乱されている。 
徐々になれてきたのか力なくこちらへと手を伸ばし、両腕が首にまわされる。 

「ふっ、はぁっ、ァ……もっと、大きく動いていいからっ……!」 

確信する。もはや彼女から痛みは消え去っている。 
そうとわかったジュンは言われたとおり腰の動きを強くした。 

「はああっ……ああ、あぁあぁぁぁ…………動いてる……私、繋がってるぅ……はぁん!」 
「くぁ、ああ、そうだ……」 
「ひ、わ、わたし……もうダメぇっ……」 
「ああ……僕も、もうっ……!」 

お互いに絶頂が近づき、腰をより一層強く、早く、大きく動かす。 

「ジュン……私を見て……私を受け入れてぇ…………!」 
「水銀燈……しっかり、つかまってろよ……くっ…………」 

達する。そう分かった瞬間、二人はまったく同時に唇を強く重ねる。 

「「――――――――――――――――っっ!!!!」」 

そうして意識は弾け、糸が切れたかのように芝生に倒れこんだ。 

呼吸と共に思考も落ち着き、芝生に横たわったまま考える。 
もともと行為自体は水銀燈の方から持ちかけてきていた。最初の方も強気な態度はいつもの通りだった。 
けれど、いざ始まると主導権はこちらが握っていた。 
要するに、水銀燈は弱さ恐さから目を逸らし、強がっていたのだ。 
その強がりが行為のうちに溶けていったということは、少なくとも行為の間、彼女は心の束縛から解放されていたのだろうか。 
―――と、そこまで考えたところで自分の胸の上に横になっていた水銀燈が顔を上げてきた。 
事を終えてまたいつものような笑みを浮かべているが、いつもと違って嫌味な風はない。 
いつの間にかさきほどの最後のヤクルトを手に弄んでいる。 

「ねぇ」 
「うん?」 
「さっき、私は愛されてるって言ったわよね?」 
「ん……ああ、言った」 
「それって、あなたが?」 
「……」 
「ねぇ?」 
「訊くな。言わせるな」 
「聞かせてよぉ」 
「…………」 

からかうように食い下がる水銀燈に内心溜息をつき、抱き寄せてキスする。 

「……ふはっ。な、なによぉ、誤魔化すなんて……」 
「…………してるよ」 

彼女を抱いて、自分はひどく興奮していたはずなのに、それと同様にひどく落ち着いていた。 
事が終わった今、それが何故だったかと考えれば答えは一つしかないと思う。 
きっかけは成り行きだったとしても結局のところ、これは同情や欲情などではなく。 

「え? なに、もう一回言ってよぉ」 
「うるさい。自分の声で聞こえなかったんなら自業自得だろ」 
「……いじわる」 

桜田ジュンはただひたすらに真剣に、黒白の天使を愛していたに違いないのだろう、と。 

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あとがき。 
こんにちは。18禁小説片手に描写に悩み、朝っぱらから何やってんだろうと別の意味で悩む双剣です。 
いや、もう、何だ。指摘するトコは指摘してくれ。改良出来る自信はないが参考にしたい。 

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「夢?」 
「うん。 
 あくまで推測なんだけどね」 

そう真紅に前置きして蒼星石は続ける。 

「例の手紙だけど、あれは間違いなくスィドリームによるものだと思うんだ」 
「? それなら翠星石も感知出来るのではないの?」 
「この世界の翠星石なら、ね。 
 多分、手紙を送ってきたのは夢の世界の翠星石のスィドリームだよ」 

蒼星石によると、少し前から翠星石は夢の中では人間として存在していたらしい。 
つまりは、翠星石の望む姿が人間の姿である、ということである。 

「もちろんそこは翠星石の夢なわけだから、そこにいる翠星石が現実とは別人というわけじゃない。 
 ただ、現実にいるか夢にいるかで魂の器が変わるというだけなんだ。……ちょっと前まではね」 

しかしここ最近、相互にちょっとしたズレが生じていた痕跡が見られたと言う。 
翠星石が夢での在り方を望みすぎたために、互いの意識の一部が独立してしまったらしい。 

「でも結局は二人とも同じ存在だからね。分かれつつも元に……一つに戻ろうとする力が働いた」 

その結果、望みは夢に留まらず、現実にまで影響を及ぼそうとするに至った。 
だがそんなことは本来不可能である。 

「そこで、独立したもののうち、夢の方の翠星石の意識は一つの手段を思いついた」 
「それが……あの手紙?」 

現実世界において、翠星石とジュンは既に契約を交わしている。 
だが夢の世界の翠星石は、現実から独立してしまった事で『最初から人間として夢の世界に存在する翠星石』になってしまい、 
そこで交わされている契約もまた、夢の中でつくられた『設定』に過ぎないものに成り下がった。 

「だけどこれを逆手に取って、夢の扉を介してスィドリームを現実に送ったんだ。 
 現実に契約してるから夢においても契約していることになっていたけど、現実から独立したせいで未契約扱いになったんだと思う。 
 ……もっともあくまで憶測だから、翠星石が夢の『設定』をいじくって未契約状態にしたというのもあり得るけどね。 
 ともあれ、そうして夢のスィドリームは人工精霊としての能力でジュン君に契約を持ちかけた。 
 夢の中の存在がこんな形で現実世界に干渉する事も本来不可能だけど、僕や翠星石は例外。 
 なにせ僕らの精霊は夢の扉を開けるからね」 

そして、ジュンは『まきますか』にチェックし、手順に従い机の引き出しに入れた。 
これにより『現実世界のジュン』と『夢世界の翠星石』の仮契約は成立。 
契約という吸引力により夢は現実に引っ張られる形となり、さらに先ほど述べた『一つに戻ろうとする力』の働きで 
ようやく二つの翠星石の存在は一つに戻る。 
結果として、翠星石は夢の中での姿を現実として手に入れるに至った。 

「とまあ、以上が僕の推測。推測と言っても状況から見てかなり正解に近いと思うけどね。 
 それでね、真紅。この方法なんだけど……」 

なんとも気まずそうな蒼星石に、なんとなく真紅はその先が予想出来てしまった。頬が引きつるのが分かる。 

「これって前代未聞のイレギュラーな事態で故意に引き起こせるものじゃない上に、 
 あくまで夢の中の自分の姿を現実の自分に投影させるってだけのものみたいなんだよね」 
「……ええと……それはつまり、夢の扉を開けない……私…………だ、と………………」 
「うん、多分無理。それにもう手紙の契約は成立しちゃったからこれ以上何か起こることはないかも」 

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         ミミミ_、-─" ̄.  .  .  .  .  .  .  .  .  .  .  .  .  . 
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「そ、蒼星石ー、真紅どうしたのー!?」 
「雛苺、今はそっとしておいてあげよう……」 

夕暮れはもう違う色だった。 

ジュンは巴が何を言ったのか知らない。 
それでも、巴ははあくまで翠星石のためを思って何かを伝えたということは言われずとも理解していたのだろう、 
巴に別れを告げた後、ジュンは何も聞いてこなかった。それどころか黙ってポンポンと頭を撫でてくれた。 
そんなジュンの良さを誇らしく思う反面、その信頼関係に嫉妬ではなく憧れの意味での悔しさを覚える。 
二人が帰路につく頃にはもう陽もほとんど沈み、冷たい風が吹いていた。 

―――『あなたの愛情は桜田君だけに向けられているわけじゃない』 

当たり前だ。 
生まれた時から一緒の蒼星石や、姉妹である真紅たちのことは大好きだ。 
いくらジュンに好意を抱こうと、だからと言って今まで彼女たちに抱いてきた好意が失われたわけじゃない。 

―――『あなたが愛する桜田君以外のすべて存在すら幸せにしないと』 

わかっている。 
この問題に妥協など許されない。 
いくらジュンに好意を抱き、人間になって彼に近づけたからと言って、姉妹を蔑ろになど出来はしない。 
何かを手に入れるために何かしらの代償が必要だとしても、幸せを失う事で別の幸せを手に入れるなど詭弁だ。 
そんなものが幸せであるはずがない。 

―――『あなた自身の幸せは永遠に偽りのものになってしまう』 

それは巴とて同じことだ。……だと、その時は思っていた。 
だが彼女がジュンに抱く好意は独占欲ではなかった。 
彼女の望みはあくまでジュンを見守ることであり、翠星石が抱いている望みが彼女に叶えられたとしても、 
柏葉巴にとって、それは手段の一つに過ぎない。 
その姿を理解したと同時に、自分が今までジュンのことをまるで物のように扱っていたと気付き、 
そして巴はジュンを欲しがるのではなくその在り方を認めていたのだと判り、完全な敗北を感じた。 

だが。 

(だから何だって言うですか) 

その程度のことでへこたれるほど自分はヤワじゃない。 
口にするつもりは毛頭なかったが、翠星石は巴に感謝すらしていた。 
そもそも巴は別に自分を責めたわけでも嫌味を言ったわけでもない。 
敗北を感じたのはこちらの勝手であり、彼女の言ったことは至極その通りなのだ。 
確かにあのまま浮かれていれば取り返しの付かない未来を招いたかも知れない。 
ひとつの夢が現実に叶ったのだから、ここから先は現実として前を向かなければならない。 
彼女のおかげで自分の目を惑わしていた夢という幻は砕かれ、その先にある現実が見えたのである。 
だからこそ翠星石は考えていた。 
どうすれば皆が幸せになれるのだろうか、と。 
自分だって蒼星石だって真紅だって雛苺だってジュンだってのりだってオマケの金糸雀だって……そして巴すらも幸せな世界。 
せっかく夢が一つ叶ったのだ。ここまで来た以上、最高の結末を迎えてやる―――そう決心した。 

「……ぁ」 

が。 
『幸せな世界』とは具体的にどういうものなのかまで考えて歩が止まる。 
いろんなことが一気に起きたため自覚していなかったが、 
『夢』として望んでいたものが何だったのかとか『幸せな世界』がどんな世界なのかとか……それはつまり。 

「? おい、どうし……」 
「キエエエエエエエエエエエエーーーーーーーーーーーーッッッ!!!!」 

めごしっ! 

「、・。! !? ヅッ……づあぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっ!!?」 
「ぜぇっぜぇっぜぇっ……」 

歩を止めた事をいぶかしんで振り返ってきた悩みの種に、スライディングするように跳び蹴りをぶちかました。 
しかも弁慶の泣き所に。乗せられた体重も人間化に伴い増量しているため、威力はこれまでの比ではない。 
完全な不意打ちであるのに加え、鋭さも半端ないその一撃にたまらずジュンは転げまわる。 

「な゙、な゙に゙ずん゙だごの゙じょ゙ゔわ゙る゙に゙ん゙ぎ゙ょ゙ゔ…………!!!」 
「知るかです知るかです黙れですこのバカチビッ!!」 

途方もない理不尽に抗議と怨嗟の声を上げるジュンに対し、真っ赤になって怒鳴り散らす。 
考えている間普通に前提としてきたことなのだが、故にこそ、一度自覚してしまうと顔から火が出るほど恥ずかしい。 
いつもの調子が戻ってきたというある意味良い兆候ではあるのだが、だからと言ってジュンが納得するはずもない。 

「お前なあっ! 人がせっかく心配してやってんのにいきなりなんてことするんだ!!」 
「知るかですぅっ! 別に誰も心配してくれなんて言ってないです!!」 
「なんだとこの……うゎ!?」 

立ち上がったジュンの腕を強引に引っ張ってズカズカ歩き出す。 

「ほらもうさっさと帰るですよ! すっかり陽が沈んじゃってるです!」 
「ちょ、待……ってぇ! 痛い痛い痛い痛い! マジ痛いってちょっとオイ!?」 

蹴られた方の足を庇ってぴょんぴょん跳ねながら必死でついてくるジュンに、 
しかし翠星石は歩を止めず強くその手を握っていた。 

「絶対になんとかしてやるですからね……」 

ちなみにジュンの方もそんな手をしっかり握り返して 

「いっつー……まったく、あんまり一人で抱え込むなっての……」 

と呟いていたのだが、それらの声は風にかき消され、互いに届く事はなかった。 

to be continued... 

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あとがき。 
こんにちは。設定厨な上に単なるバカAA載っけました双剣です。 
話作る都合上、ちと気になることが出来たんでアニメ最終話見るまで書くのやめることにした。 
場合によっては話作り直すためにもっと時間かかるかも知れん。 
で、その間にちと意見を聞きたいのだが…… 
>>93で言われたことなんだが、こないだ書いたジュン×水銀燈での流れも組み込んだ方がいいのかね? 
一応そうした場合のおおまかな流れ考えてみたからそれでも書けると思う。……多分エロも。いや多分よ? 
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今回単なる場繋ぎ(いつものことか)。 
どーにもこいつを使って重要そうなフラグを立てる方法が思いつかん。 
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「ったく……ホントに手加減しろっての。 
 お前デカくなったせいで重くなってアダッ!?」 
「レディに重いとか言うなです」 

流石に女の子に重いと言うのが失礼だというのは理解している。なので足の甲を踏まれた事については文句は言えなかった。 
しかし重くなったと言った途端に体重をかけた攻撃をしてくるのはどうかと思う。 
まるで重さをアピールしているようにしか見えない……が、言うと今度はドロップキックでもされそうなのでやはり黙ることにする。 
完全に陽が沈んでしまってからようやく家に帰り着き、二人は共に住むドールたちに出迎えられた。 

「ただいま」 
「ただいまですぅ」 
「おかえりなのぉ〜!」 
「おかえりなさい」 
「おかえりなさいかしらー」 

……、出迎えの声……3つ? 
1・雛苺 
2・蒼星石 
3・真紅……じゃない。のり……でもない。 

「なんでお前こんな時間にいるんだ?」 

別に呼んだ覚えもないのに金糸雀がいた。 
和解して以来頻繁に遊びに来るので桜田家にいること自体はもはや気にしないのだが、今は夕食時である。 
普段は彼女のマスターと一緒に食べていると聞いていたのだが、どうしたことだろう。 

「ふっふっふー。よくぞ訊いてくれたかしら!」 
「あー、いややっぱいい。ヤな予感してきた」 

しかし金糸雀はそれを無視。ずびしっ!とジュンと翠星石を指差し自信満々に言い放った。 

「久々にミッション遂行に来たのかしら!」 

話は数分前に遡り、場所も金糸雀の住むみっちゃん宅に移る。 

「ふーん、翠星石ちゃんが人間にねえ……ほんとローゼンメイデンって奥が深いわね。あ、カナもうちょっと右向いて〜♪」 

言って、シャッター音。 

「そうなのよみっちゃん。こんなの前代未聞の大珍事なのかしら」 

シャッター音の合間合間に桜田家で起きた怪現象を説明するのは第2ドール金糸雀である。 

「でもローゼンメイデンが本当に存在してるだけでも世間からすれば十分に前代未聞扱いだと思うわよ……はいポーズ〜♪」 

パシャ。 
とは言え、ローゼンメイデンの存在をあっさり受け入れ、その状況を楽しんですらいるこのミーディアムが動じるわけもない。 
ある意味作品中で最も無敵なキャラと言えよう。―――『敵』なんて概念すらなさそうだし。 

「でもそうなるとカナもそのうち人間サイズになるのかな〜?」 

投げかけられる何気ない疑問の言葉。 
しかしそれこそが金糸雀の心配事であった。 
そもそもこのマスターはローゼンメイデンシリーズを病的なまでに愛してやまない。てかマニアである。 
アリスゲームにまったく興味はない彼女と契約した金糸雀が真紅たちを倒す事に執着していたのは、 
ひとえにこの大好きなマスターのために他のローゼンメイデンを手に入れようとしたためだ。 
今ではその姉妹たちとは和解したわけだが、人間化してしまうことで問題が生じる。 

「みっちゃん、カナがローゼンメイデンじゃなくなっちゃったら嫌なのかしら……?」 

そう。 
この契約者はあくまでローゼンメイデンシリーズに心酔しているわけである。 
なのに、その人形が人間になってしまっては彼女は落胆してしまうのではないだろうか。 
だとすれば何としても原因を突き止め翠星石を元に戻さねばなるまい。 
何より、もし自分が人間化して愛想を尽かされてしまったら……ということが、考えるだけで恐かった。 

「え? それってつまりカナが人間の女の子に……?」 

シャッター音が途切れる。その沈黙が金糸雀の不安を膨らませ…… 

「…………それ、イイ」 
「……かしら?」 

それを上回る勢いで相手の妄想が膨らんだ。 

「翠星石ちゃんはサイズが変わっただけで別に外見は変わってないんでしょ!? 
 なら人間になったからってその可愛らしさが失われるわけないじゃないの! 
 カナが人間!? そりゃカナは今でも可愛いわ! でも人間サイズになれば……あぁんっ、そりゃもうすごいじゃないの! 
 カナの話じゃ今ごろジュン君と翠星石ちゃん一緒にお買い物に行ってるんでしょ!? 
 ということは私だって人目をはばかる必要なくカナとお買い物に行けるわ! 
 ううん、買い物だけじゃない、ピクニックだって行けるしお祭りだって問題なく楽しめる! 
 ああ、そう言えばもうすぐ春じゃない! カナ、お花見よ、お花見行きましょう! 
 それに一緒にお風呂にだって入れるわ! あぁんもう萌え萌えじゃないのよお〜〜〜〜!!」 

人間、ポジティブが一番である。 
まだそうなると決まったわけでもないのに既に彼女の中では『人間になったカナとのめくるめく幸せな日々』が展開されていた。 

「ああそれだけじゃないわ。 
 真紅ちゃんたちも誘ってみんなでお出かけすればウッハウハじゃないの! 
 写真だって今までとは趣向の違うものが撮れるわよね! なんてったって外の景色をバックに撮ったっていいんだもの! 
 ああそうだわ、私だってカナたちと肩を並べて同じ写真に…………はっ!? 
 そうよ、そうだわ! 
 ということは、みんなと一緒にお風呂だって……〜〜〜〜〜〜〜〜♪♪♪ ハァハァハァハァハァ・・・」 

……人間、何事もほどほどが一番である。 
ともあれ、どうやら仮に自分が人間になったとしても問題はないようで安心した。 
否。 
むしろこの様子なら自分は人間になるべきではないのだろうか? 
そう考えた金糸雀は、早速行動に…… 

「あ、カナ笑って〜♪」 

パシャ。 
……出る前に、この撮影を片付けなければならないようだ。というかあっちの世界から戻ってくるのが早すぎである。 

「それにしても、そういうことならちょうどいい機会だし、私もその……ジュン君だっけ? 
 真紅ちゃんたちのマスターくんにそろそろ会ってみようかな? 
 確か……あ、あった。この子よね、カナ?」 

机に置いてあったパソコンに画像を映し出す。金糸雀が盗撮してきた桜田家の日常風景画像である。 

「そうなのかしらー。そのチビでメガネの男の子かしら」 
「ふーん……ジュン君かぁ……」 

しばし考え込むように唇に指をあて……ポッと顔が赤らんだ。 

「ドールの子たちばっかり見てたから気付かなかったけど、この子も結構可愛いなぁ。女装が似合うわよ絶対!!」 

カナミッションに『ジュンの女装癖開花』が追加された。 
色々とモテモテなジュンである。本人は絶対嬉しかないだろうが。 

「というわけでやり方を聞きに来たかしらー!」 
「と・り・あ・え・ず……女装はしないからな」 
「かしらっ!?」 

早くもミッションコンプリートは阻止された。 

「それにやり方なんて知らないぞ。 
 今朝起きたら勝手にこうなってただけだ」 
「かしらーっ!?」 

続いてミッションクリアすら不可能となった。 
いくらなんでもこんないきなり瓦解することは想定の範囲外だったのだろう、 
シェーのポーズで固まるという今時どうかと思うような硬直ぶりを見せていた。 
しかしいつものことなので放置。 
お帰りのジュン登りで頭に登った雛苺を乗っけたまま、ジュンはさっさとリビングに入っていった。 

「ところで、庭の木に変なミノ虫がぶらさがってたですけど追っ払っとくですか?」 
「ああいや……あれミノ虫じゃなくてさ……」 
「そりゃミノ虫にしてはおっきかったですけど……だったら何なんですか? あんな変なかっこ……」 
「すとっぷ」 

何ということのない言葉に対し随分と暗い影を落としてふいっと目を逸らす妹に、 
翠星石はきょとんと首を傾げてもう一度庭に目を凝らす。 
そして見えてしまった。そして聞こえてしまった。 
二つの意味での暗さと静寂により先ほどは気付かなかった真実が。 

「♪そ〜ん〜な格好悪〜さが〜生き〜ると言うこ〜となら〜……」 

「……………………」 

「えーとまぁ……そういうこと」 

何故ああなっているか聞いたわけではないが、それでも自分だけはあの状態の真紅に声をかけてはいけないと本能的に理解出来た。 
かけたが最後、沈み込んだ重力が過重してブラックホールが発生しかねない。 
どうやら皆を幸せにするということは思った以上に一筋縄ではいかないようである。 

「♪……寒空〜の下 目を閉じてい〜よぉ〜……」 

せめてこの月明かりの下で静かな眠りを。アーメン。 

同時刻。とある病院の一室でもまた、静かに歌が紡がれていた。 
彼女はそんな歌声を背に夜を飛び、しかしその歌声故に黒翼に舞う。 
目指した先は廃れた教会。銀糸の天使は翼をたたみ、急ぐでもなくのんびりともせずただ歩を踏みしめる。 
やがて開けた場所に出る。なおも彼女は前へと進み、ようやく目的の物を前にする。 
そこにあるのは波紋広がる水鏡。鏡はなにを映すでもなく、ただ夜闇の漆黒に溶けていた。 
だが漆黒は黒白の力に摘み採られ、水鏡は輝きと共に新たなものを映し出す。 
映し出されたオッドアイの少女を見て、彼女は何を思ったか。 
彼女自身複雑故に判別はつかない。強いて言うなら多く落胆と微かな期待、多くの期待と微かな落胆の入り混じり。 
己が精霊を疑っていたわけでもないが、やはりそう安易に信じられる情報でもなかった。 
しかしこの目で見た以上、それは現実。現実である以上、喪失は獲得。 
失ったものはいずれまた手に入れるだけのこと。ならば、今すべきは今得るべきものを得るだけのこと。 
波紋が揺らぐ。水鏡の少女は消え、天使の見知った少年に入れ替わる。 
信者は堕ち子を忌み嫌う。 
ならば、安らかなぬくもりに抱かれ壊れたがる彼女は罪の子か? 
どうすれば醜い真実が蔓延ったこの世界に汚れずに羽博いて行けるのか。 
堕天使は彼に導かれた。ならば今度は、彼に導かれた自分が彼女を導くまでのこと。 

あの時もらった小さな容器は手の中に。 

役者が、揃いつつあった。 

to be continued... 

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あとがき。 
こんばんは。生きることって何だろねと投槍に考えたり考えなかったりな双剣です。 
あんまり重苦しい展開続けるのもどうかと思ってさっさと飛ばしてきたけど多少はじっくりやった方がいいのかね。 
とりあえずアニメシャワー組にネタバレにならんようにしばらくはそういう話やバカ話で繋いでいくかも知れない。 
まあ書き手さん増えてきてるから当分休筆すんのも手だけどね。 
さて……エロ展開についてなんだが、(上手い下手は別として)描けないこともないんだが 
翠星石だとないままの方が萌えるって人もいるんじゃないかなーとか悩んだり。 
けどそうするとヒロインが水銀燈になってしまう罠。はてさてどーしたもんだか。 
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「……理不尽だ」 

深夜。桜田家のリビングにて。 
家の住人誰もが寝静まるその時間に、桜田ジュンだけが起きていた。 
彼は今とても寒かった。 
暖かい毛布にくるまっていたので肉体的には問題ないのだが、精神的に寒かった。 

「なんで自分の部屋を追い出されないといけないんだ……」 

ちなみにこれはやや語弊がある。一応は、ジュンが自分から部屋を出たのである。 
もっとも、そうすることになったきっかけに関しては自分の意志ではないので『追い出された』と言えなくもない。 
というのも…… 

「ん〜ふっふ〜♪ ん〜ふっふ〜♪」 
「ジュン大丈夫なのー?」 
「気にすることねーですぅ。あのくらいでどうかなるほどデリケートなヤツじゃないですぅー」 

ジュンの部屋にて。 
心配そうに部屋の主を気遣う雛苺とは対称的に、ジュンのベッドを手に入れた翠星石は上機嫌だった。 
人間化騒動の一日目の終わり、すなわち就寝。 
身体の巨大化に伴い寝床である鞄に入りきらなくなった以上、そのサイズに合う寝床に移らねばならない。 
―――と、いうわけで。 
敷布団を敷いてジュンの部屋で翠星石に寝てもらうことにしよう、とのりが提案したわけである。 
しかしジュンも思春期の男の子。 
鞄の中で眠られる分には寝姿とか寝息とかは見えず聞こえずなので気にならなかったが、隣で敷布団となると話は別だ。 
別の部屋で寝ればいいという最後の反論も、 

―――『えー、でもまた何か起こるかも知れないんでしょう? 私じゃどうしようもないし、ジュンくんお願い〜』 

により呆気なく倒壊。 
その言葉に従うなら出ていくわけにもいかないのだが、先述の通りそこはやはり男の子。 
『何か起きても自分で何とかしろ』と言い捨てて出て行ってしまった。 

「ったく……」 

事の成り行きを思い出して溜息一つ。 
まあなんだかんだで心配して、徹夜で用心する気だったりするのだが。つんでれつんでれ。 
とは言えゆうべの手紙事件と違ってここは自分の部屋ではなくリビングルームである。 
ゆうべは勉強をするという時間つぶしが出来たのだが、今夜は勢いで出てきてしまったので勉強道具がない。 
取りに戻るのも何か屈辱的だったので行く気になれず、何をして暇を潰そうかと言えば――― 

「……こんな時間に面白い番組なんてやってんのかな」 

当然というか、テレビくらいしかない。 
適当に点けてみると若い声優の女の子に振り回されるサラリーマンが映っていた。 

(……流石深夜だな。援助交際モノか?) 

欠伸を噛み殺しながらぼーっとその様子を見ていると、突然画面が暗転した。 

「……?」 

部屋の電気は点いている。となれば停電ではない。故障かそれともブレーカーでも落ちたか? 

(……確認しに行くのめんどくさい) 

なにもかも放り出してこのまま眠ってしまいたい誘惑に駆られた。 
しかしふと……ふと、既視感。 
そう頻繁にテレビを見るわけでもないのに、なんだろうかこの既視感は。 
真っ黒になった画面を見ていると何かを思い出してくるような気が…… 

「って」 

ようやっと、それが何かがわかった。 
見ればテレビの画面がこちら側に膨らんでいたのである。そして中から伸びてくる白い手首。 
間違いない。以前自室のパソコンでも同じことがあった。そしてこんなことをするであろうはただ一人…… 

ピッ。 

と、そこまで考えてなんとなくリモコンで真っ黒画面のテレビを切ってみた。 

じたばたじたばたじたばたじたばたじたばたじたばたじたばたじたばたじたばた!!! 

「……ぷっ」 

どうやら電源を切るとゲートが閉じるらしい。 
優雅に出てきた手首ががむしゃらに暴れる様を見て思わず吹き出し、再び電源を点けてやる。 

「もぉっ、何するのよ!」 
「やっぱりお前か」 

出てきたのは黒翼の天使、水銀燈。"一応は" 敵対関係に "あった" ローゼンメイデン第一ドール。 
立場としては今も敵対関係という位置付けではあるのだが、それはジュンが真紅のミーディアムであるという前提あればこそ。 
ジュン個人としてならば、ある一件以来彼女とは敵対とも言いにくい間柄になっている。 

「『やっぱりお前か』じゃないでしょ……せっかく会いに来たのにもう台無し」 
「悪い。なんか、その……真面目に向き合うのって……ほら…………」 

頬を掻いて目を逸らす。 
ある意味では、彼女は今、最もジュンと近しい位置にいる。きっかけは成り行きだったが、かと言って過ちだとは思っていない。 
しかしだからこそ気恥ずかしいのである。 
そんなジュンの様子に表情を和らげ、テーブルに降り立った水銀燈は頬を淡く染め気を取り直した。 

「久しぶりね。元気にしてた?」 

以前の彼女なら、こういうセリフには嫌味が込められていただろう。 
しかし今発せられた声にはそんなものは微塵もなく、穏やかな親しみすら込められていた。 

「あんな連中が住みついてるんだから嫌でもな」 

そうとわかれば無理に身構える必要もない。自然と微苦笑を浮かべて返す。 
彼女との仲が和らいだきっかけを思い出すとやはり死ぬほど恥ずかしくなるが、同時にひどく落ち着くという不思議な感覚にも襲われる。 

「それで、こんな夜中に何しに来たんだ? 戦いに来たわけじゃないんだろ?」 

問いには答えず水銀燈は穏やかに微笑む。 
その微笑に僅かに頬が熱くなるのを感じている間に天使は黒翼をはためかせ、ジュンの腕の中に身を収めた。 
先ほどの落ち着きが揺るぐ中、上目遣いに一言。 

「言ったでしょ? 会いに来たって。嬉しくない?」 
「………………………………」 
「ねぇ〜?」 
「な、ちょ、おま、何、えと、あの」 

落ち着きが完全に崩れ去り顔を真っ赤に口をパクパクさせるジュンに水銀燈はクスクスと楽しそうに笑い、 
少し申し訳ないように苦笑を浮かべた。ただし口調はいつもの様に高飛車で挑発的だ。 

「なぁ〜んてね。聞きたいことがあって来たのよ」 
「……………………あ、そ」 

露骨にがっかりするのも癪なので憮然とした顔で先を促す。 
しかしその顰め面も、水銀燈が真面目な表情を浮かべたのですぐに霧散した。 

「こんなこと、真紅たちに訊けるわけもないし、力ずくで奪うことも多分出来ない。 
 打算的かも知れないけど、あなたと、その、か、関係を……持ったおかげでこうして話に来れたわ」 

真面目な表情が若干の朱に歪むもののそれも微か。再び真剣味を持った瞳がジュンを見る。 

「翠星石のことよ」 
「…………」 

なんと返せばいいのかしばし悩む。 
『どうしてだ』? 『やっぱりか』? ――どうにも適当なものが浮かばない。 

「知ってたのか」 

なので、浮かべたどれとも違うものを口にする。 
要は話が進めばいいのだ。そう思うと浮かべたどれかでも良かったのだが、どれでもいいなら何でもいい。 

「ええ。メイメイが教えてくれたわ。 
 ……どうも本人はどうしてああなったのかわかってないみたいだし、それじゃ叩きのめして強引に聞き出しても意味ないでしょう?」 
「頼むからそういう物騒な性格は直してくれ……」 

ともあれ、話はわかった。要は翠星石が人間になった理由や方法がお目当てらしい。 
確かに水銀燈の言う通り、本人が知らないのだから叩きのめしたところで意味はない。 
かと言って素直に相談に来るなどプライドが許さないだろう。 
いや、それを捻じ曲げて相談に来たとしても受け入れてもらえるかどうか。 

「なによぉ。あの時私のこと受け入れてくれるって言ったじゃない」 
「っ……こんな時にだけあの時の話を持ってくるな! 
 僕はそんな不純な気持ちで……!!」 
「……じゃあ純粋に私のこと?」 
「――――――――」 

ん?と小首を傾げる水銀燈。 
顔から火が出るとはこのことか。 
真紅や翠星石に力を使われる時に感じるような熱量が顔面で発生し、相当真っ赤になっているんだろうと自分でも判る。 

「ふぅ〜ん? ふふ、それじゃジュンにいいこと教えてあげる」 
「な、なんだよいいことって……」 

初めて見る満面の笑みで――邪気も何もない正に天使の笑みで――水銀燈が顔をこちらに近づけてくる。 
否が応にも視線がその唇に行ってしまいそうになるも、その笑みがあまりにも魅力的でそれこそ目のやり場に困って硬直していると…… 

「―――あなたに会いに来たの、嘘じゃないわよ」 

ぼふっ。 
今度こそ顔から火が出た。 
耳元でそんなことを囁かれた上に、それと同時に甘い吐息が耳にかかるという反則コンボだ。 
身体を重ねた相手にそんなことをされて落ち着いていられるほど経験豊かなジュンではない。というかだからこそ純粋なのだが。 

「ちょうどね……きっかけが欲しいところだったの。 
 本当は翠星石のことを話してから切り出そうかとも思ったけど……こうした方が後々話もしやすそうだし、それに……」 

またまた打算的な物言いをする。 
だがこちらにもたれかかって頬も紅くかつ声音も嬉しそう……と来ればそんな打算も本気ではないのだろうが、まったくの冗談というわけでもないだろう。 
しかしおかげで僅かながらどんよりと落ち着けてきた。よし、ここらで我が純情を弄ぶ黒天使に何か報復を…… 

「私ももう、我慢できそうにないし……」 

………――――――――。とぅびぃこんてぃにぅど? 

そんな一方で。 
翠星石はジュンのベッドの感触を楽しんでいた。雛苺はとっくに眠ってしまっている。 

「〜〜♪ 〜〜♪ 〜〜〜〜♪」 

掛け布団を枕ごとぎゅ〜っと抱きしめて身体を丸めるその様はまるで猫。 
ごろごろと転がりはせず、ひたすら『ぎゅ〜っ』に専念している。 
無論のことその顔に浮かぶのは至福の表情である。 
微かに鼻を突付く香りはジュンの残り香なのだろうが、その温かくも涼しげな匂いがまた翠星石の頬を緩ませていた。 
そうなのだ。その匂いは正にジュンを表していた。 
温かくも涼しげな、言わば風吹く広い草原。風は必ずしも歓迎のものとは限らないが、それでもなんだかんだで受け入れてくれる場所。 

「〜〜〜〜〜〜♪♪♪」 

そう思うとなおさらにベッドにジュンを感じて『ぎゅ〜っ』が強くなる。今度は『ごろごろ』も追加された。 
人前では決してこんな真似は出来ないが、しかしだからこそ、それが許される空間では思う存分甘えている。 
真紅が思っていたように、否、それ以上に翠星石の『デレ』度は上がっていた。まあ一人の時限定ではあるが。 

(……と、とまあ充分幸せに浸ったところで…………しあわせ……。〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!) 

気持ちを切り替えようとしたところ、脳内とは言え具体的に言葉で表現した途端嬉し恥ずかしに悶え狂う。 
このままでは同じ事を延々と繰り返しそうなので――それもいいかもとか思ったが――今度は言葉にはせず気を取り直す。 
まず、自分の幸せとは何なのか。……これだけ悶えといて今さら言うまでもない。 
もっとも、今のようなことが出来る『環境』全体あってこそ、この至福に浸れるのである。 
それ即ち、姉妹たちと笑いあう事。 
となれば当然、その姉妹たちも幸せになってもらいたい。これは正に巴に言われたことである。 
しかし具体的にはどうなのだろうか? 
そもそも、普段から特に問題がないからこそこの平穏がいつまでも続くようにと願っていたわけである。 
……そりゃまぁもうちょっと贅沢したいという欲求はあったが、願いはすれど叶うとは思っていなかったし自分の意志で達成されたものではない。 
とは言え叶ってしまってはしょうがない。どうせ叶ったのは夢なわけだから問題はないのだし。 

「……あ」 

単純なことに気付く。 
考えてみれば当然だ。『この平穏な日々の維持』を願うことと『ちょっと贅沢な変化』を望むことは矛盾している。 
それまでの日常を維持するのに変化を望んでどうするというのだ。 

「問題大ありだったですぅ……」 

至福→真面目→鬱。 
見事なまでにわかりやすい順番である。しかし。 

ごろごろごろごろごろごろごろごろごろごろごろごろごろごろごろごろごろごろごろごろごろごろごろごろ 

「〜〜〜〜〜〜〜〜♪♪♪っっ……っしゃぁ! 補給完了ですぅ!」 

立ち直りの早さも天才的だった。 
先ほども思ったように、叶ってしまったものはしょうがない。 
だがそれとは別に、もしかするとまだ自分で気付いていない矛盾点があるかも知れないと思った。 

「うっし、どーせヒマを持て余してるに決まってるですし、チビ人間の相手でもしてやるです」 

なので、それとなく他者の意見を聞き出すべく、いつもの調子に切り替えた翠星石は部屋を出た。 

「あ……ぅ」 

なんでこう。 
なんでこう、いきなり切なげに哀願するような声を出せるのか。 
もたれかかっていた身体を埋めるように沈め互いに密着。 
反撃に出ようとしたところ、予備動作に入ったところで先手を打たれたわけである。 
なんて見事なカウンター。『惚れ惚れする』という言葉はこういう意味も含んでいたのか? 

―――しかし。 
    ちょっとやそっとで冷めることなどないであろうその熱は、この後お馴染みの如雨露使いにより完膚なきまでに略奪されることになる。 

to be continued... 

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あとがき。 
こんばんは。ドゥエルヴァルツァは通常版と初回版のどっちにしようか迷っている双剣です。皆様どちらを買う予定ですか。 
いくらローゼンものとは言えあの懐中時計に2100円の価値はあるのだろうか。ミニドラマCDとかなら絶対買うんだが……。 
それにしても……前にも言われたがホント別人だな水銀燈。どう調整すりゃいいのやら……指摘プリーズ。 
さて、やるなら早けりゃ次あたりだし、マジでエロどうするか決めないとなぁ……ヨシ、ニゲルカ 
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一週間も空けちまった……オレのスキルでは二股は辛かったのだろうか 
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―――初めに、神は天地を創造された。 
                    旧約聖書 創世記1章1節より 

地は混沌であって、 

「…………………!!!」(がたがたがたがたがた) 

闇が深淵の面にあり、 

「〜〜〜〜〜〜〜!!!」(ずごごごごごごごご) 

神の霊が水の面を動いていた。 

「スィドリーム…………」(たぷたぷたぷたぷたぷ) 
「いやちょ、ちょっと待……!!」 

神は言われた。『光あれ。』 

「なにやってるですかああああああああ――――――――ッッッ!!!!!!!!!!」 

ビカーーーーーーーーーーーーーッッッッ!!!!!! 

「くぁすぇdfrtgyhじゅきおl;p@―――――――ッッッ!!!!!!!」 

神は光を見て、よしとされた。ハレルヤ。 

「ほ〜んと、おばぁかさぁん♪」 

ちゃっかり光から逃れた天使はやはり神の使いだからか、それを良しとして……つーか楽しんで笑っていた。ケラケラと。 

「お前こうなるのわかってて思わせぶりな素振り見せてたな!?」 
「それにホイホイ乗りかけてたケダモノはどこの誰ですかねー」 

翠星石の声は冷たい。 
ティーカップを掴む手はまったく震えていないが、カップの方からはしっかりと『ピシリ』とか言う悲鳴があがっていた。 
むしろ小刻みに震え出したのはジュンの方である。 
深夜に桜田家に訪れた銀天使こと水銀燈。 
仇敵という間柄であるはずの彼女とふとしたことで関係を結んでいたジュンは、久々に会う天使とそれとなくいい雰囲気になり――― 
どこか機嫌よさげにリビングルームに入ってきた翠星石に目撃され(瞬間、機嫌は一気に反転した)、天地開闢の再現をその身を以って体験するに至った。 

「で、戦いじゃないならなにしに来たですか水銀燈」 

二重の意味で敵意が発散されている。ティーカップが可哀想だ。 
そんな翠の羅刹の憤怒を前に、しかし銀の長姉は波紋なき水面の如く冷静に。 
ばさりと軽やかに舞い上がり―――ジュンの後ろに降り立った。 

「なっ!?」 

極上の敵意を向けているにも拘らず、あまりに自然な動作だったため用心を忘れていた。 
歯噛みする翠星石にしかし、ニヤリと余裕の笑みを浮かべた水銀燈は…… 

「ん〜〜〜〜〜〜♪」 
「ぅわっ!?」 

スリスリと。 
ぎゅ〜っとジュンの首に手を回してスリスリと頬擦りした。 
なんとなくだが色々と何か大事なものを奪われたような気分になる翠星石。 

「なっ、なっ、なあぁぁあぁぁぁっっ!?」 
「私はジュンに会いに来ただけよぉ〜」 

先ほどとは別の意味合いで「なっ」を繰り返す翠星石に、やはり構わず水銀燈は頬擦りを続ける。 
ジュンに至っては、突然であるのと抗い難い感触であるという理由でされるがままになっていた。 

そのせいかやがて羅刹の声帯が発する音は「な」から「ち」に変わっていた。となれば矛先は自分しかいないわけで……。 

「……チぃ〜ビぃ〜にぃ〜ん〜げぇ〜ん〜〜〜〜…………!!」 
「はいぃ……」 
「いつの魔に水銀燈にほだされたですかっ!?」 

字が違う……などと言っている余裕はなかった。というか何も言う余裕がなかった。水銀燈が先に口を出したのである。 

「ほだすほだされるとかそんなレベルじゃないわよぉ?」 

それも、破滅的な言霊を。 

「あなたは知らないだろうけどぉ、私とジュンはもう結ばれてるんだものぉ♪」 

…………………………………………………………………………。 

―――第三の天使が、その鉢の中身を川と水の源に注ぐと、水は血になった。  
                                           新約聖書 ヨハネの黙示録16章4節より 

「その、なんだ。とりあえず落ち着け。死ぬから」 

頭からだくだくと血を流しているジュンからは流石に切羽詰った迫力があった。 
反省したのか翠星石も少々大人しくなっている。ティーカップの魂は器を失い迷子になられた。カップで器というのもおかしな話だが。 

「むぅぅぅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」 

とは言え、むくれてジュンを放すまいとしがみつく様はまるで拗ねた雛苺である。 

「ヤキモチ焼くのもいいけれど、あんまり縛り付けてると逃げられちゃうわよぉ?」 
「違うですっ!! チビ人間が何しようと勝手ですしどうでもいいですけど翠星石は納得いかねーです!!」 
「いいから僕を挟んで怒鳴るな。傷に響くし耳も痛い」 

水銀燈は水銀燈でジュンの首に抱きついたままである。 
両手に花。しかし薔薇。綺麗な薔薇には棘があると来たもんだ。 
それが片腕と首に巻きついているのだからそりゃ血も出る。……直接出させているのは腕に絡まっている方だけだが。 

「ふぅん? ……別にいいのよ? 私に遠慮なんかしなくてもぉ」 
「誰が遠慮なんか……っ! ……は?」 

目下、腕の薔薇の棘に栄養毒素を供給していた首の薔薇が突然変異を始めた。 
寄生された方も思わずそちらへ目と耳を傾ける。 

「私はね、ジュンが受け入れてくれれば、愛してくれればそれでいいの。 
 私を見て、受け入れて、愛してくれて……そんな在り方を私も愛してるの」 

謳う様に芝居がかった動作で言葉を紡ぐ黒白天使に二人して唖然。 
寄生される方は赤面し、供給される方もやや異なった意味で赤面。 
が…… 

「ふふ♪ だからぁ〜、浮気は甲斐性ってことで許してあげるから久々にたっぷり愛してね?」 

前者の赤面がさらに深まり、 
後者の赤面がさらに別の意味のものと化す。 

「ぬぁにが『だから』ですかーーーーーーーーーっっっ!! 
 翠星石の目の前でそんな不埒な真似は……」 
「だから、別に遠慮しなくていいって言ったじゃない」 
「はぇ?」 

さっきから何を言いたいのだろうかこの黒天使は。 
ジュンを誘惑しているのかと思えば翠星石をからかっているように見え、 
翠星石をからかっているかと思えばまたジュンを誘惑している。 
矛盾しているのかと言えばそうでもなく、どちらかと言えば翠星石も共犯者に……って待て。 

「……おい、まさか」 

未だ余裕の笑みを浮かべたままどこか優しげに、どこか意地悪に告げる水銀燈に、ようやくジュンは一つの推測に至った。 

「私はね、私を受け入れてくれたジュンの在り方を受け入れるの。 
 だから、ジュンがあなたも受け入れるって言ってもぜぇ〜んぜん咎めたりしないわよ。 
 それともなぁに? あなたのジュンへの愛はその程度ぉ〜?」 

だがここで、さらなる予想外の事態が起こる。 

「侮るなですこのスットコドッコイ! 
 翠星石の方がず〜っとず〜〜っとジュンのこと…………はぅ」 
「え……って、おい!?」 

何か物凄いことを言われそうになった矢先、いきなり翠星石の身体から力が抜けてジュンへと倒れ掛かった。 
急すぎる流れに慌てながらも抱きとめ、大丈夫かと顔を覗き込むと 

「すぅ……」 
「うっ……」 

艶かしい寝息と甘ったるい吐息が顔面に直撃した。ていうか……吸った。 
思わぬ反撃に意識がくらりと揺れ、目は否が応にも半開きになった唇に向いてしまう。 
瞼を閉じたしどけない寝姿……しかも頬にほんのり朱が差している。それを今、ジュンは絡みつかれる形で抱いているのだ。 
そう思ったら、今更ながら吐息以外の甘い匂いが肢体から発せられていることに気付いた。これも人間化の影響だろうか? 
聴覚に嗅覚に味覚に触覚に視覚―――五感全てへの同時攻撃。否、理性も含めればそれ以上だ。これで脳が痺れないわけがない。 

「あらぁ、欲情しちゃった?」 
「―――――――っっっ!!!!」 

だが間一髪。良くも悪くもオセロ天使のおかげで踏み越えかけた一線からこちら側へと引き戻される。危ないところだった。 

「別に私のことは気にしなくていいわよぉ? 
 ちゃんと私のこと愛してくれるなら他のコといちゃついてても……」 
「待て。なんかすごく申し訳ない気持ちになるから黙っててくれ」 
「だから気にしなくていいのに」 
「だからやめてくれって言ってるだろ……。 
 ……で。 
 お前……まさかさっきの紅茶に…………」 
「んふふふふ〜♪ クリスマスに大晦日……結構なノロケ上戸なのねぇ翠星石」 
「やっぱり酒入れやがったなお前!!」 

というか、少なくともクリスマスの時から監視されていたのか。 

「今まで直接会えなかったんだから様子くらい見たっていいじゃない」 
「プライバシーの侵害って知ってるか」 
「人権は同じ人権を持つ者に適用されるのよ。そして私達に人権はないわ」 

……法律上はそうでも倫理とか道徳とかの問題があるだろう。 
だがそんなことを言ったところでまたのらりくらりとかわされるのは目に見えている。 
何度ついているのかもはや判らなくなった溜息をまた吐き出し、翠星石の頭を膝に置きなおしてやろうと手を伸ばし、 
しかし先ほどの悶着で両膝とも汚れてしまっていることに気付き、汚れていないクッションの方に置いてやる。 

「あら、どこ行くの?」 
「風呂。お前らのおかげですっかり汚れちゃったし。お前の話ってのは後で聞くよ」 

きらり、と水銀燈の目が光った。それこそ翠星石のように。 
されどその程度安易に予測出来ること。 

「話聞いて欲しいならそこで大人しくしてろ」 

あらかじめ釘を刺しておく。流石に目的達成を阻まれると痛いらしく、拗ねた表情でむぅ〜っと頬を膨らましていた。 
……なんだかちょっと可愛かった。 

リビングに残された水銀燈は拗ねていた。 
眠りこけた翠星石の頬をつんつん突付いてぐちぐち愚痴る。 

「もぉ……めぐの身体のためとは言え、あんまりじゃないの。 
 からかいすぎたかも知れないけど会いに来たのはホントなのに……」 

普段誰からも心を閉じているせいか、ひとたび心を開いた相手に対しては素直なのである。もっとも、高飛車な態度は相変わらずだが。 
ことジュンに限っては、父親に対して求めていたものを有しているためか、ある意味でミーディアムに対するものよりも素直な態度になっている。 
要するに、甘えているのだ。 
誰かに甘えることなど永い永い時の中まったくなかった彼女にとって、甘えさせてくれる相手の出現というものは小さく大きな変化をもたらすことになっていた。 
即ち。張り詰めていたものからの解放……言い換えるなら、ポジティブ方向でのストレス発散になったのである。 
おかげで姉妹たちに対する敵意も多少は薄れるに至っていた。 

再び翠星石の頬を突付いて愚痴る。 

「というか、こんなことになったんじゃローザミスティカまでなくなってるかも知れないのよね……」 

父に会うために、アリスになるためにアリスゲームを制する。 
翠星石の身体及び自分の心の変化に伴い、この戦いの先が見えなくなってしまった。 
ジュンと関係を持つことで父を求める飢えにも似た渇望は薄まったが、 
だからと言って父に会いたいという願い、父の望みを叶えたいという想いがなくなったわけではない。 
とは言え仮にローザミスティカの問題が解消されても、戦いを続けるとなるとジュンとめぐのことが気がかりになる。 

「……どうしたものかしらね」 

葛藤は無限に。 
何にせよ、今は翠星石の変化の原因を掴むしかない。 
あわよくばその力を手に入れ、契約者の身体の患いを消し去るか、身体ごと作り直す。それが今の彼女の目的だった。 

「それにしても、『みんなで幸せになる』ねぇ」 

今度はむに〜っと引っ張ってみる。……意外とよく伸びた。 
この能天気な妹に対し、かつての自分ならば嘲笑と侮蔑をぶつけていただろう。 
だが今となってはそんなことは出来ない。 
自分もまた、相反する願いを抱いてしまっているのである。 
だから、何かが叶えば何かが叶わなくなるという局面に立ってなおすべてを叶えようと目指すこの妹を羨ましく思うようになっていた。 

「ま、がんばりなさいな」 

そして、自分やめぐもその『みんな』の中に入れてくれれば嬉しい。 
たとえ自分が無理だったとしても、翠星石がせめてめぐだけでも『みんな』の中に入れてくれるなら、あるいは。 
あるいはめぐが救われるかも知れない。 

「まったく、らしくないわ……っ!?」 

硬直は一瞬。 
その一瞬のうちに膨れ上がった突然の光になす術もなく飲み込まれ、水銀燈は意識を失い床に伏した。 

to be continued... 

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あとがき。 
こんばんは。踊る大捜査線見てたら『踊る大ローゼンメイデン』とかバカな言葉が脳裏をよぎった双剣です。大ローゼンはきっと真紅でしょう。 
なんかテンションが上がらねぇ……スランプだろうか? 早急に萌え衝動が必要だな…… 
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「はあ……安らぐなぁ……」 

カッポーン 
……なんて音はしなかったが、ジュンの心は確かに安らいでいた。 

「……でもこの歳で風呂に癒しを感じるなんて老けてるよな」 

そう思って少しだけ鬱になる。 
元から風呂好きな性質というならそうでもないのだろうが、ジュンは別に以前からこういう性格だったわけではない。 
真紅と契約して以来、日々慌ただしさを増してゆく日常の中、のんびりゆったり出来る場所がここだけになってしまったのである。 
ドタバタのせいで疲れもしているため、体感癒し効果は倍増だ。 

「あ゙ー……でも気持ちいいよなぁ」 

ごきごきと首を鳴らす。 
その後にくる脱力感がまたジュンの頬を緩ませた。 

「まあ無理して数少ない癒しの場を否定しても損なだけだよな、うん」 

風呂場から出ればまた面倒な話になりそうだが、今だけは思い切り満喫しよう。一日二度の入浴というのも滅多にない機会なのだし。 
どうせ二度目だし面倒なので身体は洗わず湯船に浸かるだけでいい。 
……が、ここまで癒されると自発的に身体を洗ってさっぱりしたい衝動に駆られるというもの。 
湯船からあがって椅子に腰掛け、さあ疲れを吹っ飛ばそ―――がちゃ。 

「ジュ〜ン、背中流してやるですぅ」 

…………間。 

「(おーぷんざ)どああああああああああああああああああああああああっ!!?」 

背後の音になにごとかと思い振り向けば、頬を染めてにっこり笑う翠星石が入ってきた。全裸で。そら疲れも吹っ飛ぶわ。 

「な・な・な・な…………」 

所々が湯気や長い茶髪に覆われて隠れていたが、それでも見えるところは見えたしそれが逆に情欲をそそる。 
ぶっちゃけエロい。そしてぶっちゃけありえない。 
振り向くのに動かしたのが首だけでよかった。 
タオルは今まさに身体を洗うため手に持っていたし、腰に巻いていたところでこんな事態でもしっかり反応している股間の前では無意味だ。 

「ほら、タオル貸すですぅ。せっけんは……これですねー」 

ごく自然な動作でジュンの手からタオル奪い取りを嬉しそうに楽しそうに笑う翠星石の頬は朱。純粋な微笑なのにそれがまたエロい……というか魅了された。 
そう、純粋な微笑。そこに羞恥による朱は見られなかった。お互い一糸纏わぬ姿なのに。その朱は風呂の温度によるものか、あるいは 

(ま、ま、まさか……いや間違いない。こいつ絶対酔っ払って…………ひゃっ!?) 

思考はそこで強制終了。 
ぬるぬるしたやや冷たい感触にびくんと身体が跳ねる。 

「〜♪」 
「ひあああああっ!?」 

次いで背後からの鼻歌と背中を撫で回される感触。 
その感触はぬるぬるしていてやはりちょっと冷たくて、ぞくぞくと。何と表現すればいいかわからない感覚に見舞われる。 

「ち、ひゃ、ひ、ちょ、すひ、すひせ――」 
「ああもう大人しくしてるです。くすぐったいのはがまんしろです」 

ぬりぬりぬり。 
本人は「せっけん」と言っていたが、この感触は液体状のボディソープに違いない。 
知らなかった。ボディソープってこんなにエロい液体だったんですね神様。あ、なんか金髪の青年が爽やかに笑いながら手を振ってる。 

「んー、もうちょっと力抜いたらどうです? せっかくのお風呂なのにガチガチですよ?」 
(そりゃお前のせいだってにゅにゃーーーーーーーーっっ!!?) 

もみもみもみ。にゅるにゅるにゅる。 
一瞬と言わず二瞬三瞬何をされたのかわからなかったが、どうやら肩を揉まれているらしい。 
塗りたくられたボディソープがなんとも言えない。 
しかもそれが潤滑油になっているのかそれとも翠星石本人の握力が足りないのか、指はジュンの肩の表面を滑るばかりである。 
だがそれが悦い。 
やっぱり女の子というべきか細い10本の指先に撫で回され、その感覚は先ほどの掌のさらに上をいく。あ、金髪青年がまた笑ってる。 

「でも、ジュンの背中はおっきいですねー」 
「……え? ぅゎひゃ!?」 

ごしごしごし。 
ぽつりと零れた一言に一瞬正気に戻りかけるも、背中の感触に意識はまたも青年が手を振る世界へ。ところであんたそんなところで何やってんですか? 

「かっゆいとっころはど〜こで〜すか〜♪」 

ごしごしごし。 
背中に動く感触がタオルのものだけになったため、未だ心臓の激脈は鎮まらないが、それでもピーク時に比べるて落ち着いてきた。 

「ん、んん、ああ、わ、悪くない、かな」 
「そ〜ぉでぇ〜すか〜♪ ごっしごっしきっれいにみ〜がく〜ですぅ♪」 

恥ずかしくてたまらないのだが、なんとなくこういうのもいいかなと思えてきた。 
いや、エロいのがというわけじゃないが――……それもあるかも――、酔っているとは言え楽しそうに歌う翠星石の声を聞いていると、 
なんだかこちらまで楽しい気持ちになってくる。 

(それに、酔ってでもいないとこいつこんな素直じゃないしな〜……あれ? でも……) 

翠星石が飲酒した事例を思い起こしてみる。 
はて? 確かに酔った彼女は割と素直になっていたが、ここまで大胆なことをするほど理性が飛んでいただろうか? 

むしろこれは……そうだ、今朝……確か正午前あ 

「たりやーーーーーーーーーっっっ!!?」 
「もー、いちいち騒ぐなですぅ」 

(ままま前前前々前テてててテテ手ぇ手ぇまわっまわてまわって回って周って廻って落ちる堕ちる堕散るぅーーーーーーーーっっ!!?) 

あ、青年が近づいてきた。え? こっちが近づいただけ? これは失敬。どうも、桜田ジュンです。 
――とかなんとかあっちの世界で青年に歓迎されている間、こっちの世界では翠星石に前を洗われていた。 
前と言ってもアレではない。腕や胸といった部位を、後ろから手を伸ばしてきた翠星石が手探りにタオルで擦っているわけだ。 
で、背中越しに手を伸ばしてきているということは当然互いの身体が近づいているわけで……あれ? 

「けぉ、か、かひぁ……ぴ、きゃぷ…、〜――、」 
「みっがくっですぅ〜♪ みっがくっですぅ〜〜♪ か〜らだ〜のすっみずっみあ〜らう〜ですぅ〜〜〜♪」 

ふにふにふに。 
あの、お腹と背中がくっつく前に、お腹より前に出っ張ってるものが背中に当たってますですよ? 
―――ああこれはこれは。はい、握手。 

「にゃ、なゃ、な、なにやってんだおま……」 

ふにふにごしごし。 
びゃあああああああ!! なんか前も後ろも動かされてるうううううううううっっ!! 
―――へえ、人形師なんですか。僕はただの中学生で……。 

「なにって、背中が終わったからそっち側拭いてるだけですよー?」 

ふにふにごしごしにゅるにゅるごしごし。 
ちょ、滑ってる滑ってるソープソープボディソープ滑ってる後ろーーーーーーーーっっ!! 
―――ああ、僕は裁縫を少々……いえいえ、昔ちょっとかじった程度ですから。 

「ちょ、そこ!? そこちょっと待ったストップストップストップお願い後生だあああああああっっ!!」 

にゅるにゅるごしごしこしこしごしごし。 
ちょちょちょさささささ先! 先っぽ! 今更だけどアタテル当たってるせなかセナカやめて已めて切れる伐れるキレるリセイイイイイッッ!!! 
―――え? 娘の服を繕ってくれ? 娘って……ああ人形ですか。そんな僕なんかが……ていうかどんな人形なんですか? 

「あ。ここが気持ちいいんですね〜?」 

こしこしごしごしこしょこしょごしごし。 
いえ違いますいやキモチイイのは気持ち悦いけどそれはあくまで背中であって前じゃなああでも前もなんか気持ちよくなってききゃーーーー!! 
―――ほうほう。内蔵された七つの石が集まった時願いが叶うんですか。もしかしてドラ○ンボールですかね? 

「〜♪ いっちょ気合入れてたっぷりやってやるですよ〜♪」 

こしょこしょごしごししゃこしゃこごしごし。 
アワダってル阿波伊っ達る泡立ってる後ろウシロバックバックていうかマえモ前も乳首血苦尾コスら擦ら摩擦魔殺まさちゅーせっちゃ〜〜〜!!! 
―――でもせっかく造ったのに一体しか残さないなんて勿体無いというか可哀想……え? あ、方法は一つじゃないんですか。そりゃよかった。 

「うりうりうり〜〜♪ ジュ〜ン〜〜♪」 

しゃこしゃこごしごしくちゅくちゅごしごし。 
マジ待って真面舞って真剣魔ってやばいってヤバイって夜這いって襲うって圧沿うって汚粗有って感弁カンベン勘弁―――――ッッ!!! 
―――娘たちに会ったら協力してやってくれ? あっはっは、そうですねー。どうせならみんなで幸せになる方がいいですもんねー。 

「えへへ〜♪ 翠星石はジュンのことだ〜い好きですよ〜♪」 

くちゅくちゅごしごしちゅっごしごし。 
Ahhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhh――――――――――――――――――――――――――――!!!!!!!!!!! 
―――あ、もう時間なんですか。え? そりゃやっぱみんな平等に幸せになる権利はあるでしょう。ええ、では縁があればまた。 

かくて戦いは終わった。しかしそれにより残された傷跡はあまりにも太くそして大きい。 

―――『まあ無理して数少ない癒しの場を否定しても損なだけだよな、うん』 

しかしそれでも英雄は己が半身にして最大の敵に耐え抜き、穢れなき少女を守ったのである。 
もし彼の勇姿を称える人がいるのなら、どうか勇者に惜しみない拍手と、そして同情を送っていただきたい。 

end of the Legend and to be continued... 

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あとがき。 
こんばんは。翠のエロっつったらどうしてもこんなノリと形にするしか思いつかなかった双剣です。 
ああそうだよ! どうせオレはチキンさ!! 翠みたいなタイプは一線越えたらやたらツン分なくなりそうだし 
かと言って正気じゃない状態で本番やらせるなんてなんか悲惨なんだよ!!! 

て い う か 着 か ず 離 れ ず だ か ら こ そ 萌 え る ん だ ろ う が ! 

……ゴメンナサイ、タンニオレノシュミトブンサイノナサノセイデス orz 
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