深夜―― 
暗く静まり返った部屋に並ぶ三つの鞄。 
その内の一つが音も無く開き、一体の人形が姿を現した。 
 翠星石。 
それがこの人形の名。 
意思在りき人形、誇り高きローゼンメイデンの第三ドール。薔薇乙女。 
だが今の彼女は薔薇乙女である前に恋する一人の乙女であったりする。 

 真紅と雛苺の鞄が閉まっているのを確認し、 
足音を立てないよう忍び足でベッドの方へ歩いていく翠星石。 
 ゆっくり、静かに。 
翠星石の耳に聞こえてくるのは 
時計の秒針が時を刻む音と緑のドレスが床を撫でる摩擦音、 
遠くから聞こえてくる救急車のサイレンに――トクントクンと不自然なほど大きく聞こえる自分の胸の音。 

 ドールに心臓があるのかなんて知らない。 
ただこれが歯車やネジの音では決してない事は解る(実際、そんな音は聞いたことがないが) 
機械仕掛けの音よりも、もっと暖かくて、もっと切ない音。 
だからきっと、これは心の音だ。 
何時からかずっと鳴りっ放しの心の音。 
止める方法を知らない心の声。 
愛しさと苦しさとがごちゃ混ぜになった、終わりの見えない心の歌。 

 いつになったらこの音は止まるのだろうか。 
いつになったらこの胸に詰まる変な気持ちが収まるのだろうか。 
こんな状態がいつまでも続いたら、いつかきっと自分はおかしくなってしまう。 
まったく、これもそれもどれも―― 

「ぜーんぶ、チビ人間のせいですよ」 

翠星石が背伸びをして覗き込む先ではこの部屋の主である桜田ジュンが静かな寝息を立てている。 
まだあどけなさが残る顔立ちを眺め、翠星石は小さく溜息を吐いた。 

 こうして彼の寝顔を眺めるのも今日で何回目だろう。 
夜中に目が覚めてしまった時についでで覗く程度だったのが、 
今となってはほぼ毎晩という頻度でこうしている。最早日課といってもいいだろう。 
まるでストーカーだ。自然と自嘲が零れる。 

 「……翠星石の気持ちも知らないで……アホ面晒して眠ってるじゃないです」 

煩わしさを誤魔化すようにそう呟き、寝ているジュンの頬をつんつんと突付く。 
ジュンは軽く呻いただけで起きる気配は無い。彼の毎日の勉強量を考えれば眠りが深くなるのも当然といえる。 
何だか面白くなり、笑いを噛み殺しながら何度も突付いてみる。 

  「……んん……」 
ジュンが寝返りをうった。 
目覚めはしなかったが、翠星石と向き合う形となる。 
「……あ……」 
また、心が大きく波打つ。 
もうここまできたら認めざるを得ない。これ以上、自分の気持ちに嘘は吐けない。 
自分はジュンの事が―― 

 「……ちーびにんげーんは、翠星石の事が好きですか? それとも、嫌いでーすか?」 

ベッドにのせた腕の上で頭を揺らしながら歌うように言ってみた。 
普段ならこんな事は絶対に言えない。だけど今なら言える。 
だって彼は今眠っているから、彼が自分を見てない今なら素直になれる。 

 ――素直? 
違う、自分はただ臆病なだけだ。 
自分の気持ちに対する彼の答を聞くのが怖いだけだ。 
自分の気持ちを拒絶されるのが恐ろしいだけだ。 
今の居心地のいい皆との関係が崩壊してしまうのではないかという不安に勝てないだけだ。 
だから返事のこない今なら、拒絶される事の無い今なら、何も壊れない今なら、何だって言えるだけの話。 
こんなのを素直と呼べるはずが無い。 
ただ臆病で卑怯なだけだ。 

 「翠星石はチビ人間のことがだーい好きですよー」 

彼が真紅の事を想っている事は知っている。真紅の気持ちだって。二人がどんな関係かも。 
だから――という言い訳は少しずるいだろうか? 
だから自分の想いを伝えない、なんてやっぱり卑怯だろうか? 
せめて、彼の気持ちがしりたいというのは傲慢だろうか? 
彼が自分の事をどう思っているのか知りたいなんて、我侭だろうか? 

 「……もし、翠星石の事が好きなら――いっぱい、いーっぱい好きって言うです」 

返事が無くとも、答なんてとっくの昔に解っている。 
こんな臆病な自分を誰も好きと言ってくれない事くらい、 
こんな卑怯な自分を誰も愛してくれない事くらい、 
こんな傲慢な自分を誰も抱きしめてくれない事くらい、解っている。 

 「……もし、もし翠星石の事が嫌いなら―― 

解っている。痛いほどに。 
解っている。理解している。……それでも、それでも自分は―― 

 「――翠星石があとどの位ジュンの事を好きになったら……ジュンは翠星石の事を好きになってくれますか?」 

ああ、やっぱり自分はずるい奴だ。 

 翠星石の言葉が止まる。 
返事は無い。誰も応えてはくれない。あるのは沈黙だけ。 
当然だ。彼は眠っているのだから。自分の言葉など誰も聞いてはいないのだから。 
だから言えるのだ。だから言えたのだ。全て最初から解っていた事。だが―― 

これでは、悲しすぎるではないか。 

 翠星石は自分が涙を流している事に気が付いた。 
溢れてくる。拭っても拭っても溢れてくる涙。止まらない嗚咽。 
胸が苦しい。痛い。内側から壊れていく音が聞こえる。 
何でこんなに苦しい思いをしないといけないのだろう? 
まったく、これも、どれも―― 

「……っジュンの、せい……っ……です」 

 次の瞬間、翠星石の滲む視界が一転した。 
乱暴ともいえる衝撃の後に翠星石の身体を暖かさが包む。 

「泣くな」 

ジュンが翠星石を真っ直ぐに見据えてそう言った。 
翠星石は今、ジュンの腕の中に居た。 

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とりあえずここまで。 

指摘、感想、あれば宜しくおねがーしますでげす。 
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