薔薇水晶との戦いが終わり早一週間が過ぎ、桜田家には平穏な日々が戻っていた。
ジュンは勉学に精を出し、翠星石は家事を手伝い、真紅は優雅に紅茶を楽しむ。
のりはそんな彼等を優しく見守りながら、ささやかな幸福があることを改めて知る。
けれど、どこか哀しい――。
それは、あるべきものが欠けているから。
蒼星石……勇敢にして健気な庭師の妹。臆せず敵に立ち向かう強さと、かつて心を痛めた老人を思いやる優しさを持ち合わせた第四ドール。
その真っ直ぐな精神、揺ぎ無い瞳も、今は見る影も無い。
雛苺……嬰児の如き無垢、神の如き無知を持った穢れ無き第六ドール。
一点の曇りさえ見出せなかったあの笑みは失われ、冷たい人形の貌だけが残っている。
この欠損は、余りに大きく、取り返しの付かないものだった。
繕うことなど、出来る筈が無い……。
そう、半身を失った翠星石は深い傷を負い、翳を纏いながら過ごしている。
真紅もジュンものりも、あの元気に人形達が戯れた日々をふと思い出し、ひどく寂しい気分になってしまうのだ。
そして、心から想う。
あの時に戻りたい。
もう一度、あんな一時を過ごしたい。
それが叶わなくとも、一目……せめて、声だけでも、と。
だが、決して叶う事は無い。
『うゆ〜キツいの〜』
叶った?
……か、どうかは別として、確かに今、雛苺の声が聞こえた。
「な、雛苺!?」
「雛苺ちゃん!? 雛苺ちゃんなの!?」
「何処なの雛苺? 姿を見せなさい」
「チビチビ! いるんならさっさと姿を見せろです!」
みな一様に辺りを見回し、雛苺の姿を求める。
すぐさま、雛苺の捜索大作戦が始まった。
ソファーの後ろから机の下、果てはエアコンの上から台所の棚まで調べてみたが、雛苺は見つからない。
「雛苺! 隠れてないで出ていらっしゃい!」
『う〜。さっきからすぐそばにいるのに〜』
「ふざけないで頂戴。あんまり悪戯が過ぎると後が酷いわよ?」
『も――ッ! ここにいるのよ――ッッ!!!』
遂に真紅が怒り出し、雛苺は反論する。
相変わらず姿は見えない……が、声は近い。小さいが、確かにこの辺りにいる感じだ。
「ち、ちょっと待つですよ……」
翠星石がしゃがみ込み、真紅の足元に耳を近づける。
「チビチビ……まさか“そこ”にいると言うのですか……」
『そーなのー。ヒナはここにいるのよー』
返って来た雛苺の言葉に、翠星石が思い切り渋い表情になって立ち上がる。
「よく聴くです……」
一字一句聞かせるように、言う。
何事かと神妙な面持ちになり、皆は耳を澄ませた。
「チビは……真紅の×××にいるですぅ」
一同、騒然。
「「「な、なんだって〜」」」
AAが用意できなくて残念……もとい面倒臭(ry)が、三人はMMRばりに驚いた。
「いえ、正確に言えばいると言うより、真紅が雛苺のローザミスティカを得た事で、意識の一部が真紅の○○○に移ったと考えるべきですね」
「そんな……何かの間違いなのだわ」
興奮気味に怪現象を語る翠星石と、ガクリと膝を突く真紅。
ジュンとのりは椿事に頭がパニックになっている。
『とにかく、ヒナは戻って来たの〜』
意外なところで、願いは叶った。