「あなたみたいなドール、アリスになれるわけがない! 
 アリスになるのは……私。誰よりもお父様を愛しているこの私……。 
 アリスになってお父様に抱きしめてもらうの……。私を見つめてもらうの……」 
「――――!」 

謳うように宣言した水銀燈がやにわに真紅を突き飛ばし、彼女のブローチを奪い取る。 
それまで真紅は呆然としたまま水銀燈を見つめ返すだけだった。 
突然に水銀燈から拒絶され、憎悪された衝撃が、彼女から正常な思考を喪失させていた。 
しかし彼女のその言葉を聞いたとき、真紅の中で押さえつけてきた衝動が膨れ上がっていった。 

「お父様が愛してるのは……本当に愛してるのは……私よ!!」 

叫び、水銀燈の手の中でブローチが握り砕かれる。 
しかし真紅は俯いたまま何事かをつぶやき、反応しない。 
勝ち誇ったような水銀燈の高笑いがnのフィールドを響き渡らせる中、 
ようやくそのつぶやきが空気を震わせた。 

「…………さない。……許さない」 
「……なんですって?」 

訝しげに聞き返す水銀燈に、真紅はとうとうぶっちゃけた。 

「そんなの許さない!!貴女は私のモノよ、水銀燈。お父様なんかに渡さない!!」 
「――――――――――――――――は?」 

空間が凍結する。 
想定外の展開に今度は水銀燈の思考が完全にオーバーフローした。 
そんな意識が9秒前の白にぶっ飛んだ水銀燈に、同じくらいテンパった真紅が迫る。 

「好きなの、愛してるの!!」 
「え――えぇ!?いやあのちょっと待って真紅落ち着いて、ね? 
 落ち着いて話し合いま……ちょ待っすみませごめんなさ私が悪かったからぁぁぁ!! 
 ねぇちょっと聞いてる真紅ぅ!?ねぇ!ねぇ!!ねぇぇぇぇぇ!!!???」 

気迫で負けて為す術もなく押し倒される水銀燈。 
衣装をはだけさせられた水銀燈に近付く、呼吸を荒げ上気した真紅の顔。 
すわもう終わりか、と水銀燈が観念しかけたその時、 
突如nのフィールドに鐘の音が響き渡り、 
切り裂かれた虚空から兎の頭を持ったタキシード姿のヒトが現れる。 

「何事にも潮時はあるというもの……」 

どことなく嘲りを含んだようなその声は普段ならば不快に感じたことだろう。 
しかし相手が何であれ、この場においては水銀燈にとって救世主そのものであった。が。 

「兎はすっこんでいるのだわ!!」 
「トゥリヴィアァァァァァル!?」 

振り返りもしない真紅の黄金に光る裏拳の一撃で、兎は錐揉み回転しながら 
ドップラー効果を上げて出てきた穴へと吹っ飛んでいき、水銀燈の希望は2秒で潰えた。 
裏拳を放ったときの真紅の、水銀燈の豹変などとは比べ物にならない、 
まるでシンクロ率400%を超えた初号機のような表情が、 
恐怖と共に水銀燈の深層意識に永久に焼き付けられた。 
……しかし。 

「――貴女がいけないのよ、水銀燈……」 
「え……」 

ぽたりと水銀燈の頬に落ちる滴。瞬く間にその数は増えていく。 
「想いを告げるつもりなんてなかったのに……。 
 ずっと心の中に閉じ込めておいて、貴女の前から消えるつもりだったのに……」 
「真……紅…………」 

とうに互いの顔に凶相は無く。 
水銀燈の胸元には顔を埋め泣きじゃくる妹の姿。 
ふと水銀燈が気付く。 
何時の間にか、あれほど彼女を呪縛していた「お父様」の姿が脳裏から消えていた事に。 

「――ああ」 

理解する。 
要するに、奪われた。否、既に奪われていたのだと。 
核たるローザミスティカよりもなお大切なモノ。 
造りかけのこの身をして突き動かした行動原理。 
ふと見遣れば真紅が涙でくしゃくしゃになった顔で自分をじっと見下ろしている。 
何かを言わなくては。 
まともに働かない頭を働かせて捻り出した言葉は、やはりパッとしないモノだった。 

「……責任、取ってね」 

――そしてnのフィールドの片隅で、二つの小さな影は重なった。 

「586920時間37分ぶりね、真紅」 
「ええ、会いたかったわ水銀燈」 

鏡の中から突如出現した黒衣の人形は、そのままジュン曰く、 
呪い人形たる真紅と、熱い抱擁と口付けを交わした。 
どこからどう見ても姉妹の親交の情で済まされる雰囲気じゃあない。 

「お、お前ら……そういう関係、なのですか……?」 

美しく精巧なドール二体が造り出す妖し過ぎる光景に、つい敬語になってしまうジュン。 

「あら、乙女の逢い引きを覗き見るなんて、はしたなくてよ。ジュン」 
「あの子が貴女のミーディアム?何かパッとしない感じねぇ。 
 悪戯とかされたりしてないでしょうね、真紅?」 
「いや、頼まれてもしないから……」 

弱気な突っ込みは二人の世界に通じる筈も無く。 
更にヒートアップがエスカレートする二人の世界。 

「…………あー、それじゃあ、ごゆっくり」 

そのディープな世界に取り込まれる前に、自分のノーマルな性癖に感謝しつつ、 
ジュンは物置部屋を後にした。 

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