「また来てくれたのね、天使様。」 
そう言って出迎えてくれる少女。いつも通りの言葉、いつも通りの殺風景な病室。 
もう何度目になるのだろうか、この光景は…そんな事を考えながら 
水銀燈は降り立った窓際から室内を見渡した。 
そこでベッドの脇に見慣れない物が置いてあるのに気付く。 
「めぐ、それはなぁに?」 
「ああ、今日は雛祭りだったから雛あられよ。」 
珍しく自ら会話を振ってきた水銀燈に気分を良くしたのか 
嬉々としてめぐは返事をする。 
「雛祭りの雛あられ…?」 
一瞬やたら騒がしいお祭りを想像したが、おそらく姉妹とは関係無いと 
内心で否定した。そんな様子を知ってか知らずかめぐは説明を続ける。 
「雛祭りは女の子の健やかな成長を祈る行事。廊下にも折り紙の 
雛人形が貼ってあったわ。治らない私には関係無い催しだからよっぽど投げ捨てて 
やろうかとも思ったけど、病院食よりはまともそうだったからとっておいたの。」 
そう言ってその小さな菓子袋を手に取って見せた。 
なる程、いつもの見るからに味気無い食事と違い、色とりどりの粒は 
見るだけでも可愛らしい。それぞれの色がどんな味がするのだろう、 
そう思い眺めているとめぐがニコニコとした笑顔を向けてくる。 
明らかに「食べたい?」と表情で語るそのあからさまな様子に少々呆れながらも 
少女の誘いに乗ってやる事にした。 
「私にもよこしなさぁい。」 
その言葉を聞いて待ってましたとばかりに袋を開け、一粒を摘むと 
「はい、天使様、口を開けて。」と当然のように言い放つ。 
…これもなんとなく予想していた。この少女が素直に袋ごと渡す筈が無い。 
ふぅ、とため息をつくとベッドの空いたスペースに腰を降ろす。 
そこまで来てめぐは摘みあげたあられを袋に戻してしまった。 
何のつもりか問いただそうとするより先に、 
「目を瞑って色を当ててみて。」と言いだした。 
立て続けの要求にさすがに苛立ちながらも、お菓子の誘惑には勝てず 
むすくれながらも言う通りに目を閉じる。再び袋を探る音、 
そしてどんな味がするか内心期待しながら待つ。 

ちゅっ 

予想外の感覚に目を開くと、めぐの整った顔が至近距離にあった。 
状況がわからないまま唖然としていると口の中に小さな粒が転がりこむ。 
めぐの顔が離れた後、何も考えずに噛み砕くとサクリとした軽い触感と 
甘辛い味、芳ばしい風味が口に広がった。美味しい、そう思っている所で 
「天使様とキスしちゃったw」 
その一言でようやく唇を奪われた事実に気付き猛然と怒りだした。 
「ちょ、ちょっとぉ!どういうつもりよ!」 
「ふふっ、天使様ばっかり美味しい思いをするなんてずるいと思わない?」 
そんな事を言われてもお菓子と乙女の唇では到底割に合わない。 
だが文句を言った所でこの少女には軽く流されてしまうだろうと思い直し、 
怒りと恥ずかしさで赤く染めた顔を少女から背ける。 
「それなら自分も食べればいいじゃないのぉ…」 
「そうね、そうさせてもらうわ。」 
そう言ってめぐもあられを食べ始めた。その音を仏頂面のまま 
背後に聞いていたが、あまりにそのまま食べ続けているので振り返ってみると、 
もともと少なかったあられはかなり減ってしまっていた。 
「待ちなさぁい、私はまだ一つしか食べてないわよぉ。」 
その少し慌てた声を聞くと、口に放り込もうとしていたあられを 
唇で挟み顔を突き出してくる。つまり『あられ一粒=キス一回』という 
高利得の要求である。この少女の強欲さに、本日何度目になるかわからない 
ため息をつきながらも、その期待に目を閉じた顔にそっと唇を合わせる。 
また一粒口の中に押し込む舌が、戻り際に上唇を舐め上げていった。 
今度はさっき食べたより塩味が薄く、甘味が舌の上に広がる。 
「なんだか親鳥が雛に餌付けしてるみたいね。」 
「!…おばかさぁん…早く次をよこしなさいよぉ…」 
真っ赤になりつつもお菓子をせがむ姿に満面の笑みを向けながら、 
片手を水銀燈の頬に添えて食べさせた。 
今度は舌が歯列を撫でてから唇が離れる。 
先程と違う色のあられだったはずだが味は同じようにしか感じなかった。 
その後も行為はエスカレートしていき、舌で口の中を舐め回したり 
水銀燈があられを食べている間に唇を吸い上げたりとやりたい放題になっていく。 
水銀燈はというと、既に味はたまにさっきと違うと感じるだけで、 
むしろめぐとのキスの方に夢中になっていった。 

チュッ…チュパ… 
「ん…!んむっ、はあぁ…!」 
「…はぁ、ようやく可愛い声を聞かせてくれたw 
天使様より先に声を出さないようにするのに苦労したんだから。」 
言われてみて自分が甘い声を出している事に驚く。それどころか 
顔が離れないように両手でめぐの頬を抱き寄せていた。 
めぐを求めている、その考えに行き着くともう自分を抑える事ができなくなる。 
「あぁ…めぐ、めぐぅ…!んんぅ!」 
「んん…はぁ…!うふふ、まだちゃんと残ってるわよ?」 

ペチャ、クチュ、チュルル… 
一方的だった口付けが相互に求め合う事で、 
静かな病室に響く水音が一層多く、大きくなっていく。 
お互いもう嬌声を我慢する事もせずに貪るようにキスを繰り返した。 
自分より大きな舌が口の奥深く侵入してくるのを吸い付いて受け入れ、 
自らも舌を絡ませる。咀嚼して唾液を絡ませたあられを少女の口内に返して 
替わりに少女の唾液を口の中に招き入れる。その行為はあられの数が減る毎に 
長く激しくなり、最後の一粒は噛まずに互いの口を往復させ、 
溶けて無くなるまで口内を味わいあった。 

チュルッ… 
名残惜しそうに舌を水銀燈の口から離すと、二人とも息を荒げながらベッドに倒れこむ。 
「…あははっ、ご馳走様でしたw」 
呼吸が整っためぐが先に口を開く。本来ご馳走した側だろうと思いながらも、 
「ふぅ、お陰でどれがどの味かわからなかったじゃないのぉ…」 
と文句を言う。それを聞くと少女は思い出したようにくすくすと笑い出した。 
「やっぱり勘違いしてた。色は多くても味はサラダ味と砂糖蜜味の二種類しか 
ないんだから大半は味の違いなんて無かったのよ?」 
…騙された。確かに勘違いしたのは水銀燈の方だが、それを見越して 
お菓子を餌に巧みにキスを要求し、その後は自らの技巧で虜にする。 
おそらくベッド脇に菓子袋を置いていた時点から策略だったのだろう。 
どこかの自称策士と違い、本物の策士と呼べる程の知略に 
もう関心さえ感じつつあった。そんな中でふと疑問に思った事を遠回しに言ってみる。 
「…まあ、途中で体にベタベタ触れなかった事だけは誉めてあげるわぁ。」 
「?だって天使様は捕まえようとしたら逃げちゃうつもりでしょう? 
だから今日はキスだけで我慢しておく事にしたの。」 
その言葉にドキリとする。確かに、自分の欠陥を抱えたこの体を知られたくはない。 
触れようとされていたら突き飛ばしてでも逃げ出していただろう。 
だが今の今まで本人さえ忘れかけていた事を理由も知らないのに察している 
この少女が、どれだけ自分の事を想い、見てくれているか考えると 
胸の奥が熱くなるような感覚が広がっていくのを感じた。 
しかしその胸の内に新たな疑問が湧く。 
「?…今『今日はキスだけで我慢』って言ったわねぇ?」 
ピクッと今日一日余裕の笑みを絶やさなかった少女が一瞬動揺するのを見逃さない。 
逆ににっこりとした、だが 笑っているとは到底言えない表情を向けて話し続ける。 
「つまり『次』は『逃げ出さない』ようにして『我慢しない』そういう事かしらぁ?」 
立場が逆転し困ったようにあはは、と笑う少女の姿を見て 
「こんなおばかさんには付き合ってられなぁい。」そう言って窓際に飛び移る。 
「また来てね、天使様。」 
のうのうといつも通りの言葉で見送る少女をちらりと見返すと 
「ふんっ」と鼻を鳴らして夜空へ飛び立った。 
暫らく飛んでいる内に先程の一部始終を思い起こす。 
『次』…今日ずっと自分の頬に触れていたあの細い指が全身を撫でる所を 
想像するだけで体が火照ってくる。その身を冷やす夜風を心地よく感じながら 
「『次』は『逃げられない』かもしれないわね…」 
そう呟きながら三日月の空を見上げていた。 

雛祭りの夜に書き上げようと思ってたのに二日遅れスイマセン。 
途中で次のネタが思い浮かんだり文面に修正入れたり親孝行したり 
慣れない長文の創作に手間取りました。(最後のは私用ですが) 
また休みが続いた時に銀→めぐモノを書くつもりです。(完成の予定は未定OTL) 

余談ですが親孝行中に入院経験豊富な父に病院食について聞いた所、 
「小さな病院のは普通だが大学病院とかのは食えたモンじゃない」そうですw 

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