では、投下します 
----
永遠のアリス

水銀燈が空を飛んでいた 

水銀燈の右腕は、翠星石の蔦に引き千切られ、皮一枚で肩からぶら下がっていた 
水銀燈の顔は、蒼星石の庭師の鋏によって無数に刻まれていた 
水銀燈の側頭部は、金糸雀の超高周波音によって、抉られるように崩壊していた 
水銀燈の胸は、深く食い込んだ真紅の花びらによっていくつもの穴が穿たれていた 
水銀燈の黒い羽根は、雛苺の刺蔓によって、根元を僅かに残しむしり取られていた 
水銀燈の命は、ただ見つめつづける薔薇水晶によって最後のひと匙までに奪い取られた 

水銀燈が空を飛んでいた、6つのローザ・ミスティカを抱え、命を垂れ流しながら飛んでいた 

メグは眠っていた 

水銀燈が最後の命をふり絞ってたどり着いた病室、彼女のミーディアム、メグは静かに眠っていた 
つい数時間前、水銀燈がすべてのローザ・ミスティカを奪うため、ここを飛び立つ少し前 
メグは胸の脈打ちを止め、呼吸を止めた 

戦いは地獄だった、そして戦い終わり傷ついた体で、帰るべき所へ帰る道は・・・本当の地獄だった 

メグは静かに、深く、冷たく眠っていた 

「メグ・・・遅くなって・・・ごめんね・・・・ほら・・・全部集めてきたよ・・・キレイでしょ・・・・・ 
あなたに・・・何かあげるなんて・・・これが最初で、最後ね・・・だから全部あげる・・・早く、目を、覚ましてよぉ」 

水銀燈は自分の集めた6つのローザ・ミスティカを、メグの体に押し込もうとするが 
ローザ・ミスティカは冷たくなった体を拒むように、幾度も弾かれる 
幾度も・・・・・幾度も・・・・・・ 

「もう・・・メグったら・・・欲張りさぁん・・・あげるわよぉ・・・最後のひとつも・・・ぜんぶ・・・あげる・・・」 

水銀燈は自分の胸に深く手を刺し入れ、紫のローザ・ミスティカを掴み出すと、メグの体の上に置いた 

「ひとりで壊れて・・・消えるのは・・・イヤだったの・・・メグに会えなくなるのは・・・イヤだったの・・・ 
・・・・・・・・でも・・・わたし・・・メグに・・・なりたいの・・・メグの・・・命に・・・・・なりたい・・・・」 

ローザ・ミスティカはメグの体の上で何度も跳ねる、輝きながら、もう動かないメグの上で何度も跳ねる 
何度も・・・・何度も・・・・・・・ 

水銀燈はもう動かなくなりつつある、冷たくなっていく両手で、7つのローザ・ミスティカをメグに押し付けた、 
紫の、水銀灯の命を・・・メグに、強く強く押し付けた 
強く・・・・・強く・・・・・・・・・・ 

お願い・・・メグ・・・わたしはもう・・・動く事も、感じる事も・・・・・・出来なく・・・・・・なるけど 
そばに・・・置いてね・・・わたしは・・・ずっと・・・メグの・・・・・・そばがいいの・・・・・・お願い・・・」 

冷たくなったメグは、水銀燈が最後の命で押し込もうとするローザ・ミスティカを冷たく拒み続ける 
冷たく・・・・・・・・冷たく・・・・・・・・ 

「お願い・・・・メグ・・・動いて・・・よぉ・・・・・」 

水銀燈は聞いた、それは水銀燈が最期に見た幻覚だったのかも知れない、でも、確かに、水銀燈は感じた 

「水銀燈・・・・わたしの最初のドール・・・わたしのアリスよ・・・さあ・・・・わたしの元へ・・・」 

水銀燈は、空に居るローゼンを、会いたかったお父さまを仰ぎ見た、メグの手をしっかりと握りながら 
「お父さま・・・お父さま・・・・わたしの望みは・・・わたしのミーディアム・・・・いえ・・・ 
わたしのたった一人の・・・・メグ・・・・わたしは・・・永遠に・・・・メグと・・・・共に・・・・」 
水銀燈は6つのローザ・ミスティカを、自分の紫のローザ・ミスティカと共に空へ捧げた 
「ローザ・ミスティカよ・・・その在るべき所へ・・・・還れ」 
6つのローザ・ミスティカは空に浮かび、各々の方角へと飛んで行った 
水銀燈はそれを見届けると、メグの胸に身を委ね、微笑み、静かに目を閉じ、その動きを止めた 

紫色のローザ・ミスティカは天井でぱちんと弾け、水銀燈とメグに、紫の雪となって降りそそいだ 

柿崎メグの葬儀がしめやかにいとなまれた 

家族を苦しめ、病院を困らせ、学校に背を向けたメグの葬式に参列し涙を流した人は意外に多かった 
何も持たず、何も欲しがらなかったメグの棺にはひとつだけ、銀髪の美しいドールが入れられた 
メグと水銀燈は棺の中、まるで二人寄り添って生まれて来たかのように花の中で安らかに眠っていた 
それはまるで、同じ所から来た二人が、同じ所に還るために永遠に寄り添っているかのようだった 

                永遠のアリス(完) 

----
後ほど、第二部を投下します、では 
----
永遠のアリス 第二部

ドールショップ、その奥の工房では、金髪長身の人形師が椅子に深くかけ、壁を眺めていた 
工房と売り場を隔てるカーテンは開けられ、そこには赤い目の男が寄りかかっていた 

「まさか貴方がローゼン・メイデンシリーズを再び作り始めるとは思いませんでしたよ」 
「そんなつもりは無いさ、僕はただ、我が師の創りしドールを修復し続けるだけさ」 
作業場の隅には6つの椅子が並んでいる、それぞれの椅子の上にドールが在る、一度壊れたドール 
「あなたが師を越えるために創った第七は、結局、微塵となってしまいましたね」 
永い眠りについていた薔薇水晶、自らの設計でローゼン・メイデンを創り出せという、師の試練 
彼が課せられた本当の試練は「負けること」自らの生み出したる物が掌の上で滅びる様を知る事だった 

「ローゼン・メイデンは世界にたった八体、それ以上は存在しないし、決して生まれない 
わたしの人形師としての在り方は、創ることじゃなくて蘇らせる事だと知った、だから戻したよ 
師の創りし最初の姿に、見た目は変わらないだろう?でも、中身は古えの、師の生み出したる薔薇水晶」 

槐は机の端、かつて薔薇水晶を構成してた土くれの山を一掴みして、また土の山にさらさらと落した 
「新しい土を・・・拒んだんだ、ローザ・ミスティカが、まだ命を宿すに足る器ではないと・・・ 
最新の精製技術で産出された、全ての数値に置いて旧い土を上回る、新しい人形材料としての土は 
かつて土がまだ職人の産物だった頃、地を這い土を舐め、土を我が子とし寝食を共にした職人の志には 
遠く及ばなかった、修復のために苦労して譲り受けて来たよ、未だに生きる、土を愛する職人から」 

アリス・ゲームで壊滅的な損傷を受けた6体のドール達が、在りし日の外見のままで並んでいる 
「ドール達、元通り直りそうですか?・・・・すべて」 
「たとえ髪の一筋でも、焼かれた灰の一粒からでもローゼンメイデンは蘇る、人工精霊が在る限り 
そこには師の残したローゼン・メイデンの全て、遺伝子ともいえる生命の設計図が宿っているんだ」 
「あなたで何代目、でしたっけ?」 
「ローゼンの徒弟はローゼン、その徒弟も然り、何度繰り返したかは知らないよ、君もそうだろ?」 
白崎と呼ばれる男、ラプラスは何も答えず、ただ謎めいた笑みを浮かべながらドール達に視線を向けた 

「君はラプラスの魔、そして私はローゼン、ローゼン・メイデンを創りしローゼンの徒弟」 

槐は、並んだドールのひとつ、美しい黒髪と紅い瞳を持つ、唯一の着物姿のドールを見つめている 
「最後のドール「メグ」、第一ドールと対で作られたローゼン・メイデン第八のドール 
人間の愚かさゆえに何代目かのミーディアムの手で、脆弱な人間となってしまったメグは 
ローザ・ミスティカを失い、我々から、全てのドール達の記憶から、その姿を消してしまった 
師が生み出したる時の姿、美しいドールの姿を蘇らせたよ、第一が取り戻した、失われた片割れ」 
「彼女は・・・頑張りましたからね」 
水銀燈が傷つき、耐え、成し遂げた独りぼっちの戦いを的確に表す言葉は、白崎の語彙の中には無かった 
「ドール達が人の世の中で時と共に朽ちていく摂理、水銀燈はそれを受け入れた真紅達と独りで戦った 
たとえ世界を壊しても、自らの身を焼かれても、想う人の命の時計を戻す、その気持ちと共に戦った 
記憶が消えても滅びぬ想い、再び愛する者をこの腕に抱きたい想いのために戦う彼女は・・・美しかった」 

「彼女はアリスになったんですね、壊れ、消えたローザミスティカの再生儀式、その祭司たるアリス」 
「儀式という言葉には当たらぬ、再形成の作業、全てを引き換える覚悟を試される、非常に困難な作業 
全てのローザ・ミスティカの力を受け、己のローザ・ミスティカの最大の力と、ドール達の強い意思で 
失われたローザ・ミスティカのほんの極微の残滓から、ローザ・ミスティカは再び生まれ出ずる」 

槐は水銀燈を見つめる、慈しむような瞳、彼は今まで修復対象をそんな目で見る事を己に禁じていた 
「高い山の頂の花、愛する者を救う唯一の薬を生む花、全てのドールが力尽き、山を登るのを諦めた 
しかし、わたしの愛しい水銀燈はすべてを捨てて、命の花を手に、愛する者の元へと生きて帰ってきた」 
「記憶の封印、ローゼン氏も酷な事をいたします、彼女達、せめてあなたか私が何か知っていれば・・・」 
槐は横目で白崎を見つめた、その目は彼では無く、つい先日の凄惨な光景を見ていた、目を閉じ、呟く 
「姉妹が集いローザ・ミスティカを出して『ちょっと貸して』『はいどうぞ』それは果たして試練かね?」 
結局、槐自身もまだ納得はしきれないようだ、彼はただ、自分の役目に没頭する事で、贖罪を望んだ 

ローゼンもラプラスの魔も、そしてドール達も、いずれ最初のローゼンの施した「記憶の封印」が発動し 
アリス・ゲームの事を忘れ去るだろう、そしていつの日か再びその時が訪れた時、封印は解かれる 
「我らに、アリスを」の記憶が解き放たれ、全ての記憶が蘇るのは、全てを終えた後の、ほんの短い刻 

「どんな花よりも気高く美しく、どんな宝石よりも輝くもの、一点の穢れも無い完全なる少女、アリス 
私がこのアリス・ゲームに関して、我が師ローゼンに同意できる数少ない事のひとつは、我が師が 
『無償の愛』をこのような言葉で意した事だ、現実に目の前にあるのは、打算、等価交換、穢れた愛 
しかし、あるかもわからぬ美しき愛を、信じ追い求める気持ちを失った時、愛は暗闇に墜ちてしまう」 

姉妹への見返りを求めぬ愛で成し遂げるアリスへの途を拒むドールを見て、ローゼンは涙を流したという 

「零れ落ちてしまった姉妹は・・・「今」を守るため、時と共に忘れ去られた・・・切り捨てられた者に・・・ 
闇に差し伸べられる手はどこにも無いのか・・・愛はどこにある?・・・誰か・・・愛はあると言ってくれ・・・」 

槐は椅子の上で目を閉じる水銀燈の髪を撫で、ドレスのリボンを結び直した、服の下には、胴体の無い体 

「そして彼女は、自分自身と戦った、父たるローゼンの残した、他のドールとは違う、彼女の体と 
ローゼン氏が全てを徒弟に託し、世界に旅立つ前の最後の作品、胴体の無い体、ボディレス・ボディ」 

槐にとって最も困難だった修復、損傷は軽微だったが、体の各部の精度は他のドールの比ではなかった 

「彼女達を創った初代のローゼンは、いつの日にか姉妹の身に危機が訪れた時のために、第一ドールに 
自らの思想の全てを注ぎ込んだ、天駆ける翼、他の精霊を我が身に宿す力、そしてボディレス・ボディ」 

もう一度彼女の体を、その胴体を掌で撫でた、今度こそ彼女は、この体を愛してくれるだろうか 

「眺めて楽しむドールじゃない、ローゼン・メイデンは生き、戦うドール、そのためにあらゆる部分を 
徹底的に軽量化した、軽い胴体と空間故のほぼ無限に近い可動域、全ては戦い、生き延び、守るため 
世の全てを敵とし、時には姉妹達までもを敵とする宿命の彼女に、ローゼン氏はその全ての想いをこめ 
他の姉妹には扱えぬ高い能力の体を与えた、ボディレス・ボディこそが水銀燈の強さ、そして美しさ」 

「彼女は、指輪の契約に依らず人間の力を奪う事が出来る、それを誇っていましたね」 
「指輪やネジ巻きは『互いの信頼』という最も強力な契約には及ばない、一方的に力を奪う事ではなく 
心通じる者と常に力を分け合う、それがファースト・ドールが幾多の戦いを経て得た、最大の武器」 
「まぁ彼女の場合は、口でそう言ってても、力を奪うよりも奪われる事の方が多かったようですから・・・」 
「こう見えて小賢しい第五辺りと比べても少々抜けた所のある娘だから・・・育てた者に似たのだろう」 
槐は白崎を見つめた、穢れ無き瞳が逆に滑稽に見える、白崎も槐を睨み返す、赤い鋭い目に悪意は無い 
「いえ、作り手に似たに違いありません」 

槐は、心から愛情のこもった仕草で、もう一度水銀燈の髪を撫でた・・・もう一度・・・ 

槐は、並ぶ6体のドールを見つめながら、無口な彼には珍しく、愛娘へ語りかけるように話し続ける 
「全てのドール達は対で作られた、成長と修身を司る翠星石と蒼星石、知恵と勇気を授く金糸雀と雛苺 
そして、他者を想う優しさを宿す真紅と、孤高を貫く強さを持つ薔薇水晶」 
「水銀燈は『過去』ですね、彼女のnのフィールドは怖かったですからね」 
槐は椅子を回し白崎を睨んだ、彼が珍しく人と多くを語る時の癖、白崎はそれが嫌いじゃなかった 
「君は墓場を怖いと思う種類の者か?、彼女の中にあるのは過去の蓄積さ、宝石のような叡智の蓄積」 
「そして『未来』のドール、メグと対を為す・・・」 
「そう、未来への希望が無い限り、過去はただの骸と廃墟、過去を温められぬ未来もまた、空虚さ」 
「彼女達、変わらないんでしょうね」 
槐は自分の頬に手を当てながら微笑んだ、彼は困難な修復作業を終えて以来、少し笑う事が多くなった 
「ふふふ、そうだね、水銀燈は相変わらず憎まれ口を叩き、メグは悲観的な言葉で周囲をやきもきさせる 
彼女達はずっとそうしてきた、変わらないだろうね、真紅や翠星石ともきっと喧嘩が絶えないさ、ふふふ」 
「でも・・・今までとは違う」 
「そうさ、水銀燈もメグも、もう、片割れを無くした孤独なドールじゃない、失われた記憶の中 
互いの呼び合う心を聞き、互いを見つけ、互いを信じる強い心で、自分と繋がる存在を蘇らせたんだ」 

「過去」のドールは、様々な形の現在と戦った、過去を切り捨てた現在を待つ「暗黒」と戦った 
そしてドール達は、現在と過去を繋ぐものの存在を信じ、それは「未来」を蘇らせた 

それが、愛 

「彼女はただ・・・愛したんだ・・・美しく輝く・・・穢れなき心で・・・ただひとりを・・・心から・・・ 
我々は、この絶望だらけの世界に泣きながら生まれた時、世界を壊す力と共に愛する心を授かったんだ」 

ドール・ショップの入り口のドアの上、来客を告げる青銅のカウベルが元気よく鳴った 
少年がドールショップのドアを開ける、両腕にドールを抱いた、まだ少し幼さと未熟さの残る少年 
槐は再び呟く「そしてローゼンの徒弟はローゼン、その徒弟も然り」 

「やぁ人形師のオッサン、学校帰りにあんたのウンチク聞いてやりに来てやったぞ、」 
「こんな貧相なドール・ショップ、今日こそはまともなお茶を出してくれるのかしら」 
「蒼とカナとヒナと薔薇水晶、それと水銀燈とメグのヤロウをちゃんと治すまで毎日見張りに来るですぅ!」 

少年とともに入ってきた2体のドールを見て、白崎が彼女達から顔を逸らし、くすくすと笑う 
「あの二人組は『日帰り入院』、ですか?」 

アリスゲームの後、すべてのドールは変わり果てたジャンクとなり、槐の元に運ばれた 
そしてその中の2体は今、これまでと何も変わらずミーディアムの元で生きて動いている 

「第五は、過酷なアリスゲームにも係らず幾重にも組み込まれたフェイルセーフ(安全装置)が働き 
微小な損傷のみで済んだ、衝撃でポンと外れる関節が体の破損を食い止めた、日本の車のように精密だ 
第三は外れたローザ・ミスティカを手で押し込んだら突然目を覚ました、外部の損傷もあったが 
『こんなのツバつけて直すですぅ!』と、そのまま歩いて帰った、ソビエトの戦車のように逞しいよ」 
「第四とは大違い、ですね」 
「彼女は大変だったよ、分離したローザ・ミスティカを再び宿すために、殆どの部品を作り直した 
最初から作り直すことが前提だった第二や第七、そして第八のほうがまだ作業時間は短かったよ 
困難だったが、その価値はある、イタリアのハイ・スピードカーのように美しいドールだから」 

少年はいつの間にか定位置となったローゼンの仕事場のデスク、その手元がよく見える彼の隣に座った 
紅いドールは白崎の所まで来て、彼を睨んで「フン!」と言うと背中を向けたまま彼の側に居座り 
翠のドールは店のあちこちを無遠慮に見回ると、ドール達が座る椅子の並んだ一角に突っ立ってる 

少年は槐の隣、彼の手元を見ながら、時に手伝いながら、言葉と指先で語らいを重ね、 
ローゼンとなるべき者に口伝される職人の秘術を、貪欲に吸収している 
「ジュン君、今日はヒゲゼンマイの調律とその特性について覚えてもらおうか」 

白崎は彼らを見つめた、「ローゼンの徒弟はローゼン、その徒弟も然り・・・ですか」 

「ドールの場合はこのテンプを遅らせ気味に合わせるのか?・・・って上手いな、ローゼンのオッサン」 
「我が時計仕掛けの師の直伝さ、ローゼンは時計職人であり、医師であり、お針子でなくてはならない 
ジュン君もこれから多くの師を得て、多くを学びたまえ・・・それから『オッサン』はやめたまえ」 
「服飾では僕があんたの師だ、あんたはいい弟子だよ、いつかは女神のローブだって縫えるよ」 
少年の助力と、彼の記憶の中に在る「型紙」が無ければ、ドール達の美しい衣装の再生は不可能だった 
「しかしジュン君、今回の修復を機に、その、もっと今風の露出の多い服にしては?せめて下着位は・・」 
「オッサン!」 

翠星石は物言わぬドール達の前に立っている、ここに来た時はいつも、妹の前にずっと突っ立っている 
「こら!水銀燈とメグ、目をさましたらわたしが家来にしてあげるから、また一緒に遊ぶです・・・うう・・ 
泣いてないですぅ!お前らの前で泣くもんかです!蒼星石が目をさますまで泣かないって・・・ふぇぇ・・・」 

真紅は白崎に背を向けていた、彼が黙しているとダダをこねるように、黙って背中を押し付けてくる 
「相変わらず、わたしが嫌いみたいですね、真紅さん」 
「当たり前よ!わたしは昔からあなたと薔薇水晶が大嫌い!、大体紅茶にジャムを入れるなんて・・・」 
白崎は微笑む、あの房総の薔薇園手作りの薔薇ジャムを浮かべたダージェリンの芳醇さを知らないなんて 

「そういわず・・・今日のはニルギリ葉にジンジャー、シナモンを加え、甘く味付けて牛乳で煮た物です」 
「ヒッ!汚らわしい!・・・飲むわよ!飲めばいいんでしょ!一口だけよ・・・コク・・・も、もう一口だけ」 
「あーっチャイ大好きです!わたしにもくれやがれですぅ!」 
「なんだコレ、臭っせぇ!・・・ん、まぁ結構クセになりそうな味じゃん・・・」 
「そうだな・・・僕もそろそろお茶にしようか、白崎君、一杯注いでくれたまえ」 

ほどなくして、お茶がさめる暇も無く、来客が喧しくドアベルを鳴らす、3人の女性 

「どーもー!カナにお洋服届けに来ましたぁ!いつ着れるようになるんですか?今日?明日?」 
「こんにちわ・・・・雛苺におみやげ・・・・雛がまだ食べないならあなたたちが食べても・・・」 
「ジュンくぅーん!最近お外を出歩いてばかりでお姉ちゃんと遊んでくれないから、捕まえに来たよ!」 

間もなくドアベルが優しく鳴った、老夫婦、父と母を知らず、笑顔を知らず育った槐の顔が和らぐ 

槐の時計仕掛けの師、いささか頼りなかった彼の師ローゼンとは違う、父のようなもう一人の師 
「やぁ槐君、バーゼル(*世界最大の時計展)での仕事が終わったので、爺の愚痴を垂れにきたぞ」 
「主人たら私がデンマーク王室のお友達に放出させた懐中時計を買い占めちゃったのよ、槐が喜ぶって」 
本当の「宝」は王家や富豪の宝庫にあり、それは然るべき家柄の「お友達」の間のみで流通している 
「これはシバザキ師匠、あ、白崎君、お茶を、スイスの若い技術者達は如何でしたか?教え子としては」 
「日本の職人が一番、という訳でもなさそうだ、若者はどの国も変わらん、あ、土産を開けてみなさい」 
王室の紋の入った箱を開けた槐の顔色が変わる、どの専門誌にも「現存しない」と記された職人の至宝 
「こ、これは?幻のナポレオン・ダイヤル?白崎君!今すぐ特上の玉露を・・・あと、ヨーカンも!」 

「お茶の温もりは人を呼ぶと言いますが・・・翠星石君、スコーンでも焼きましょうか?」 
「任せるですぅ!まずはトウモロコシ粉と天ぷら油、それからチリ・パウダーを・・」 
「そっちのスコーンですか・・・」 

思いがけず催された午後のお茶会、小用でその輪から外れた槐に白崎が声をかけた 
「彼は『ローゼン』になれますか?」 
「師の言葉、ローゼンはローゼン・メイデンを創り、そしてローゼン・メイデンもまたローゼンを育む 
ジュン君はドール達とそれに関わる人たちから何かを学び、そして彼女達もまた、何かを得るだろう 
それに・・・ふふふ、似てないかい?彼は我々が伝え聞く初代のローゼンに、よく似てると思うんだが」 
「あえて申し上げます、似てません」 
白崎はきっぱりと答えた、ドール達が想い慕う父祖たるローゼンは高貴なる美貌の持ち主と聞いている 

「いつの日か再び、人間の愚かさゆえにローザ・ミスティカが失われる日が来るだろう、その時は 
彼女達は再び集い、魂の存続の選択をする、復活の実行者アリスを生み出す選択、戦う事もあるだろう」 
「もしも・・・」 
「わたしは信じるよ、彼女達が決して「終末」を選ばない事を、もしも復活の試練に傷ついたとしても 
その魂さえ滅びなければ、その時代のローゼンが、一粒の芥から彼女達の肉体を、必ず蘇らせる 
ローゼンが継承される限り、ローゼン・メイデンは滅びない、彼女達が存在し続ける事そのものが 
人間の技巧と進歩、生命を生む未知の力への憧れ、それは・・・人間の愛への永遠の希望だから」 
「そしてそれは、少女の美しさ、薔薇の花のような美しさを形作る・・・ですか?」 
「それが一番、大事だろ?」 
槐と白崎はかすかに、しかしとても愉快そうに笑みを交わした 

一度壊れた6体のドールは、既に最後の仕上げを残すのみとなって並べられた椅子の上で憩っている 
最後の作業、余り仕事熱心とはいえない上に、字を書くのが少々苦手な当代のローゼンが残した作業 
6通の「まきますか」「まきませんか」のメッセージ、彼がそれを著し終えれば、ドール達は新たな 
マスターを求めて世界へと放たれる、槐がそれを渋ってるのは、自分の作品への未練だろうか 
6体のうち3体のドールは既にマスターが決まっている、いずれも自分のドールが完成した暁には 
自らの手でネジを巻くために地の果てまでも追いかけて行く覚悟を持ったお嬢さん達、彼女達の催促で 
ローゼン・メイデンは現在、前例の無いバックオーダーの状態にある、槐も最近やっと納期を意識し始めた 
未知のマスターを待つ薔薇水晶、そして水銀燈とメグ、その3体全てのネジを巻きたがっているのは 
どうやらジュン君とそのお姉さんのようだ、もっともそれは真紅と翠星石の嫉妬に阻まれているようだが 
「人形同士でミーディアム、それも面白いかもしれないね、互いが互いのネジを巻き・・・なんてね」 
白崎はありえないと首を振る、しかし最近彼女達はありえない事をよく起こす、もしかして・・・ 
彼は並んで眠る水銀燈とメグ、まるで夢の中で軽口を叩き合ってるかのように寄り添う二人を見つめた 

「わたしもせいぜい、ジュン君の為に意地悪な「試練」を考えておくとするかな?我が師のように」 
「ローゼンの徒弟はローゼン、その徒弟も然り、です」 

二人は、ドール達と、ドール達の縁の者に囲まれた少年を見た、椅子の上でまだ動かないドールさえも 
表情を和らげてその少年を見つめているように見える 

それは、ドール達に「お父さま」と愛される初代のローゼンに驚くほどよく似ているように思えた 

----

前半部分は、ある夜ボクが見た夢の中身そのまんまです 
アリス・ゲームへボクなりのオトシマエをつけたいと思い、第二部を書きました 

追伸、 
「第八ドール・メグ」の執筆にあたっての外観のモデルは「地獄少女」の閻魔あいタンとさせて頂きました 

では 

Gポイントポイ活 Amazon Yahoo 楽天

無料ホームページ 楽天モバイル[UNLIMITが今なら1円] 海外格安航空券 海外旅行保険が無料!