甘めのお話をこっそり投下 

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お小遣い 

 平日の昼間から、学生のはずのジュンは机でパソコンのモニターと睨めっこをしている。 
 ネット通販にはまっている彼は、暇さえあればパソコンの相手をしているのだ。 
 今、彼の家には三人の――こう呼んだ方が自然だろう――人形達が暇をもて余しているというのに、彼はひたすら独りで過ごそうとする。 
 人形達の中で割りと大人な真紅は、それに文句を言ったりしない。彼女も独りでいるのが好きなのか、黙って読書やテレビ観賞を勤しむ時間が多い。 
 しかし、雛苺は違う。行動と考え方が幼稚園児並みの彼女は、とにかく人の気を引こうとする。 
 幼い彼女は寂しさに耐えられないのだろう。ジュンはしょっちゅう雛苺に付きまとわれ、嫌々ながらも遊び相手をしていた。 
 もう一人の人形翠星石は微妙な立場だった。彼女も他のドールと同じようにマスターのジュンが大好きだ。 
 できるなら、一緒にお茶を飲んでお話もしたい。だが、出会ってからずっと馬鹿にしてきたツケもあり、彼の前ではなかなか素直になれないでいた。 
 そんな彼女は、ジュンと楽しそうに戯れる雛苺を見ると羨ましく思い、同時に苛立ちも感じてしまう。それが元でジュンと雛苺にイジワルをする事もしばしばだ。 

 今、ジュンは独りでネット通販に没頭している。 
 雛苺の相手を真紅に押し付けてきた翠星石は、彼の部屋でその後ろ姿を眺めていた。 

「なになに、伝説の都アトランティスを破滅に陥れた呪術アイテムか。誇大広告もいい加減にしろって感じだな。買い、と」 

 ブツブツと呟いて品定めをしながら、マウスをクリックする。新しいページが開かれ、違う商品の物色が始まる。くだらない買い物は終わる気配を見せない。 

 そんな駄目人間のお手本のような姿を飽きもせず眺めていた時、彼女はふと思いついた。そして、すぐに実行に移す。 

「おい、チビ人間。おまえだけ好きに買い物できるなんてズルイですっ」 
「なんだ、急に……」 

 至福の一時を邪魔され、ジュンは不機嫌な顔を背後に向ける。 
 そこには、両手を腰に置いて怒ったポーズをする翠星石の姿があった。 

「翠星石にも欲しい物があるです。マスターなら、かわいいドールに少しのお小遣いでもくれやがれです」 

 彼女は小遣いが欲しいと言い出した。それを聞いたジュンの眉が不満で震える。 

「あのなぁ……忘れてもらっちゃ困るんだけど、おまえらは居候中の大食い迷惑呪い人形なわけだ。どの口でそんな事が言える? まったく、こっちが黙ってれば調子に乗って……」 

 頼み事をするならタイミングは非常に重要だ。 
 子供の時にお母さんによく物をねだった者なら解るだろう。 
 相手の機嫌がいいのを見計らってお願いするのが、この世界では鉄則。 
 翠星石は見事にタイミングを外していた。 
 もっとも、迷える思春期少年ジュンの機嫌を窺うのは並大抵ではないが……。 

 ぐちぐちと嫌味たっぷりで却下され、お願いした翠星石の怒りメーターも急上昇。普段から悪い口が更に毒を増す。 
「まぁったく、どーしようもないチビ人間ですぅ。体の大きさだけじゃなく、心の広さもミニマムサイズこの上ないとは。はぁ……」 
 そう言って、溜め息を吐きながらオーバーに残念な表情をする。 
 このふてぶてしい態度にジュンも当然ヒートアップする。 
「なんだとっ!?」 
「本当の事を言ったまでですぅ。悔しかったら、小遣いの一つでもあげてみろです」 
「誰がおまえみたいな性悪人形にやるか!」 
「やぁっぱり、正真正銘のチビ人間です。それでも男かです」 
「どーせ僕は小さい男だよ! わかったから、もう部屋から出てけッ!!」 
 ひと際大きな怒声を最後に、翠星石は文字通り部屋から放り出された。 
 ドアが勢いよく閉まる音で床が振動し、炸裂音の後には後味悪い静けさが広がった。 

 追い出された翠星石は階段を踏み鳴らして一階に下りる。 
 すると、階段の下にもう二体の人形が待ち構えていた。 
 真紅は何があったのか聞きたげにし、雛苺は怯えて真紅の袖を握っている。話してもまた腹が立つだけなので、翠星石は無視してリビングに向かう。 

 ソファーの前で小さく跳びはね、どかりと腰を下ろす。 
 少なからず悪いことをしたと思っている翠星石は、まずは落ち着いて反省しようとする。しかし、それもままならない。 

「翠星石、またジュンと喧嘩したの?」 
「ジュン怒ってるのぉ」 

 階段下からついてきた真紅と雛苺がソファーの上を見上げる。その視線が冷静になろうとする翠星石の邪魔をする。ふつふつと怒りが湧き上がり、つい思ってもないことを言葉にしてしまう。 

「う〜、あのチビ人間の小ささには呆れるしかねーです。ちょ〜っとお小遣いをせびっただけであのありさまです」 
「お小遣い?」 

 ポンと出た言葉に二人が揃って反応する。 
 興味を持ったのを見て翠星石は思いついた。二人を引き込めば何とかなるかもしれない。こういう事には頭の回転が速いのだ。 

「そうです。お金があれば、ジュンみたいに欲しい物が買えるです」 
「それなら、のりに頼めばいいわ。お金なんか無くても、欲しい物を言えば買ってきてくれるじゃないの」 
「そうなのそうなのぅ。のりが買ってくれるの」 
「うっ……」 

 もっともなツッコミが入り、翠星石の言葉が詰まる。真紅の言うように、のりにお願いすれば大抵の物は手に入った。 
 しかし、ここは負けず嫌いの翠星石。ムリヤリにでも理由を搾り出して反論する。 

「解ってないですねぇ」 
「何を?」 
「お小遣いの素晴らしさですぅ」 
「どう素晴らしいの?」 
「仕方ないから、翠星石が教えてやるです。ねえ、雛苺」 
「うゆ?」 
「大きくてまぁるいケーキを、一人で全部食べたいと思わないですか?」 

 翠星石が両腕をいっぱい使って大きな円を描く。 
 そう聞かれて想像した雛苺は、とたんに大量のよだれを溢れさせる。 

「食べたいのっ。ヒナ、大きな大きなイチゴのケーキ食べたいのぉっ」 

 大興奮する雛苺に確かな感触を掴む。したり顔を見られないよう横を見た後、悲しそうな表情を作って続ける。 

「でもね、雛苺。今のままではゼーッタイに食べられないのですぅ」 
「ええ――ッ!?」 
「考えてもみなさい。のりが大きなケーキを買ってきたとするですよ。それを全部、雛苺に独り占めさせると思う?」 
「させないわね」 

 即、真紅が的確に答える。 
 それに対して、全部食べたい雛苺は判っていても答えられない。欲望と事実のジレンマに泣きそうになる。仮定の話で泣けるのだから、相当に無邪気な子だ。 

 頃合を見計らい、翠星石は満を持してその解決法を教える。 

「そこでお小遣いの出番ですぅ。もし、そのケーキが雛苺のお小遣いで買ったケーキなら、雛苺がどう食おうと誰も文句を言えない。一人で食べたい放題やりたい放題なのですぅっ!!」 
「すごいすごーい! ヒナもおこづかい欲し〜いっ!」 
「素晴らしいわ」 

 大喜びする雛苺の横で、真紅も目を輝かせて賛同する。彼女も食べ物の誘惑には弱かった。 
 こうして一致団結した姉妹達は決意を胸にジュンの待つ戦場へと向かったのだった。 

 意気揚々と二階に向かった彼女達だが、三分も経たないうちに元のリビングに戻ってきていた。 
 結果は惨敗。 
 部屋に入って「おこづかい」と言っただけで、三人まとめて部屋から放り出された。取り付く島もないとはこの事だ。翠星石が一度失敗した直後の強行軍なので、結果は見えていたのかもしれない。 

「ジュンは私の下僕よ? なのにあの態度は何? この真紅の話を聞こうともしないなんて、許せないわ」 
「くぅ〜、あのチビ。まだ根に持ってやがったです」 
「うわぁ〜〜んッ、おこづかいもらえないよぉ〜」 

 リビングに三匹の負け犬の遠吠えが木霊する。プライドの高い真紅は怒りに震え、翠星石は逆恨みを倍化させ、雛苺は物をねだる子供みたいに泣き喚く。 
 その声は二階にまで届き、ジュンは痛くなりそうな頭を指で押さえた。 

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「ジュン君、ただいま〜」 

 夕方になり、のりが学校から帰ってきた。両手には買い物袋が提げられており、まずは荷物を片付けに台所へ向かう。 

 その後を追う三つの影。 
 彼女達が狙っているのは買い物袋の中身ではない。 
 今日は財布の中身を狙っているのだ。 
 そう、彼女達はまだお小遣いを諦めてなかったのだ。 

 ジュンが駄目でもこの家の家計を取り仕切るのりが居る。 
 この家のボスはのり。 
 彼女達の考えは正しかった。 

「あら、おなか空いてるのぅ? もう少し待ってね。急いで夕飯にするから」 

 ピッタリとマークされているのに気付いたのりは、流し台で手を洗って学生服の上からエプロンを着ける。 
 このまま勘違いが続くと話を切り出し辛くなるのを察し、真紅が口を開く。ここ一番では彼女が最も頼りになった。 

「のり、話があるの」 
「おこづかいちょーだいなのぉっ!」 
「え?」 

 雛苺が先走って大変元気な声でお願いする。しかし、あまりに唐突過ぎて肝心な内容がうまくのりに伝わらない。 
 出だしで挫いてしまっては始まらない。翠星石は歯噛みしながら話を引き継ぐ。 
「チビ苺は黙ってろです」 
「どーして?」 
「いーから後は翠星石に任せろです」 
「うぃー」 
 渋々引っ込んだのを見てから、のりに満面の営業スマイルを向ける翠星石。薔薇乙女の中で最も世渡り上手なのは彼女かもしれない。 

「おほほほほほ、えーっとですね。実は折り入ってお願いしたいことがあったりするのですぅ」 
「何かしら〜」 

 普通の人ならここで警戒するのだろうが、のりは違う。どんな頼みでも真剣に聞こうとする彼女は、裏のないにこやかな笑顔で応えようとする。 
 翠星石は何かに負けそうになるが、ここで倒れたら笑い者にもならない。負けないように正面から頼み込む。 

「ちょっと話し辛いことですけど、お金のことですの。たくさんくれとは言わないです。少なくてもいいですから、私達にも決まったお小遣いを作って欲しいのですぅ。もちろん、多いに越したことはないですよ」 
「ヒナもたくさん欲しい〜」 

 最後に一言付けるのがかわいらしくて、のりの頬が緩み切りそうになる。 

「あ! お小遣いの事だったのね。でも、欲しい物なら私が買ってあげるわよぅ?」 

 この反撃は予想できたが、明確な受け答えは用意できなかった。 
 及び腰になる二人を差し置いて、無鉄砲野郎の雛苺が嬉々として答える。 

「ヒナはおっきなケーキを買うのっ。それで、いっぱいいっぱい食べるのっ」 
「あらあら、ケーキならいつでも買ってきてあげるわ」 
「ちがうのぉ! 丸くて大きなヒナだけのケーキなのっ」 
「雛ちゃんだけの――ああ、バースデーケーキね。それなら今度、雛ちゃんだけの大きなケーキ、買ってきてあげる」 
「ほんとにっ!?」 

 早くも雛苺に脱落の色が見え始める。 
 物に釣られやすい彼女は、仲間にするのは簡単だが、使い物にもならなかったようだ。 
 ここで仲間の一人が落とされるとなると、のりに勢いがつくことになり、戦いは非情に不利になる。それだけは阻止せねばならない。 

 翠星石は雛苺の不甲斐なさに腹を立たせる。 
 そして、危機を悟った真紅は、とにかく流れを変えようと待ったをかける。 

「待って、のり。私たちが欲しいのは違うの」 
「え? 他っていうと、誕生日プレゼントとかパーティーグッズとか? 大丈夫、買ってあげるから、そっちの心配もいらないわ」 
 あくまで誕生パーティーに固執するのりに、真紅と翠星石は苦戦を強いられる。 
「だから、違うと言ってるのだわ」 
「私が欲しいのは……ぶっちゃけると自分の好きに使えるお金ですぅ。のりに頼みにくい買い物だってあるのです」 
「それって……」 
 翠星石の本音を聞き、のりは黙って考えを巡らす。 
 そして、何を妄想したのかしらないが、急に顔を上気させて慌てふためく。 

「そ、そうよね。あなたたちも立派な女だものね。エッチな下着とか欲しくなるわよねっ!」 
「な、何を想像してやがりますかッ! んなわけねーだろですぅッ!!」 

 のりが変態妄想をぶちかまし、翠星石も真っ赤になって絶叫する。 
 相変わらずのりの思考は常人と何処かズレている。しかも、一度火の点いた妄想は簡単には止まらない。 

「でも、そんな下着をどうして――ま、まさか! あなたたち、ジュン君を色香で惑わすためにっ?!」 
「ちったぁ人の話を聞きやがれですぅ!!」 
「ダメよ! ジュン君はまだ中学生だもの。それに、そういう話はお姉ちゃんの私を通してくれないと……!!」 

 のりの見苦しいまでの妄言連発に、ついに真紅の我慢も限界を突破する。 
 長く垂れた髪を鞭のように撓らせて横っ面を叩く。「フギャ」と気の抜けそうな叫びを上げて、ようやく騒ぎが収拾する。 

「慎みが足りないわよ、のり」 
「ひ〜ん、ごめんなさ〜い」 
「それで、お小遣いをくれるの? くれないの? はっきりなさい」 

 叱られて半泣きののりに高圧的な態度で決断を迫る真紅。どっちが頼み事をしているのかわかったものではない。 
 人形達はのりの次の言葉を固唾を呑んで待つ。 

 そして、審判が下されようとのりが息を吸った時、絶妙のタイミングで邪魔が入った。 

「やる必要ないぞ」 

 全員が一斉にキッチンと繋がったリビングの方を見る。 
 そこには、いつの間にやら二階から下りてきていたジュンが立っていた。 
 あれだけ騒げば感付かれても仕方がない。 

「くっ……チビ人間は二階でひきこもってろですぅ!」 

 今の彼女達と彼は敵同士。厄介者の干渉を嫌い、翠星石が追い払おうとする。さらりと酷いことを言う。 
 だが当然、そんな事でジュンは退散しない。 

「居候のこいつらに小遣いなんかやるなよ。大体、こいつらのおやつ代やら食費やらも馬鹿にならないんだろ?」 
「失礼ね。まるで私が大飯喰らいみたいなのだわ」 

 自称淑女の真紅が、真っ先にジュンの言い分に異論を唱える。それを聞いたジュンは、嘲笑で口元を緩めずにはいられなかった。 

「違うのか?」 
「違うわ」 
「違わない」 
「違うわ」 
「違わない」 

 一歩も退かないジュンを見て、真紅は無言で彼の前に歩み出る。 
 足下まで来られて恐怖を感じずにはいられないジュンだが、ここで逃げては様にならない。 
 わずかな間――ジュンにとってはかなり長く感じられる間――の後、この家では聞き慣れた悲鳴が上がる。弁慶の泣き所に人形靴のつま先が突き刺さったのだ。 
 床を転げ回って悶える彼をよそに、のりが出した答えを言い渡す。 

「いいわよぅ。おこづかいをあげる」 
「やったぁっ。のり、ありがとなの〜」 
「感謝するわ」 
「チビ人間、どうだ見たかですぅ」 
「おい! そんなの許さないぞ!」 

 歓喜する姉妹達に対し、床に転がって涙目で不満を訴える少年。 
 ここで勝者と敗者がくっきり分かれた。 
 一緒になって喜んでいるのりが、薔薇乙女達にさりげなくお願いする。 

「だから、これからもジュン君と仲良くしてあげてね。あと、私のお手伝いとかしてくれると助かるかなぁ?」 
「ヒナ、もっとジュンと仲良くする〜。おてつだいもする〜っ」 
「小遣いのためならしゃーねーです。翠星石も仲良くしてやるですぅ」 
「ジュンの躾なら任せなさい。私に相応しい大人にしてみせるわ」 

 雛苺は床のジュンの体に飛び乗り、翠星石はあんなことを言いながら赤くなり、真紅はなにげに独占欲を見せる。 
 ああ見えて、ジュンはみんなから好かれていた。 

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 日差しが穏やかな昼下がり、桜田家のリビングから陽気な歌声が聞こえてくる。 

「おっこづかい〜、おっこづかい〜っなのぉ」 

 雛苺が上機嫌で歌いながらポシェットの中を何度も覗く。お小遣いが貰えたのがよほど嬉しいのか、朝からこの調子だ。 
 遊びに来ていた蒼星石が、楽しそうな姿につられて微笑む。 
「ポシェットに何か入ってるの?」 
 聞かれた雛苺は、自慢したかったのか、得意げになって教える。 
「うぃっ、おこづかいが入ってるの!」 
「へぇ、お小遣いが貰えたんだ〜」 
「そうなのっ。蒼星石にも見せてあげるなのぉ」 
「ほんとに?」 
「うぃっ」 
 雛苺がポシェットへと手を突っ込み、小さな小銭入れを出す。そして、それを嬉しそうに蒼星石に見せる。 

「これね、ジュンが作ってくれたの! ヒナ初めてのお財布なのよ」 
「いいなぁ」 

 ファスナーが付いた四角い小銭入れ。 
 これを作ったのは裁縫が得意なジュンだった。 
 誰でも簡単に作れる単調なデザインだが、仕事が丁寧で良い品に見えた。 
 蒼星石が羨ましがったのは、本心からだった。 

 雛苺は小銭入れの口を開いて逆さまにする。すると、一枚の硬貨が絨毯の上を転がった。 
「あ、五十円玉だ」 
「うん、おこづかいは一日五十円なの」 
 のりが決めたお小遣いの額は、一日五十円。毎日、五十円玉を一枚ずつ三人にあげることになった。 
 相変わらず、ちょっとした物ならのりが買ってくれるので、お小遣いの大半は貯金になるだろう。 

「チビ苺、お金を床にぶちまけるなです! 無くして泣いても知らないですよ」 

 雛苺が見せびらかしている所へ、翠星石がお金の扱いを注意しながら現れた。 
 同じようにお小遣いを貰っていても、蒼星石相手に自慢している雛苺が気に障るようだ。 

「無くさないもん!」 
「それはどーだか。第一、チビチビが無くさなくても、誰かに盗られる可能性があるですぅ」 
「そんなことを考えるのは、翠星石だけだと思うよ」 
「蒼星石はもっとお金の大切さを知るべきですぅ。お金には人を惑わす魔力があるのですよ」 
「そうなんだ。それで、翠星石もお小遣いを貰ってるの?」 
「当たり前ですぅ。貰ったお金はジュン特製の財布に入れて、肌身離さず持ち歩いてるですよ」 

 待ってましたとばかりに翠星石は懐から小銭入れを取り出し、それに愛しげに頬擦りする。 
 彼女もジュンにお願いして――強要とも言う――作ってもらったのだ。もちろん、真紅のも作らされた。 
 チラチラと蒼星石の反応を窺う彼女も、自慢したいだけなのかもしれない。 
 そして、その背後からジュンが来ているのに、まだ彼女は気付いていない。 

「大事にするのはいいけど、おまえらは店で買ったりしないんだろ? 財布は持ち歩かずに仕舞っておけよ。落として無くすぞ」 
「なっ!? チビ人間っ、誰もおまえなんぞの作った財布なんて大事にしてないですよ! 無くして泣いたりしないですよ!」 

 おもしろいように狼狽する翠星石。それを見ながら蒼星石は「無くしたら泣くんだね」と姉の本心を代弁する。 
 恥ずかしくて言葉も出なくなった彼女は、リビングから逃げ出て行った。 

「人に作らせといて、なんだよ、まったく……」 

 本心を見抜けなかったジュンは憤慨し、蒼星石はそんなすれ違う二人を溜め息混じりで見ていた。 
 リビングに来ていきなり腹を立てたジュンだが、ここに来た目的を思い出して幾分か冷静になる。 
「蒼星石、これ」 
 ジュンが差し出した手には、みんなと同じ小銭入れがあった。 
「これを僕に?」 
「どうせバカ姉がおまえにも小遣いをやるだろうから。それだけだからな」 
 押し付けるように渡したジュンは、すぐに背を向けて廊下に出た。 

「よかったね。蒼星石もヒナと同じお財布なのっ」 
「あっ、ジュン君――」 
 嬉しさのあまり夢見心地だった蒼星石は、雛苺の声ではっとなってジュンの後を追う。 
 そして、階段で追いついた彼女は、急いでお礼の言葉を送る。 

「ジュン君、ありがとう。大切にするよ」 

 ジュンは一瞬足を踏み止めるだけで、振り返りもしないで二階に向かった。 
 それでも、彼女には解っていた。感謝の気持ちが、彼にしっかりと届いたことを。 
 蒼星石はもう一度小銭入れをよく見た後、両手で包むようにして小さな胸に押し当てた。 

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 ある夜、ジュンは静かな自室でネットを楽しんでいた。 
 人形の夜は早い。彼女達は午後九時前には、ベッド代わりの鞄で眠りに就く。 
 彼女達がそれぞれの愛用の鞄に入ってからが、ジュンにとっては貴重な落ち着ける時間なのだ。 

 そのジュン以外に起きているはずの無い時間、背後からゴソゴソと物音が聞こえてきた。 
 邪魔されたような気分になったジュンは、気にせず無視することにする。 
 彼女達の誰かが起きたのは確かなようだ。わずかな足音がそろそろと椅子に近づいてくる。 
 そして、足音はジュンの真後ろで止まる。 

 時間にして何分は無視し続けただろうか。 
 後ろの彼女は黙ったまま動かない。彼女は起きてから、一言も声を出していない。 
 これには、ジュンも少し気味が悪くなってきた。次第に落ち着きがなくなり、意地を張るのも辛くなってくる。 
 とうとう、彼は我慢できずに後ろを振り向く。 

「……翠星石か」 

 天井の蛍光灯は消してある。 
 勉強机の灯りに浮かび上がったのは、彼女の白い肌と特徴的な翡翠色の左目だった。 
 雰囲気のある登場の仕方に、ジュンはゾクリと寒気を覚える。 
 それは恐怖からなのか、はたまた幻想的な美しさからなのか、当の本人には判別できなかった。 
 正体が分かって安心したのも束の間、今度は脅かされた事に少しばかり腹が立ってきた。 

「脅かすなよ、性悪人形。寝る前に本は読んでやっただろ。さっさと寝ろよ」 

 やや口悪く追い払おうとするジュン。 
 しかし、彼女は少しも怒らない。あの怒りっぽい彼女がだ。それどころか、潤んだ瞳を彼に返す。 
 さすがに異常を感じたジュンは、視線に怯みながらも彼女を心配する。 

「ちょっと、どうしたんだ? 何かあったのか?」 
「あの……あ……」 

 優しい声を掛けられた彼女は、ようやく声を出して何かを伝えようとする。 
 だが、それもうまく言葉にならない。息が詰まったように口だけ動く。 
 声を出すのを諦めた彼女は、トコトコと俯きながらジュンに向かって歩き出す。 
 ジュンの横まで辿り着いた翠星石は、手に持っていた何かを彼の膝上に叩き付ける。 
 そして、こう叫ぶ。 

「プレゼントですぅ!!」 

 彼女は一目散に逃げ出し、寝床の鞄に飛び込んだ。 
 全ての鞄は固く閉じられ、再び静かな夜が訪れる。 
 ジュンはただただ、驚きで鞄の一つを眺めるだけだった。 

 翌日のジュンと翠星石の関係は、とてもぎこちないものになっていた。 
 二人は顔を合わせるたびに目線を外し合い、揃って口篭る。夕食を食べ終わっても、今日は口喧嘩の一つもしてない。 
 のりと雛苺は、喧嘩をしたのではと二人を心配した。だが、真紅にそういう素振りは見えなかった。彼女は事情が解っているらしかった。 

 夕食後、ジュンは部屋で考え事をしていた。 
 机に置いてあるのは昨晩、翠星石から貰ったプレゼント。それは、この部屋にもたくさん飾ってあるミニカーだった。 
 車種はトヨタ2000GT。言わずと知れた名車である。このミニカーの値段をネットで調べたら、千円そこそこだった。 
 別に高価な代物ではないのだが、彼女達のお小遣いを思うと、そうも言ってられない。一日たったの五十円なのだから、十日貯めても五百円にしかならない。 
 夜中にこっそりと渡しに来たのだから、彼女のお小遣いで買った物と考えるのが妥当だろう。 

 そこまで思い至ったジュンは、さらに込み入った可能性まで推測してしまう。 
 お小遣いが欲しいと言い出したのは翠星石だ。もしかしたら彼女は、最初からこのためにお金が欲しいと言い出したのかもしれない。 
 そう思うと、彼女に悪いことをした気がしてならない。 
 どんな顔をして会えばいいのか分からなくなるのも仕方がなかった。 

「おやすみなの〜」 
「おやすみなさい、ジュン」 
 夜の九時が近くなり、人形達は各々の鞄に帰っていく。 
 翠星石だけは鞄の前に立ち、物言いたげに部屋のあちこちを見る。 
 ジュンも今日中に何かを言わなければならないと思い、彼女の周りに視線を彷徨わせる。 

「おやすみです……」 

 翠星石が寂しそうに鞄を開ける。 
 最後の最後になって、ようやく声を掛ける勇気がジュンに湧いた。 

「ま……待てよっ。寝る前の読書がまだだろ」 

 翠星石がジュンに振り向く。その顔が、みるみる明るくなる。 

「そうですっ。本を読んでもらってないですぅ」 

 鞄を閉じ、本を読んでもらうためにベッドの上に駆け上がる。 
「早くするです!」 
「はいはい」 
 急かされたジュンにも自然と笑みが浮かぶ。 
 息苦しい空気はすでに吹き払われていた。 

 翠星石の胸は高鳴りっぱなしだった。 
 ベッドに腰を下ろしたジュンが本を朗読し、翠星石はその膝の上で耳を傾ける。 
 しかし、彼女はただ本の内容に耳を傾けるだけではない。あーだこーだとはやし立てては、疑問に思ったらすぐ質問する。 
 今夜の彼女は、いつにも増して口数が多い。はしゃいでいるのか、はたまた、心の内を悟らせないためなのか。どちらにせよ、彼女は胸躍る楽しい一時を過ごしている事に違いはない。 

「プレゼント、ありがとな……」 

 本を読んでいる最中、ジュンが唐突に言った。 
 騒がしかった翠星石も黙り、急に部屋が静寂に包まれる。 
 変な雰囲気になる前に、ジュンが慌てて言い訳のように続ける。 

「その、まだお礼言ってなかったから。言わなきゃと思って……」 

 しどろもどろになる彼を見て、翠星石にも余裕が出てくる。 
「べ、べつに礼なんかどーでもいいですぅ」 
「でも、一応な、ありがとう」 
 二人とも慣れない事で顔が真っ赤になる。 
 本を見ているおかげで、お互いの顔を見なくて済むのが、せめてもの救いだった。 
 再び沈黙が広がるが、今度のは少しも不快ではない。とても暖かい気持ちになれた。 

「感謝してるなら、お礼に私のお願いを聞いてほしいです」 

 調子に乗った翠星石が、こんな事を言い出した。 
「お礼はどうでもいいんじゃなかったのか?」 
「さっきのは取り消し。いーから聞けよですぅ」 
「勝手なヤツ……。で、なんだよ」 
 何をお願いされるのか分かったものではないので、ジュンはわずかに嫌な顔をする。それでも、普段の彼からは考えられないような優しい対応だ。 
 翠星石はぐっと恥ずかしさと不安を抑えてお願いする。 

「これからもずっと、翠星石に本を読んで欲しいですぅ」 

 思っていたよりも普通の願いだと思ったジュンは小さく笑う。 
「そんなの今と変わらないじゃないか」 
 そのジュンの様子が気に入らなかった翠星石は頬を膨らませる。 

「ずっとなのですよ、ずっと! ここが大事なのですぅ!」 

 繰り返し「ずっと」を強調する翠星石。それほどまでに、この願いには彼女の想いが詰まっていた。 

「いつでも読んでやるよ」 
「今の言葉、忘れるなです。約束したですよ!」 

 そう言い残し、彼女はのしのしという足取りで鞄に帰っていった。 
 最後は喧嘩みたいになってしまったが、鞄の中で翠星石は微笑みながら目を閉じる。 
 この夜、翠星石は顔がにやけて、なかなか寝付けなかった。 

おわり 

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ピエールカワイソスな翠星石を救済w 

ミニカーの車種に深い意味はないっすw 
アニメのジュンの部屋には古い自動車の模型が多く置いてあるんだけど、あまり車に詳しくないんだよねぇ。 
そこで唐突に思い出したのがトヨタの古いスポーツカー。 
小学校の社会見学でトヨタの自動車工場に行った時、トヨタから土産としてプラモデルが生徒全員に配られたんだ。 
それが2000GTだったってだけですw(遠い思い出 

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