水銀燈は煉瓦でできた部屋の窓から外を眺めていた。 
何を考えているかはわからないが、誰かを待っているという感じだった。 
後ろの方からドアが開く音がした。 
「今日は遅かったのね」 
彼女は窓に映った初老に入ろうとかといった感じの男だったに声をかける。 
「悪かったな。こっちも報告書を書かなくちゃいけないからな」 
「それで」 
顔を男の方へ向けて 
「今日はどうだったの?」 
「十一人殺しだ。特務曹長四人に、兵士二人に・・・」 
男が殺した人間について話し始めると、水銀橙は飽きれた顔をする。 
「もういいわ。そんなこと聞いてもわからないもの」 

男との出会いは数日前に遡る。 
「あなたがネジを巻いたのぉ?」 
机に置かれた鞄の上に立つ人形。 
「なんだ貴様は?スパイか?」 
その人形を見て男は威嚇するような目線で睨みつけた。 
「スパイ?失礼ねぇ。私はローゼンメイデンのドール、水銀燈よ。それにしてもあなた、見たところ兵隊さんのようねぇ」 
水銀燈は男をまじまじと見つめた。 
「今は戦争中だ。奇妙な鞄が置かれていれば爆弾か何かと勘違いするのも仕方ない。それよりも人形とはどういうことだ?」 
「まああなたには話しても無駄でしょうけど、一応教えるわ」 
水銀燈は自らについてや契約のこと、アリスゲームのことなどを大雑把に伝えた。 
男は意外と物分りが良いのか、すんなりと理解し、いろいろと質問までしてきた。 
「なるほど。君達人形同士の戦いに私は巻き込まれたというわけか」 
「そういうことねぇ。わかったら早くこの指輪にキスして契約してくれる?」 
男はしばし考えた結果、次のような返事をした。 
「そうだな。戦争が終わったら考えよう。それまで待ってくれるか?」 
「私の気はそんなに長くないわよ。まあこの時代に他の姉妹が目覚めているかどうかすらわからないんだし、しばらくは待ってあげてもいいわ。ところであなた、名前は?」 
「ハインツだ。偉大なる我がドイツ帝国軍狙撃手だ」 
そして今に至るのだった。 

夕方になって、ハインツは食事を取っていた。 
薄暗い部屋に豆電球が一つ寂しい明かりを照らすだけで、明るいとはいえない。 
「ねえ、あなた、どうやって人を殺しているの?」 
水銀燈のその言葉にパンを掴んでるハインツの手が止まった。 
「知りたいか?」 
ハインツは興味深そうに水銀燈に迫る。 
「別に。ただ気になっただけよ」 
するとハインツは立ち上がり、壁に掛けていた細長い布製の袋を、食事をどけて置いた。 
ハインツはその袋にを縛る紐を解き、袋を取った。そこからは一丁のライフルが出てきた。 
水銀燈は興味深そうにそのライフルを見る。 
「これが私の愛銃、モーゼルKAR98だ。他人にこういうものを見せるのはあまり好きじゃないが、今回は特別だ」 
「このレンズはなに?」 
ライフルのボルトの部分に取り付けられたスコープを前方部分から覗き込んで言った。 
「これはスコープといってな。相手をより正確に狙うためのものだ」 
ハインツは立ち上がり、銃をアイアンサイトで構える。 
「こうやって構え、スコープの中心に敵が入ってきた瞬間、息を止め引き金を引く」 
スコープを覗き込み、引き金に手を掛けた。 
「すると相手は動かなくなる。肝心なのは頭を狙うことだ」 
「ふぅん。なんだかあっけないかんじぃ」 
熱く語るハインツに冷めたような言葉を返す水銀燈。 
「さて、明日の早いので私はもう寝るとする。君も早く寝たまえ」 
そう言ってハインツはベッドに入った。 
水銀燈はその後外を眺めていたが、しばらくして鞄の中に入り眠った。 

夜中になり、彼女は苦しそうな顔をしている。 
「ここは?夢の中?」 
水銀燈は荒廃し、炎の燃え上がる街中にいた。 
目の前には大量の死体が転がっている。 
その死体の中で一人だけ微かに息をし、苦しそうに這いずる兵士がいた。 
「あれは・・・ハインツ!?」 
その兵士の顔を良く見ると、それは水銀燈を養ってくれているハインツではないか。 
彼の方へに飛んでいく水銀燈。 
その時だった、目の前に建つ、巨大な塔からレンズの反射する光が見えた。 
水銀燈はとっさにハインツが教えてくれたライフルを思い出す。 
良く目を凝らして凝視すると、そこにいるのはスナイパーだった。 
そしてそのスナイパーは引き金を引いた。一発の銃声が鳴り響く。 
水銀橙はハインツのほうを見ると、彼の頭からは大量が血が流れていた。 
「そんな!嘘よ!」 
そこで水銀燈は目を覚ました。 
興奮した状態でハインツはいないかとベッドを見いやるが、彼はいなかった。 
あれは夢ではなかったのだろうか。そう思うとよりいっそう不安になる。 
水銀燈はそんな不安な気持ちの中、また窓から外を眺めていた。 
正直なところ、彼女にはあの男はそれほど気になるわけでもなかったが―心配になるということは気づかないうちにそういった感情が芽生えてきたのかもしれない。 
そうしているうちに外は暗くなり、夜になった。 
ハインツはまだ帰ってこない。 
「遅い」 
そう言ったと時、ドアが開いた。 
水銀燈は慌ててドアの方を振り向く。そこに立っていたのは待ちわびていた人、ハインツだった。 
「まったく、おそいわねぇ。死んだかと思っちゃったわぁ」 
いつものように振舞う水銀燈。だが内心は安堵の気持ちで満ち溢れていた。 
「すまんな。また報告書を書いていたんだ。今日はいつも以上に多かったなあ」 
「また殺したの?」 
「ああ。今日は二十五人だ。内容は、准尉一人に・・・」 
「それはもう聞き飽きたわ」 
と、いつものような会話が続くのだった。 
そして食事の時間。 
「ねえ。今日あなたが死ぬ夢を見たわ。頭を銃で撃ちぬかれて。本当に人が死ぬさまってあっけないのねぇ」 
その言葉にハインツは真剣な顔になる。 
「そうだな。そして私もいつそうなるかわからない。いや、明日にでも無残な死体となり、カラスの餌になってるかもな」 
「カラスの餌?あっけなぁい」 
水銀燈はケラケラと笑った。 
「確かにそれで死んだら笑いもんだな。二度も約束破ることになっちまう」 
「二度?」 
ハインツはポケットから一枚の写真を出して水銀燈に見せた。 
そこには妻と思われる女性と年は十歳くらい少女の姿があった。 
「これは?」 
「私の妻子だ。今年中には娘に顔を見せてやるって約束したんだが無理みたいだ。ダメなオヤジだよな・・・」 
それを聞いて水銀燈は表情を濁らせた。 
「だから、せめて君と契約するという約束くらい果たそうかと思ってな。そして娘に会う。それが叶うまで私は死ねないんだ」 
「そう。あなたも必死なのね」 
「必死だよ。私のように人を殺すしか脳のない人間でも迎えてくれる人がいるんだ。君のようにな。さ、もう遅い。寝よう」 
ハインツはベッドに横たわると、すぐに寝てしまった。 
水銀燈は鞄の中に入って、ハインツと娘のことを思い浮かべた。 
戦いが始まる前はきっと暖かい家庭を持っていたに違いないと。 
「お父様・・・」 
そう思うと彼の娘が羨ましく思えた。 

朝になると、外がやけに慌しい。 
水銀燈が目を覚ますと、ハインツもすでに軍服を着込み、出かける準備をしていた。 
「どうしたの?そんなに慌てて」 
「戦況が慌しくなってきた。しばらくは帰ってこれそうにない」 
「そう」 
水銀燈は少し悲しそうな顔をした。 
「安心しろ。毎日手紙を書くさ。実は娘にも書いていてな。君にも書くよ。文字は読めるだろ?」 
「馬鹿にしないで。文字くらい読めるわ」 
「そうか。なら安心だ。それじゃ行ってくる」 
そしてハインツは最後になるかもしれない会話を交わして部屋を出て行った。 

それからというもの、ハインツの部屋には彼からの手紙が毎日のように届いた。 
誰もいないはずだが、彼の権限で毎日手紙が届けられる。 
水銀燈は手紙を開き、読んでみる。 
『元気にしているか?私は今東部戦線最前線の狙撃部隊体長を勤めている。今日もまた十八人の指揮官を殺した。内容は、、、書かないほうが良いだろう。君のためにも必ず帰ってくる。それでは』 
このような手紙が毎日届けられた。 
水銀燈はそれを欠かさず読んだ。 
十日ほど経っただろうか、ハインツからの手紙の内容が日に日に重苦しくなってきた。 
『我々もだんだんと押され気味になってきた。だが負けるわけにはいかない。この山場を乗り切れば帰ることができる。もう少し待っていてくれ ハインツ・ソルバルト』 
それを読んで水銀燈は不安になった。もしかしたら今頃死んでいるかもしれないと。 
明日手紙は来るのだろうか。そう考えると、また彼の帰りを心配するような気持ちになった。 
「私が彼を心配?馬鹿馬鹿しい」 
そう言って水銀燈は眠りについた。 
次の日の朝、また手紙は届いた。 
『まずいことになった。日に日に押されている。このスターリングラード戦線もいつまで持ちこたえられるか・・・。明日は決死の守衛に出る。私も死ぬかもしれない。だからこの写真は君に預けておくよ。大切な妻子の写真をロシア兵に踏みにじられるのは御免だからな』 
水銀燈は封筒の中を漁ると、この前ハインツが見せてくれた彼の妻子の写真があった。 
その写真の裏には文字が書かれていた。 
『結局約束を破ることになりそうだ。すまない。』 
写真と手紙を封筒に戻し、棚の引き出しにしまう。 
「最低ね。ハインツ」 
そして鞄の中に入り、また明日の手紙を待ちつつ水銀燈は眠った。 
だが、次の日も、その次の日も手紙が来ることはなかった。 
話し相手もおらず、何もすることがない水銀燈はずっと鞄の中にいた。 
そして夜になって眠りだす。 
それはいつ目覚めるかわからない、深い眠りであった。 

終 
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すまん、かなりヘタクソだが・・・ 

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