まああんまり期待はしないでくれ 
大戦ものは最近書き始めたばかりだし 
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緑の草原の中にぽつんと点在する農村。 
家が数件立ち並び、庭には色とりどりに咲く花。畑を耕す老人。まさに平和そのものである。 
その長閑な雰囲気を煉瓦造りの家の一階の窓から楽しそうに眺める翠星石。 
『・・・けてくれ』 
「え?」 
ベランダの下から声が聞こえたかと思うと、次の瞬間、翠星石の目の前にヘルメットを被り、土で汚れた男の顔が飛び込んできた。 
「きゃあ!」 
翠星石は驚いてその場に伏せてしまった。 
「開けてくれ!頼む!鍵を開けてくれ!」 
その男は随分と慌てていた。 
元々人見知りの激しい翠星石にとって、このように唐突に助けを乞う人間に対してどう対応すれば良いのかわからなかった。 
だが男の疲労に満ちた目を見ると、このまま何もしないわけはいかないと思い、翠星石は意を決して家の鍵を開けた。 
男は鍵の外れる音を聞くと、急いで家の中に駆け込んだ。 
家の中に入るなり、壁に張り付きながら、何かから隠れるように慎重に顔を窓の方へ近づけ外を覗きこんだ。 
翠星石は奥の部屋の壁からそっと顔を出し、そんな彼を見ている。 
音が監視していると、窓越しにたくさんの兵士と戦車が列を組んで道を行進しているのが見えた。 
「ジェリー(ドイツ人の蔑称、スラング)め!こんな村を通るなんてまったくついてない!」 
男の表情には悔しさが見えた。今にも彼らに突っ込もうかというくらいの気迫だったが、その感情を押し殺し、今は相手の動きだけを真剣に観察している。 
「パンター四台にタイガー二台、兵力は八十人ほど・・・」 
男は窓から見える相手の兵力をぶつぶつと声に出して暗記する。 
そうしているうちに、やがて兵隊達は村を通り去り、男もその場に力が抜けたように座り込んだ。 
俯いたまま力なくはぁとため息を漏らす。 
よほど疲れていたのだろう。 
そんな男の目の前に小さな手とハンカチが入った。 
「あ、あの、これ・・・」 
顔を上げると、恥ずかしそうにハンカチを差し出す翠星石の姿があった。 
「ありがとう、嬢ちゃん」 
ありがたくその行為を受け取った男はそれで汗を拭った。 
「嬢ちゃん、この家に一人で住んでいるのかい?」 
どうやら男には彼女が人形ということには気づかないようだ。 
「妹が一人いるですぅ。それとマスターも」 
「マスター?」 
「あ、いや、親みたいなもんです!」 
翠星石は慌てて誤魔化した。 
「まあ事情はなんであれ嬢ちゃん一人だけだと心配だったからな」 
「嬢ちゃんという言い方はやめやがれですぅ!翠星石という名前があるですぅ!」 
「悪い悪い。翠星石。でも変わった名前だな。この辺りじゃそういう名前が流行か?」 
「知るかですぅ!」 
気さくに笑い、軽い感じの男に、翠星石はすっかり馴染んでいた。 
翠星石は名前のことで外方を向いていたが、しばらくして何も言ってこなくなったので心配になって振り返った。 
「人間?」 
翠星石が男の顔を覗き込むと、彼はスースーと眠っていた。よほど疲れていたのだろう。 

どのくらい眠ったのだろうか。 
目を瞑り、気づいたら小鳥の囀りが聞こえてくる。 
その囀りで男ははっと目を覚ました。 
ふと気づくと、体には毛布がかけられていた。おそらくあの少女がかけてくれたのだろう。 
「おーい、嬢ちゃん!どこ行ったんだい?」 
大声で呼ぶと、奥の部屋から足音が聞こえてきた。 
「もう行くのですか?」 
男は立ち上がって、トンプソンM1A1短機関銃を両手に持った。 
「ああ。ここから中継地点の無線機を借りればあの機甲部隊の情報は伝えられる」 
「そうですか」 
翠星石は寂しそうな顔をして言った。 
「心配しなさんなって。ここからならそう遠くはない。それに長居して迷惑かけるわけにもいかんからな」 
そう言って男はドアの方へ振り向いた。 
その時、翠星石は男の右腕から血が出ているのに気がついた。 
「あ、人間!血が!」 
「ん?ああ、俺も全然気づかなかったぜ。多分銃弾が霞めたんだろう。大丈夫さ」 
激しい戦闘状態では、耳や目といった気管が麻痺することもある。銃声によって精神異常を来たすということもあるくらいだ。 
この男の場合もそういった部分に該当するのだろう。 
「大丈夫じゃねえです!早くこっち来るです!」 
翠星石は男の腕を強引に引っ張った。 
「おいおい、いいって!」 
「いいから来るです!」 
そのまま男は椅子に座らされた。 
そこへ翠星石が包帯を持ってやってきた。 
「ほら、腕を見せるです!」 
「あ、ああ(世話焼きな子なのか?)」 
男は翠星石の強引な言い草に従い、上着を脱いで腕を見せた。 
血が出ているところに翠星石は小さな手で包帯を巻いていく。 
それをかわいい子だな、と思いつつ見つめる男。 
「嬢ちゃん、綺麗な目してるな」 
「え?」 
翠星石は赤面して目線を逸らす。 
「俺も嬢ちゃんみたいな子をカミさんにしたいぜ」 
「ええ!?そ、それは・・・」 
さらに赤面して慌てる翠星石。 
「はは、冗談だよ。ま、国帰ってから見つけるとするか」 
「か、からかうなですぅ!ほら、これで大丈夫ですよ」 
「ありがとうな。面倒かけちまって」 
包帯を巻き終わると、男は服を着て、荷物を提げ、いよいよ家を出る準備をした。 
ドアの前まで見送りにくる翠星石に、男はポケットからお菓子を渡した。 
「お礼と言っちゃなんだが、このチョコレートをやるよ。じゃあな」 
「怪我しないように気をつけるですよ!」 
「世話焼きな子だなあ。心配しなくても死なない限りいつでも包帯巻かれにやってくるよ!」 
男はジョークを言いながら家を出て行った。向かう先は生死を賭けた戦場。 
全速力で走っていく男の姿がだんだんと粒のようになって見えなくなっていく。 
翠星石にとってはたった数時間の劇的な出会いであったが、気の会ういい人に会えたという気持ちのほうが強かった。 

それから数日が経った。 
翠星石はいつもの様に窓から外の風景を眺めていた。 
すると遠くから戦車や兵士達が列を成してやってくるのが見えた。 
それが翠星石の家の近くを通った時のことだった。 
一人の男が手を挙げている。それは紛れもない、この前出会った男だった。 
翠星石は嬉しくなってその男に見えているかはわからないが、笑って返すのだった。 

終 

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