それは気持ちの良い初夏の昼下がり。
翠星石は、桜田家の庭に群生しているシロツメクサで花冠を作っていた。
「完成したらチビ人間にあげるです。あの部屋には緑が無くていけねーです。ふふふ」
そんな事を考えながらも、とても静かで穏やかで、あまりの心地好さに
彼女は誘われるままにいつしか縁側で眠りに落ちていった。
まぁ、そこまではごく平和な日常の光景。
日にあたりながら縁側ですやすや眠る翠星石。だがその格好はあまりにも無防備。
更にはそよ風でスカートがめくれてパンツ丸見え状態で眠りこけている。
乙女としては、かなり痛い格好。
そこに雛苺がやって来た。何か探し物をしているらしい。
あられも無い姿で眠る翠星石を見つけた彼女は、
ちょっと声をかける事をためらったものの、彼女の体をゆすって自分の探し物を尋ねる事にした。
「翠星石ぃ〜ひなのうにゅーがないのぉ、一緒に探して欲しいの〜」
「う〜ん…知らないです、そんなの自分で探すです…翠星石は忙しいです…」
「だってだって…」
「あー…もう、チビ苺のうにゅーなら翠星石が食ってやったです…だからあっち行けです」
面倒くさそうに寝ぼけながら答える翠星石。
その言葉にショックを受けた雛苺は、半泣き状態で部屋の中にかけ戻っていった。
「翠星石の、いやしんぼーーーーーっ!!」
やがて戻ってきた雛苺の右手にあるのは油性マジック。
「翠星石なんか、こうしてやるのっ!」
悔し紛れに雛苺は翠星石の顔にドジョウヒゲを書き込んだ。
しかも先をくるくるカールしたヒゲである。
それはまさしくフランス風、例えて言うならピエールとでも形容するのだろうか。
いや、ピエールが誰かは知らないけど。
何も知らない翠星石は、そのまま大股開いて幸せそうに眠っている。
その光景を双眼鏡で覗いていた金糸雀が、チャンス到来とばかりにやって来た。
「うわっ、なんて大胆な格好なのかしら〜、でもこんなチャンス滅多にないかしら、ふっふっふ…」
そう言うと、金糸雀は翠星石の股の間に100円均の象ジョーロを挟み込み、
右手にでんでん太鼓、左手に万国旗を持たせてポーズを付け、
それから近くに落ちていたマジックを見つけると、風に髪が乱れている翠星石のおでこに
「肉」にしようか「米」にしようか「中」にしようかと迷った挙句、やっぱり「肉」と書き込んで、
そそくさとヤラセ写真を撮りだした。
かなりおばかな格好なのだが、当の翠星石はいい気持ちで眠っている。
「うはぁ〜すっごいかしら〜、みっちゃん喜ぶかしら〜」
一通り写真を撮り終ると、金糸雀は喜び勇んで帰っていった。
白い肌着から緑の象さんがにょっきり生えている状態で喜ぶとしたら、みっちゃんもかなりのアレである。
いや、アレが何かは特定しないけど。
蒼星石は全てを見ていた。何て説明したら良いのだろうと悩みながら、とりあえず姉の身なりを整えて、翠星石を起こす事にした。
「翠星石…そろそろおきなよ…」
「う…ん、あぁ…蒼星石」
さわやかな気分で眠りから目覚めた翠星石の心は安らぎに満たされていた。
「あのさ、…聞いて欲しいんだけど…」
「あ、そうだ、花冠…蒼星石はちょっと待ってるです」
「あ、いや、あの…ちょっと…」
こうして翠星石は話も聞かず、ジュンに会うために階段を登っていったのだった。
「チビ人間―!庭の草花で冠を作ってみたですぅ」
季節を感じさせる花冠を被りながら、翠星石はジュンの部屋に入っていった。
ジュンと真紅はしばらく呆然と翠星石の顔を凝視し、やがてハモりながら返事をする。
『…トレビヤ〜ン』
…やはりマジックでドジョウヒゲのイメージはピエールなのか。
いや、ピエールとマジックは関係なくもないんだけど、雛苺がフランス帰りって事で、解る人だけ解ってください。
その返事を言葉通り受けとめた翠星石は、顔をほころばせながら嬉しそうにはしゃいでいる。
「そんな…おだてたって何もでねーですよ、でもこれはジュンにあげるです」
もともとその為に作ったものだ。
「……」
珍しく素直に嬉しさを表現している翠星石を、ジュンは何か言いたそうな顔をして見つめている。
その視線に気付いて、少し照れながらうつむいて小さな声でささやくのだった。
「…チビ人間、そんなに見つめるなーですぅ…」
二の句が続かないジュンを、真紅が傍から肘で突っつく。
我に返ったジュンは、翠星石の頭をなでながら労わりの言葉をかける。
「…もし、何か困った事とか悩みがあれば、いつでも相談に乗るからな」
思いがけない優しい言葉に、つい赤面する翠星石。
「じゃ、チビ人間は勉強がんばるです、翠星石は応援してるです」
そう言い残して、嬉しいような恥ずかしいようなそんな心を悟られないように、翠星石はジュンの部屋を後にする。
翠星石が去った後、ジュンは真紅に問うのだった。
「あいつ…何か悲しい事でもあったのか?」
「さぁ…知らないわ」
翠星石、嗚呼…哀れ。
階下で蒼星背石が待っていた。
「蒼星石―!ジュンが翠星石の花冠をトレビヤンって言ったですぅ!しゃーねーから花冠はくれてやったですぅ!」
うきうきはしゃぐ姉に、蒼星石はもう何も言えなかった。
「あのさ…鏡持ってきたから…」
「へっへーん、鏡を見せて何をしようって言うです?この妹は…」
そう言って上機嫌で鏡を覗き込む翠星石。 そして笑顔で固まった。
「………うふ…ふふ・・ふ」
「あの…だいじょうぶ?」
「…うふ、くふ、ふふふふふふ…!!!」
状況を理解した翠星石は、不気味に笑い続けたと言う。
その時の姉は野獣の様だった、と蒼星石は述懐している。
そしてその後、翠星石は泣きながら1日中家の中で暴れたという…。
因みに、翠星石の知らない間に撮られた写真は、みっちゃんのお気に入りとして、
彼女の部屋に四つ切サイズで飾られているらしい。
おしまい