復学に向けて勉強をしている最中、真紅が背後から僕を呼んだ。 
「ジュン、何か面白い本はないかしら?」 
「物置にあるだろ? 探してくればいいじゃないか」 
「全部読み終えてしまったのだわ」 
「……ほら」 
 今の僕にとっての最優先事項は、参考書と柏葉から借りたノートとのにらめっこだ。煩 
わしさも手伝って、僕は机の上にあった広辞苑を、無造作に後ろに放った。背後でバサッ 
と大きな音がしたのと同時に、真紅の怒鳴り声が聞こえた。 
「危ないじゃないの! 私が潰れたり壊れたりしたらどうするの!」 
「せいせいする」 
 もちろん冗談だったが、真紅を怒らせるには十分過ぎる一言だった。 

 ヒュッ……ガスッ! 

 延髄に激痛が走った。「いってえぇぇぇっ!」と喚く事が出来れば、どんなに良かった 
だろう。一言も発する事が出来ず、僕は床に倒れた。僕の目の前に、さっき投げた広辞苑 
が転がっていた。広辞苑の更にその先、ベッドの上で、真紅が顔を真っ赤にして仁王立ち 
していた。 
「……ど、どうやって投げたんだ、そんな重い本を……?」 
「火事場のクソ……じゃなくて、馬鹿力なのだわっ!」 
 真紅の赤い顔が更に赤くなったようだ。それはそうと、僕の目が霞む。意識が朦朧とし 
てきた。真紅を睨みつけたいところだが、もはやそれさえも叶わない。真紅がベッドから 
飛び降り、床の広辞苑をいかにも大儀そうに両手で抱え上げた。 
「随分と分厚くて重い本ね……まぁ、せっかくだから読ませてもらうわ」 
「ど、どういうつもり、だよ……真紅……?」 
 僕の力ない抗議を無視して、真紅はよたよたと部屋のドアに向かう。僕は重ねて尋ねた。 
「こ……答えろよ、真紅……僕が……こ、このまま……起き上がらなくなったら……」 
 僕の問い掛けに、真紅は澄ました顔をしながら言った。 
「せいせいするわね」 
「――――!」 
「大丈夫よ。力は加減しているから、死ぬような事はないわ。もっとも、半日ばかり悪夢 
にうなされる事になるだろうけど」 
 動けない僕を冷たく一瞥すると、真紅は一旦広辞苑を床に置き、ステッキでドアを開け 
た。僕の横をすれ違いながら、真紅は止めの一言を口にした。 
「ジュン。私は、あなたが私に言ったのと同じ事を言っただけよ?」 

 キィ……パタン 

 閉まったドアの向こうから、段々と遠ざかっていく真紅の足音が聞こえる。 
 消えかける意識の中、僕はただ一言『ごめん、真紅』と言ったような気がした。 

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 なんか、初めて短い話を書いた気がする。 

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