久々に初心に返ってトロイメントのサイドストーリーを投下。 
スレの容量的に見ると、オイラのSS投下はこれが最後かもw 
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巴は夢を見ていた。 
雛苺と手を繋ぎながら長い道をずっと歩いていた。 
突然立ち止まった雛苺が、自分に何かを語りかけている。 
だけど、その言葉を巴は聞き取る事が出来なかった。 
繋いだ手を離そうとする雛苺を励ましたり、抱っこしたりして一緒に歩こうとするけれど、 
雛苺は困惑するだけで、その場から一歩も動こうとはしなかった。 
心の中の一抹の不安。 
手を離したら消えてしまいそうで、巴は雛苺の手を離す事ができなかった。 

明け方の窓に残る夜露が、燃えるような朝焼けに染まりながら巴の部屋の窓を濡らしている。 
眠りから醒めた巴の頬に残る涙の乾いた跡は、昨日の悲しい出来事を物語っていた。 
雛苺は巴の胸の中で動かなくなっていった。ありがとうの言葉を残して。 
魔法の時間は終わり、夏の夜の夢は足早に過ぎ去っていった。 
白い残月が儚く透き通って空に浮かぶ。 
巴は雛苺を看取った後、泣きつかれてそのまま眠ってしまった。 
部屋は雛苺が眠りについた時のままに散らかり、そこかしこに少女の面影が溢れている。 
巴は夜明けの薄明かりの中で一人、ただ一人でその思い出の中に埋もれていた。 
雛苺の残していった古い宝物。物に染みこんだ思いが、巴にそんな夢を見させたのだろうか。 

いつのまにか、巴はドールショップエンジュに足を向けていた。 
未だ昨日の悲しみは癒えず、思い出を追いかけていたらここにたどり着いたのだ。 
ドールショップの扉は固く閉ざされて、人の気配は無い。 
ガラス越しに中を覗くと、店の品物が綺麗に梱包されている。 
「閉店しちゃったのかな」 
巴の心に数々の思い出が甦り、同時にやるせない寂寥感が心を捉えて、彼女はその場に立ちつくす。 

「柏葉さん」 
ふいに後ろから、耳なれた言葉を掛けられてふり返ると、そこに白崎が立っていた。 
「お店はエンジュ先生の都合で、移転する事になりまして…って、どうしたんです?泣いているんですか?」 
堪えきれない寂しさがこみ上げて、巴は白崎に抱きついて、泣いた。 

「どう?落ち着いた?」 
「あの…ごめんなさい、突然あんな事を…」 
ガランとした引越し途中の店の中で、冷たいサイダーがグラスに泡を立てている。 
たおやかに流れる朝の静寂の中で、巴は幼い友達の死を切々と打ち明けた。 
目を閉じて彼女の話を聞いていた白崎が、やがて静かに口を開きはじめた。 
「その子はあなたの大切なパートナーだったんですね。 
だけど、これからもきっと、その子はあなたの人生を思い出させてくれるはずですよ」 
白崎は話を続ける。 
巴には、それがまるで雛苺のためのレクイエムの様に響いていく。 
「去って行った少女に思いを伝えることは出来ないけれど、でも、伝わらなくてもいい、 
その思いを大切にしてください。あなたはその子の心を受け取っているのですから」 
雛苺がくれた笑顔、生活の中で出会った人たち、精一杯に遊んだ日々。 
それは巴にとって、両手で持ちきれないほどの綺麗な花々となって胸に咲き誇っている。 
「あなたならきっと大丈夫、人生をふり帰った時、愚かしいものだった…なんて決して思わない筈ですよ」 
巴は黙って聞いていた。我慢しようと思っていてもどうにもならず、涙の雫が白いテーブルクロスに落ちて広がり、目の前がにじむ。 
「思い出は心の支えであって、荷物ではないのですから…って、ぁぁ、ごめんね、 
やっぱり僕の話って安っぽすぎるかなぁーなんて…」 

「さて、そろそろ僕はいかなくちゃならないので、失礼しますよ」 
「あの…ありがとう、聞いてくれて」 
白崎は立ち上がると、役目を終えた店の中を見回して、寂しそうに言葉を繋ぐ。 
「僕は好きでしたよ、このお店。たとえ無くなっちゃってもね。 
ここは僕の人生そのものじゃないけど、人生を思い出させてくれる場所でしたから」 
そして、白崎はにっこりと笑って去って行った。 
「役目を終えた魂に別れを告げ、再会の時のために乾杯し、自分の人生に戻っていってください。 
あなたの心は溢れるほど豊かですよ」 

店の外に降り注ぐ陽光の、その暖かさを肌に感じながら仰ぎ見る高い空。 
ひび割れた心に染み入る初夏の空の青さ。 
白崎の言葉に、不思議と少女の心は癒されていた。 
「光と闇は常に選択を求めているんですよ。過ぎ行くものであれ、残されるものであれ、全ては美しいものです」 
今は光りさす空に届かなくても、いつかこの想いは空へ届くのだろうか。 

夢を見ている。 
夢の中の雛苺は、声にならない声で何かを伝えようとしている。 
少女の声は巴には届かない。 
だけど、巴は少女に微笑を返す。 
「あなたの言葉はもう聞こえないけど…でも分かるよ、雛苺。いままでありがとう…私の方こそありがとう」 
巴の手が、ゆっくりと少女から離れて行く。一緒にいてくれてありがとう。 
その言葉に、金髪の少女は笑顔を浮かべ、やがて光の泡となって巴を包み込み、消えた。 
こぼれ落ちる涙を拭いもせずに、その光の泡を静かに見送った後、 
二人で歩く筈だった道を、巴は一人で歩き出した。 

少女は伝えたかったのだ。もう一緒に歩く事が出来ない事を。 
だから、ひとりで歩き出して欲しいと。 

「桜田君…一緒に帰っていいかしら」 
巴が図書館帰りのジュンを待っていた。 

そして、巴は数日の間に起こった出来事を知った。 
彼女は「そう…」とだけ呟くと、何も言わずに歩き出した。 
夏のかげろうの中で、言葉少なく2人は並んで歩いてゆく。 
ふと、ジュンは足を止めた。 
強い日差しが巴の横顔をきらめかせ、 
汗でにじんだ白いブラウスから、白い肌が透けるようにまぶしく輝いている。 
いままで気付かなかった事が、少年の瞳に新鮮に写る。 
「…おまえ、なんだか変わったな」 
悪戯な風は、少年の言葉を少女に届ける代わりに、少女の髪の匂いをふわりと少年に運ぶ。 
「え、何?桜田君」 
振り向く巴の姿を見て、少し顔を赤らめた少年は、足早に巴に駆け寄って俯きながら言葉を返す。 
「いや…なんでもないよ」 
いつもの飾らない巴の中に、知らない目をした少女がいた。 

もう彼女は未来を歩いて行ける。 
雛苺は巴に成長という遺産を残していった。巴はそれを受け取った。 
夏が過ぎ、時が流れて夢が色褪せたとしても 
金色の髪の少女の思い出は、彼女の胸のアルバムに時を止めて、 
いつも笑っていることだろう。 

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