暗いのだわ…… ジュン…… なぜ明かりを点けないの……? 

意識が覚醒し、うっすらと目を開け、わずかに沈黙。 
真紅は、自分を取り囲む世界が昨日までとは全く違ったものになっている事に気付いた。 

「ここはどこ……?」 

立ち上がってみる。 地面は確かにあるのだが、上も下も分からない。 仄暗く漂うおぼろげな光だけが、漂う雲霞を照らしている。 
なんと寂しく、なんと悲しげで……そして、どことなく安らぎを感じる光景なのだろう。 

「これが、あの世……なのかしら。」 

最初に受けた印象を口に出する。 確信は無かった。 しかし、その言葉が幽玄な世界を確固たるものとした。 
辺りに漂う雲霞が晴れる。 墓碑。 墓碑。 墓碑。 そこには無数の墓碑が漂っていた。 
何とはなしに墓碑へ手を伸ばす。 触れられそうなほど近くにあるのに、空を泳いだ手には何も残らない。 
この世ではない。 nのフィールドですらない。 となれば、自分は。 

「……アリスゲームに、負けたのでしょうね。」 

不思議と気分は落ち着いていた。 悠久の闘いから解放された喜びのためだろうか。 
分からない。 だが、傍目にも薄気味悪いはずのこの空間に、怖いほど安息を感じているのは確かだ。 
自分はようやく、あるべき場所に辿り着いたのかもしれない。 

「少し、歩いてみようかしら……。」 

思えば、箱庭の中で生きた生涯だった。 私は人形。 持ち主の住む家が、世界のすべて。 
今、こうして歩かなければ気付かなかっただろう。 世界は、こんなにも、どこまでも、開けているのだ。 
世界を分かつ国境線など、人が生まれる前には無かったのだ。 

真紅の心を一抹の寂しさがよぎる。 この気持ちを、ジュンたちにも伝えたかった。 
感傷のままに歩を進める。 帰る所も、いるべき所も、今は無い。 自由である事は、不自由である事なのかもしれない。 

はじめまして。 ふと、後ろから突然の声。 人? 振り返ると、不可思議。 何も無かったはずの場所に、お茶を飲む少女たちが現れた。 
少女たちはみな、独創的な身なりをしていた。 もっとも、私も人の事は言えないけれど。 
品のいいテーブルを囲み、穏やかにお茶を飲む彼女たちを見て、この輪こそ自分の居場所なのだと直感的に悟った。 

「はい、真紅ちゃん。 紅茶でいいかな? 分からない事、聞きたい事ばかりだよね。 私に分かる事だったら何でも聞いて。」 
一人の少女が、紅茶を淹れてくれた。 制服なのだろうか。 肩はむき出し、髪は染髪。 
およそシックとは言えない出で立ちだけれども。 健康的な笑顔と物腰で、心優しく家庭的な女性だと窺い知れた。 

「私の事はマイって呼んで。 真紅ちゃんの事を知っているのは……本当なら、ここには来てほしくなかったから。 私たちのように。」 
マイは悲しげに顔を曇らせている。 優しい子だ。 その想いを受け、私もまた言葉に想いを込めて問い掛けた。 

「ありがとう、マイ。 でも、私は知りたいの。 ここは何処なのか。 私は何故ここにいるのか。 ここは……死後の世界なのかしら?」 
「……そうでもあるし、そうでもない。 ここに居るのはみな。 近しい誰かの手によって命運を絶たれたものばかり。」 

……近しい誰かの手に。 悲しい響きだ。 辺りを漂う墓碑が淡い輝きを放ち、少女たちを照らしている。 
彼女たちの纏う寂寥感の理由が理解ったような気がした。 そして私も、もうこの中の一人。 近しい誰か。 愛しい姉妹たちの誰か。 

「そう……。 やはり私は、アリスゲームに負けたのね……。」 
誰に言ったわけでもなかったのだが、その言葉に反応してマイが首を横に振る。 ? ……どういう意味なのかしら。 

「違うわ、真紅ちゃん。 あなたはアリスゲームに勝った。 ここに来たのは、まったく別の理由。 ……見て。」 
突如、目の前が湖面のように漣を立て、鏡のように光景を映していく。 あれは……ジュンと、翠星石だ。 でも、なんだか様子がおかしい。 
いつも顔を合わせれば喧嘩ばかりの二人だったのに、今は一ミリの隙間も見出せないほど、ピタリと体を寄せ合っているようだ。 

「はい、ジュン{{include_html html, "!hearts"}} この卵焼きは自信作なんですよ? ほら、あ〜んですぅ{{include_html html, "!hearts"}}」 
「ば、馬鹿、やめろよ……はっ、恥ずかしいだろ。」 
「えぇっ。 ひどいですぅ。 真紅に負けちゃって、私はジュン無しでは生きていけない体になったというのに……よよよよ。」 
「へへ変な言い方するなよ! 契約だったら、真紅に負ける前からしてただろ!?」 
「はいです。 真紅に負ける、ずっとずっと前から。 私はもうジュン無しでは生きていけなかったのです。 ……それくらい、気付けです……。」 
「……翠星石。」 
「ほら、また。 私はもう、翠星石じゃないです。 じゅ、ジュンの……お嫁さん……の……桜田石ですぅー!」 
「桜田石ぃーーー!」 

……………………。 
この殺したいコントはどう解釈すれば良いのだろう。 理解不能の事態に、私は途方に暮れてマイを見た。 
マイはと言えば、さっきまでの表情が嘘のような最高の笑顔。 少女たちに謎の垂れ幕を持たせると、みなで引っ張って一気に広げた。 

『 よ う こ そ ! ヒ ロ イ ン 墓 場 へ {{include_html html, "!hearts"}} 』 

「どういう事なのだわああぁあぁぁぁーーーーっッ!!!???」 

「くっ、『の・せ・てぇ〜』のあいつさえいなければ……私が! 私がぁ〜!!」 
「枢って何よ、枢って! それ本当に日本人の名前!?」 
「あんたらはまだいいわよ! 私なんて、よりにもよって男にヒロインの座を追い落とされたのよォーー!!」 

少女たちは今や鬼女の集団と化していた。 先程までの済まし顔は演技だったのか。 醜い。 なんと醜いのだろう。 悲しさすら感じる。 
さらに悲しいのは、このヒロイン墓場を一瞬でも還るべき場所だと感じてしまった自分だ。 駄目だ。 認めるわけにはいかない。 

「私は! れっきとしたヒロインなのだわ! 人気も存在感も、なんら問題は無いはずよ! 貴女たちとは違う!!」 
私の反論を鼻で笑い飛ばすマイ。 

「笑わせないで! ヒロインには絶対に不可欠なものがある! 『逆境』と『ロマンス』! この二つでファンを魅了してこそ真のヒロインなの! 
 『順風満帆』はヒロインを殺す遅効性の毒なのよ! 真紅ちゃん! あなたは『順風満帆』に浸ってなかったと言える!? 
 『逆境』は水銀燈ちゃん! 『ロマンス』は桜田石ちゃん! ライバル二人に勝る場面を演出できたと言えるのぉぉーーー!!??」」 
「 桜 田 石 言 う な ! ! ! 」 

思わずレディの品格に欠けた返答をしてしまった。 くっ、ヒロイン不適合者の分際で腹立たしい……! 
腕もげ〜絆パンチは最高の逆境だったし、「ここを動かないわよ、ずっとよ」は立派なロマンスだったじゃないの。 

得意げに弁舌を奮ってはいるが、そもそもマイの場合、単純に怒っている時の鬼面がいけないのではないだろうか。 怖いもの。 
でも、彼女たちの言う事にも一理ある。 私は順風満帆な現状に満足してはいなかったか? 
高みを目指す心を失ってはいなかったか? アリスゲームに勝ってもヒロイン争いに脱落するようでは、到底アリスには届かない。 
……もう、駄目なのか? ……いいえ。 違うわ! これが逆境よ! これこそがヒロインの証。 ならば。 私は諦めない。 最後まで闘う! 

「闘うって事は生きるって事なのだわ!」 
「あだっ!!」 
勢い良く飛び起きたヘッドドレスが、ジュンの眼窩に突き刺さった。 ……え? ジュン? 地面をのた打ち回る下僕を尻目に、辺りを見回す。 
のり、雛苺、翠星石。 お馴染みの面々。 薄汚く、狭苦しく、懐かしい部屋。 間違いなくジュンの部屋だ。 

「いっ、痛ってぇぇーー! この呪い人形! うなされてるから心配して来てみれば!」 
猛然と抗議する下僕を無視して、状況を確認。 夢? 夢だったのね。 あぁ。 お父様は私を見捨てなかった。 あの夢は警句だったのね。 
今なら分かる。 あらゆるヒロインを包括した、究極のヒロイン。 それこそが、私の目指すアリスだったのだわ。 ……そうと分かれば。 

「こ、こらぁ! お前、無視してないで、謝るなりなんなり……」 
「もぉー、ジュンくんったら、そんなに怒っちゃイ・ヤ・だっちゃ{{include_html html, "!hearts"}} ……えへっ。 ごめんなさいにゃん{{include_html html, "!hearts"}}」 

ぴしっ。 ギャラリーが停止する。 次の瞬間、なぜか私はヒロイン墓場にいた。              <<おわり>> 

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