「ジュン、紅茶を淹れてきて頂戴。」 
「ったく……なんでいつもいつも僕が……。 たまには自分で淹れてこいよ。」 
「まぁ、口答えね。 えい。 絆パーンチ。」 

ぺちり。 ジュンのほっぺに真紅の手が触れる。 
悪戯っぽく笑う真紅。 苦笑を返すも、満更でもなさそうに立ち上がるジュン。 

……。 
面白くないです。 まったくもって面白くないです。 
最近、ジュンは真紅に構ってばかり。 ツーと言えばカー。 山と言えば川。 
何だか、二人の関係が出来上がっちゃってるような気さえします。 

さらに癇に障るのがあの言葉。 

きずな。 

それは真紅とジュンの間にあって、私とジュンの間に無いもの。 
ううん、きっと、私にもあるのかもしれないけれど。 真紅たちほど強くはないもの。 

胸の内がモヤモヤする。 真紅の事は好き。 ジュンの事だって、嫌いじゃない。 
なのにどうして、二人が仲良くしてるのを見ると、こんなにイヤな気持ちになるのだろう。 

ジュンは。 真紅みたいな子が好きなのだろうか。 
真紅は一見すると高慢ちきに見えるけれど、本当の所は誠実で、優しくて、おまけに女の子らしくて可愛い。 
私はどうだろう。 ちっとも素直じゃなくて。 うるさくて。 おまけに意地悪だ。 

これじゃあ、私に勝ち目なんて無いじゃない。 

……勝ち目? ぶんぶんぶん。 何を考えているのか。 そういう話じゃないのに。 
駄目。 この方向に考え続けては駄目。 

ぺしん。 ほっぺたを引っぱたいて気合を入れる。 
そうです! なんで私が悩まなくちゃいけないのですか。 ぜんぶあの唐変木が悪いのです。 
ここらで一つ、翠星石の有り難味というものを、じっくり分からせてやるのです……! 

「ふんふんふん〜♪ 一本でも日本刀〜♪ 二足でも三戦(サンチン)〜♪ 三蔵でもフォー師ですぅ〜♪」 

かここここ。 ここは結菱家の台所。 軽やかなリズムに乗せて、泡立て器も歌う。 
ふんわり白い生クリーム。 目にも柔らかなスポンジ。 徐々に形をなしていくそれは、専門店も顔負けの美しさ。 

「なかなか出来が良さそうじゃないか、翠星石。 私もおこぼれに預からせて貰えるのかな?」 
「心配しなくても、毒見はおじじの役目ですぅ! 変な所があったら、きっちりダメ出しして欲しいです!」 

元気そうな笑顔に安堵する。 ケーキを作るから台所を貸してくれ。 窓を突き破って現れた小さな来客はそう言った。 
唐突なのはいつもの事だが、今日はなんだか元気が無かった。 
どうしたものかと思っていたが、瞳を覗き込んで分かった。 その悩み。 遠い昔に私も持っていた、その悩み。 

車椅子の背にもたれて、昔日に思いを馳せる。 それは痛みを伴う記憶でもある。 
だが、もう二度と目を背けるまい。 二葉も。 あの人も。 大切な私の一部なのだと。 憎ではなく、愛だったのだと。 
蒼星石が教えてくれたのだから。 

「うむ……品の良い味だ。 これなら桜田くんも唸らせる事ができるだろう。」 
「べっ、別にジュンのために作ってるなんて、一言も言ってないですぅー! これは自分で食べるのです!」 

下手な言い訳に、思わず笑ってしまう。 娘を持つ父親の心境とは、こういうものなのだろうか。 
あの少年の事を思い出す。 蒼星石が倒れた事に憤激し、人の身でありながら黒いドールに立ち向かった少年。 
ローゼンメイデンの背負った悲しき宿業。 あの時、彼なら、断ち切ってくれそうな気がしたものだった。 

「で、なぜこうなるですか……。」 
桜田家のリビング。 こっそりジュンだけ呼び出すはずだったのに。 

「いやぁん、美味しそうな苺の生クリームケーキぃ。 翠星石ちゃんったら、いつの間にこんなにお料理が上手くなったのかしらぁ。」 
「……ぅゅー……だぁー……」 
「雛苺、そんなに物欲しそうな目で見ては駄目よ。 これは翠星石がジュンのために作ったものなのだわ。」 

出来が良すぎたせいなのか。 こっそり運び込んだ甲斐もなく、雛苺のおやつセンサーをかいくぐる事が出来なかった。 
こうなると、一人前しか作ってこなかったため、誰のためのケーキなのか、白状しない訳にはいかず。 全くもって晒し者だった。 

そうこうしている内に、照れ臭そうにジュンがケーキを皿に移す。 運命の時が来たのだ。 

「お〜っ。 見た目は凄いな。 味は知らないけど。」 

ふんっ、そんな失礼なセリフを吐けるのも今の内ですからね。 
ジュンのスプーンが口に運ばれていく。 何だかローザミスティカがバクバク言ってます。 どきどきどき……。 
ぴたっ。 ジュンの動きが止まった。 ……? なんで食べないんですか? 

「お前……まさかとは思うけど、このケーキに何か仕込んであるんじゃ……?」 

うぐっ。 ううぅ、我ながら信用が無い……。 無言のまま、怒ったように睨み返す。 
ジュンは視線を逸らしつつ、ケーキを口に運んだ。 まったく……。 もくもくもく。 ごくん。 
彼が感想を言うだろうと待ち構えている間が、私には永遠のように感じられた。 

「……ふーん。」 
でも、ジュンは一言そう言ったきり、また黙々とケーキを食べ始めた。 
な、なんですかそれは。 それで終わりですか? お前はもうちょっと気の利いた事が言えないのですか、このチビ人間! 
「美味しかったよ」とか、「嬉しいよ」とか、「翠星石は凄いな」とか……。 

かたん。 突然に。 ジュンはスプーンを置いて席を立ち上がった。 

「美味かったよ。 ごっそさん。」 
え? 机の上のケーキはまだ半分以上残っている。 え? ごちそうさま。 って。 

「じゅ、ジュンくぅん。 まだ結構残ってるわよぅ〜? 雛ちゃんが食べちゃっても知らないわよぅ〜。」 
「……うーん。 その、味は悪くなかったんだけどさ。 ちょっと僕には甘すぎるんだよな。 とても全部は食べられないよ。」 

ぽとり。 
いつもみたいに。 怒り出して、ジュンを引っぱたいて。 笑い話にしてしまえば良かったのに。 
ぽとり。 ぽとりぽとりぽとり。 あれ。 

「え?」 
あれ。 あれ、あれ、あれ。 ちがう。 ちがうの。 そんなつもりじゃ、ない、のに。 

「翠……っ……?」 
私の瞳からは。 涙の粒が、一つ、また一つと、零れ出していた。 

「あっ……。」 
ジュンの瞳に後悔が浮かぶのが見える。 やめて。 そんなつもりじゃ無いの。 
のりも、真紅も、雛苺も。 そんな目で見ないで。 

こういう結果だって予想してた。 笑ったり、怒ったり、違う結末を選べるはずだった。 
なのに。 今、私の頭は少しも回らなくて。 涙だけが頬を伝っている。 

何ですか、この涙。 止まって。 やめて。 これじゃ、同情されたくて泣いてるみたい。 
止まって。 止まれですってば。 どうして止まらないの。 
ちっとも泣きたくなんて無いのに。 堪えようとすればするほど、一層涙が溢れてくる。 

私は今、どれだけ嫌な女に見える事だろう。 
私は今、どれだけ幼稚で情けなく見える事だろう。 
私は今、どれだけみっともなくて、みじめで、いたたまれなく見える事だろう。 

「翠せ……」 
ジュンの声。 いや。 慰めの言葉を言おうとしている。 聞きたくない。 聞きたくない。 
ジュンのせいじゃないのに。 私が、泣いたせいで。 いや。 嫌。 嫌! 私は逃げるように部屋を飛び出した。 

人に見られたって構うものか。 私は当てもなく外を走っていた。 
自分で自分が嫌になる。 どんなに奇麗事を並べたところで。 どんなに言い繕ったところで。 
私は見返りを期待していたのだ。 絆という言葉に、見返りを要求していたのだ。 

真紅とジュンの「絆」に比べて、それは酷くちっぽけなような気がして。 それはそのまま、私自身のちっぽけさで。 
いやだ。 また涙がこぼれてきた。 どこまで私は弱いのだろう。 

ぽつり。 ぽつぽつ。 雨が降り出した。 こんな気持ちの時に、雨なんて。 嫌い。 みんな嫌い。 
泣き疲れて、走り疲れて。 気付けば私は、結菱の庭園にいた。 
帰りたくないな……。 このまま雨が、やまなければいいのに。 そんな事を考えていた、その時だった。 

「また泣いているの? 翠星石。」 

……そんな。 この声。 私が、聞き間違えるはずが、ない。 信じられない気持ちで声の方に振り向くと。 
そこには、蒼星石が立っていた。 

驚きのあまり声が出ない。 自分は夢でも見ているのではないだろうか。 

「あじさい……綺麗に咲いたね。 雨が嫌な季節だけれど。 この花が慰めになってくれる。」 
慈しむように庭を回る。 雨が彼女を避けるように降る。 不思議な事ばかりだ。 

「蒼せ……嘘……どうして……?」 
「君が泣いていたから。」 

蒼星石は私にみなまで言わせなかった。 暖かい手が肩に回る。 それだけで、理屈はどうでも良くなった。 
気付けば、私は蒼星石にもたれ掛かって、無心に泣いていた。 

「どうして泣いているの? ジュンくんに酷い事を言われた?」 

優しい声。 蒼星石の指が、私の髪を梳き上げる。 それだけで、暖かい気持ちになれた。 
何もかも話した。 真紅とジュンを見ていて、胸が苦しかった事も。 
ケーキ作りの顛末も。 自分が相手に見返りを求めていた、その心根の小ささも、何もかも。 

うん。 うん。 蒼星石がひとつ相槌を打つ度に、心がひとつ軽くなっていった。 
全部話し終えて。 後は何を言うでもなく寄り添って。 そんな時間がどれくらい続いただろう。 蒼星石が問い掛けてきた。 

「翠星石はどうしたかったの? 真紅を蹴落としたい……なんて考えてた?」 

えっ。 ぶんぶんと首を振る。 私がしたかった事? 言われて、初めて気付いた。 
ああ、そうだ。 喜んでほしかった。 いつも、喧嘩してばかりのジュンに。 笑ってほしかった。 それだけだった。 

「僕は、みんな同じだと思う。 真紅も、ジュンくんも。 自分のしたいようにしているだけだと思う。 
 相手に笑ってほしいから。 泣いている顔を見たくないから。 喜んでほしいから。 それは、翠星石と何も違わない。」 

私は、答えなかった。 ただ黙って、蒼星石の言葉を聞いていた。 

「相手に笑ってほしいと思う事を見返りと呼ぶなら。 僕は、見返りを求めてほしい。 
 あの人が喜んでくれて嬉しい。 あの人が喜んでくれなくて悲しい。 なんて素敵な事だろう。 
 だって、ほら。 僕は君からお返しを貰おうなんて思った事は無いけれど。 君が笑うと、こんなに嬉しい。」 

そう言って。 蒼星石は綺麗な笑顔で笑ってくれた。 本当だ。 それはとっても素敵だった。 

こっしゅんこっしゅん。 鍋で栗を加熱、加熱。 
背中におじじの物問いたげな視線を感じるけれど、あえて無視。 

「そう言えば……不思議なんだがね。 さっき、庭の方にあの子の姿が見えたような気がしたよ……ふふ。」 
「蒼星石は雨女でしたからねぇ。 そういう事もあるかもですぅー。」 

そう。 気が付けば蒼星石はいなくなっていて。 カバンを開ければ、そこにはいつも通りに眠る彼女。 
当たり前。 ローザミスティカ無しに動ける筈が無いのだ。 じゃあ、さっきのあれは何? 
分からない。 分からなくていい。 そう。 蒼星石は、いつだって私に勇気をくれる。 大事なのはその事実。 

私は、覚悟を決めて、もう一勝負する事にしたのだった。 

「はぁ……。」 
駄目だ。 あちこち探し回ったけど、全然見つからない。 どこ行ったんだよ、まったく。 
通り雨も上がって、空はすっかり夕焼けに染まっている。 
下校する学生服もちらほら。 顔を隠すように歩く僕。 くそっ。 もう帰るぞ。 
……と、もう何回思っただろう。 その都度、あいつの涙がちらついて。 結局、この時間まで帰れなかった。 

仕方ない。 とりあえず、一度家に帰ろう。 ひょっとしたら、もう家の方に帰ってるかもしれない。 

「遅いですよ! もうお夕飯の時間ですぅー!」 
……。 本当に帰ってやがった。 人をこんだけ心配させといて。 
そりゃあ、文句が百も二百も思い浮かんだけれど。 何だかホッとしたのも事実だった。 

「それはこっちのセリフだっての。 今度からは行先言って出掛けろよな。 足にマメが出来るかと思った。」 
「……ごめんなさい、です……。」 
ポンと頭を叩いて、おしまい。 空元気出してるってのは、一目見て分かったから。 
これでいいよ。 これで、ケーキ騒動は終わり。 

と思っていたのだが。 そうではなかった。 
時刻にして夜11:00。 桜田家の夜は早い。 姉ちゃんも真紅たちも、今はとっくに夢の中だ。 

風呂上りにリビングでくつろいでいた僕の前に、翠星石が現れた。 手に、ケーキの皿を引っ提げて。 

「翠星石は、ケンカとか嫌いですから。 絆パーンチ!とか、そういうのは無理です……けど。」 
たどたどしく喋る翠星石は、いつになくしおらしくて。 僕は茶化す事ができなかった。 
そして彼女が差し出したのは、手作りのモンブラン。 示す所は一つ。 これは昼間のリベンジなのだ。 

「……き………絆モンブラン、です。 ありがたく噛み締めろ、です……。」 
何かを怖がっているような、弱々しい瞳。 まるで出会った頃のようなその姿。 
いつまでもそんな顔を見たくなかったからだろうか。 僕は、無意識の内にモンブランに手を伸ばしていた。 

「ど……どうですか?」 
「………甘ぁ。」 
僕に合わせて、甘さ控えめに作ったのだろう。 それでも僕には、やっぱり鬼門の甘さだった。 ……けど。 

「……でも悪く、ない。 うん。 ………………………美味いよ。 サンキュ。」 
碧のゆらめき、緋のしずく。 彼女の瞳はみるみる潤み、破璃の涙が頬を伝った。 うん。 もう仲直り。 うん。 
……れしい、です……。 え? 声が小さくてよく聞き取れない。 顔を近づけると、パタパタと手を振って慌しく彼女が言う。 

「で、でも、本当に大丈夫だったですか? 本当は無理してるとか……。」 
ったく。 泣き虫。 泣くなよ。 笑えって。 今、僕に出来る事。 膝の上にひょいと翠星石を抱き上げた。 

「そんなに心配なら、自分でも食べてみろよ。 ほら、あーん。」 

え。 え。 え。 いきなりのできごと。 にびに煌く優しいお誘い。 見つめる私はパンク寸前。 
耳はガンガンうるさいし、私が薬缶なら今にも吹き零れてしまいそう。 
だ、だって……このスプーンは今、ジュンが使ってて……コレで食べると言う事は……つまり…………。 
私が私に押し問答。 頭の中は堂々巡り。 食べますか? 食べませんか? 今なら甘ぁいオマケが付いてくるかもです。 

少しの沈黙。 ……おずおず。 はくり。 もくもくもく。 こくん。 モンブランが喉を通り過ぎてゆく。 

「な? 美味いだろ?」 
こくこくこく。 ほんとは、味なんて、全然分からなくて。 茹で上がったこの顔じゃ、とても彼の方は向けなくて。 

あぁもぅまったくこの鈍感。 やられっぱなしじゃ収まらなくて。 彼の指からスプーンを取ると、私もケーキを一掬い。 
はい、あーん。 湿り気を帯びた銀の輝き。 その煌きの意味する所に、ようやく彼も気付いたようで。 
二人して、耳まで真っ赤になって。 ちょっと顔を見合わせて、すぐそっぽ。 あぁ。 もう確かめるまでもないくらい。 

これは絆。 

テレワークならECナビ Yahoo 楽天 LINEがデータ消費ゼロで月額500円〜!
無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 海外旅行保険が無料! 海外ホテル