「まずいな〜、もうこんなもの送ってくるなよ」
ジュンは倉庫のずっと奥の方に『お中元』と書かれた木箱を仕舞った。
おそらく両親宛のものだろうがずっと不在の彼らに送ったところであまり意味がない。
かといって、その木箱に入った品物はジュンにものりにも無用のものだった。
とりあえずジュンとしてはここに仕舞っておく以外になかったのである。
「いつ渡せるか分かったものじゃないよな」
そう言って倉庫をあとにするジュンの影で怪しく光るオッドアイがあった。
「イッヒッヒ、見つけたですぅ、こんなところに隠すなんて所詮チビ人間の
浅知恵ですぅ」
倉庫の奥でニヤリと笑いながら翠星石は木箱を取り出し、両手に抱えて小走りに駆け出していく。当然なのかどうか、翠星石には木箱の中身が何かなど分かっていない。
ジュンには見つからないようにリビングの片隅でそっと木箱を開ける。
「さ〜てご開帳ですう」
木箱の中から出てきたのは年代物らしい(?)赤と白の2本のワインだった。
「お酒、ワインのようですぅ」
翠星石が2本のワインをしげしげと見つめているとき、後ろから声がかかった。
「ねぇ、翠星石何してるの?」
「ヒィィィィッ?!な、何言ってるですチビ苺、す、す、翠星石はべ、べ、別にこの
ワインを独り占めしようなんて、ぜ、ぜんぜん思っていないですぅ!と、とりあえず
駆けつけ3杯ですぅ!チビ苺も飲みやがれですぅ!!!」
あせりまくりながらまくしたて、ワインのコルクを開けてグラスにワインを注ぐ、そして
そのグラスを雛苺に差し出した。
「うぃ?それお酒なの、飲んだらのりがめっめーなのよ」
差し出されたワインを雛苺は受け取らずに翠星石に答える。
翠星石は少しひるんだが、屁理屈をこねてさらに勧めた。
「それは人間の場合ですぅ、私たちローゼンメイデンにはまったく問題なしの
すっとこどっこいですぅ」
「うゆ〜、そうなの〜」
雛苺は差し出されたワインを受け取ると一気に飲み干してしまった。
「うゆ〜、おいしいけど何か変なの〜、頭がクラクラするの〜」
いきなりの千鳥足、フラフラになった雛苺はそのまま倒れて眠ってしまった。
「ちょ、チビ苺!起きるですぅ!たった1杯で情けねえですぅ!」
雛苺の胸倉を掴んで無理やり起こそうとするが雛苺が起きる気配はない。
のりが帰ってくるまでに事態を収拾したい翠星石だった。
「騒々しいわね、何をしているの?」
くんくん探偵を見るためにリビングに下りてきた真紅が翠星石に詰問する。
「雛苺?これは、翠星石、貴女、雛苺に何をしたの?」
「え、あの、その違うです、チビ苺にワインを飲ませたなんてこと、あ、あ、
ありえねえですぅ!」
持っていたワインを後ろに隠したはいいが、思い切り自分の口からバラしてしまっている。
「雛苺にワインなんて100年早いのだわ、それぐらい貴女にだって分かるでしょう」
真紅に睨まれて翠星石は押し黙ってしまった。
「で、そのワインはどうしたの?」
「そ、そのチビ人間がコイツを隠すのを見たですぅ。べ、別にジュンの行動を監視していたわけではないですぅ。真紅とばかりいっしょでちょっとムカついたなんて思ってないですぅ」
後半部分を聞いたときに真紅のこめかみが疼いたのは気のせいだろうか。だがある程度の
事情は飲み込めた。
「とりあえず雛苺に飲ませてしまったことは仕方ないわね。まだワインは残っているのでしょう?」
「もちろんですぅ、でもどうするですか?」
困ったような表情で翠星石は真紅に尋ねる。
「せっかくなのだから私たちで頂きましょう。どうせジュンものりも飲まないのだから、
私たちで始末をつける以外にないでしょう」
そう言ってグラスを持つと翠星石にワインを注がせた。
「分かったですぅ〜、さあ真紅、ガンガン飲むですよ〜」
ワインをなみなみ注いで、さらに自分のグラスにも注いでいく。
「それじゃあ乾杯ですぅ〜」
真紅と翠星石はワインを一飲みで干していく。1杯、2杯、3杯と続けて飲み干していった。
「さてとそろそろ中断するか」
ずっとネットを続けていたジュンがそう言って部屋を出てリビングに向かう。
ガチャ!
リビングに入ったジュンが見たものは!(←火曜サスペンスのテーマを想像して下さい)
酔っぱらった真紅と翠星石の姿でした。(だめだこりゃ)
翠星石はジュンを見るなり喚き散らす。
「おうおうおう!チビ人間!酒だ!酒!酒買ってこいですぅ!!!」
「な、なにやってんだお前ら!!」
「見て分からんですか!このトウヘンボクですぅ!!とにかく酒ですぅ!!」
喚きながらジュンの脛に低空ドロップキックをかます翠星石。その横では真紅が
ジュンをじっと見つめている。
「ジュン」
呼びかけると同時に真紅はジュンに抱きつき、ところ構わずキスしまくる。
「うわッ!わッ!わッ!うわわわッ!!!!」
ジュンは狼狽して慌てて真紅を突き放す。
「ジュン、なぜなの、なぜわたしを拒むの?」
半泣きで真紅はジュンに詰め寄る。ある意味で凄まじい迫力ではあった。
ジュンは半ば逃げるようにリビングを出て翠星石に命じられるまま酒屋へとダッシュした。
「翠星石に会うのも久しぶりだな」
蒼星石は鏡から現れるとリビングへと歩いていった。
「やあ、翠・・・星・・石・・・・?」
蒼星石はベロンベロンに酔っぱらっている姉の姿を見て絶句した。
「おう来たか!蒼の字!駆け付け3杯ですぅ!とっとと飲みやがれですぅ!!」
翠星石は台所にあった焼酎を持って蒼星石に迫る。
「ちょ、ちょっと翠星石、目が座ってるよ。うわ酒臭い!!」
翠星石は蒼星石を捕まえるとコップにも注がず、瓶のまま焼酎をラッパ飲みさせる。
「だ、だめだよ、翠星石、僕、お酒は無理・・・うぐ!」
「酒は飲んでも飲まれるなですぅ。蒼星石もしっかり飲むですよ〜」
言葉とは真逆に完全に酒に飲まれている翠星石、蒼星石は半分残っていた焼酎を
一気飲みさせられ、頭がボーッとなっていった。
「蒼星石、どうしたですぅ?」
うずくまっている蒼星石に翠星石が問いかける。
ギラリ!
蒼星石の両目が光ったかと思うと、蒼星石は翠星石をいきなり正座させ説教を始めた。
「いいかい翠星石、僕たちローゼンメイデンはお父様の願いを叶えることが何よりの使命だ。君には呆れるくらいそうした意識が欠けているよ。そもそもこんなこと・・・」
「そ、蒼星石、酔っぱらってるですか?」
蒼星石の言葉を遮って翠星石が問いかける。
「ぼ、ぼ、僕は酔っぱらってなんかいない!!!ヒック」
完全に酔っぱらってます。ありがとうございました。
このあと蒼星石は酔いの醒めた翠星石に小一時間説教を食らわしました。合掌。
一方の真紅、翠星石に分けてもらった焼酎をちびちびと飲みながら泣いていた。
泣き上戸、キス魔だったらしい。しかも対象であるジュンは逃げてしまっていた。
「ジュン、ジュン、私といっしょにいたいのではないの・・・・」
半ばヤケ酒、ローゼンメイデンの誇りもどこへやら・・・・
その時、TVの画面から黒い羽根を舞わせ水銀燈が現れた。
「あらぁ、おマヌケさんの真紅ぅ、何を泣いているのぉ」
「・・・水銀燈」
「情けない顔、ブサイクだわぁ、でもそれがお似合いよ」
水銀燈にとっては今の真紅は泣きべそをかいたマヌケな人形にしか見えなかった。
アリスゲームを始めるため戦闘態勢に入ろうとする水銀燈にいきなり真紅は抱きついた。
「うわあ〜〜、水銀燈!!」
抱きつかれた水銀燈は虚を衝かれた。
「な、なによ!なんなのよ!!離しなさい!!」
しがみつく真紅に水銀燈は必死に振り払おうとする。
「ジュンは、ジュンは私のことが、ああ〜!!」
「な、なに真紅、貴女酒臭い!!!」
「ジュン〜〜!!うぅ、うえぇぇぇぇぇ・・・・」
なおも振り解こうとする水銀燈だったが、それが思い切り裏目に出た。
目が回った真紅の気分は一気に悪くなった。
「ああああ!!!真紅〜!!私のドレスに吐かないでぇぇぇぇぇ!!!!!」
すべてが遅かった。水銀燈のドレスはゲロまみれになり悪臭が鼻をついた。
今度は水銀燈が泣く番だった。
「し、真紅〜、なんて、なんてことするのよ!うわ〜ん!お父様!!めぐぅ!!!」
真紅は水銀燈を倒した。真紅、お前は鬼か。
「ふんふん♪ちょっと買いすぎちゃったかしら。みんな待っててね、おいしい
花丸ハンバーグを作ってあげるから」
のりは鼻歌を歌いながら上機嫌で家路についた。
「みんな〜、ただいま〜」
返事がないのを不審に思いながら台所へと向かう。そしてリビングで見たものは!!
転がる酒瓶、管を巻く蒼星石、迎え酒の翠星石、そして泣いて吐いてる真紅・・・・
のりを怒りは限界を超えた。
「なにしとんじゃあ!!おどれら!!!」
というわけで、この日の夕飯はもちろん、翌日の朝も飯抜きになりましたとさ。
めでたしめでたし。