ジュン君!ジュン君!」 
のりの呼びかけにも、彼の返事が返ってくる事はない 
ベッドで寝込んでいるジュンは、荒い息を立て苦悶の表情を浮かべている 
「はぁ、はぁ、」 
のりの後ろで見ているドール達も、心配そうに様子を窺っていた 
「ジュン〜・・・」 
「・・・チビ人間」 
のりは頭の上の湿ったタオルを、ベッドの傍に用意した水の入った桶に浸して冷やし 
しっかり絞って、また乗せ直す 
病院で言われた事は、渡された錠剤とあとは様子を見る事だけ 
のりは、医者の指示に従う事しか出来なかった 
目の前に苦しんでいる弟がいるのに、こうして見ている事しか出来ない自分が情けない 
一緒に様子を見ていた真紅は、他のドール達に退席を煽る 
「私達が居ても邪魔よ、外で待ってましょう」 
「・・・なの」 
「・・・はいです」 
2歩3歩、歩を進める度に雛苺はジュンに振り返る 
真紅と雛苺に続き、翠星石も部屋を出る 
ドアを閉める際に、翠星石もベッドのジュンに目を向ける 
のりの瞳の下で、苦しそうにジュンが荒い息を立てている 
何かジュンを助ける方法はないか、ただそれだけを考えていると 
頭の中で、ふと何かがひらめいた 

部屋を出た廊下で、雛苺は溜まっていた想いを真紅に問い掛けた 
「ねぇ真紅〜、ジュン、大丈夫だよね?」 
それに真紅も躊躇なく答える 
「大丈夫よ、あれくらいで死ぬ家来じゃないわ」 
「でもでもー、ジュンとっても苦しそうだったのよー」 
「のりだって付いてるんだもの、大丈夫よ、きっと」 
口では言う物の、真紅も心の中で不安を抱えていた 
ジュンの容態は、右腕の指輪からも感じ取れる 
ジュンから流れてくる意識、それが今確実に弱まっている 
ドアが開き、のりが部屋から出てきた 
彼女の表情は曇ったままで、のりの口元にドール達の注目が一斉に注がれる 
「ねぇーのりー、ジュンは大丈夫なのー?」 
「お医者さんはただの風邪だって言ってたから、大丈夫だと思うんだけど・・・」 
「ジュンは今どうしてるです?」 
「渡された薬を飲んで、寝ているわ・・・ジュン君は、苦しそうなままだけど」 
ジュンの容態は悪いまま、のりの瞳は不安げな色を浮かばせる 
「私、どうしたらいいのかしら・・・」 
誰に問い掛けるわけでもなく、その想いが声に漏れる 
そんな彼女に、真紅はやさしく語り出した 
「そうね、ジュンは今病気と戦ってるんだもの、それなのに貴方が 
そんな辛い顔をしていては、ジュンも安心して病と戦えないわ 
貴方はそっと、ジュンの傍に居てあげればいいのだわ」 
次に壁にもたれ掛かるもう一人の彼女に振り向いた 
「それに翠星石、何か思いついた事があるのではなくて?」 
まるで心の中を見通された様で、翠星石が顔を上げる 
「よくわかったですね」 
「顔にそう書いてあるわ」 
真紅に促され、翠星石も口を開いた 
「ジュンの夢の中に入って、翠星石の如雨露で心の木に栄養を与えてやるです 
心の木も、ジュンの体と関係している所があるですから 
心の木を元気にしてあげれば、ジュンも元気になるはずですぅ」 
みんなに考えを告げると、返事を待つために口を噤む 
考えはまとまってる物の、これは翠星石の一存では決められない、ここに居る全員の承諾を必要とした 
それから少しの沈黙のあと、のりが真っ先に返事を告げる 
「お願いするわ、翠星石ちゃん、ジュン君の苦しみが少しでも、軽くなるなら」 
「翠星石〜、ジュンを元気にしてきてなのぉ」 
「いい考えね」 
みんなの賛同も得て 
翠星石は拳をぎゅっと握る 

「まっかせるです〜」 
握った拳をほどき、ドアに手を掛けようとした翠星石だが 
後ろから真紅に呼び止められた 
「待って、あと私も行くわ 
ジュンはこの真紅の家来だもの、家来の体は主人である私も 
見る必要があるのだわ」 
真紅の同行に、翠星石も快く受け入れる 
「了解ですぅ〜 
2人でチビ人間のへたれっぷりを叩き直してやるです〜!」 
ドール2人の役所も決まり、残りの雛苺に真紅が指示を言い渡す 
「雛苺、貴方はのりと一緒にジュンを見守ってあげるのよ 
のりが大変になったら、貴方が変わりに助けるのだわ」 
「外は頼んだですよチビチビ〜」 
「了解なのー!ジュンものりもヒナが守ってあげるの〜」 
早速作戦開始とばかりに 
のりの胸に跳び付き、素早くだっこしてもらう 
それじゃどっちが守られてるか解ったものじゃないわね 
真紅は心の中で呟いたが、口には出さない 
のりは雛苺を抱き寄せて、2人で抱擁を交わしている 
それに雛苺が笑顔で応え、曇っていたのりの表情も和らいだ 
これでまた、彼女が不安に駆られる事はないだろう 
みんなの決意も整い、改めて取っ手に手を掛け 
真紅と翠星石は、ジュンの待つ部屋へと足を踏み入れた 
部屋には、ベッドで頭にタオルを乗せたジュンが布団を被り寝ている 
頬は赤くなっていて、その寝息さえもが苦しそうで、荒い 
「ジュン・・・」 
衰弱したミーディアムを前に、思わず翠星石の口から彼の名前が漏れる 
隣にいる真紅も、声は出さないものの心配な目で見詰めている 
そして一刻も早くジュンの病を取り払う、本題に体を戻す 
まず部屋の端に置いてある自分の鞄を、ベッドの傍まで引きずり寄せる 
「うんしょ、うんしょ」 
鞄の上板を開くと、中から緑色の光、人工精霊が飛び出てきた 
「スイドリーム!」 
緑の光は宙を舞い、次の瞬間に鈍い音を響かせ、人工精霊が強く瞬き出す 
光はジュンの部屋を緑色に照らし、寝ているジュンの前に 
空間が水面の様に揺らいでいる、夢の扉が出来上がる 
強い光を発した人工精霊は、小さな光を点滅させながら、まるで力を使い果たしたかの様に 
ゆらりゆらりと滑空し、翠星石の両手の上に落ち着ついた 
「さぁ、行くわよ」 
「はいです」 
真紅と翠星石は、互いに意志を確認し合う 
「ジュン君をお願いね」 
「真紅ぅ、翠星石ぃ〜、あいとなのー」 
真紅は意を決し、宙に浮かぶ水面に跳び込んだ 
それに翠星石も後を追う 
跳び込んだ2人は、水面の中へと吸い込まれていく 
水面は波打ち、まるで異世界に何者かが入り込んだ事を知らせるかの様に 
彼女らが旅立ったのを確認すると、波打つ水面は徐々に静まっていった。 

ここは夢、ジュンの夢の中 
真っ先に目に入るのはパソコンが積もった丘に、学校と言う所の本が敷かれた一本道 
横を見渡せば、机が幾多にも連なった山々、その先には丘の上にある赤い屋根の小さな家 
あの家は昔、ジュンが私を抱えて連れて行ってくれた、思い出の場所 
前に来た時は、空も雲の隙間から日差しが差し込み 
歪な世界ではあるけれども、光に満ち溢れていた 
今2人は、ジュンの夢の中でもひときは綺麗な 
木々の中にぽっかり出来た泉の真ん中の、小さな陸地に立っている 
「これはひどいです・・」 
翠星石が悲しい目で、足元に生えた小さな木を見詰めている 
その木はジュン、ジュンの心その物 
前に来た時はヘンテコリンな形ではあったけど、陽を浴び、水を浴びて 
葉っぱは青々と、地面にしっかり根を生やし、元気な姿を見せていたのだ 
しかし、今は葉っぱが萎れ、幹は茶色く瑞々しさを失っている 
「これはどう言う事なの?」 
真紅の中でも大体察しは付いていたが、あえて訊ねた 
心の木に関しては、庭師である翠星石の方がより深く知っている 
「今このチビ木は、病気のせいで地面とを繋ぐ根がとても弱ってるですぅ 
だから心にも上手く栄養が入らなくて、今とても、チビ木も苦しんでるです・・・ 
その影響で、空もこんなに真っ暗だと思うです」 
空は黒い雲に覆われ、差し込む光もなく、ジュンの夢の中を暗く覆っている 
心がこれだけ暗い物に支配されていると言う事は 
今ジュンが、それ程までに病に侵されている事を意味している 
空を見詰める翠星石は 
ジュンを助ける 
心の中でそう決意を表すと、再び瞳を心の木に戻す 
次にゆっくりと膝を屈め、両手でボールを抱える様に手の平で丸を描く 
その上から先程の人工精霊が円を描くと 
目の前の空間が揺らぎ、そこから瞬く間に如雨露が具現化する 
如雨露は構えていた翠星石の手の中に落ち着き 
次に心の中で念じると、中から水が湧き出してきた 
これが庭師である翠星石の力、湧き出した水は、如雨露の中を一杯に満たして行く 
「これで、元気になるはずです」 
抱えていた如雨露を傾けると、先からいっぱいの水が溢れ出してきた 
水は如雨露を伝い雨となって、滞りなく心の木に降り注ぐ 
雨はやや緑掛かっていて、人の心に栄養を与える事が出来る特別な水 
その水を浴びて、枯れ掛けていた心の木がわずかに緑の光を煌かせた、だが 
傾けていた如雨露を戻し、水やりを止める 
「どうしたの?」 
真紅は思わず声を掛けた 
「・・・ダメです、心の木はとても弱っていて、翠星石の力じゃ」 
そこで口を閉ざす 
水をあげた事で、木は一瞬だけ光を発したものの 
その光はまたすぐに消え去り、萎びれた葉も、痩せ細った幹も 
何一つ、元気な姿を取り戻す事はなかった 

「どうすれば・・・」 
「他に方法はないの?」 
如雨露だけでは、心の木は救えない 
しかし、庭師である彼女以外に心の木を救える事は出来ない 
翠星石は、ジュンを助け出すための方法を必死に考えていた 
考えは浮かんでは消えて、ローゼンメイデンとして生まれてから今日に至る迄の様々な記憶の中で 
心の木を救う方法を、手探りで探していた 
記憶の奥底、光さえも届かぬ暗い中で小さい何かが光っている 
手が、その光の粒を掴もうと腕が伸びる 
あと少し、もうちょっと 
やっと光に手が届き、それを握り締めると、光った拳を胸元に手繰り寄せた 
真紅が問い掛けてから、しばらくの沈黙が流れていた 
翠星石は、弱っている心の木を見詰めたまま、地にしゃがみ込んだまま口を開こうとしない 
庭師でない真紅には、ただ翠星石を待つ事しか出来ない 
もし、彼女が諦めれば 
それはつまり、ジュンの心の木はもう治らないと言う事 
そして、こうしてる間にもジュンは病に苦しんでいる 
悪い事が頭を過ぎり、真紅の顔にも不安の色が見せ始めたその時 
「あれなら、もしかしたら・・・」 
背を向けたまま、翠星石が呟いた 
「翠星石?」 
次にすっと立ち上がり、体を浮き上らせる 
夢の中では、飛ぼうと思えば誰だって飛ぶ事ができる 
「着いて来てほしいです」 
こちらに振り返り、それだけを言って口を噤む 
真剣な顔付きの彼女、そんな翠星石に、真紅もそれ以上咎めなかった 
「えぇ、わかったわ」 

翠星石を先頭に、真紅の2人は森の中を飛んでいる 
暗いジュンの夢の中を、木々の間を掻き分けて行くと 
突然目の前が光だし、その光が瞬く間に広がり、翠星石と真紅の2人を包み込んだ 
光の中を臆する事なく進んでいくと 
正面の光が晴れて行き、広がる光景が一変する 
何もない空間に、大きな"枝"が一本だけ先の方にずっと伸びている 
2人はジュンの夢の中から、別の世界に入り込んだ事を確認すると 
「これを辿るです」 
その枝を辿って、2人はさらに飛び続ける 
しばらく辿っていると、何もなかった目の前に一面を覆う壁が見えてきた 
その壁は、近づいていく度にどんどん目の前に立ち塞がり 
どうやらこの枝は、その壁から生えている物の様だ 
2人は壁の前まで飛び進めると、辿っていた枝の上に足を付き、一端そこに降り立った 
ここで少しの休憩、真紅はその壁のすべすべとした表面に手を当て、辺りを見回す 
この世界には、風は全く吹かない様だ 
その壁は、隣を見渡せばどこまでも続いていて、上を見上げればどこまでも高く聳えている 
まるでこの世界が、ここで終わりを示しているかの様にそれはずっと聳えている 
「これが、世界樹ね・・・」 
真紅が手を付いているこの壁は、その樹を成す巨大な幹 
世界樹とは、現実世界を構成している一本の巨木の事である 
「チビ人間のチビの木も、これだけ大きいと心配はいらないんですけどね」 
この巨木の幹を辿れば、やがて世界の根幹に辿り着くと言うが 
今だそれを成し遂げた者は居らず、もっとも今回は、世界の根幹探しに来たわけではない 
また少し上の方では、巨大な幹から別の枝が生え、それがどこまでも伸びている 
真紅はこの巨大な樹の存在を知ってはいたが 
間近で見たのは初めてだったので、しばしその大きさに圧倒される 
こんな物が一本の樹だなんて言うのだから、驚きだ 
翠星石はこれだけ大きな樹が、目の前にあると言うのに顔色一つ変えず 
見慣れているのか、さすが夢の庭師と言った所である 
休憩も済み、また翠星石は体を浮き上らせる 
「そろそろ行くですかね」 
「そうね」 
真紅も見上げていた目線を戻し、枝を後に、2人は樹の世界の奥へと再び体を動かした 

何もない、静寂とした世界に、巨大な木が一本聳え立っている 
翠星石と真紅の2人は、世界樹の幹を辿って下へ下へと飛び進んでいた 
幹からは大きな枝が何箇所からも伸びていて、そんな景色がずっと続いている 
世界樹とは、現実世界を構成している巨木 
この樹から伸びている枝の数だけ、人の夢、心が存在している 
数え切れない程の枝の中に、もしかしたら、お父様に続く枝もあるのだろうか 
しかし、アリスでない私達に、今それを探す事は適わない 
それにしても、幹を頼りにあれからずっと飛び続けていると言うのに、世界樹の付け根にあたる場所は全く見えず 
この世界の終わりとも錯覚させる巨大な幹は、一体どこまで続いてるのだろう 
先頭を行く翠星石は立ち止らず、ひたすらに下を目指し続けている 
一応道は合っている様だ、真紅もそれに従い後を追う 
2人は、そんな代わり映えのしない景色の中をずっと降りていった 

それからしばらく、幹と言う名の壁と、無数の枝だけが続く景色を降りていると 
翠星石が突然飛ぶスピードを緩め、宙で体を静止させる 
そこにジュンの病を治す方法があるのだろうか 
真紅もそこ迄飛ぶと、彼女の後ろで一端動きを留める 
「ここです」 
翠星石は世界樹の幹に正面を向けたまま、真紅に到着した事を伝える 
しかし、後ろの真紅から見えるのは巨大な幹、その木肌が前を塞いでいるだけ 
「ここって、何かあるの?」 
「着いて来るです」 
そう答えると、翠星石は突然正面に向かって顔から突っ込んでいった 
しかし、前にあるのは巨大な幹が正面を塞いでいるだけ 
それなのに翠星石は、何の躊躇もせず壁に飛び込んで行く 
彼女の突然の行動に、真紅は思わず目を塞ぐ 
あぶない、ぶつかる! 
しかし、なぜか壁に当たる衝撃音が聞こえてこない 
不思議に真紅が目を開けると、今度は翠星石まで姿が消えている 
「翠星石?」 
突然一人取り残され、真紅は翠星石を探し辺りを窺うと 
「こっちですよ〜」 
彼女の声が返って来た、しかし解らない事に、その声はなぜか世界樹から響いて来る 
声は丁度、先ほど翠星石が突っ込んでいった幹の部分から聞こえている 
「どうすればいいの?」 
「中に入ってくるです」 
翠星石は、幹の中に入る様に真紅を促す 
とすると、彼女は今世界樹の中にいるらしい 
真紅は少し信じられなかったが、この状況で冗談を言う子ではない、それに、ここを越えなければジュンを病から救えない 
心の中で意を決し、真紅も幹に向かって突っ込む 
壁はどんどん目の前に迫ってくる 
そのまま目を瞑り、怖いけど、それを堪え、真紅は壁に向かって飛び込んだ 

パタン、足が地面に降り立ち、念のためおでこに手を当てる、幸い痛みもなく、ぶち当たると言う落ちは免れた様だ 
目を開けると、辺りは一面の霧が覆っていた、その霧はとても深く、少しの先も窺い知る事が出来ない 
視界は全く利かないがとりあえず、ここは別の世界、世界樹の中に入り込んだ事を理解する 
「翠星石、ついたわよ、どこなの?」 
深い霧の中で、真紅は声を上げて翠星石を探す 
視界が利かない以上、頼れるのは音だけだ 
「こっちですよー」 
返事が返ってきた 
真紅は声のした方へと、霧の中を掻き分けながら歩いて行く 
左右に目を配りながら、翠星石を見逃さない様に足を進めていると 
目の前に緑色に揺らめく陽炎が見えてきた 
こう言うときだけ、彼女の着ているドレスはとても役に立つ 
真紅は翠星石の傍まで歩み寄り、とりあえず安堵の息を付こうしたが 
今度は突然、翠星石とは違う鈍い声が響いてきた 
(こんな辺境の地に客人とは・・・1人は、いつかの緑の娘であるな) 
声はとても大きく、それなのに、辺りを見渡してもどこから聞こえているのか解らない 
「久しぶりですね」 
真紅を他所に、翠星石は何の躊躇いもなく言葉を返す 
翠星石はなぜか頭上を見上げたまま、頭を下げようとしない 
そして、また声が聞こえてくる 
(前に言っていた、お父様にはもう会えたのか?) 
「・・・まだですね」 
(そうか) 
淡々と、聞こえてくる声と会話を続けている 
お父様の事を知ってるなんて、相手は一体何者だろうか 
真紅は現状を把握すべく、見上げている翠星石に問い掛けた 
「貴方、誰と話しているの?」 
呼び掛けに、翠星石が真紅に振り返る 
それに一つ言葉を告げて、再び後ろに向き直し、指を上へと突き刺した 
「まだ話してなかったですね、上ですよ、上」 
翠星石の指が示す方に、真紅は釣られて目線を上げる 
すると、真紅の頭上、霧の中に、緑色の先ほどのドレスとは比べ物にならない程の巨大な陽炎が浮かんでいる 
突然の謎の物体に、真紅は目を疑っていると 
自然と辺りの霧が晴れ、徐々にその全容が露わになっていく 

まず頭上の霧が晴れていく 
それは、その物体の顔にあたる部分 
その顔は太く胴長で、大木を四本束ねた幹の太さくらいはあるだろうか 
顔の後ろには、真紅の頭ほどの大きな黄色い瞳が二つ、真紅と翠星石を見下ろしている 
目の後ろには高く硬そうな角が生えていて 
頭から辿って首は太く、蛇の様に長く伸びて、頭上でその大きな頭を支えている 
さらに胴体はもっと大きい、ジュンの家の二つ分くらいはあるだろうか 
首から辿って、その背中にあたる所からは 
その胴体に劣らない大きな布が張って出来た様な翼が二枚、高く聳えて生えている 
下半身からは尻尾が生えていて、それが見えなくなる迄続いている 
体全体は緑色、凹凸のないすらっとした皮膚に覆われていて、小さい山一つ分はあろうかと言うその姿は 
丁度昔読んだ本の中に出て来る、竜と言う生き物に良く似ていた 
真紅はその巨大な姿を前に、頭上の竜を見上げたまま圧倒される 
竜は両腕を組んで地面に寝そべっていて 
その腕の指から生やした爪、指は三本、その内の一本だけで真紅達の体を裕に越えていた 
(驚かせてしまって、すまないね) 
竜は瞳を瞼で覆い 
目を瞑り、真紅に謝罪の意を告げる 
しかし竜は口を開く事なく、想いが真紅の体に響いてくる 
恐らく、テレパシーと言う物なのだろうか 
目の前の巨大な物体に謝られて、真紅の頭の中に思考が戻って来る 
「こちらこそ・・・、少し取り乱してしまったわ、私は真紅、貴方の名前は?」 
(私に名前はない、好きに呼んでくれても構わないよ) 
それに翠星石が言葉を付け足す 
「翠星石はトカゲって呼んでるですよ」 
真紅は目の前の竜の姿をもう一度見直す 
トカゲにしては、ちょっと大きさに無理がある様な気もするが 
名前に関しては、少し保留にして置く事にした 
「えぇ、わかったわ、それで、ここはどこなの?」 
これが一番重要なのだ 
翠星石は知っている様だが、真紅にはまだ世界樹の中、と言うだけしかわからない 
それから少し間を置いてから、竜の意識が体に流れ込んできた 
(ここは心の泉、人の心から生み出される、想いが溜まる世界樹の空間) 
「心の泉?」 
真紅は言葉に釣られて、霧が晴れた周りの光景に振り返る 
生えている植物は青々とした緑の芝生が隙間なく生い茂り、地面を緑色に染め上げている、 
その緑の地面には背丈の低い黄色の小さな花が、芝生のキャンバスの上に点々と咲き乱れている 
そしてその地面に、ぽっかりと丸く切り取られた、大小様々な穴が幾つも出来ている 
穴には水が満々と湛え、不思議な事にその水は、穴に寄って一つ一つ色が違っていた 
赤い水、青い水、黄色い水 
そんな色取り取りの水が泉となっていて、地面に幾つも湧いている 
他に山や、視界を妨げる様な木々は一本もなく、見渡す限り、そんな平坦な世界がどこまでも続いていた 

(心の泉とは、人が心の中で抱く想い、その想いが己の領海から溢れ出し、世界樹の枝へと注がれる、想いは枝を介して、世界樹の幹を通り 
この世界に注がれ、想いは水と言う凝縮体に変わる、その水が溜まり泉を形成した物が、この世界に広がる泉、心の泉なんだよ) 
「色んな色があるのね」 
(あぁ、人の喜び、悲しみ、怒り、憎しみ、それらが水の色に現れている 
ここには様々な泉があるからね、あの桃色をした泉は、人が抱いた恋心と言う物かな) 
(私はこの世界樹から生を受け、この泉を管理し、人の心を見守る者) 
ここは人の感情の溜まり場、ある程度の事は把握できた 
しかし、真紅がここに来たのは初めて、その存在さえ知らなかったというのに 
「翠星石、貴方もよくこんな場所を知っていたわね」 
「昔のミーディアムの家に居た頃、紅茶と間違ってワインを飲んじゃいましてね 
それで夢の中をふらふらしながら彷徨ってる内に、たまたま入っちゃったですよ」 
「・・・貴方らしいわね」 
「そしたら、目の前にこんなおっきなお前がいるんですから 
その時は翠星石も仰天しちゃったですよ、まったくー」 
それまで淡々と話を続けていた翠星石だが、急に腕を組み考え込み始める 
「・・・でもなぜか、トカゲとは初めて会った気がしなかったんですよねぇ」 
(あぁ、私もそうだった、あの時は不思議と、何か近い物を感じたよ) 
竜もそれに頷きを返す 
「翠星石もそうでしたそうでした、不思議ですねぇ」 
(私もずっと長く生きているが、不可思議と言うのは尽きない物だ) 
小さい緑と大きい緑が、その難問に苦闘している中 
真紅は頭の中で小さく呟いた 
「・・・同色の輪は偉大ね」 

一通り話も済んだ所で、あれに関しては結局答えが出ないまま、また次に話し合う事にした 
(それで、今日は何用なのかね、私に会いに来てくれたのなら嬉しいが 
そうではないのだろう?) 
トカゲに促され、翠星石の表情にも力が入る 
少し後ろに振り向き、真紅が頷くのを確認すると、トカゲに本題を告げる 
「あの時の、紫の水を分けて欲しいんです」 
(あれを?) 
「はいです、今私達と住んでいる人間が、病気で大変なんです 
あれがあれば、病気も治せるはずです」 
(確かに、あれならあらゆる病を直す事が出来るかもしれん、だが、それはならん) 
トカゲの言葉に、翠星石は落胆する 
「な、なぜですか、お願いです!」 
(ここにある泉は、世界樹の幹より運ばれた神聖な物を、それを外界に出す事は許されないのだよ 
・・・それに) 
「でも、あれがないと!]] 
それがジュンを救える唯一の方法、翠星石も諦めない 
竜はそう告げると、今まで寝そべっていた体を起き上がらせた 
巨大な体が空に向けて衝き上がり、竜の腕の3倍、4倍はあろうかと言う大きな足が2本その巨体を支え、重みに地面が唸り声を発てる 
(着いてくるかね?) 

どこまでも平坦な地面と、様々な色の泉が続く地上を見下ろしながら、大きな竜の頭の上に乗り、2人は空を飛んでいた 
巨大な左右の翼を羽ばたかせながら、一定の速度で飛んでいる 
この翼と言う物を見ていると、思わず水銀燈を思い出してしまうのだが 
今はそんな事を考えている場合じゃない、真紅は頭の中で考えを揉み消す 
(ここは様々な想いが泉となり、混在している場所と言ったが) 
竜の意識が、また流れ込んでくる 
(ここ一体は、見てごらん、黒い泉が多く見えるだろう) 
真紅達は釣られて下に目を移す、すると竜の言うとおり、他の色の泉も見えるが、黒い泉の方が比較的多く地上を覆っている 
「本当ね、何かとても、悲しい色だわ」 
(あれは人の憎しみ、憎悪が溜まった泉でね、最近は人の争いばかりで、前はここももっと様々な色の泉があったのだが 
今じゃそれが全部、黒い水に覆われてしまった、ここだけじゃない、この世界の至る所で黒い泉が増え続けている 
やがてあの黒い水が、この世界を埋め尽くすのかもしれない) 
竜の悲痛な想いが、体の中に響いてくる 
少し先の方では、今頭の上に乗っているこの竜より何倍も大きな泉が、全て黒い水で埋まっている 
人が辛い想いをする度に、この黒い水はどんどん増えていく 
今私達が目指しているお父様は、どんな気持ちを抱えているのだろうか 
(さて、そろそろ降りるぞ) 
竜は体制を屈めて、地上へと降り始める 
翼を羽ばたかせ、ゆっくりと高度をさげながら、地面に足を踏み締め 
真紅達も竜の頭から飛び降りると、とある泉の前に降り立った 
「これは・・・」 
翠星石が唖然と目の前の泉を見詰めている 
その彼女の反応をしばらく見届けた後、竜は相槌を打つ様に言葉を告げる 
(そう、これが紫の、幸福の泉) 
(紫の水は、人が幸せを感じ、その想いが水となった物 
前はこの泉も、もっと世界の至る所で湧いていたんだが) 
目の前の泉は、水かさは極端に下がり、枯れ果てた土肌が剥き出しになっている 
しかし、底の方にはわずかに紫の水が残っているが 
(この穴も、またすぐ黒い泉と化してしまう) 
底の方からは、土肌の隙間から黒い水が湧き出していて 
わずかに残っていた紫も、黒く濁らせてしまっていた 
(これでここ一体は、もう完全に黒い泉で覆われてしまったよ) 
辺りの泉一体は、どれもこれもが黒い水を湛えている 
地面の芝生も、その影響で茶色く萎びれ、花は枯れ、ここから見回すも、鮮やかな黄色は一欠片も目にする事が出来ない 

「まだ、まだ他にも泉はあるはずです!」 
(最後に残っていた泉は、ここだけだがね、他の紫の泉はもう、私が監視のために空を徘徊した時には、どこも既に黒い水に侵食されていたよ) 
例え、辺りが黒い泉で覆われていたとしても、翠星石には諦める事は出来ない、これを諦めたら、ジュンの病を治せない 
しかし、竜の言葉は容赦なく続く 
(人は争いばかりを繰り返し、憎しみと言う名の黒い水が、絶え間なくこの世界に注がれている 
もう人の心には、幸せと言う気持ちは、無くなってしまったのかもしれない) 
「そんなはずないです、紫の泉は・・・翠星石は探すですよ!」 
「私もよ、そのために来たのだし、それがないと、ジュンを治す事ができないのでしょ?」 
翠星石は頷く 
下の娘達の動かぬ意志に、竜も少し言葉を変える 
(そのジュンと言う人間、よほど君たちに想われている様だな) 
(そこまで君たちの意志が強いと言うのなら・・・よかろう、もしこの世界に、まだ人の喜びが残っていたのなら、その水を外界に持ち出す事を許そう) 
「ありがとうです!」 
(・・・あればの話だが) 
「絶対あるですよ」 
根拠はないが翠星石は強く念を押す、真紅の表情も決して揺るがない 
そんな彼女達に、トカゲもそれ以上何も言わなかった 
(私もお供するよ、そこまできみ達が言うのなら、私も少し信じてみたいからね、構わないかな) 
「もちろんです!」 
(ありがとう、では少し待っていてくれ、私もやる事があるのでね) 
トカゲはそう告げると、突然首を上げ、天上に向かって尖った口を突き立てた 
そのままのゆっくりと大きな口を開ける、口の中には尖った歯がびっしりと生え揃っていて、トカゲはその牙を露わにする 
翠星石達はトカゲを見上げていると、突然周りの黒い泉の水が、大きな飛沫を上げ出した 
黒い水は水柱となって、空に向けて伸び出し、他の泉も、周りの全ての黒い泉から水が空へ向けて伸び出している 
翠星石達は突然の事に、空に伸びる無数の水柱を驚きながら見上げていると 
無数の水柱が今度は向きを変え、竜の口に向かって一斉に跳んで来た 
幾つもの空を翔る黒い水の槍が、竜の口元に突き刺さる! 
水と水が口の中でぶつかり合い、ごぉぉぉぉと言う衝撃音を上げながら渦を巻き 
竜の腹の中へと流れ込んでいく 
翠星石達の見上げる空は、幾つもの黒い水柱が頭上を翔け、中心の竜の口へと一直線に流れ込んでいる 
そしてその光景がしばらく続くと、その伸びていた頭上の水柱が徐々に太さを失い、周りが徐々に静まっていく 
そして最後の一本が竜の口の中へと消えて行くと 
ごくんっ! 
大きな音が竜の喉元から響びいて、黒い水を全て飲み込んだ 
「だ、大丈夫ですか?」 
突然の事に、翠星石は場を把握出来ないでいるが 
まずトカゲの容態をいち早く訊ねる、あれだけ膨大な黒い水を飲んで、何ともないで居られるはずがないのだ 
(・・・あぁ、大丈夫だ、慣れているからね 
この黒い水がこの世界を埋め尽くせば、やがては世界樹の幹自体を腐らせ、現実世界を崩壊させてしまう事になる 
だからこれが・・・世界樹の泉を管理する私の役目なんだよ) 

そうは言う物の、竜の瞳はかすんでいる、鼻息もやや荒い 
翠星石達は、トカゲの体調が落ち着くまで休憩を取る事にした 
(すまないね・・・) 
「いいんですよ」 
「それにしても、それだけ恐ろしい水なのね・・・」 
真紅はふと地面に目を傾けると、すぐ先に黒い水の小さな水溜りが出来ている 
おそらく水柱の中からこぼれた物だろう、真紅は無意識の内に体が前に、黒い水溜りへと足が動いていく 
足元の前まで水溜りに近付くと、手を伸ばし、指先が水面を付こうとしたその時 
殺してやる…、よくも…、やめて…、 
助けて…、酷い…、殺さないで…、死にたくない…、 
擦れた幾つもの声が、真紅の指先から頭に響いてきた 
体中に寒気が走り、咄嗟に手を胸の中に引き戻す 
(それに、触れてはいけないよ) 
後ろから竜に呼び止められた 
(それはとても危険なんだ、触れた体は溶けて、触れた者の心は、人の憎悪に埋め尽くされてしまう 
悲しい物だろう、今も人の憎しみが水となって、この世界に滞りなく流れ込んでいるんだ) 
「・・・そうね、でも、それでも、人の全てが憎しみばかりを抱いているのではないわ 
私達と一緒に住んでいる人間もそうね、もっとそんな人間が、世界に増えてくれればいいのに」 
(そうだな) 
竜の体調も整い、翠星石達は再び竜の頭の上に乗り、竜は畳んでいた背中の翼をいっぱいに広げ、地面を後に空へと飛び上がる 
空へどんどん上がっていく度に、先ほどの一幕の後の地上が露わになって行く 
地面に点在していた周りの泉は、全てただの"穴"に変わっている、穴は数えれるだけでも20個、21個程はあろうか 
これは元あった周りの黒い泉を、トカゲが全て飲みつくした事を意味している 
翠星石は改めて関心し、少しトカゲが心配になる 
さっきは大丈夫と言っていたけれど、あれだけの黒い水を体に入れたら・・・ 
(さて、どこからいこうか) 
「あっちに行くです」 
翠星石は、右に向かって指を指し示す 
示された景色には、今までと変わらない、地面に無数の泉を湛えた地上がずっと広がっていて 
黒い泉も所々に見えるが、まだ赤や黄色など、他の泉も点在している 
まずこの方向から、紫の泉を探す事にした 
(承知した、では、しっかり掴まっていてくれ) 
広げた翼を羽ばたかせ、示された空に向けて飛び立つ 
2人と一匹は、泉の世界の奥へと飛び立った 

それから2人と一匹は、宛もなく、空の先へとひたすらに進んでいた 
翠星石達は地上を見下ろし、必死に辺りを見回すが 
行けども行けども紫の泉は見当たらず、代わりに黒い泉は所々で湧いている 
竜はその度に黒い水を口に引き寄せて飲み干し、示された方向へ飛び始めてから、しばらく経った時だ 
「ないわねぇ・・・」 
「絶対諦めないですよ」 
飛んでいる竜の頭の上に乗りながら、翠星石達は紫色をした泉を必死に探す 
過ぎ去っていく地上の景色は、平坦な地面と、そこに湧いている幾つもの泉 
赤や青、他の色なら見当たるのだけれど、肝心の紫の泉が一向に見つからない 
(ふむ、またか・・・) 
竜の意識が流れ込んでくると、右に迂回し地面が黒く濁った場所へと向かう 
また黒い泉だ、泉には大小様々な物があるのだが、今度のはかなり大きい 
竜は黒い泉の真上迄来ると、口を開き、舞い上がってくる黒い水柱を飲み始める 
大きな黒い泉は水を抜かれ、途端に水嵩も下がり、あっと言う間にただの穴へと変わり果てる 
竜は黒い水を飲み干すと、再び翼を羽ばたかせ飛び始める 
「それ以上は危ないですよ、もうやめるです」 
頭の上に乗りながら、翠星石が堪り兼ねて言い放つ 
(これが私の泉を管理する者の役目、使命なんだよ 
それに慣れているから、大丈夫だ) 
しかし、また鼻息を荒くさせ、羽ばたいてる翼もどこか動きが鈍くなっている 
明らかに今トカゲは弱っている、真紅にもそれが垣間見れた 
そうこうしてる内に、また前方に黒い泉が湧いている、竜は翠星石の止めるのも聞かずに、泉から水を吸い上げた 
黒い水は水柱となって、宙に浮かぶ竜のその口へと注がれた、その時 
ぐらり、突然翠星石達の乗っていた竜の頭が揺らぎ、宙へと2人は振り落とされた 
咄嗟に宙に体を浮かし、何とか地面に落とされるのは免れた物の 
竜はそのまま地上へと落ちて行き、その巨体が地面に叩き付けられた 
大きな衝撃音が上がり、砂煙が空に舞い上がる 
重みに地上は地響きを立て、その揺れが宙にいる翠星石達にも伝わってくる 
一瞬の出来事だった、砂煙が晴れると、竜がだらりと地上に倒れこんでいる 
2人は急いでトカゲの顔の前まで近付くと、トカゲの容態を気掛かった 
「トカゲ、大丈夫ですかっ?」 
翠星石は大声で叫び、トカゲの口元に手を触れようと腕を伸ばす 
彼女の呼び掛けに、竜の瞳が開いた、だが 
「翠星石、一端ここから離れるのよ!」 
「え?」 
「いいから、早く!」 
突然真紅が焦り出し、翠星石は訳が解らないまま、2人はトカゲから離れ反対方向に飛び出す 
一定の距離を取った所で、真紅と翠星石は後ろに振り返った 
「ギャァァァァア」 
突然、竜はけたたましい叫び声を上げ、翼を広げ、巨体が空へと飛び上がった 

良く見ると片方の瞳が黒く染まっていて、竜は宙に浮かびながら、荒い息を立てまた怒号を上げ出す 
耳が痛くなる程の叫び声を何度も発し、二人は堪らず耳を塞ぐ 
翠星石はトカゲの突然の豹変に、それでもトカゲに叫び掛ける 
「ギャァァァアア」 
「やめるです〜〜、トカゲー!」 
何度も唸る怒号の間に、力いっぱい叫ぶ、その声が届いたのか、トカゲが翠星石達に振り向いた 
竜は叫ぶのをやめ、翠星石が一つ安堵の息を付こうとしたのもつかの間 
黒い瞳がこちらを睨み付け、次に物凄い勢いでこちらに突っ込んできた 
「避けるのよ!」 
真紅は翠星石の腕を引っ張り、横に向かって飛び進む 
2人の間を風が斬り間一髪、突っ込んできた竜の横に逸れる、首から続く長い巨体が、翠星石達のすぐ横を翔け抜ける 
こんなのに当たったら、間違いなく即死だ 
何とか避け切れたかと思った瞬間 
しなった尻尾が跳んで来きた、避けきれない! 
尻尾が2人にぶち当たり、真紅と翠星石は突き飛ばされる 
全身に痛みが走る、それでも何とか堪え、ブレーキを掛けて宙に体を留める 
「でも、一体どうしたの、急に」 
「きっと、黒い水をいっぱい飲んだせいです・・・」 
スピードを緩め振り返った竜は、的を外した事に再び怒号を上げる 
すると、今度は片方の黒い瞳の周りも黒く染まり出した 
周りの皮膚から黒い点が幾つもにじみ出し、それがどんどん広がり緑色の肌を真っ黒に染まって行く 
かと思った瞬間、今度は二枚の翼を大きく後ろに引き出した 
「何かする気よ!」 
「は、はいです」 
2人は慌てて引き下がろうとしたが、もう遅かった 
竜はいっぱいに引き付けた翼を、前に思いっ切り打ち付けた 
翼は団扇の要領で風を起こし、その巨大な翼から繰り出された突風が、翠星石達に吹き付ける 
必死にその突風に逆らおうとするも、圧倒的な力の前に翠星石達は木の葉の様に飛ばされる 
真紅はそれでも必死に堪え、かなり飛ばされた後にやっと体を留めるが 
朦朧としながら正面を向くと、前からまた竜が突っ込んでくる 
今のままでは横に逸れても、避け切れない! 
咄嗟に考えた真紅は、竜に目掛けて手を前に、無数の花びらを飛ばし出した 
どんどん竜が迫ってくる、正面からまともに真紅の攻撃を受けているのに、全くスピードが落ちる気配がない 
せめて、竜の目に当たれば! 
真紅は祈りながら花びらを飛ばし続ける、巨大な竜が、どんどん目の前に迫ってくる 

わずかに竜のスピードが緩んだ、真紅はその隙に突っ込んでくる竜を避け、巨大な体の後ろ側へと回り込む 
竜は真紅の狙い通り、瞳に花びらが当たり痛みにもがいている 
真紅はその隙に、もう一人飛ばされた翠星石を探し辺りを窺うと 
下の方で翠星石が地面に倒れこんでいる、彼女も相当飛ばされたらしい 
「翠星石ー」 
「う・・ん・・・だ、大丈夫ですよ」 
翠星石は立ち上がり再び体を浮き上らせる、幸い、地面に叩き付けられる事はなかった様だ 

そのまま真紅の元へ向かおうと体を動かしたが 
「待って、貴方は紫の泉を探してきてちょうだい」 
真紅が手で待ったを掛け、翠星石はその場で動きを留める 
「でも、今はそんな場合じゃ!」 
「紫の水は、傷を癒す力があるのでしょう?、それがあれば、この子も元に戻るかもしれないわ」 
「だから、早く探してきて、ここはこの真紅が引き付けるわ」 
竜は再び目を開き、さっきよりも大きな怒号を上げる 
自分に痛みを与えたあいつ、黒い瞳が真紅を探し、竜は首を左右に振り回す 
もう今の竜には、真紅の事しか見えていない、それにこのまま戦っても、到底勝ち目がない 
方法は、ただ一つ! 
「わかりました・・・すぐ戻るです!」 
翠星石は意を決し、真紅に背を向けると 
まだ探していない方向に向けて飛び立った 
「さて、どこまで持つかしらね」 
そう呟いたのもつかの間、 
竜が後ろを振り向き、黒い瞳が真紅を捕らえた 
居場所を気付かれ、真紅は全力で反対方向に飛んで逃げようとするも 
翼を羽ばたかせ、それを上回るスピードで竜が後ろから追いかけて来た 

幾つにも点在する泉を下に、翠星石はその中から必死に紫の泉を探す 
「どこです、どこにあるんです!」 
地上には無数の泉が広がってるというのに、肝心の紫色の泉は全く見当たらない 
それでも、諦めずに探し続ける、早くしないと、真紅が 
翠星石が今見渡している地上にも、様々な色の中で黒い泉が至る所で湧いている 
このままじゃ、ジュンは、ジュンは・・・・ 
自分で悪い事ばかりを考え始めて、慌てて頭を左右に振る 
今はそんな事を考えてる場合じゃない、紫の水がないと 
トカゲが、ジュンが、真紅が、みんなが危ないのだ 
翠星石は諦めず、さらに宙を飛び続けた 

巨大な翼を羽ばたかせ、竜が後ろから突っ込んでくる 
真紅も全力で飛んでいるが、到底逃げ切れるはずもない 
巨大な口が開き、真紅を飲み込もうと目の前に喉元が迫ってくる 
真紅は咄嗟に振り返り、竜の口の中目掛けて花びらを飛ばし出した、花びらは刃となって、それが滞りなく口の中に注がれる 
竜が堪り兼ねて、スピードを緩め咳き込んだ 
真紅はその隙に突っ込んでくる竜の下側に回り込み、真上を駆け抜ける巨大な腹の下を飛び、竜の股の間を潜り抜ける 
ことごとく避けられ、竜がまたに怒号を上げる、そしてまた翼を扇ぎ付け、空気を裂く音と共に突風が飛んできた 
「翠星石・・・まだなの」 

翠星石は宙を飛び続け探していると 
なぜか鼻をくすぐる甘い香りが匂ってきた 
今はそんな事を気にしてる場合じゃない、翠星石は気を取り直し探し続けるが 
前に進んでいく度に、どんどんその匂いが強くなってくる 
すると、先の方に黄色い地面に覆われた場所が見えてきた 
翠星石はそのまま飛んでいくと、その地面の正体が黄色い花であるという事がわかる 
それは、この世界のどこにでも生えている小さな花 
その花達が集まり、群集を作り咲き乱れている 
花達は中心の泉を覆う様に咲き乱れていて 
翠星石それを目にすると、一直線にその泉に向かって翔け出した 
翠星石は地面に降り立ち、黄色い花の絨毯に一歩一歩足を踏み入れる 
「・・・これで、助かるです」 
花に囲まれた泉は、人の幸福が水となり、それらが溜まった時だけに見る事が出来る 
色は紫色をしていて、泉が光を屈折させてキラキラと輝いている 
これが人の幸せ、紫の泉 
翠星石は如雨露を取り出し、泉に向かって心の中で囁き掛ける 
少し、使わせてもらうですね 
如雨露を泉に浸し、如雨露の中に紫の水が注がれていく 
如雨露の中が紫の水でいっぱいになると、翠星石は腕でしっかり如雨露を持ち 
急いで真紅の元へと飛び立った 

竜は翼を何度も煽ぎ、強烈な突風が滞りなく真紅に吹き付ける 
真紅は必死に堪え、それに逆らって花びらを飛ばし、竜にぶつけようとするも 
突風の前に、花びらは風に押し負けて、後ろへと飛ばされる 
真紅もついに力尽き、突風に体が持って行かれたその時 
誰かに後ろから受け止められ、真紅がはっと後ろに振り向く 
「大丈夫ですか?」 
「翠星石っ、遅かったわね」 
「ごめんなさいですぅ、でも真紅、ほら!」 
翠星石は如雨露の中にいっぱいに汲んだ紫の水を見せる 
これがあれば、ジュンの病を治す事が出来る 
「これでジュンは大丈夫ね、あとは、この子をどうするか・・・くるわよ!」 
竜は一向に収まらず、また真紅達に向かって突っ込んできた 
2人は横に逸れて直撃を避ける 
「あの子を元に戻すには、どうすればいいの?」 
「この紫の水をトカゲに掛ければ、黒い水を取り払えるんですけど・・・」 
竜はまたに怒号を上げる 
しかし今近付いて、竜に直接水を掛ける事は容易ではない 
真紅はしばらく考え、唐突に話を切り出した 
「翠星石、貴方の人工精霊を貸して頂戴」 
「どうするですか?」 
「今はこれしかないの、早く、またあの子がくるわ」 
翠星石は真紅の考えが解らなかったが 
今は真紅を信じる事にした 
「はいです、スイドリーム、行って来いです!」 
翠星石の掛け声と共に、緑の人工精霊が飛び出してきた 
そのまま翠星石から離れ、一直線に真紅の元に向かう 
竜が大きな口を開けて迫ってくる 
それにいきなり、真紅が正面から突っ込んでいった! 
「た、食べられちゃうですよ〜〜〜」 
真紅の決死の体当たりに、翠星石は慌てて呼び掛ける 
しかし、真紅は決して停まらずにそのまま突き進む 
「ホーリエ!スイドリーム!」 
真紅は左手の中に赤と緑の人工精霊を掲げると 
そのまま竜の口の中に入ってしまった 
大きな口が閉じ、真紅は完全の竜に食べられてしまう 
翠星石は呆然とその光景を見詰め、真紅が食べられた事に 
頭の中が真っ暗になっていると 

突然竜の顔が強く光りだした、次の瞬間! 
赤と緑が交じり合った大きな爆発が、竜の顔を包み込んだ! 
爆音と共に空気が揺れ、空に赤と緑の大きな花火が、地表を明るく照らしつける 
翠星石は突然の爆発に、その光に目を覆っていると 
しばらくし、爆発の光が治まったのを確認し目を開けると 
その顔に直撃を喰らったトカゲが意識を失い、地面にその大きな体が倒れ込んだ 
翠星石は急いでトカゲの元へ行き 
黒くなった肌に目掛けて、如雨露の紫の水を掛け流した 
紫の水は雨となって、トカゲの顔に降り注ぐ 
すると、今まで染まっていた黒い肌から突然黒い煙が宙に漏れ出し 
それが顔の所々からも噴き出した 
黒い煙が顔から出て行く度に、それに従って片目の黒い肌が徐々に薄まりだし 
煙が全て顔から噴き出すと、黒く染まっていた肌もすっかり緑に戻った 
トカゲが倒れ込んだまま、ゆっくりと目を開ける、黒く染まっていた片目も元に戻っている 
(・・・・・すまない、泉を管理する私が、泉に体を支配されるとは、情けない) 
「ちょっと、早く開けるのだわ!」 
トカゲも正気に戻った様で、翠星石も安堵の息を付く 
すると、トカゲの口の中からもがき声が聞こえて来た、その声は 
(あぁ、すまない) 
口が開き、中から真紅が出て来た 
「真紅!無事だったですね」 
「これくらい、どうって事ないのだわ」 

(きみ達には、感謝をしなければならないね) 

「ところでなんだけど、翠星石」 
「なんですぅ?」 
「その水が傷を癒すって、なんで知っていたの?」 
「酔っ払って初めて来た時にですね、酔い覚ましに飲ませてもらったんですよ」 
「そ、そう・・・」 

それから、紫の水を別けて貰い、翠星石と真紅はトカゲを後にジュンの心の木へと向かった 
トカゲはこれからも、心の泉を守り続けるらしい、でも、無理はしないと2人に約束をしてくれた 
真紅は泉の世界を出る間際に、「私の家来にならない?」とトカゲを誘ってみたが 
トカゲは笑って(私にはこの世界を守る義務がある、それに、現実世界では君達の役には立てないよ) 
そう断り、真紅も笑ってそれを受け入れた 

「こ、こら、やめろってば」 
紫の水を上げた途端、枯れ掛けていた心の木はたちまち息を吹き返し 
それからすっかりジュンは元気になった 
「いいから笑うです!幸せになりやがれです!」 
「そうよ、ジュン、幸せになるのよ」 
「さ、さっきまで病気だったんだぞ僕は!、それに何言ってるんだよ、さっきから幸せって・・・今僕はとても不幸だ!」 
「やかましいですー、とりあえず口を引っ張って幸せにするですよ!」 
「そうね、ジュン、笑えば幸せになるわ!」 
「や、やめろって・・・いへ、いへへへふちがひぎれる」 
世界樹の奥深く、心の泉の世界は、今日も静かに時が流れている 
幹からは絶えず人の感情が流れ、それが水となり泉に注がれている 
コポン 
小さな泉から、水が湧いてきた 
泉からは少しずつ紫の水が湧き、泉の中を満たしていく 
竜は傍でそれを見守りながら、泉の世界に目を傾ける 
この世界に点在する、様々な色をしたの泉、黒く染まってしまった物もあるけれど 
ちゃんとこうして、人は幸せも抱いている 
世界樹の奥深く、心の泉には、今日も黄色い花が咲き乱れている 

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