修行編
「ジュン、紅茶を淹れてきてちょうだい」 
机に向かって勉強をするジュンに真紅が声をかける。 
「お前ら人形はどうせ暇なんだから自分で淹れてくればいいだろ」 
「ジュン、自分の立場がわかっていないようね、紅茶を淹れるのも下僕の重要な役目、向上心を持って欲しい物だわ」 
ジュンはしぶしぶ立ち上がり、階下から紅茶を持ってくる。 
「向上心って簡単に言うけど、お前ら人形は毎日遊んでいるだけだろ」 
「あら、失礼ね。もちろんアリスになるための努力は欠かさないのだわ」 
紅茶を飲みながら真紅が答える。 
「具体的には何をしてるんだ?」 
「え、えーーと、とにかく!理想の少女アリスは自分でお茶を淹れたりはしないものだわ、下僕の扱い方の練習よ」 
「翠星石と雛苺も努力しているようには見えないし、いつになったら家から呪い人形がいなくなるんだろうな」 

ピンポーーン!呼び鈴がなった。 
「こんにちわ、桜田君、プリントを届けに来たの」 
「上がっていけよ、雛苺も喜ぶし」 
「と・も・えーーー!!」 
雛苺が巴に飛びつく。そのままお茶会となった。 
「巴、いつも貴方が持っている筒状の袋、それは何なのかしら」 
「ああ、これはね・・・ほら」 
巴が袋から竹刀を取り出し、人形たちに見せる。 
「木刀ですぅ!根性入魂棒ですぅ!ここでおっぱじめる気ですぅ」 
「アホ、竹刀だよ」 
「祖父が家で剣道の道場を開いているの。私も子供の頃から習っているのよ」 

「・・・・・・巴、私にも剣道を教えてもらえないかしら?」 
真紅が神妙な顔つきで頼み込む 
「真紅ちゃんが剣道をするの?」 
巴が驚いて尋ねる。 
「そうよ、アリスゲームため時には修行も必要なのだわ」 
「お、おい、真紅。さっきのこと気にしてるのか?」 

朝6時、柏葉家剣道場 
「キエェェェーーーーーーッ!!、キエェェェーーーーーーッ!!」 
朝早くから怪鳥のような声が響き渡る。 
「と、巴、どうかしたのかしら?ご近所に迷惑なのだわ」 
「これは剣道の気合よ。真紅ちゃんもこれで素振りをしてね」 
巴が割り箸で作った人形用の竹刀を手渡す。 
「私もその叫び声を言わなければならないのかしら?」 
「もちろんよ、真紅ちゃんもがんばってね」 
「き、きぇぇ、きぇぇー」 
パシッ!巴が真紅のお尻を竹刀で叩く。 
「気合が足りなーいっ!気合!」 
「キエェーー!キエェー!・・・剣道の修行は厳しいのだわ」 

「ほっほっほ、がんばってるようじゃな巴、む!その人形は!!妖怪の類か!成敗してくれる!」 
道場の入り口に現れた白髪の老人が木刀を構える。 
「待って、お爺様。この子はその・・・ハイテク日本が開発した剣道人形なのよ!」 
「剣道人形じゃと・・・?」 
「私は誇り高きローゼンメイデンの第5・・・」 
とっさに巴が真紅を押さえつける。 
(真紅ちゃん、この人は私の祖父なの、お願いだから私に合わせて!) 
「この子は日本の伝統である剣道を広めるために作られた高性能攻撃型剣道人形!人形だけど武士を目指しているの!」 
「コンニチワ、ワタシはシンク、剣道人形ナノダワ」 
真紅も不本意ながら人形のフリをする。 
「武士道が失われようとしている世の中で人形の身で武士の道を志すとは・・・見上げた心意気ぞ!」 
「真紅ちゃんは武士道を極めるためにぜひ柏葉流剣術を学びたいと道場の門を叩いてきたのよ」 
「・・・ヨロシク、お願いスルノダワ」 
こうして真紅は巴の祖父から稽古をつけて貰うことになった。 

毎朝5時に起床し千本の素振り、質素な朝食の後に3時間の掛かり稽古 
1時間の座禅の後は葉隠れで武士道を学ぶ。毎日深夜までの修行が続いた。 
いつしか真紅は自らが薔薇乙女であることを忘れ、武者修行を続ける武芸者となっていた。 
「真紅よ、武士道とは何ぞや?」 
「武士道とは死ぬことなのだわ」 
パシッ!師匠の厳しい指導が真紅を叩く。 
「ただ死ぬだけには非ず、己の命を捨てる覚悟で一心不乱に向かってこそ主君の命に応えることができるのだ。 
真紅よ、武士道とは迷いを捨てることと心得よ。色恋や紅茶などに惑わされては大業は成らぬ」 
「お師匠さま、わかったのだわ」 

「真紅ちゃん、がんばっているようだけどたまには桜田君の家に帰ったら?きっとみんな心配しているわ」 
「そうね、録画を頼んでおいたくんくんのビデオも溜まっているのだわ、少し帰ることにするのだわ」 
3ヶ月振りに桜田家に帰宅した真紅が見たものは翠星石と抱き合うジュンであった。 
「ジュン・・・ずっとこうしていたいですぅ」 
「僕もだよ、翠星石」 
真紅は剣の修行に戻った。 

ある日のこと真紅はいつに無く厳しい顔つきをした師匠に呼ばれた。 
「お主の剣にはまだ迷いがある、切り捨てよ!」 
師匠は真紅に果物ナイフを手渡した。 
「お師匠さま・・・これは・・・?」 
庭に出た師匠は道場で飼われている犬を指差す。 
「殺せ、お前の手で討つのだ!」 
その犬はどこかくんくんに似た愛らしい仔犬であり、修行に疲れた真紅の心を癒し励ましてくれていた。 
「お師匠さま、できません。私には無理なのだわ・・・」 
「真紅よ、大事の前の小事に心を奪われてはならぬ。迷いを捨てねば真に大切な者まで失ってしまうぞ」 
師匠の言葉に翠星石と抱き合うジュンを思い出し、真紅は不意に我を忘れた。 
「御免!私はアリスになるのだわ!」 
キャン!!普段かわいがってくれていた真紅に斬りかかられ仔犬は悲鳴をあげる。 
果物ナイフを振り回す人形、悲鳴を上げ逃げ回る仔犬。 
ついに討ち果たした時、仔犬は数十箇所を切り刻まれ肉塊となっていた。 
真紅のドレスは返り血に染まり、赤黒く変色していた。 

「真紅よ、よく精進したな。これは餞別だ」 
師匠が刀を手渡す。 
「柏葉家に伝わる脇差をお主の手に合わせ仕立て直したものだ。必ずや使命を成し遂げよ」 
「お師匠さま、お世話になったのだわ」 
刀を背負った真紅がペコリと頭を下げる。 
「真紅ちゃん・・・変わったわね・・・」 
「そう?・・・変わったのではなく思い出したというべきかしら」 

巴は真紅を見つめた。 
そこには人でも人形でもない機械がいた。 

死闘編
桜田家近くの川原 
「真紅、こんなとこに呼び出して何のつもりですぅ?もうすぐ夕御飯の時間ですぅ」 
「簡単なことよ、私はアリスになるのだわ!貴方のローザミスティカ貰い受ける!」 
刀を背負った異様な雰囲気の真紅に翠星石は瞬時に命の危機を察した。 
「ジュン!ジュン!助けてですぅ〜」 
「ジュンがいるの!?翠星石、一人で来なさいと言ったはずよ!」 
物陰に隠れていたジュンが姿を見せる。 
「真紅、止めるんだ!いったい何があったんだ!」 
「ジュン、あなたは私の家来。黙って下がっていなさい」 
つつっと間合いを詰め翠星石に斬りかかる。 
「スィドリーム!!」 
とっさに如雨露で受け止めるが、如雨露は真っ二つになる。 
「これで終わりね」 
横薙ぎに払った一閃で翠星石の首を切り飛ばす。 
「ジュン・・・・」 
翠星石の唇がジュンの名前を呼ぶが声にならない。 
「翠星石!!」 
ジュンは翠星石の遺骸を抱き泣き叫ぶ。 
「ジュン、私はアリスになって帰って来るわ。それまで待っててね」 
真紅は口を歪めて笑った。 

薔薇水晶は槐に頼まれ夕飯の買い物に来ていた。 
「・・・じゃがいも・・・ニンジン・・・クダサイ」 
八百屋の店先でメモを読みあげる。 
「お人形ちゃん、偉いねえ、お家の手伝いかい?」 
「・・・じゃがいも・・・ニンジン・・・クダサイ」 
「はいはい、お嬢ちゃんかわいいからオマケしちゃうよ」 
「・・・・アリガトウ・・・」 
買い物をすませ、家に帰ろうとする薔薇水晶の視界の隅に赤い物が見えた。 
チン! 
鍔鳴りの音がした途端、薔薇水晶の首がゆっくり地面に落ちた。 
「・・・オトウサマ・・・」 
「貴方にローゼンメイデンの名をかたる資格は無いのだわ」 
真紅が地面に転がる薔薇水晶の首をゆっくりと踏み潰した。 

「水銀燈、今日お見舞いで梨を貰ったのよ、今剥いてあげるね」 
「私はいいから、メグが食べなさい」 
ベットの隅に座る水銀燈がメグの具合を案じた。 
「2249時間32分ぶりね。水銀燈、アリスゲームの用意はいいかしら?」 
「真紅!なぜここに!?」 
いつの間にか真紅が窓辺に立ち、水銀燈とメグを見下ろしていた。 
「貴方が来てくれないから、こちらから出向いたのだわ。感謝しなさい」 
「いいわぁ、おもてに出ましょう」 
水銀燈が立ち上がり翼を広げる。 
「ここで構わないのだわ、すぐに終わるのだから」 
「なんですって!?」 
水銀燈の羽根が窓辺に立つ真紅に襲いかかる・・・が、真紅は微動だにせず受ける。 
「私に小細工は不要なのだわ、その程度の攻撃で私を倒せると思っているのかしら?」 
真紅が刀を大上段に振りかぶり、水銀灯に斬りかかる。 
水銀燈はとっさに避けるが鉄パイプで作られたベッドが真っ二つになる。 
「本気を出しなさい、水銀燈」 
横薙ぎの一閃が水銀燈を狙うが避けれなかった、避ければ背後のメグに攻撃が当たってしまう。 
水銀燈は腹部で両断され、上半身は壁際まで吹き飛ばされる。 
「水銀燈!!逃げて!私の事はいいから逃げて!」 
メグが力を振り絞り、真紅の上に覆いかぶさり動きを封じる。 
「メグ!!だめよ!!」 
メグの体が激しく痙攣し動きが止まった。真紅の剣がメグの体を切裂き邪魔物をどかそうとする。 
「真紅、覚えていなさい!必ず殺すわ!」 
上半身だけになった水銀灯が血の涙を流しながら夜の空を飛び去っていった。 

翠星石が倒された後、雛苺は柏葉家に身を寄せていた。 
「真紅はかわっちゃったの、ヒナこわいの」 
雛苺が巴に抱きついた。 
「大丈夫よ、雛苺は私が守るわ」 
「巴、貴方とは戦いたくなかったのだわ」 
巴の部屋の三面鏡から真紅の声が響いた。 
「真紅ちゃん!?」 
「真紅〜嫌なの、巴と喧嘩しないで欲しいの」 
真紅が鏡の中から現われる。 
「嫌ならアリスゲームに勝てば良いのだわ。いつものように泣いても仕方がないわ、赤ちゃん」 
「泣いてないの!真紅のバカ!」 
泣き叫ぶ雛苺を背後にかばい巴が刀を構える。 
「巴、人の身でローゼンメイデンに勝てると思って?」 
「私は雛苺のマスターとなったの、雛苺と一緒なら勝てるわ」 
苺わだちが真紅に一斉に襲いかかる。 
「巴にケガさせたら許さないんだから!」 
苺わだちで動きを止めている間に巴の剣で攻撃する、二人のコンビネーションに真紅は苦戦した。 
「なかなかやるわね、間合いに入ることもできないわね」 
真紅の脇差と巴の刀、身長も大きく違う、間合いの差は歴然としていた。 
「しかし!所詮は人間、誇り高きローゼンメイデンの敵ではないわ!」 
振り下ろされた巴の刀をギリギリで避けると、撥ね上げられた刀を左脇に手挟む。 
真紅は左腕を斬られながら舞い上がり、巴の顔面に剣を突き立てる。 
「もらったわ!」 
巴の左目は深くえぐられ、血飛沫が部屋中に舞う。 
「ともえーーーー!」 
雛苺が倒れこんだ巴にすがりつく。真紅は斬られた左腕が抜け落ちそうになるのを押さえながら告げる。 
「雛苺、あなたは優しすぎたわ。せめて眠りながら死ぬといいわ」 
真紅が巴の契約の指輪を粉々に砕く、ミーディアムを失った雛苺が巴に寄り添って永遠の眠りにつく。 
「巴、大騒ぎしてるようじゃが、いったい何事かな?」 
いきなり巴の祖父が部屋の扉をあけた。 
「お師匠さま!?」 
「お前は真紅か!これはどういうことじゃ!」 
左腕を負傷している状態で剣の師と戦うことは出来ない、真紅は鏡の中に消え去った。 
「雛苺のローザミスティカ、また改めて取りにいかねばならないわね・・・」 

「この左腕はジュンに直してもらうしかないわね、少し帰ることにするのだわ」 
1ヶ月振りに桜田家に帰宅した真紅が見たものは水銀燈と抱き合うジュンであった。 
「ジュンくん・・・ずっとこうしていたいわぁ」 
「僕もだよ、翠・・・水銀燈」 
お互いに大切な人を失ったことで惹かれあったのか、ジュンと水銀灯は愛し合うようになっていた。 
「ジュン、そんなジャンク相手に何をしているのかしら?」 
「真紅!?」 
下半身を失った水銀燈は相手にならずと見て、真紅はジュンに説教を続けた。 
「そもそも貴方は私の家来となるのを誓ったのだから・・・」 
油断であった、水銀燈が上半身をバネのように使い飛びかかる。 
普段の真紅ならば難なく避けられたであろうが、負傷していた左腕の反応が遅れた。 
「真紅!一緒に死にましょう、ウフフ」 
左腕にすがりついた水銀燈がローザミスティカの力を解放し自爆した。 
真紅の左腕は粉々に砕け散り、真紅の体もジュンの足元まで吹き飛ばされた。 
「水銀燈、やってくれたわね。ジュン、抱っこしてちょうだい」 
真紅はジュンを呼ぶが反応がない。 
「ジュン・・・・?」 
「フフフフ・・・・アハッハハ・・・ハハハハ」 
ジュンの心は平衡を失った。 

巴は仮死状態となった雛苺を連れて槐のドールショップを訪れていた。 
「雛苺を・・・雛苺を直してください」 
「これは・・・無理だ、魂が遠くに行ってしまってる、もう戻ることはあるまい」 
槐は椅子に置いてある薔薇水晶を指差した。 
「この子の魂も遠くに行った。真紅という悪魔の人形に襲われてね」 
巴は髪で隠していた左眼を晒した。 
「この眼も雛苺も真紅との戦いで失いました、どうすれば真紅を倒せるのですか?」 
「人間ではローゼンメイデンには勝てない、ローザミスティカがなければ・・・」 
長い沈黙が店の中に訪れた。 
「雛苺の中にローザミスティカが有ります、私を人形にしてください」 
巴はローゼンメイデンとなり真紅と闘うことを決意した。 

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