“今日の天気は晴れで、気温は30度を超える蒸し暑い日になっています” 

TVから今日の天気についてキャスターがコメントを述べている。 
人形たちが普通に生活している桜田家にも例外なく真夏日は訪れていた。 

「う〜暑いですぅ、日本の夏は不快なことこの上ないですぅ」 
翠星石は団扇でバサバサと扇ぎながら疲れたような声を出す。 
現在桜田家ではクーラーの設定温度は28度に決められており、それ以下に設定することは禁じられていた。 
「翠星石、はしたないわよ。レディたるもの悠然と構えていなければいけないのだわ。 
貴女も少しは日本の夏の風情というものを感じなさい」 
ソファーでだらしなくグッタリとしている翠星石に真紅がピシャリと言い放つ。 
だがその真紅も暑さを払うために先程からジュンを使って団扇で扇がせているのだが・・ 
「だぁぁぁぁ!!そんなこと言うのなら僕を使わずに自分で扇げよ!!」 
さすがに扇ぐのに疲れたのかジュンが怒鳴る。 
「あらジュン、私にそんなことをさせるつもりなの。貴方は下僕としての自覚を持つことが大切なのだわ。 
正しい主従関係とは私の命令を忠実に守り実行することなのだわ。今私はとても暑いのだわ、ならば下僕である貴方はあくまで私の為だけに涼風を送る。 
これはもはや常識、人として当然なのだわ。というわけでジュン、早く扇ぎなさい」 
この理不尽女王の前ではジュンの抗議もまったく通用しない。 
文句を言えば10倍になって返ってくる。もう何も言わずにジュンは再び扇ぎ続けた。 

「は〜いみんな、今日は思い切って出掛けちゃうわよ〜」 
のりがリビングに入り、みんなに呼び掛ける。 
「のり〜、どこに行くの〜?」 
1人元気な雛苺がのりの元に近づいて好奇心旺盛に尋ねる。 
「今日はね〜、近くの河川敷で花火大会があるのよ〜、みんなで行きましょう」 
「うぃ〜、はなび?」 
初めて聞く単語に雛苺は首を傾げる。 
「チビ苺は花火を知らねえですかぁ、教えてやるですぅ、花火ってやつは世にも恐ろしい 
危険な花ですぅ、その姿は全身に血を浴びたように真っ赤で棘のある枝で人間を襲うのですぅ、さらにチビ苺みたいな弱虫が近づくと〜」 
「ち、近づくと?」 
「グガアァァァァァァ!!!!」 
翠星石は雛苺に物凄い形相で脅しまくる。 
「牙のある口から火を吹いて弱虫をムシャムシャと食べてしまうですぅ」 
「いやあぁぁぁぁん!!!」 
翠星石の作り話に雛苺は泣き出してしまった。 
「いやぁ、花火怖いのぉ」 
調子に乗って尚も話を続けようとする翠星石をジュンが抑えた。 
「のり〜、花火怖いのよ、ヒナ行けないの」 
「大丈夫よヒナちゃん、翠星石ちゃん、めッ!」 
のりは懲らしめるように翠星石の額に指をあて叱ると翠星石もおとなしくなった。 
「雛苺、花火は怖いものではないのだわ。花火とは夜に輝くとても美しい花なのだわ」 
「真紅、本当?花火怖くないの?」 
雛苺は不安そうに真紅に尋ねる。真紅は優しく微笑んで雛苺を安心させた。 
「それにねヒナちゃん、花火には巴ちゃんも誘ったのよ」 
横からのりも雛苺を安心させるように声をかけた。 
「本当!トモエも行くの?」 
のりが頷くと先程とはうって変わって雛苺はウキウキとなっていった。 
「ねぇジュン君、ジュン君も行かない?」 
翠星石を抑えていたジュンにものりは誘った。少しずつ外の世界へと近づいている弟への 
気遣いだった。 
「えっ、僕は、僕は・・・・」 
ジュンは返答に詰まった。だが以前なら言下に拒絶していたことを考えればこれは前進と言えた。本人はそのことに気がついていないのだが・・・。 
「ジュン、折角なのだから行きましょう。私も花火が見たいのだわ」 
「で、でも・・・」 
「私が行くのなら貴方は行かなければならないのだわ。それが貴方の務めなのだから。 
それとも私をエスコートしてくれないのかしら?」 
真紅の青い瞳がジュンを見据える。その瞳からは強さと優しさが溢れていた。 
「はいはい分かったよ。行けばいいんだろう」 
「それでいいのだわ。それと『はい』は1回よ」 
その言葉に全員から笑顔がこぼれた。 
「よかった〜、じゃあ今日は時間に間に合うように仕度しなきゃね、みんなも手伝って」 
「うんするする、ヒナもい〜っぱいお手伝いするの」 
「チビ苺より翠星石のほうがずっと役に立つですぅ、任せるですぅ」 
桜田家はとたんに慌ただしくなった。雛苺と翠星石はのりについて行き家事を手伝っていった。 
真紅は普段と変わらず、マイペースに紅茶を飲んでいた。 
時刻はまだ14時、花火大会まではまだ時間があった。 

「ただいま〜、カナ!」 
息せき切らして、大汗をかきながらみっちゃんが帰ってきた。明らかに走ってきたことが 
見て取れる。 
「あれ〜、みっちゃん、今日は残業じゃなかったかしら」 
マスターの突然の帰宅に金糸雀は喜びながらも驚いた。 
「本当はね、でも今日やるはずだった打ち合わせが来週に延期になったのよ。それで今日は何もないから早退しちゃった」 
「それじゃあ、この前話してた花火大会に行けるかしら〜♪」 
「もちろん!もうカナといっしょに行けるなんてもう最高よ〜」 
2人は心底嬉しそうだった。お互いに溺愛している者同士なのだが、いっしょに外出することは滅多にないことだった。それだけに2人ともやたらと気合いが入った。 
「さあまずは出掛ける用意をしなくちゃ!カナ、ちょっと待っててね」 
みっちゃんは急いでシャワーを浴びて汗を洗い流すとクローゼットを開いて自分と 
金糸雀の浴衣を取り出した。 
「はいカナ、これ着てみて!」 
みっちゃんは金糸雀に浴衣を手渡して着替えを手伝ってあげた。袖を通し、最後に帯を 
結んであげる。 
「どうかしら?似合うかしら?みっちゃん」 
金糸雀はみっちゃんの方を向いて笑顔で尋ねる。黄色を基調とした生地でひまわりをあしらった浴衣は金糸雀の明るいイメージにピッタリだった。 
「ああああん!可愛いいいいーっ!カナその浴衣超可愛いからーっ!!!」 
箍が外れたというのか堤防が決壊したというのか相変わらずのみっちゃんの壮絶な反応だった。金糸雀を抱きしめて頬を激しく擦り寄せる。 
「みっ、みっちゃん!ほっぺが摩擦熱でまさちゅ〜せっちゅっ!!!」 
凄まじい愛情表現を受けながらも金糸雀はそれが嬉しくてたまらなかった。 
そんなマスターとの2人きりの外出は金糸雀にとって絶対に忘れられないものになる。 
そのあと金糸雀は何度も浴衣姿を写真に撮られたのだった。 
「あっもうそろそろ時間だね、カナ行こうか」 
みっちゃんは金糸雀を抱き上げて、夕方の街を河川敷へと歩いていった。 

「ジューン君、こっちこっち!ほらここがよく見えそうよ!」 
見物する場所をようやく見つけたのりが後続のジュンに声をかける。 
「どうせ高く打ち上がるんだから、どこでも同じだろ」 
場所取りに積極的でないジュンがのりに意見する。 
「ダメよ、今年は真紅ちゃんたちもいるんだから!見易い所じゃないと」 
のりはシートを広げると重し代わりに荷物を乗せた。 
「確かにここならよく花火が見られそうだわ、のりなかなか観る目があるわね」 
真紅はシートに座るとおもむろに荷物の中から自分のティーカップを取り出した。 
見ると荷物の中には紅茶の葉にポットまで用意されている。やたらとかさばった原因が 
ようやく分かった。どこまでも自分のペースを崩さない真紅だった。 
「ジュン、紅茶を淹れて頂戴」 
「ここでか?」 
「時にはこのような場所もよいのだわ」 
ここまで来た以上ジュンもこれ以上抗うつもりはない。黙って紅茶を淹れる。 
「まだまだ紅茶の淹れ方がいまいちねジュン、でも・・温かい味だわ」 
真紅はジュンに温かい眼差しを向ける。ジュンは照れた顔を隠すように空を見上げていた。 
「そろそろ始まるぞ」 
ジュンはぶっきらぼうに真紅たちに言った。 

19:00 
花火大会が始まった。 
“ヒュルルルル〜ドーン、シュルルルル〜ドーン!” 
様々な色の様々な形の花火が次々と打ち上げられていく。 
「うわ〜すごいのすごいの〜、トモエ花火きれいなの〜」 
巴に抱かれながら雛苺は初めて見る花火に驚き喜んでいた。 
「雛苺、楽しい?」 
「うん!花火とってもきれいなの〜、あっまた上がったの〜」 
雛苺の笑顔に巴も誘われて微笑む。何年ぶりだろうこんな楽しい花火を見るのは、 
(あなたのおかげだよね、雛苺) 
自縄自縛に陥っている今、それをゆっくりと解いてくれる存在、それは両親でも教師でもなかった。いや人間ですらない。 
だが彼女は今、巴にとってかけがえのないとても大事な存在だった。 
「雛苺、毎年花火大会、いっしょに見られるといいね」 
「うん!ヒナずっと一緒にいるね!トモエもジュンものりも真紅たちもみんな大好き!」 
雛苺はそう言うと巴に抱きついた。巴は優しく抱きとめると心の中で雛苺にお礼を言った。 

「玉屋〜ですぅ〜!!」 
何でそんな掛け言葉を知っているのか、関心していいのか呆れたものか蒼星石は迷っていた。翠星石が花火大会の見物の仕度をしているときに蒼星石は桜田家を訪れた。彼女の姿をみるとのりは蒼星石も誘ったのだった。 
その場では即答せずとりあえず柴崎家に戻って事情を説明すると老夫妻は快く応じてくれたので蒼星石も喜んでのりの誘いに乗ったのだった。 
「どうしたですぅ蒼星石、楽しくないですかぁ」 
「ううんそんなことないよ、とても楽しいよ」 
「よかったですぅ、ほらほら蒼星石、あそこの屋台で買ったたこ焼きも食べるですぅ」 
「あ、ありがとう翠星石」 
2人は1箱のたこ焼きを分け合って食べた。何百年経とうと常に2人は一緒だった。 
だがそれが断ち切られたとき命ともいえるローザミスティカを蒼星石は失った。 
結局のところローゼンとジュンたちとの絆のおかげで蒼星石は『9秒前の白』の世界から 
自分を取り戻すことができた。そのため蒼星石は失うものの怖さや重さを実感した。 
(あんな思いをしたくない、そして決してさせはしない) 
その思いを胸にしまい蒼星石は翠星石や真紅たちに接してきた。 
(アリスになる資格は全員が有している) 
蘇える寸前に聞こえた言葉をかみしめながら・・・ 
「ねえ翠星石、きれいだね花火」 
2人は寄り添って美しい花火を観賞した。2度と離れることのないように・・・・ 

「カナ〜、ほらまた上がったわ〜」 
みっちゃんは金糸雀を抱きかかえながら無邪気なまでにはしゃいでいた。 
「うわ〜すごいかしら〜、すてきかしら〜」 
金糸雀もみっちゃんに負けず劣らずはしゃいでいる。 
2人がこんな外出ができることなど滅多にないことだから仕方ないことかもしれない。 
そして溺愛の理由も・・・。 
普段は普通(?)のOLであるみっちゃんは金糸雀のために残業や休日出勤も多く、帰りも遅いことが多いため金糸雀と一緒にいられる時間は極端に短い。だから過剰なまでの溺愛になってしまうのだった。 
一方金糸雀にもそうしたみっちゃんの辛さや苦労を汲み取っているのでいっそうマスター思いになっていくのだった。 
「あ〜やっぱり会社早退してよかった〜、カナと一緒に花火見られるなんて最高〜」 
みっちゃんの心から嬉しそうな言葉を聞き、金糸雀も顔を綻ばせる。 
「ねぇみっちゃん」 
「うんなにカナ?」 
「みっちゃん、ずっとカナをいっしょにいてくれるかしら」 
「もちろんよ〜、これからもカナに可愛い服着せて、それからいっぱい写真も飾って、 
あぁもう考えただけでバラ色の人生だわ〜!!」 
金糸雀に頬を擦り寄せながら喜んでいる。 
「カナ・・・すごく幸せかしら・・・」 
金糸雀は呟いた。たぶんこれからもみっちゃんと一緒にいられる時間は少ないかもしれない。だがその短い時間はとても充実した素敵な時間になる。2人はそれを確信していた。 

次々と打ち上げる花火、真紅は特にはしゃぐでもなく静かに観賞していた。 
「なあ真紅面白いか?」 
「貴方はどうなのジュン?」 
「僕は・・・・・・きれいだと思う」 
平凡な答えだ。とジュンも思った。だが真紅はジュンをからかおうとはしなかった。 
むしろジュンに同調するかのように頷いて言った。 
「素直ねジュン、でもそれでいいのだわ。美しいものを美しいと感じそれを口にできることは貴方が迷路から脱け出せている何よりの証拠なのだわ」 
「で、でも僕は・・・そんな・・・」 
ジュンは改めて自分を思い直してみる。いまだに学校に行こうとする意思はあるものの 
実行までには至っていない。また姉であるのりに対しても素直になれない自分がいることも自覚していた。 
「以前も言ったけれども、貴方は弱いわ、でも勇敢よ。自分を見つめ直して自覚ができたのならもうあとは時間が解決してくれるでしょう」 
真紅はジュンを見つめて微笑んだ。そして終盤に近づいた花火大会に視線を集中する。 
“ヒュルルルルドーン!ヒュルルルルドーン!!” 
「素敵ねジュン、あの花火たちは本当に一瞬に輝きそして消えてゆく、貴方たち人間も同じよ。私たちローゼンメイデンは時を巡り、人を巡り咲き誇る。その中でジュン、貴方は私の中でどのように美しく咲くのかしら」 
「真紅・・・・」 
ジュンは真紅の名前を呼んだまま、何も言わなかった。だがこれからも真っ直ぐには歩けないだろうが確実に前進はしていけるだろう。彼女とともにいる限り・・・・。 

花火大会は終わった。見物客は思い思いに家路につく。桜田家も同様だった。 
「さあみんな〜、おうちへ帰りましょう〜」 
のりが全員を促し帰宅の途につく。 
「雛苺、大丈夫?眠くない?」 
「う〜ちょっと眠いの〜」 
「抱っこしてあげるからそのまま眠っていいよ」 
「トモエ、ありがとなの〜、花火楽しかったの〜」 
そのまま雛苺は巴の腕の中で眠ってしまった。とても幸せそうな顔で。 
雛苺はそのまま柏葉家にお泊りになった。 

「それじゃ今日はありがとうございました」 
「また明日もどるですぅ」 
蒼星石も柴崎家に帰った。翠星石も今夜は蒼星石と一緒にいたいということで 
2人は鞄を並べて帰っていった。 

のりはジュンと並んで家路につく。もう何年ぶりだろうか姉弟揃って歩くのは、真紅を抱っこしているとはいえこんなに嬉しいことはのりには久しくなかった。 
「久しぶりだね、こうしてジュン君と歩いて帰るなんて」 
「そう・・・だっけ」 
「うんパパとママがまだいたとき以来かしら」 
ジュンは無言だった。というよりは姉にどのように接していけばよいか分からなかった。 
「ジュン君、今日花火楽しかった?」 
「・・・・うん、すごくきれいだった」 
たどたどしくジュンが答える。この後ものりが昔の思い出話をジュンに振り、それにジュンはたどたどしく答えていった。やがて家につくとジュンはちょっと疲れたように眠ってしまった。 

「ジュン君、少し疲れちゃったかしらね」 
「そうねあまり慣れないことをしたから」 
のりと真紅はジュンの寝顔を見て顔を見合わせた。 
「真紅ちゃん、今日はありがとう」 
「私は何もしていないのだわ」 
「あんなにジュン君が私にしゃべってくれたことってもう何年もないから」 
嬉しさの中に哀しさを持った口調でのりは言った。 
「そうねでももう安心してよいのだわ、ジュンは貴女のことでもとても悩んでいる。 
今までのことがあるから、どのように接してよいのか迷っている。でもそれを自覚して 
少しでも前に進もうとしているわ。貴女はいつもの通りに振舞えばいいことなのだわ」 
のりを安心させるように真紅は諭していく。 
「ねえ真紅ちゃん、これからもジュン君のことお願いね」 
「そうねまだまだ至らないところは多いけど、美しい花になることは間違いなさそうだわ」 
そう言って真紅は鞄の中へと入り眠りにつくのだった。 

「おやすみなさいジュン、私の大事なミーディアム」 

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以上で終了です。 
読みにくくてすいません。 

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