桜田家を幻冬社の担当が訪れていた。
「・・・というわけで、アニメ特別編の制作も決まりましたし真紅さんに盛り上げて頂きたい訳ですよ」
「それでファンとの握手会ね」
「そういうことです、ぜひ真紅さんに来て頂きたいのですよ」
「そうね、私も忙しいのだけど主人公の私が行かなければ盛り上がらないでしょうね、わかったのだわ」
握手会当日
「ジュン、起きなさい。いつまで寝てるのかしら?今日は握手会があるのだわ」
「ふぁ〜あ、真紅、握手会は昼からだろ。もう少し寝ても間に合うよ」
「何を言ってるの!!私のファンは徹夜で並んでいるに決まっているわ!人数が多いようなら早めに会場を開けないと!」
ジュンは真紅を抱っこし握手会の会場に電車で向かうが、急に真紅がソワソワしだす。
「ジュン、サングラスはないかしら?私が見つかったら大騒ぎになるわ」
「真紅、意識しすぎだよ。人形のフリしてれば大丈夫さ」
会場近くの駅で下車したところで子供たちに指差される。
「「あーー!この赤い奴、ローゼンメイデンだー!」」
「失礼ね!赤い奴ではないのだわ」
口調は怒っているが真紅はうれしそうである、子供たち相手にサービスもする。
「私は誇り高きローゼンメイデンの第5ドール真紅、薔薇の指輪に誓いなさい!」
「「わーーー!本物だーー!」」
突然、一人の女の子が泣きそうになりながら真紅を指差す。
「でも、この赤いのが黒いお人形さんを苛めてたわ!」
真紅は慌てた。
「ち、違うのだわ。黒い人形は悪い奴なのよ、私は正義のために闘っていたのよ・・・」
「でも、黒いお人形さんは病気の女の子のために闘ってたんだよな」
「こいつ、ピンクのヒナちゃんも苛めてたよ!!悪い奴だ!」
子供たちに囲まれた真紅はたじたじとなる。
「ジュン、抱っこして!!走るわよ!」
ジュンは会場めがけて逃げる、ようやく会場の看板が見えてきた。
『ローゼンメイデン・水銀燈ファン感謝祭』
第一部 13:00〜14:00 水銀燈トークショー(聞き手 メグ)
第二部 14:10〜14:40 薔薇乙女隊ミニライブ(出演 雛苺・金糸雀・翠星石)
第三部 15:00〜16:00 水銀燈握手会(特別ゲスト 蒼星石)
よく見ると下のほうに「握手会には真紅もくるよ!」とマジックで書き足されていた。
「こ、これはどういうことなの!!ジュン!」
「どういうことって・・・見たままだろ」
真紅はジュンの腕から飛び出し看板を指差す。
「これではまるで水銀燈が主役じゃないの!!何かの間違いだわ!」
「う〜〜ん、人気の差じゃないかな」
真紅は看板を蹴飛ばす。
「主人公の私が一番人気に決まっているのだわ!」
会場に入るとスタッフが真紅に駆け寄ってくる。
「真紅さん、お疲れ様です。こちらが控え室になっていますので」
案内された控え室は廊下の突き当りをカーテンで仕切ってパイプ椅子が置いてあるだけだった。
「真紅、さっき『水銀燈様控え室』って札かかった部屋があったから挨拶にいってみようか」
「ジュン、何を言ってるのかしら?挨拶に来るのは水銀燈よ」
真紅は現実を認めようとはしなかった。
「ジュン、紅茶を淹れてちょうだい」
「あ、さっきスタッフの人から缶コーヒーとジャムパン貰ったよ」
「私が来るのに紅茶の用意もしてないなんて!!帰るわよ!ジュン!」
真紅は椅子から飛び下り帰ろうとする。
「おい、真紅。握手会で真紅のファンが待ってるぞ」
「そ、そうね。水銀燈のトークショーなんて前座みたいなものね。握手会で私の人気を見せつけてやるのだわ」
真紅の控え室に水銀燈トークショーの歓声が聞こえてくる。
「みんな〜乳酸菌摂ってるぅ〜?」
ウオォォォーーー!!
「みんな〜私のミーディアムになってくれるぅ〜?」
ウオォォォォォーーーー!!!
水銀燈のトークショーは大盛況であった。
「あの時、真紅に苛められて翼が折れちゃったときは鞄で眠ることもできずに・・・」
メグが聞き手となり水銀燈の苦労話が始まると会場からはすすり泣きの声も漏れてくる。
握手会の準備が始まった。
水銀燈の巨大POPの前にはロープで誘導路が作られ警備員が配置につく。
その横に写真集が山積みになった蒼星石のテーブルが配置される。
「ジュン、私の握手会はここでは無理ね。私のファンが入りきれないわ」
ジュンが黙って会場の隅を指差す、そこには小さな机と「真紅握手会」と書かれた立て看板があった。
「・・・ジュン、私のファンは来てくれるわよね?大丈夫よね?」
ジュンは何も応えることができなかった。
しばらくすると特別ゲストの蒼星石がやってきた。
「蒼星石、しばらくね、元気だったかしら?」
「やぁ、真紅。久しぶりだね、僕の写真集が発売になるので今日は宣伝も兼ねて握手会さ」
「写真集?がんばってるのね、私のファンにも買うように勧めておくのだわ」
「ありがとう、気持ちだけで十分だよ・・・フフフ」
握手会が始まった、水銀燈の列は大混雑、蒼星石の列にも女性ファンが大挙して並ぶ。
「ジュン、ジュン・・・泣いてもいいかしら?」
真紅の机の前には誰もいない。
「大丈夫だよ、真紅。きっと真紅ファンの人はどこで握手会やるのか捜してるんだよ、ここはわかりにくいし」
「そ、そうよね!!そうだわ!ジュン!呼び込みをしてらっしゃい!私のファンを捜してくるのよ!」
「ええっ!?呼び込みだって?・・・・・ゴメン!真紅」
引き篭もりのジュンには無理な要求である、ジュンは走って逃げ出した。
「ジュン!待って!独りにしないで!」
真紅は4人のファンと握手した、握手会は無事に終わった。
「あらぁ、真紅、ごめんなさいねぇ。忙しくて挨拶する暇もなかったのよぉ、今日は来てくれてありがとう」
水銀燈のやさしい言葉がナイフのように真紅に突き刺さる。
「これからみんなで打ち上げ会やるのよぉ、真紅も来てくれるでしょぉ?」
「水銀燈!!次は!特別編では許さないわ!覚えてなさい!」
「へ????ちょっと、真紅どうしたのぉ?」
真紅は一人で家まで歩いて帰った。
「ただいま。ジュン、紅茶を淹れてちょうだい、今すぐよ」
「やあ、真紅・・・おかえり・・・さっきはゴメン」
「いいのよ、ジュン。今日は水銀燈の罠にはまってしまったようね」
真紅はいつもと同じ様子に戻ったようである、ジュンは安心した。
「このままでは済まさないのだわ、『真紅ファンの集い』を開催するのだわ。ジュン、準備しなさい」
「真紅・・・無理だよ」
ジュンの奔走で真紅ファンの集いは市民ホールを借りて開催されることになった。
真紅とのお茶会、ハズレなしのビンゴゲーム、真紅サイン会
それなりに盛況、それなりに人も集まった。
「私のファンは騒ぎ立てない落ち着いた人が多いのだわ、水銀燈のバカなファンとは大違いだわ」
その時、ジュンは誰かと電話していた。
「今日はビンゴゲームの景品を提供してくれてありがとう、水銀燈」
ビンゴゲームで何も知らない真紅が手渡した袋の中身は高価な水銀燈グッズだった。
「いいのよぉ、あれぐらい。真紅の仕事が少ないって聞いてイベントに呼んだのだけど傷つけちゃったみたいだしぃ」
前回のイベントは桜田家の窮状を聞いた水銀燈が好意で真紅を呼んだのだった。
「今日は私も真紅を手伝いたかったけどぉ、スケジュールが空かなくてごめんなさいねぇ」
「いいんだよ、他のみんなが手伝ってくれたし、ファンの集いは大成功さ」
「今度、真紅を連れて遊びに来てね、ジュン君」
ジュンは電話を終えて振り返る。
「チビ人間が土下座して頼むから仕方なく来てやったですぅ」
「ジュンも真紅もだ〜い好きなの〜、ひなは何でもお手伝いするの〜」
「ジュン君と翠星石に頼まれたら断れないよ、今日は楽しかったよ」
「べ、別にお弁当のタマゴ焼きに釣られたわけではないかしら〜」
ジュンは今日のために完璧な布陣をしていた。
翠星石に司会、蒼星石に受付、雛苺にお茶会の給仕、金糸雀に呼び込みをさせていた。
「真紅だけの人気じゃこれだけ人が集まらなかったよ、みんな、ありがとう。真紅に代わってお礼を言うよ」
「ジュン、今日は大成功だったのだわ、ご苦労様。次は海外公演ね、カーネギーホールを予約しなさい」