めぐの一日 

 めぐは朝が嫌いだ。 
 病室という生活感のない部屋で迎える朝は、気分がいいとはとても言えない。 
 意味のない一日が始まると思うと気が滅入ってくる。 
 だから、このくだらない毎日を終わらせてくれる天使を朝一番に探す。 
「水銀燈、いないの?」 
 だが、朝から水銀燈に会えることは稀だ。彼女はめぐよりもずっと早く起きて、どこかへ行ってしまう。 
 めぐが呼んでも姿を見せない。今日も出かけているようだ。 

 水銀燈を見つけられなかっためぐは、決まって歌い始める。歌えば戻ってきてくれるような気がするから。 
 看護士が朝食を運んできても構わず歌い続ける。もう、彼女の目に人間は入らない。 
 幼い頃から死を自覚してきた彼女は、人との関係を築こうとは思わなかった。いつ死ぬかもしれないのに、友人を作るなんて馬鹿らしかった。 
「少しだけでも食べるのよ」 
 朝食を食べるように言われても当然無視。看護士も慣れたもので、顔色ひとつ変えることなく、病室を後にした。 

 歌い疲れためぐは、枕に頭を沈めて天井を眺めた。 
 水銀燈は帰ってこない。 
 思うようにいかないので、だんだんと腹が立ってきた。 
 腹いせに緊急時のボタンを押す。 
 すると、看護士が血相を変えて駆け込んできた。 
 このいたずらがばれると凄く怒られるので、苦しいふりをしてごまかそうとした。 
「めぐちゃん、すぐに先生を呼ぶから!」 
「はふっ、ふう……!!」 
 演技だったはずなのに、本当に胸が苦しくなってきた。冷たい汗が額に浮かぶ。 
 悪ふざけがすぎたようだ。 
 どうせ死んでしまうのなら、天使に看取ってほしい。 
 朦朧とする意識の中、苦しくて声に出ないながらも彼女は歌い続けた。 

 本日二度目の起床は日が暮れた後だった。発作を起こしためぐは、そのまま眠ってしまったのだ。 
 汗を掻くからか、発作の後は気分がいい。朝ではない目覚めなので気分がいい。 
 気分がよくても、彼女は目覚めてすぐに体を起こして天使を探す。生きている実感は欲しくないから。 
 そして、彼女の気分が最もよくなる。水銀燈が戻っていたのだ。 
 灯りのない病室の窓辺に、小さな天使が腰掛けていた。 
「おかえりなさい」 
 返事は期待しない。なぜなら、気高い天使は人の相手をしなくて当然だから。 
 ある意味、期待通りに水銀燈が無視してくれたので、めぐは上機嫌で微笑む。 
「聞いてよ。また死に損なっちゃった。だから、私の命を使うなら早めにしたほうがいいわよ。そのうち死んじゃうから」 
 水銀燈は窓から外を見た。この哀れな少女を正視していられなかったのだ。 
 めぐは身も心も完全に壊れていた。身体は病で、心は死の恐怖で蝕まれて……。 
 水銀燈は自身も壊れていると思っていた。 
 しかし、めぐを見ていたら、それが間違いだと思えてしまうことが間々あった。心が本当に壊れたら、生きようとは思わないのだ。 
 水銀燈にそんな真似はできなかった。アリスゲームに勝って、お父様に認めてもらわなければならないのだ。 
 めぐに生きる望みはないのだろうか。 
「貴女、何か望みはないの? やりたい事とか、欲しい物とか」 
「あるわよ」 
 意外な答えが返ってきた。水銀燈はやや身を乗り出して詳しく尋ねる。 
「それは何なの?」 
「いつも言ってるじゃない。水銀燈に連れてってもらうことよ」 
 笑顔で返ってきたのは、希望のない答えだった。彼女は一緒に空へ行きたがっているのだ。生きていては行けない空へ……。 
 水銀燈は再び窓の外を見た。めぐの笑顔が堪らなくつらい。連れて行けそうな場所は地獄しかないのだから。 
「私に連れていってほしいのなら、勝手に死なないことね」 
 この言葉に込められた意味を、めぐが理解できる日はくるのだろうか。そんなことを思いながら、水銀燈は夜空を見上げた。 

おわり 

ちょっと切ないお話でした。 
それでは、良いお年を。 

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