真紅は雪華綺晶によって体を喰われてしまった。おまけにローゼンから
頂いた真紅のドレスも切り裂かれて・・・
幸いにも翠星石と金糸雀の救援によって全て食われる事は防がれたが、
片脚と片腕は完全食われて無くなり、片目も潰されてしまった。
水銀燈に右腕をもぎ取られた事はあったが、あくまで外れただけなので
また接続させる事は可能であったが、今は違う。
完全に食われて無くなった片目と片腕と片脚はもう戻って来ないのである。
片目と片腕と片脚を失い、落ち込む真紅を皆は慰めようと優しくしてくれた。
ジュンも移動する際は積極的にジュンを抱っこしてくれるようになった。
確かに真紅にとって嬉しい事なのだが、同時に申し訳無いと言う感情もあった。
「ジュン・・・ごめんなさい・・・。」
真紅はジュンに心の底から謝るようになった。今までならば下僕に謝るなど持っての他で
あったと言うのに・・・。それだけではない。それまでは下僕に命令する事は
当然であり、いくらジュンをこき使おうとも何とも思わなかったと言うのに、今は違う。
ちょっとした頼み事でも申し訳なく感じるようになった。それまで嫌々聞いていたジュンが
積極的に聞くようになった事もますます真紅にそう思わせた。
それから数日が経ち、真紅も片目片腕片脚の生活にも徐々に慣れてきた。
そして一人ジュンのベッドの上で本を読んでいた時だった。突然上から黒い羽が
ヒラリと落ちてきた。
「これは・・・ついに来たのね・・・水銀燈。」
真紅は水銀燈が来た事を悟った。片腕片脚を失って満足に動く事も出来ない真紅に
止めを刺し、ローザミスティカを奪う為に水銀燈が参上したのだろうと。
今の真紅を倒す事は誰にでも可能な事である故に水銀燈が動き出す事も
真紅にとって想定の範囲外では無かった。
「来なさい水銀燈・・・。私はここにいるわ。もう覚悟は出来てる。その最期を
ジュンに看取って貰えないのが唯一の心残りだけど・・・。」
覚悟を決めた真紅は堂々と水銀燈を呼んだ。そして水銀燈が現れる・・・が・・・
「水銀燈・・・?あなた・・・。」
「な〜にその姿・・・片腕と片脚がなくなってるなんて無様な姿・・・
もう正真正銘なジャンク・・・本当お馬鹿さんね・・・お互い・・・。」
真紅の前に現れた水銀燈の姿は真紅同様に片脚を片腕が失われ、漆黒のドレスも
無残に引き裂かれ、頭も半分近く無くなっていると言う、それまで恐怖の対象だった
最凶のドールの印象とは打って変わって変わり果てた物だった。
そして多くの羽が引き抜かれ、今にも折れてしまいそうな程弱った翼で
辛うじてバランスを取りながら真紅の方へ近付いた。
「貴女もまさか雪華綺晶に?」
「それは貴女もじゃない。お馬鹿さんね〜お互い・・・。」
水銀燈は顔は笑っていたが、その口調は弱々しく悲しげだった。
「幸い真紅が失った片腕と片脚と片目は私の残ってる部分で補える。
私の身体をあげるから、私の変わりに仇を討って頂戴・・・。」
「え?いきなり何を言うの水銀燈!貴女が私から奪うのではなくその様な事を言うなんて・・・。」
真紅は我が耳を疑った。水銀燈の性格なら真紅の全てを奪って自分の物にするのは
目に見えており、今の様な状況は信じられなかったのである。だが、水銀燈の目は
真剣であり、一粒の涙も流れ落ちていた。
「私だって正直あんたなんかにこんな事するのは嫌なのよ。でも、それ以上に雪華綺晶・・・
あいつが許せないのよぉ!私の体だけじゃない・・・あいつは・・・あいつは・・・
めぐの命まで・・・全て持って行ってしまったのよぉ・・・。だから真紅!私の体と
ローザミスティカをあげるから代わりに仇を討ってぇ!」
「そ・・・それは私だってそうしたいけど・・・でも・・・。」
真紅はうろたえた。水銀燈にここまで頼み込まれると言う事もそうだが、
そんな水銀燈から体とローザミスティカを奪う事など気が引けたからだ。
「出来ないわ・・・。貴女の体とローザミスティカを取るなんて・・・。」
「真紅・・・そんな事言うの?なら私が・・・。」
躊躇する真紅に顔を豹変させた水銀燈が残った片腕を振り上げた。弱気な真紅に止めを刺し、
自分が真紅の体とローザミスティカを奪うのだろうと思われたその時だった。
振り下ろされた水銀燈の片腕は真紅ではなく己の腹に叩き込まれていた。
「水銀燈!?」
「うう!うぁぁぁ・・・。」
己の腹を突き破った水銀燈はそのままローザミスティカを抉り出して真紅の前に掲げた。
「貴女が・・・やらないと言うのなら私が・・・やらせる・・・。これで・・・絶対に・・・奴を・・・。」
水銀燈は倒れた。そしてこれ以上動く事は無かった。
「水銀燈!」
真紅はもうただの壊れた人形になってしまった水銀燈を抱き上げ泣いた。心の底から泣き崩れた。
水銀燈のローザミスティカを取り込んだ真紅は、事情を聞いたジュンに手伝ってもらって
雪華綺晶によって奪われた片目片脚片腕を水銀燈から頂いた部分で補った。
だがそれだけではない。修復された真紅の背には漆黒の翼が生えており、ドレスも
真紅本来のドレスと水銀燈が着ていた漆黒のドレスを縫い合わせた新しいデザインの物になっていた。
彼女がこうしたのは水銀燈の意思を継ぐと言う意味合いがあったのだろう。
「水銀燈・・・貴女の意思は私が継いであげるから・・・見ていなさい・・・。」
真紅が雪華綺晶を倒す事が出来るかは・・・また別の話である。
おわり