それは遠く未来のお話。
金糸雀の元に水銀燈が現れた。
突如ナイフのような羽根を撃ち放つ水銀燈に恐れ慄き、パニックのあまりにディスコードを乱射する金糸雀。
しかし、水銀燈の動きに本来の切れは無く、簡単にそれを食らってしまう。
訳が分からないまま、彼女の体から燐光を纏って現れたローザミスティカを体内に取り込んだ金糸雀は、全ての事情を知った。
錬金術によって作られたローザミスティカも、磁器のボディや内部の駆動機構の経年劣化を完全に止めることは出来なかったのだ。
既に発条が錆び始め、手足に目に見えないほどの微細なヒビが出始めたことで自身の「寿命」を知った水銀燈は、
せめて魂だけでも父ローゼンにまみえんと、その命を次代に託したのであった。
しかし金糸雀には、残り5体のドールを敵に回すのは荷が重すぎた。
人が変わったかのような猛攻で他のドールを追い詰めるも、決定打を叩き込むことは出来なかった。
そのうちに、金糸雀も体中に広がる重苦しさに、自分の死期が迫っていることを知らされた。
ついに金糸雀は翠星石に面会し、薔薇水晶と戦ったときの恩を理由にその命を託す意思を伝えた。
翠星石はこれを固辞したが、金糸雀が彼女の胸に倒れこんで悠久の眠りにつくと、受け入れないわけにはいかなかった。
翠星石は悩みに悩みぬいたが、とても真紅と雛苺、そして双子の妹たる蒼星石を手にかけることは出来なかった。
二人の姉をnのフィールドに「埋葬」すると、豊かな「老後」を送り、蒼星石にすべてを託して姉たちとともに眠りについた。
自らのものと合わせて4つのローザミスティカを手に入れた蒼星石だったが、
製作時期が翠星石と殆ど変わらない蒼星石もすぐに体の不調に気づいた。
勝ち目のないことを悟った蒼星石はアリスゲームを放棄することを決め、
真紅にすべての事情を打ち明けると、翠星石の隣に葬られることを望んだ。
既に戦いに倦み疲れていた真紅も、もはや雛苺を倒そうとは思わなかった。
雛苺とともに豊かな時を過ごすと、一人nのフィールドに向かい、ホーリエにローザミスティカを託して雛苺の元へ運ばせ生涯を閉じた。
この時を待っていたのが雪華綺晶であった。
既に物質の限界を知った雪華綺晶はボディを求めるのを止め、ローザミスティカにょるアリスへの昇華にすべてを賭けることにしていた。
いずれ雛苺の寿命が近づいたころ、彼女をそそのかして甘い蜜だけを吸えばよい。
劣化速度が極端に遅い雪華綺晶にとって、待つのはなんら苦痛ではなかった。
ところが、事はそう上手くは運ばなかった。雛苺のボディも、他のドールより品質がやや良いというだけで劣化していることに違いは無く、
六つものローザミスティカを内包した途端、強烈な負荷が掛かった。
このままでは自壊する。焦った雪華綺晶は真紅の体を奪い鏡から抜け出すと、ローザミスティカごと雛苺を喰らった。
雪華綺晶がその口元を緩めた瞬間だった。
右手に蜘蛛の巣のようなヒビが入った。
鏡の中に逃げ込もうと踵を返すと、左足が外れた。
どう、と倒れこむと、腹が砕けた。
せめて上半身だけでも、と左腕を伸ばすと、かろうじて腿に引っかかっていたテンションゴムが外れ、全く動けなくなった。
器を失ったローザミスティカは四方八方に飛び散っていった。
ここに、アリスゲームは勝者なき幕切れを見たのである。