「ついに・・・ついにこの日が来てしまったわね・・・。」 その日、ジュンが亡くなった。享年90歳の大往生。 そして葬式を終えた後、ドールズは密かに桜田邸から姿を消した。 ドールズのマスターだったジュンが亡くなった時点でドールズとの契約は解除。 よってドールズは新たなマスターとなり得る人間を探す為、旅立たねばならない。 ドールズは鞄を持って桜田邸から去って行くが、真紅はふと桜田邸を振り返った。 「今までも色んな下僕と暮らして来たけど・・・ジュン・・・貴方との付き合いが一番長かったわね・・・。」 過去にも様々なマスターを下僕としてきた真紅であるが、その中でもジュンとの生活こそが 最も長く、そして強く印象に残っていた。こうして桜田邸を眺めるだけでも、 ジュンとの暮らしが走馬灯のように蘇ってくる。確かにジュンは過去の下僕に比べ、 最も出来が悪かったのかもしれない。しかし、真紅はジュンに失望する事は無かった。 何故だろう? 馬鹿な子程可愛いかったからか? 口で説明する事は出来ないが とにかくとても楽しかった事は確かだった。 「でも・・・もう会えないのね・・・ジュン・・・。」 人形であるがゆえに歳を取らぬドールズと違ってジュンは人間だ。 最初真紅と会った時は子供だったジュンもやがて大人になり、老いてついに亡くなってしまった。 もう真紅は永遠にジュンに会う事は出来ない。そして桜田邸での暮らしもこれでお終いなのだ・・・ 「こらぁ・・・真紅どうしたですぅ!? もうあんなボロ小屋みたいな家に 住まなくて済むって言ってたのはどこのどいつですぅ!?」 翠星石が真紅にそう怒鳴った時、真紅は込み上げてくる涙を必死に堪えていた。 もう二度とジュンと会えない。そう考えるだけで真紅の目に涙が込み上げてくる。 しかし、泣いてはいけない。泣いても何にもならない。真紅は必死で泣きまいと我慢した。 「う・・・う・・・。」 これが雛苺なら大声を張り上げて泣き叫ぶ事も出来ただろう。しかし、こんな状況になっても 真紅のプライドがそれを邪魔していた。真紅は人前で涙を流さない。人前で平然としていても 独りになった時にこっそりと泣く。そういうドールなのである。ジュンが結婚した時もそうだ。 真紅は下僕がもう一人増えると喜び、そしてジュンを祝福した。しかし本心は違った。 ジュンが結婚した事によってジュンの心が自分から離れていくんじゃないかと真紅は恐れた。 しかし、ジュンの幸せは真紅の幸せでもある。この二つの感情の狭間で葛藤し、部屋で一人泣いた事もあった。 「う・・・う・・・う・・・。」 真紅は必死に涙を堪える。だが、涙は止まらない。涙を堪えれば堪えようとする程 真紅の表情は崩れ、悲しく痛々しい物となって行った。と、その時だ。突然翠星石の平手打ちが 真紅の頬に叩き付けられた。 「何いつまでも未練たらしくウジウジしてやがるですぅ!? 泣いたってチビ人間は帰ってこねぇですぅ! ちったぁ翠星石を見習いやがれですぅ! 翠星石はチビ人間に未練なんてこれっぽっちもねぇですよ! むしろポックリ死んで清々してるくらいですぅ! 次はもっとお金持ちでハンサムで優しい男を マスターにしてみせるですぅ!」 「翠星石! 幾らなんでもそんな言い方は無いんじゃないかい!?」 ジュンに対し暴言を吐く翠星石を注意しようと、蒼星石が肩を引っ張った。が・・・ 「蒼星石は黙ってやがれですぅ!!」 「!!」 翠星石のオッドアイからは大量の涙が滝のように流れていた。 「翠星石を残して一人で逝っちまった奴なんて知らんですよ! あんなドールにもやらしい目で 見るような不届きなチビ人間なんて地獄に堕ちちまえばいいですよ! あんなチビ人間なんて・・・ チビ人間なんて・・・チビ人間なんて・・・うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!! ジュゥゥゥゥゥン!! 何で死にやがったですぅ!! さっさと生き返りやがれですぅ!! 何時までも・・・何時までも 翠星石に仕えやがれですぅぅぅぅ!! ジュン!! ジュン!! ジュン!! ジュン!!」 「翠星石・・・。」 翠星石はジュンの名を連呼し、大声で泣き叫んだ。本当は翠星石も悲しかったのである。 翠星石はジュンを何度も罵倒し、随分乱暴も働いた物だ。しかし、それが彼女の愛情表現だった。 「ジュン!! ジュン!! ジュン!! 死ぬなんて嫌ですよぉぉぉ!!」 「私も嫌なのだわぁ!! ジュン!! ジュン!! ジュン!!」 翠星石の影響なのか、ついに真紅も我慢の限界を超え、大声で泣き出してしまった。 「雛も嫌なのぉ!! ジュンともっと暮らしたいのぉ!!」 ついには雛苺も泣き出し、三人揃っての号泣の大合奏が続いた。 「三人とも・・・ジュン君の事が大好きだったんだね・・・。」 蒼星石は三人の泣き顔を見つめながらかすかに微笑んだ。こんなにまで想われたジュンは幸せだった。 「それじゃあ・・・行こう? そして街でもブラブラした後・・・新しいマスターを探そうよ。 ジュン君にも負けないくらいの素敵なマスターを・・・。」 「うん・・・。」 やっと泣き止んだ三人は蒼星石に連れられて、桜田邸から去っていった。 新たなマスターを探す為に・・・ おしまい