ターゲットリストNo,1

薔薇乙女第5ドールの真紅に意地悪な悪戯を敢行

静かに本を読む真紅。するとそこにのりと他のドール達が部屋に入ってくる。
実は彼女達は全て仕掛け人。のりは真紅になんとあの『くんくん』が訪問している
という嘘をつく。驚きで本を取り落とす真紅。真紅が血相を変えて下に降りていくと
庭にいたのは紛うことなき、あの『くんくん』。真紅はもう逆上せあがり、顔が真っ赤
である。そこへのり達も加わり記念撮影が始まった。のり、翠星石がくんくんを中心に
写真を撮ると雛苺もくんくんに抱かれながら笑顔いっぱいでカメラに収まる。
さあ、今度は私の番ね。とくんくんに近づく真紅だが、くんくんは真紅を無視・・・。
視界に入らなかったのかと思い、再度真紅が近づくがこれも全く無視・・・・。
さらに真紅はくんくんに縋るように近づくが、なんとくんくんはまるで『金色夜叉』
の一場面のように縋る真紅を足蹴にするではないか!まさに外道!
このくんくんの行動に胸を痛める真紅。翠星石や雛苺はうれしそうに記念撮影し、
じゃれあっているのに、真紅だけが蚊帳の外・・・寒い、寒すぎる・・・。
くんくん・・くんくん・・どうしたというの・・私のことがキライなの・・・。
焦る真紅、そこにやってきたのがなんと水銀燈。実は彼女も仕掛け人。
水銀燈はくんくんを見るや両手を広げて突進しくんくんと熱い抱擁を交わす。
それも真紅に見せ付けるように。水銀燈とくんくんは熱くあま〜いラブラブモード。
それにしても水銀燈ノリノリである。
二人のラブシーンを見せ付けられ頭を抱え絶望の淵に沈む真紅。
このままではジャンクになってしまいそうだ。
それではさすがにかわいそうなのでここでネタばらし。
全てが悪戯だと聞かされた真紅は安心し胸を撫で下ろしたのだった。
そして最後はみんなで記念撮影、真紅の悪夢のような楽園のような一日が終わった。


お約束だが、この『くんくん』に扮していたのは、無論ジュン。
真紅のあの絶望した顔を見て、またやってやろうと思ったとか・・・。
この男タダ者じゃない。


―――――――――――――――――――――――――
思い立ったが吉日とは東洋の島国の諺だったか。
ラプラス君には引き続き水銀燈の捜索をお願いしつつ、私は6体目の制作に取り掛かった。
6体目の構想はすぐに決まった。知り合いの職人の孫娘をモデルに幼女をテーマとして作ることにした。
これは、いずれ7体を融合させるときに無垢さの要素を取り入れる鍵とするためだ。
決して私がロリコン趣味ゲフンゲフン、に走ったわけでも、ストライクゾーンが下がったゲフンゲフン、わけでもないぞ。
え?美少女制作の時点で既にロリコン趣味?む、そうなのか?

数日後

出来た。ブランクがあったから心配したが、腕は落ちていないようだ。
うむ。なかなか可愛らしい幼女になったぞ。さて、名前だが…。
え?お茶の時間?あぁそうだな、そろそろ一服しようかな。
今日のお菓子は何だろう?友人の家は山奥とは言え、意外に人が訪ねて来てはみやげを置いて行くらしい。
その頻度たるや、お茶菓子に困らない程度である。私と違って結構社交的のようなのだ、彼は。
お?このお菓子は苺が練りこんであるね。ふぅむ、風味がいい。美味しいね。
甘いお菓子は根を詰めた後には、とりわけ美味しいものだね。
あぁそうだ。さっき考えていた名前、野苺なんてどうだろう。
…何笑ってるんだ?田舎くさい名前?そうかな?
じゃ、可愛らしい苺という意味を込めて雛苺はどうだ?
え?なかなか良いって?君が褒めるなんて滅多に無いことだね。じゃぁ決めた。この子は雛苺だ。
早速螺子を巻いてみよう。
っと、そうだ。せっかくだからラプラス君にも立ち会ってもらおう。

翌日

いやぁ、待っていたよラプラス君。ローゼンメイデンを起動するところはまだ見たことがないだろう?
是非、君にも見て欲しいと思ってね。あれ?後ろに居るのは?
おぉ!槐君じゃないか。久しぶりだねぇ。元気だったかい?ところで何故ここに?
起動するところをもう一度見たかっただって?おおっ、いいともいいとも。遠慮なく見て行きたまえ。
職人というのは目で技術を盗むものだ。しっかり盗んでいってくれ給えよ。
良かったら、君が巻いてみるかね?そうか。やってくれるか。
そう。背中のちょうど鳩尾の反対側あたりに穴があるだろう?そこに差し込んで。
一度、逆に回してから、時計回りに巻くんだ。そのままいきなり時計回りに巻くと君が契約する羽目になるぞ。
お。目が開いた。さぁ。分かるかな。「「私がお前のお父様だ。」」。こら、槐君。なんで台詞がハモるんだ。
お前の名前は雛苺だ。よろしくな。

その晩

こんな夜はスコッチウィスキーをチビチビやりながら語らうのもいいねぇ。
俺の酒だぞ?いやいやごもっとも。感謝しておりますよ、魔術師殿。
雛苺はもう寝たかな?
明日から基本的な躾を始めて、頃合を見て旅立たせなければいけない。
ところで、どうだね槐君。君のほうは順調なのかね?
ほう、基礎の土探しから始めているのかね。それは感心感心。
ところで、その、なんだ、うん。君さえ良ければ、また私の助手をやらないかね。
いや、無理にとは言わないが、うん。え?駄目?
そうか。そうだよねぇ。職人の意地って物があるよねぇ。
いや済まなかった。さっきの言葉は忘れてくれ。
ん?なんだい?君から私にお願い?いいとも、言っておくれ。
なんだって?7番目は自分に作らせて欲しいだって?
んー。別に構わないがね。何年、いや何十年かかるかねぇ。
そうだ。こうしよう。実は私も7体目の構想はまだ決まっていないんだ。
お互い何年かかるか分からないけれど、7体目については期間無期限で、その出来で競い合おう。
審判は、そうだな、魔術師殿とラプラス君にお願いしようか。
引き受けて貰えるかな。ありがとう。え?競い合い方は考えてくるから任せて欲しいって?
いや、君の申し出なら断れないね、ラプラス君。是非お願いしますよ。
ところで、水銀燈は見つかりましたか?…駄目ですか。
あぁ、私があんなままで放置しなければ…。ラプラス君、引き続きお願いしますね。


数日後

さぁ、一通り躾も終わったことだし、お前もそろそろ旅立たねばならないよ。
しがみついたって駄目だよー。お父様に登ったって駄目だぞー。さあ、いい子だ、雛苺。
行き先はベリーベルが決めてくれる。ベリーベルに大事なことは一通り教えてあるから
困ったら彼女に相談なさい。さ、鞄を閉めるよ。ベリーベル、雛苺を宜しく頼むよ。
行ってしまった…。他の姉妹はかなり苦労をしているようだったが、この娘は大丈夫かな?
おやラプラス君。ちょうど今雛苺を送り出したところだよ。
ん?競い合い方を考えてきたって?そうか、じゃ、早速お茶でも飲みながら聞こうじゃないか。

アリスゲーム?ドールズを互いに戦わせ、互いのローザミスティカとボディを奪い合い、勝者は敗者を吸収して行き、
最後には7体全員が融合すると。ふむ。前にも話した内容だね。
そうか。競い合うと言っても、具体的にまだ何も考えていなかったよ。
自らの存在をかけて戦わせるか。ちょっと野蛮な気もするが、融合することを考えたら良い事かも知れない。
しかし、ローザミスティカはともかく、ボディの融合をどうやるかだな。
…食べる?それは無理だ。んーどうしたものか。ん?私に任せて欲しい?ええ、いいですとも是非お願いします。
とりあえず今は水銀燈の行方探しと、7番目の完成が急務だな。


―――――――――――――――――――――――――
数ヵ月後

水銀燈の消息については、まったく音沙汰なし。
ラプラス君ですら簡単には見つけられないのだから、いかにnのフィールドというのが無限の階層を持つ世界なのかが分かる。
もっとも、彼も忙しいはずの身なので四六時中探しているわけでは無いだろうから、そういう理由もあるのだろうが。
…ひょっとしたら、私が状況を聞いたときしか探してくれてないかもしれない。
それはさておき、水銀燈の件ではひとつ重要なことが示唆された。
彼女は、他の姉妹と異なり、ローザミスティカ無しで起動して何処かへ去ってしまった。
これが意味する処は何か。
これまで私は、ローゼンメイデンのドールズの魂は、核となるローザミスティカに降臨・受肉して
石の力を使って生ける人形として活動していると捉えていた。
故に、ローゼンメイデンからローザミスティカを取り出すのは、彼女たちの死を意味すると考えていた。
古来より、万物にはすべからく魂が宿るという考えがある。
実際、知性のレベルは別として、一握の砂にすら一粒一粒に魂が宿っているのは私も確認している。
ちなみに友人の魔術体系では基本的な事項であり、それを応用した魔術も多い。
しかし、自律的に動くレベルでの魂の力というのは通常は有り得ないものであり、外部からなんらかの力の
供給を必要とするはずである。
その外部からの力を補給し、かつ魂の拠り代となっているのがローザミスティカである、と捉えていた。
しかし、水銀燈を見る限り、魂はローザミスティカを失っても人形の身体に残り、活動を維持できている。
つまり、「ローザミスティカの喪失」=「ローゼンメイデンの死」では無いのだ。
降臨した魂の力次第では、自律して動けるほどの力を持つこともある。無論、ローザミスティカの方が力としては圧倒的に大きいはずだが。
このへんのところ実に興味深い。突き詰めていく価値は十分にあると思う。

数日後

第7ドールの構想については全くアイデアが出ない。
しかし、数日前から取り組んでいる魂の固定についての研究は、魔術師殿の協力もあってどんどん進んでいる。
あれから更に考えが進み、ローザミスティカのような高エネルギー体を媒介にして世界樹から想念をかき集めて
魂を精製し、エーテルに固定できれば、実体を持たないドールを生み出すことが出来るのではないかという結論に至った。
これならば、理論上、ローザミスティカ1欠片で何体ものドールズが出来るかもしれない。
アストラル体を維持する方法を模索しなければならないが、ある一定以上の力を持つ魂は、nのフィールドを通じて
無意識の海からの力をいくらでも集められるらしい。
更に研究を進めていこう。


1年後

いろいろ分かった。やはり持つべきものは友だ。魔術師や異界の大物が友人にいるのは人生にとって非常に有益だ。
いろいろと検討を重ねた結果、非常に強いイリアステルを持った魂を育て上げれば、肉体などは不要という結論に達した。
7体目はボディ無しで作ってみようと思う。となるといかに私の思いを形にするかが課題だ。
さらに魔術を学ぶ必要がある。

水銀燈のことだが、まだ見つからない。
いつ見つけてもいいようにと、記憶をたよりに破損した腹部のパーツを作っているのたが、
なかなかしっくりするものができない。
やはりもう一度正確に採寸し、作らないと駄目だ。

翌日

今日も今日とて魔術師の手伝いを終えた後に水銀燈の腹部を制作していると、ラプラス君が私を訪ねてきた。
しばし雑談した後、彼は、そろそろアリスゲームを始めましょう、と切り出した。
彼が言うには、ちょうど今、ドールズ5人全員がほぼ同時に今のミーディアム(契約者)の元を離れ、
新しい修行先へ移動をし始めたところなのだそうだ。
全員を集めてルールを説明し、アリスゲームを始めるには丁度いいというわけだ。
まだ水銀燈は行方不明だし、7体目が出来ていないのでまだ時期早尚では無いかとも思ったが、
少しでも早くアリスが誕生してほしい気持ちもある。
提案を了承し、指定されたnのフィールドへ同行した。

そこは私がかつて所有していた屋敷をそのまま再現したような建物になっていた。
工房のある貴族風の屋敷。庭は薔薇園になっている。
「そうそう。ここを貴方にプレゼントしたいと思うのですがね」
懐かしいな、と呆けたようになっている私にラプラス君が言った。
願ってもないことである。
確かに物質界で第7ドールを製作するのは難しいと感じていたのだ。
いいのかい?ありがとう。うれしいよ。
ここはひとつ、7体目制作のために居を移そうと決心し、ラプラス君の申し出を快く受けた。
幸いnのフィールドは、場所さえわかっていればどこからでも行けるし、また、どこにでも行ける。
今の私にはそういう力がある。当面は魔術師の家と職人の集落にリンクしておけば不自由は無いだろう。
あと、自分の好きなようにレイアウトを変えられるところも気に入った。
さてアリスゲーム開始宣告の段取りだ。
ラプラス君が言うには私は別の部屋で聞いているだけでいいそうだ。
ゲーム開始を宣告した後に、窓にシルエットを映して立ち去っていけばいいと。
芝居を打つのは久しぶりだから少々緊張するな。

数刻後

どうやって誘導したのか、フィールドの果てから見覚えのある鞄が4つ飛来してきた。
ん?4つ?あと1個はどうしたのかな?
残り1個はちょっと遅刻しそうですね、先に4人だけ済ませますか、とラプラス君。
別に異論も無かったので了承。
鞄は徐々に高度を下げ、屋敷に向かって飛んできた。けっこうスピードが出ている。
このままでは窓に激突するっ、と思ったら窓が自動的に開いて惨事は避けられた。
危ない!と思うたびにドアが開いたり窓が開いたりする。
私がこの家をコントロールしてるのかな?と思い、放って置いてみた。
ガッシャーーン!!
あ。やっちゃった。ラプラス君が大笑いしている。バツが悪い。
鞄は応接間に入り、減速すると、豪華な絨毯が敷かれた床の上に着地した。
じゃぁ行きますよ、とラプラス君は部屋を出て行き、応接間へ向かった。
私も後を付いて行き、応接間の隣の部屋で待機した。
一応、応接間の様子はマジックミラー越しに見える。


―――――――――――――――――――――――――

お。一つ開いたぞ。誰かな?蒼星石か。
ふふふ。鞄が他に3つもあるので驚いているね。あ、二つ目が少−し開いた。あのおどおどした感じは翠星石か。
修行に行っても直らなかったみたいだね。2人手を取り合いながら部屋を見回しているね。
あ。三つ目が開いた。翠星石、そんなに吃驚しなくてもいいのに。これではラプラス君が出てきた時に失神しそうだね。
出てきたのは金糸雀か。そういえば彼女たちは互いに面識が無いんだよな。お、自己紹介してる自己紹介してる。
金糸雀。自分のほうがお姉さんであることを一生懸命強調してるけど、その話し方と身なりじゃなぁ。
案の定、翠星石に舐められてるよ。…ありゃま。翠星石相変わらずの毒舌なんだな。
お、四つ目が開いた。真紅かな…、あぁ、雛苺か。遅刻者は真紅なのか。
ところでラプラス君はどこに行ったのだろう?
ん?あのテーブルの上の逆さに置かれたシルクハットはひょっとして…。
雛苺がシルクハットに気がついたようだ。無警戒に近寄っていく。
ぴょこっ♪シルクハットから兎の白くて長い耳が2本飛出した。翠星石はビクッとし、蒼星石は慌てて姉を支える。
一方、金糸雀と雛苺は好奇心に目をきらきらさせて兎の耳を見ている。
「そこのお嬢さん方。ちょっと耳を引っ張ってもらえますか?」
シルクハットが喋った。ラプラス君もなかなかの道化者だ。これから伝えようとしていることはとても残酷なことなのに。
金糸雀と雛苺が耳をひっぱると、ラプラス君が勢い良くばね仕掛けのように飛び出した。
途端に翠星石は孔雀のようなはしたない声で叫んでから気絶し、蒼星石は立ったまま硬直、
金糸雀と雛苺はキャッキャ、キャッキャとはしゃいでいる。タフな子達だね。
ラプラス君は彼女たちに驚かせた非礼を詫び、お茶とお菓子を振舞っている。どうでもいいが、なんでも出てくるんだなこの家は。便利だ。
彼は自分をお父様の使いの者であると自己紹介し、今日はお父様から重要なお話を預かっていると説明し始めた。
お父様と聞いて顔が綻ぶドールズ達。
しかし、話が進むにつれて、次第に顔が蒼褪めて来る。
それはそうだろう。アリスを目指してローザミスティカを奪い合えと言っているのだから。
…約1名、話を飲み込めてなさそうなのが居るが。大丈夫か?雛苺。
ラプラス君はアリスゲームについて次のようなルールを課した。
一つ、薔薇乙女はアリスを目指すことを至上とすべし。
一つ、薔薇乙女は勝負に際し、名に恥じない行動をとること。
シンプルだ。
ドールズ達の反応は…?ああ、まだ蒼褪めているね。ん?蒼星石が何か言っているね。
ふむ、それは本当にお父様の言葉なのか?とな。いい子だ。もっともな質問だよ。
さぁどうするつもりなのかなラプラス君はって、わぁ!吃驚した。急に後ろに現われないでおくれ。
何?そういうわけだから上のテラスに出て挨拶してくれって?シルエットで良かったんじゃないのか?
臨機応変でいきましょう?わかったよわかったよ。はぁ〜、弱ったな。顔を晒すと情が湧いちゃうじゃないか。
えっと、このドアで良かったかな。ほぅ、これはいい眺め。
あ。
ドールズ達と目が合ってしまった。そ、逸らせない。
皆、感無量といった目をしている。今にもこっちに飛んできそうだ。何とか機先を制しないと。
「金糸雀」
とりあえず、名を呼んだ。ドールズ達の動きが止まる。よしっ。
「翠星石、蒼星石、雛苺」
大人しくソファーに座ってくれた。さて、なんて言おうか。
「私はアリスを求め、お前たちを作った。お前たち一人一人は、私が心血を注いで作り上げた最高傑作の薔薇乙女だ。」
「しかし、それでもお前たちの誰一人、アリスにはなれなかった。」
ここでしばらく俯いて黙ってみる。ドールズ達が息を呑んでいるのがわかる。
「私だけの力では、アリスにはなれないのかもしれない。」
ここで嘘泣きしてみせる。あれ、私は本当に泣いているのか?
「アリスになれるのは一人だけ。」
「戦い抜いて生き残るだけの力をつけた薔薇乙女こそがアリスにふさわしいのかもしれない。」
「私は何て残酷な父親なのか。私はお前たちに過酷な試練を与えようとしている。」
「だが、戦い抜いて欲しい。そして勝ち残ってくれ。」
「敗北することは恥ではない。敗者は勝者の糧になって生きるのだ。」
「皆がアリスになれるのだ。」


思いつくまま言ってみた。少々支離滅裂気味のほうが意味深に聞こえていいかもしれない。
言い終わって、思いっきり溜息をついてから、もったいぶりながら背を向けて部屋を後にしてみた。
ドールズ達の様子を見ると、雛苺以外はがっくりとうなだれている。
…ちょっと、雛苺は幼く作りすぎたかもしれない。まぁ身をもって知ることになるだろう。
ラプラス君が親指を立ててウィンクしている。うまくいったと考えていいのかな。
彼がパチンと指を鳴らすと客間に大きな漆黒の穴が開き、うなだれているドールズ達を飲み込み
次の舞台へ送り去っていった。
さて、あとは遅刻者の真紅だ。あの娘が遅れるとはね。意外だ。

数刻後

ラプラス君と談笑していて、ふと思った。
よくよく考えてみると、今の私には伴侶が要らないかもしれない。
欲しかったのは私同様に寿命が無い者としての、伴侶、友人、等等。
彼と話をしてみて、どうも私はそういうことに疎かったというか、私のような存在は思いのほか多くいる。
異性の存在もいる。無限の時間を有するのだから、ゆっくり交遊を深めてみることだって出来るし、
今の私にはそういうモチベーションもある。
となると、果たしてアリスゲームの持つ意味は?ということになってしまう。
ただ、まったく無意味なことをしているという考えは無い。ドールズ達自身の成長が、ローザミスティカの
本来の力に対してどれだけ耐えうるのか、これは是非見届けたいという考えがある。
そこから、永遠のアリスとでもいうべき存在が誕生するなら、プラスにこそなれマイナスにはならない。悪い話ではない。
魂の成長は時に、こちらの想像をはるかに上回ることが多々ある。それを見てみたい。
また、自ら人形たちの神になって、アダムともいえる存在を他方で作るというのも面白いかもしれない。
…今のところ美少年にとても興味を持てそうに無いから、実行には移さない…かな?

ようやく、真紅の鞄が飛んできた。先の4人と同様に客間に通し、ラプラス君が説明する。
一度は蒼褪めた真紅だったが、すぐ毅然とした態度で「お父様に会わせて」と迫ってきた。
そこで、真紅一人だったので、特別サービスで直接客間に降りて、話をしてやった。
真紅はボロボロ涙を流しながらも「お父様がそうおっしゃるのなら」と納得したようだ。
さすがに、少し胸が痛んだ。でも頑張って欲しい。彼女は現状では有力候補No.1だな。
ただ、個人的には水銀鐙にこそ、アリスになってほしい。一作目というのは思い入れが非常に大きいものなのだ。

ラプラス君はいよいよ面白くなってきましたねと、ご機嫌だ。
さらに、忙しい身だが、是非ゲームキーパーもやらせて欲しいとまで申し出てきた。
そうだね。そこまでやってもらえるならお任せしよう。
ゲームが始まったら逐一連絡してもらうようお願いして、別れた。
今日からこの屋敷が私の工房だ。
さぁ第7ドール練成の研究を始めるとしよう。
もちろん、暇を見て水銀鐙の探索も自分でしてみよう。


数十年後

私がそもそも不老不死の身体を手に入れたのは、真理を追究するのに人間の寿命はあまりにも短すぎたからだ。
当時持っていたそこそこの社会的な地位で集められる限りの材料を集め、研究に没頭していた。
結果として不老不死の身体を手に入れたが、それと引き換えに財産のほとんどを失ってしまっていた。
それからの私は、研究を続けていくために、資金繰りに奔走した。錬金術の研究にはあまりに膨大なお金が必要だったのだ。
研究のために、事業を始めたり、時の権力者に取り入ったりして、資金を集めた。
時には、スポンサーのご機嫌伺いに時間を取られ、なかなか研究が進まず、悶々とした日々を過ごした時代もあった。
その後訪れた魔女裁判の嵐がヨーロッパを席捲した時などは、生き延びるのにも必死だった。
私が手に入れた不老不死は、寿命が無くなり若返るだけのもの。
首をはねられるなど、身体に重大な損傷を与えられれば、並みの人間同様に死んでしまう。
拷問を受け、あわや折角錬金術で手に入れた不老不死の身体を失いかけもした。
結局は狂人の振りをして難を逃れたが、あれ以来、徹底的に人間が嫌いになってしまった。
槐君という弟子が来たのはちょうどそのころだったか。
世間知に通じ、便利な男だったので、彼にも不老不死の術を施し対外的なことは全て彼に任せてきた。
彼が居る間は実に順調に研究も進んだ。良き日々だった。
そんな良い時代も、私の気まぐれで無くしてしまったわけだが。

しかし、今、nのフィールドに居を構えてからは、状況が変わってきている。
物質界に縛られてきた今までと違い、いつでもこの薔薇工房に戻ることが出来る。
今まで逃げ場を確保するにも苦労してきたが、今はいつでも逃げられるのだ。
そんな余裕のおかげか、私の価値観も変わってきた。
今まで錬金術一筋に没頭してきたが、今は全てのことに好奇心が向く。全てが探求の対象だ。これは面白い。
また、最近は素直に人と話をし、議論するのも楽しくなってきている。
議論というよりは、私はただ相手の話を静かに聞いているだけなのだが。
ただ、人の話を聞いたほうが、効率よく物事を学べることが多いことに、今更ながら気が付いたのだ。
今までの自分では考えられない価値観だ。槐君のおかげかもしれない。
今とても楽しいのは、市井の人に交わって生活をし、日々の疑問を解いていくこと。
物質界では、特技を生かして時計職人や宝飾品の職人をやっている。
地味だから目立たないし、多少偏屈でも職人ということで許容されるからだ。
ラプラス君からは次はどこでアリスゲームが始まるかを、逐一連絡してもらっている。
連絡が入るとすぐに、その舞台となっている国や町のことを調べ、それに適した格好と家財道具一式を揃えて出かける。
そして、その町に引っ越して生活しながら、日々の問題を解いていき、ついでにアリスゲームの監視もするのだ。
一石二鳥。実に充実している。
さて、今度の舞台は大英帝国のロンドンだ。さっそく道具を準備し、衣装も整え、出かける。
ここで難しいのは、貧乏すぎず、裕福すぎずの度合いだ。このさじ加減を間違えるとなかなか予定の場所に住み着けない。
今回はこんなものでいいか。よし出かけよう。

今回は無難に時計職人になりきることにした。幸いにも、その町には他に時計職人が居なかったのだ。
町の広場の片隅の空家を借り、そこそこに内装を改装し、時計屋を開業した。
そこそこの需要があったのか、毎日誰かしら尋ねてきては時計の修理を頼まれる。
時折、懐中時計を買ってくれる人もいるが、たいていは無難なデザインの物で、私の入魂の作品、薔薇の意匠を施したのはなかなか売れないのが残念だ。
それはそれとして。アリスゲームはもう始まったのかな?
ラプラス君によれば、既にこの時代に翠星石、蒼星石、真紅が集まってきているという話だが。


3日後

真紅が入ったらしい家を発見。私の店からさほど離れていない。
姿は見えずとも、近くにローザミスティカがあれば私はその力を感知することができる。間違いない。これは真紅のローザミスティカだ。
なかなか裕福な家に入ったな。
翠星石と蒼星石は同じ場所から力を感じる。ふふ。いつも2人で行動しているんだね。双子だからねぇ。
ミーディアムはどうもあの鼻持ちならない貴族のようだ。
噂では人形を集める趣味があるらしいのだが、一度店に来た時の印象からは同好の士といった共感は得られなかった。
いつの時代も貴族は嫌な奴らが多い。まぁ、私だって元は貴族なのだけれど。

3日後夜

外で強い力を感じる。いよいよアリスゲームが始まったか?2つのローザミスティカの力を感じる。
これは、蒼星石と真紅か。どれどれこっそり見てやろうではないか。
外に出ると、広場から何かが激突する音が響き渡る。
もっとよく見てみよう広場へ行ってみたら、いきなり目の前で井戸が壊れた。あーあ。明日からどうやって水を汲めばいいのだ。
いや、そんなことよりも。蒼星石と真紅が激しく空中戦を繰り広げている。
まだ、互いに様子見といった感じだが、かなり本気で闘っているように見えるのは、2人の性格故か。
以前、翠星石と真紅が対峙した時は、全く戦いにならなかったからな。
根が真面目なんだねあの2人。
何か言葉で牽制しあっているね。ふーむ。真紅ってあんなに傲慢だったっけ?あれじゃまるで私の嫌いな貴族の女ではないか。
ちょっと私の中でのランキングを落ちてしまうなぁ。勝負だから仕方ないかなー。
可愛い子に旅をさせると、どんなふうに成長してしまうか分からないところが面白いなぁ。
あ、翠星石が乱入した。あらら。戦いを止めさせちゃったよ。続きはまた今度かな。
さて、戻るか。少し冷えた。温かい紅茶でも飲んで寝るか。
ん?何か、今、呼ばれたような気がするが…。
気のせい…、かな?

翌早朝

寝ている間ずっと、か細い、か弱い乙女のような声で「お 父 様」と呼ばれ続けた気がする。
もしや…。ひょっとして、ひょっとすると水銀鐙なのかもしれない。
とてもか弱い力だが、ローザミスティカじゃないが、懐かしい気配をこの時代に感じる。しかも、気配が近い。
よし。今日は店を休業して、nのフィールドから水銀鐙を探してみよう。

1時間後

いきなり見つけた。真紅のところにいた。あの髪といい、あの服といい、間違いない。彼女だ。
すぐにでも飛び出して行って抱きしめてやりたい衝動に駆られたが、今出てしまうと真紅にも遭遇してしまう。
アリスになるまで会わない約束をした以上、まだ会うわけにはいかない。
チャンスを窺がって連れ去ってみよう。

その日の昼

昼になって、閉店の札をかけているにもかかわらず、戸をノックされた。
誰かと思って渋々開けてみると、なんと槐君ではないか。後ろには人間の格好をしたラプラス君もいる。
どうでもいいけど、なんか面白い格好しているねラプラス君。
ところで何の用かな?まさかと思うけど時計を直して欲しいとか。
…ンなわけないか。で?何?
ふんふん。まだ7体目が出来上がっていなくて、参考までにドールズ達を見せて欲しいと。
それは構わないけど…、今アリスゲームが始まっちゃってこっちとしても手を出せないんだよね。
えーと、この時代には翠星…、え?そこまで言わなくてもいい?どうして?
師の力は借りないって?君も意地っ張りだなぁ。
え?そうじゃない?槐君自身もアリスゲームに参加しているつもりなんだって?
ズルしたら面白くないから、自力で探すんだって?そういうもんかねぇ。
ん。分かった。ドールズ達に接触するのは別に構わないよ。うん。
せっかく来たんだ。お茶でも飲んでいきなよ。
最近料理にも凝っていてね。スコーンを焼いてみたんだ。
あ?謹んでお断りいたします?おぉぉい。待ってくれよ。


夕方

ずっと手鏡を通して、真紅が居る部屋を観察している。
素晴らしい。ローザミスティカ無しであそこまで水銀鐙が動けているとは。
いやいや。そんなことよりも。
水銀鐙が可愛過ぎる。あのなよなよっぷり。おしとやかさ。はかなさ。
男の父性愛を刺激して余りある。あれこそまさにアリスに求められた資質ではないか。
しかも、そこまで、私のことを一途に思い続けていたなんて。
彼女には是非アリスになってもらいたい。彼女こそアリスの中枢になるべき存在だ。
なんとかして彼女にローザミスティカを渡してやりたい。
さて、どうしたものか。

翌日

驚いた。真紅が、水銀鐙に歩行訓練を施している。口調は高慢なあの娘だが、根は優しいのだな。
しかし、その優しさも、水銀鐙を同じ薔薇乙女と見なして対等な立場からの優しさならいいのだが。
さてさて、どうなることやら。しかし、なかなかチャンスが来ないね。

翌々日

紅茶の入れ方まで教えている。教え方が上手いな真紅は。褒め方も上手い。
でも気のせいかな。まるでペットをしつけるような優しさのように見えるのは。
あぁぁ。いい。その笑顔いいよ、水銀鐙。お父さんは痺れた。守ってやりたいその笑顔。
やはりお前こそが最高傑作。今更ながら、早くお前を完成させなかったことが悔やまれる。

3日後

水銀鐙、だいぶ歩けるようになったね。真紅の辛抱強い訓練のおかげだ。
しかし、水銀鐙にお礼を言われた時の真紅の表情が気になる。
真紅は水銀鐙を同じ薔薇乙女と思っていないのかもしれないな。相手を対等に見た同情ではないようだし。
これは後でトラブルになるな。大人のようで、まだまだ真紅も子どもなのかもしれない。あ、子どもか。

その晩 蒼星石のフィールドにて

お、決闘か。真紅と蒼星石。今度はnのフィールドでやるんだな。賢明な判断だ。
物質世界でやると被害が大きいからな。2人ともミーディアムを連れて来ないでやるのか。
力を100%出せない上に制限時間ができるぞ。
さて、今のうちに水銀鐙を回収するか。

サラの部屋にて

ここがサラの部屋だな。ちょいと失礼しますよ。
確か、あの鞄の中にいるはず。ちょっとドキドキするな。
水銀鐙、ちょっとごめんね。
あれ?水銀鐙が居ない?
あ!!nのフィールドの扉が開けっ放し。駄目じゃん。出したものは入れる。開けたら閉める。これ職人の鉄則よ。
ってそんなこと言ってる場合ではない。あの娘も決闘の場に行ったのか?!
早く戻らねば!

再び蒼星石のフィールドにて

あ。3人御対面。水銀鐙が一生懸命自己紹介している。
あああ。今この時だけ、アリスゲームをやらせた自分を自分でぶん殴ってやりたい。
彼女はまだ何も知らないのだね。真紅も何も教えていないのだね。
今やっと真紅の考えがわかった。そういうことだったんだな。あの娘なりの水銀燈への思いやり、姉妹への愛だったんだな。
あ、蒼星石!
(…絶句)
蒼星石…。君、空気読めなさすぎ。
ああ。真紅まで。本人を前にそんなことを言うのか。冥土の土産に絶望を贈るのか。
待ってろ!水銀鐙!今、父さんが助けてやるから!


―――――――――――――――――――――――――

絶望のフィールドにて

水銀燈!水銀燈!
いったいどこに沈んでしまったのか…。
落ち着け。よく探すんだ。確かあの辺に…。

いた。あそこだ。水底の絶望の澱みに埋もれかかっている。
あぁ。なんということだ。力がどんどん失われている。早く何とかしなければ。
そ、そうだ。彼女のローザミスティカを。
ほっ。間に合ったようだ。
かろうじて彼女の魂は繋ぎとめられたようだ。
彼女は私を見て微かに微笑んだが、すぐに意識を失ってしまった。
せっかくのドレスも無残に胴体で引き裂かれてしまっている。
これも直してやらないとな。
よし、とにかく彼女を工房に連れて帰ろう。

工房にて

今までサボっていた自分が恨めしい。
復元した腹部を填め込もうとしたのだが、これまで作ったもの全てが合わない。
仕方ない。間に合わせで心苦しいが、コルセットで何とかしよう。
ただし、水銀燈専用の特製コルセットだ。
上半身と下半身を強固に繋ぎとめ、彼女の意思で自在に屈伸できるし回すこともできる。
動力については、新しい発条機構を取り付けた。モードを切り替えれば、契約者以外も無差別に供給源にすることができる。
あと、真紅につけた時間の螺子を巻き戻す能力も付けておこう。
これで生き残る確率は高まるはずだ。
さぁ。螺子を巻こう。
水銀燈。水銀燈。私だ。分かるか?
「お…と…う…さ…ま…?」
そうだ。父さんはここにいるぞ。
「お とうさま…、お とう さま…」
彼女の言葉に応え、その身体をそっと抱き起こしてやった。
水銀燈。済まなかった。辛い思いをさせたね。
「う…ううぅっ…ううううううう」
ずっと探し続けてくれたんだね。私もお前のことをずっと思い続けてきたんだよ。片時も忘れたことなどなかったよ。
「うう、うあ、あ、あ…。うあああああああああああああああああん!うあああああああああああああああああん!」
よし。よしよし。寂しかったなぁ。辛かったなぁ。
泣きじゃくる彼女をしっかりと抱き締めてやると、彼女も私の首にしがみついてきた。
「お父様、ひっく、何故、私は、っく、作りかけ、なんですか?ひっく」
水銀燈。確かにお前は作りかけだ。でもそれはね。お前が一番手間暇かけて作られているからなんだ。
他の姉妹に比べても、本当にじっくりとよく吟味しながら作っていたんだ。
でもあの日行き違いがあって、お前は私を探して出て行ってしまった。不幸なすれ違いがあっただけなんだ。
私も、未完成のままのお前が自力で動いて何処かへ行ってしまってから、お前のことが心配で心配で。
お前のことを忘れた日は無かったよ。
でも良かった。本当に、再会できて良かった。
「本当?…ひっく、でも、水銀燈は、うぅぅ、ローゼンメイデンじゃぁないでずよ?グスッ」
そうか。真紅に言われたんだね。
いや、水銀燈。お前はローゼンメイデンだとも。正真正銘の、ローゼンメイデン第一ドールだよ。
作った私が言うんだから間違いないよ。
「でもぉ、ひっく、水銀燈には、ローザミスティカが無い、のよ?」
水銀燈、胸に手を当ててごらん。そう、引っ張り上げるように。ほら、出てきた。それがお前のローザミスティカだよ。
「これが、私の、ローザミスティカ。…きれい…」
そう。お前にもあるんだよ、ローザミスティカが。良かったな。良かったな。
泣き止んだところで、涙を拭いてやり、身だしなみを整えてやった。
目の前に佇む水銀燈は、思わず息を呑むほどの美しさだった。思わず顔がほころぶ。
水銀燈、とても綺麗だよ。
頬を赤らめている。可憐だ…。


水銀燈にお茶を出してやろうとしたら、自分が入れるといって台所に行ってしまった。
本当にいい娘だ。だから、アリスゲームの話をするのは躊躇われた。彼女に闘いは向いていないかもしれないから。
このままずっと側にいて欲しい気もする。あぁっ。どうしよう。新しくつけた発条機構だって、使わずに済むならそれで済ませたい。
水銀燈がお茶を運んできてくれた。真紅仕込みの美味しいお茶だ。
美味しいよ水銀燈。お茶を入れるのが上手だね。
また、顔を赤らめている。くぅーーっ。可愛い。
こんな時間が永遠に続けばなーと思った時、水銀燈の口から、嫌な話題を振られた。
「お父様。アリスゲームとは何でしょうか?」
ああ。答えるしかないよな。彼女は蒼星石と真紅の闘いを見ている。
水銀燈。これからお父さんが話すことは、水銀燈にとってとても辛い話になるかもしれない。
お父さんも、水銀燈にこんな話をしなければならないのはとても辛い。
でも、アリスゲームはローゼンメイデンの宿命。
水銀燈も、晴れてローゼンメイデンとなった以上、他の姉妹と同じ闘いの舞台に上ってしまったことになるんだよ。
「闘う?闘うって、何故闘わなければなら無いのですか?」
至高の少女、アリスになるためだよ。
おまえには全てを話そう、水銀燈。
もう100年以上前になるか。私は賢者の石、命の石とも呼ばれているローザミスティカの精製に成功した。
そしてそれを使って私の生涯の伴侶となる至高の少女を作り出そうとしたんだ。
そして、私の全てを込めて作り上げたのが水銀燈、お前だ。
ローザミスティカを埋め込んだお前は、魂を受肉し、この世に生を受けて動き出した。
アリス誕生は成功したと確信した。しかし。
お前の身体はローザミスティカの力に耐えられず、腹部を破裂させてしまったのだ。
その後はローザミスティカを7つに割ることで力を弱め、試験的にもう一体、またもう一体とローザンメイデンを作り、
問題なく動くかどうかを試してきたよ。その時作られたのが、蒼星石や真紅といった姉妹たちだ。
さて、7つに割ったローザミスティカだが、やはりアリスになるためにはもとの一つに戻らなければなら無い。
しかし、今のドールズたちでは1つのローザミスティカを受け入れるだけの器はない。
そこで、互いを競い合い、磨きあい、力をつけて、敗者は勝者の糧になり、最後に残ったドールであれば
元のローザミスティカを受け入れられると考えたのだ。
そしてそのドールこそがアリスになれると。
「至高の少女…、アリス…」


―――――――――――――――――――――――――

アリスゲームを始めてからもう50年以上経っている。
今参戦しているのは、お前の5人の妹、第2ドールの金糸雀、第3ドールの翠星石、第4ドールの蒼星石、第5ドールの真紅、第6ドールの雛苺だ。
現時点では5人とも健在だから、決着のついたゲームは無いということになる。
お前が会ったことがあるのは真紅、赤いドレスを着ていたドール、と蒼星石、青い服を着ていたオッドアイのドールだ。
まだ参加していないのは、第1ドールと第7ドール。もちろん、第1というのは水銀燈、お前のことだ。
第7はまだ完成していないが、近々参入する予定だ。
さて、アリスゲームは、今そういう状況だ。だいたい分かったかな?
え?妹たちについてもっと知りたい?よし、じゃあついておいで。

壁に掛かっているのがお前の妹たちの肖像画だ。絵描きに頼んで残しておいたんだ。
そうだな、お前のも残さなきゃいけないな。すぐ手配しよう。
まず最初の絵だが、これが第2ドール金糸雀だ。背丈は、お前より2回りほど小さい。
頭はいいが、精神的には6歳くらいの女の子と同じだ。
言葉の語尾に特徴があって、なんにでも「〜かしら。」をつける癖がある。
手に持っている日傘が特製の逸品でね。彼女はこれを使って空を飛べる。物質世界でもだ。
また、バイオリンに変化して、音楽を奏でるようにもなっている。腕前はまぁまぁかな。
闘う時にはバイオリンの力で音波攻撃をしたり、局地的に風を操ったり出来る。なりはあんなだけど結構凄いよ。
隣の絵は翠星石と蒼星石だ。彼女たちは双子で髪の長い方が姉の翠星石、短いほうが妹の蒼星石だ。
衣装も名前どおりの色に分けてある。背の高さはお前と一緒ぐらいだ。
姉の翠星石は泣き虫で蚤の心臓の持ち主だが、調子に乗りやすく、また私の見ていないところでは大変な毒舌を使っている。
妹の蒼星石はしっかり者で姉の世話をよくしている。真面目でちょっと融通が利かないところがある。
2人とも根は優しいんだがね。
姉のほうは語尾に特徴があって、なんでもかんでも「〜です」がつく。
双子共通の能力として、夢の中に潜ることができるというのがある。各々夢の中での役割が違っていて
姉の翠星石は心の木に如雨露で甘い水を与えて成長を促し、妹の蒼星石は心の雑草を庭木用の鋏で刈るんだ。
闘う時には、翠星石は如雨露の力で植物を自在に操ることが出来、また、如雨露自体もそこそこ武器になる。
蒼星石はあの鋭い鋏で切りつける。切れ味はお前が身を以って体験したとおりだよ。
あと、帽子もチャクラムのように投げることが出来る。
赤い衣装の絵はお前がお世話になっていた第5ドールの真紅だ。背丈は金糸雀より少し大きいくらいだな。
彼女は見た目こそ6歳くらいの少女だが、精神的な年齢はほぼ成人の女性並にある。
ただ、少々偏りがあるので意外なところで子供っぽいところがあるかな。
語尾に「〜だわ」をつける癖がある。
彼女は何かできるわけではないが、淑女としての作法とお茶の作法は徹底的に身につけている。
闘う時はいつも手にしているステッキを使ったり、薔薇の花弁を大量に発生させて自在に操ったり、人形を操ったりできるよ。
器用に何でもこなすが、ただ、一番警戒するべきは肉弾戦だ。たぶん素手で戦わせたらドールズの中では最も強いんじゃないかな。
最後が第6ドール雛苺だ。背丈はドールズの中では最も小さい。ほとんど幼女だ。
ちょっと衝動的に作ったから、外観も中身も幼女そのものだよ。
話し言葉が少し赤ちゃん言葉っぽくなっているのが特徴だ。
ドールズの中でもっとも愛玩人形らしいといえばらしいかな。金糸雀といい勝負だ。
闘う時は、人形を巨大化して操ったり、苺の蔓を伸ばして相手を絡め取ったりできる。見かけによらずなかなか侮れないよ。
どうだい、皆それぞれになかなか個性的だろう?
可愛い妹たちだが、アリスゲームともなれば闘わなければならない。


おまえの力?おまえには長姉にふさわしい力を3つ付けてあるよ。
一つ目だが、他の姉妹よりも強力な発条機構を内蔵しておいた。旧モデルよりも5倍以上効率よくエネルギーを引き出せるよ。
また、契約に縛られずにミーディアム以外から無差別に力を吸い取ることも出来る。
二つ目は物質化の力だ。エネルギーを物質に変換することが出来る。
どんな形に変わるかはおまえの意思と想像力次第だ。この力を使いこなすには少々訓練が必要だぞ。
三つ目に、局所的に時間の発条を巻き戻す力もつけておいた。
これは戻す物の大きさや質、戻す時間の長さ等によって必要な力が変わるから何でもかんでも直せるわけじゃないから気をつけて。
破れた服を直すくらいなら、大した力は必要ないけれど、身体の破損した箇所を直すには相当な力を使用するものと考えて欲しい。
姉妹の中でよく似た力を使うのは第5ドールの真紅かな。彼女が好んで変換の力を使って出すのは薔薇の花弁だよ。
あと、応用で他の普通の人形を操ることも可能だ。

さぁ、お茶が冷めてしまった。それにそろそろおなかも空いてきたよ。ディナーとしゃれ込もう。今日はいい鱒が手に入ったんだ。
水銀燈さえ良ければ、気が済むまでここでゆっくりしていっていいんだよ。
ここを出たらアリスゲームに参戦しなければならなくなる。そうなると私はもうおまえに会えなくなってしまうからね。
私もおまえとはゆっくり過したい。

それから私は、3日ほど水銀燈と優雅な時間を過した。
いろいろと辛い思いをさせていたことの罪滅ぼしも兼ねて、極力彼女の好きなようにさせておいた。
もちろん、淑女としての作法も優しく手解きした。
真紅からある程度レクチャーを受けていたおかげか、飲み込みが早く、みるみる上達していった。
彼女はここにいる間、天使のような微笑を絶やさず、私を楽しませてくれた。
ただ、心の底からの笑顔でないように感じたのと、時折、思い詰めた様な表情で俯いている時があるのが気がかりではあったが。

4日目の朝、ラプラス君が1人で訪ねて来てくれた。
水銀燈を紹介しなければと思い、使いの精霊を送っておいたのだ。
水銀燈はラプラス君を見て、脅えていたが、私と彼の親密振りを見て少し安心したようだった。
ラプラス君は水銀燈をしばらく品定めした後、いつから参戦させますか?と切り出してきた。
ちなみに今現在のアリスゲームは翠星石と蒼星石がミーディアムの身体を気遣って契約を解除したところとのことで、
この時代にアリスゲームはほぼ終わり、真紅が自分のミーディアムの契約を解除するのも時間の問題だろうということだった。
それじゃぁ次の時代にしようかと言い掛けた時、水銀燈が私の発言を遮って、今すぐ参戦したいと申し出てきた。
思い詰めた顔をしているので、次の時代でもいいじゃないか、それまで私とゆっくり過そうと説得したのだが、
彼女曰く、真紅に確かめたいことがあるのだそうだ。
ここで参戦してしまうと私とはもう会えなくなるんだよと言ったが、意志は固いようだ。
私は深いため息を付き、ラプラス君に、本人の意思を尊重して今すぐ参戦させるよと告げた。
ラプラス君はおやまぁとおどけて見せたが、では早速手配しましょうと席を立った。
今夜9時に薔薇の庭で待ち合わせることになった。あと半日しか水銀燈と一緒にいられる時間は無い。
残念だ。


さっそく参戦のための準備を始めた。
水銀燈のサポートを任せるのは、メイメイとした。
水銀燈は妹たちの肖像画のある部屋で、やや緊張した面持ちで時を待っていた。
私自身も、少し緊張している。心のどこかで彼女を参加させたく無い気持ちがあるのかもしれない。
しかし、ローゼンメイデンになった以上、アリスゲームの盤上に上がるのは避けられない運命だ。
私は彼女へ渡す思い出の品を残された時間で作ることにした。
表面に薔薇の紋章、フタの裏側に私のシルエットを施した特製の懐中時計。
丹念に丹念に、模様を彫り込んだ。
螺子を巻いて時間を合わせた頃には、夕刻になっていた。
彼女と最後の食事をしようと、厨房に入った。
考えられる限りのフルコース料理を用意し、食卓に並べた。
最後の楽しい晩餐を水銀燈とともにとった。

いよいよ、別れの時間だ。ラプラス君が外で待っている。
水銀燈。姉妹の中で誰がアリスになれるかは、私にも分からない。だが、私はお前こそが最もアリスに近いと信じているよ。
勝ち残って、アリスになって、私の元へ帰ってきて欲しい。
水銀燈は、私の目をまっすぐ見据えて頷いた。
私は彼女の首に特製の懐中時計をかけてやった。
フタを開くと私のシルエットが彫ってあるのを見て、彼女は喜んでいた。
そろそろよろしいですか、とラプラス君。
私が頷くと、彼は空間に大きな穴を開け、彼女を連れて飛び込んでいった。
満月に煌々と照らされた薔薇の庭で、私はしばらく佇んでいた。

水銀燈が真紅に確かめたかったこととは…?
私は魔術師から譲り受けた遠見の窓で、ラプラス君に連れられていく水銀燈を追っていた。
2人は幾多の扉が浮かぶフィールドを飛んでいたが、やがて一つの扉の前に立つと、水銀燈だけが中に入っていった。
どうやらそこは彼女自身のフィールドのようだが…。いや、しかしこれは…。
そこは一面廃墟だった。草も木も無く、香しい花も咲いていない。
空は暗雲が立ち込めており、薄暗い世界だ。これが彼女の心象なのだろうか?
この数日間見せてくれた笑顔の裏に、こんな荒んだ世界を抱えていたのだろうか。
これが数十年以上に及ぶ孤独な放浪の旅で築き上げられた、彼女の心の闇の深さなのだろうか。
彼女の心の内を見抜けなかったことに、自分の父親としての未熟さを感じた。
遠見の窓の前で一人悶々としていると、ラプラス君が戻って来た。真紅が契約を解除し、nのフィールドに入ったのだそうだ。
水銀燈からの要望通り、真紅の鞄を水銀燈のフィールドに誘導したと言う。
私たち2人はスコッチを傾けながら、この時代のアリスゲームの終了を見届けることにした。


やがて、真紅の鞄が水銀燈のフィールドに飛来してきた。
用心深く鞄から抜け出し、周囲を散策する真紅。
物陰から水銀燈が声をかけた。
誇らしげに自分もローゼンメイデンであったことを、ローザミスティカという証拠を見せながら告げる水銀燈。
対して、信じられないと言った面持ちで頭から否定にかかる真紅。
信じられないのは分かるが、物も言い様という言葉がある。なんであんな言い方をしてしまうのか。
真紅の言葉を聞き届けてから、水銀燈の声色が変わった。あの可憐な声からは想像もできない声だ。
そうか。私だけでなく、姉妹にも認めて貰いたかったんだな。私との数日間だけじゃ癒されないほどの心の傷を負っていたんだね。
真紅の言わんとすることも分からないでもない。上から見た物言いではあるものの、真紅なりに水銀鐙を思いやっての行動だったわけだ。
…ひょっとして、私と過ごした数日間も、父からの同情、憐れみだけの優しさと思われただろうか?
彼女の自尊心を傷つけてやしなかったろうか。心からの笑顔を見てなかった気がしたのはそのせいだろうか?
それはそうと大きな力が水銀燈の中で高まっている。これは一体。
おぉっ!物質化の力が発動した。なんと、水銀燈の武器は翼という形を成したか。しかしあれは翼というより、羽根の束だな。色も黒い。
あっラプラス君どこへ?そろそろ終了?そうか。そうだね。早めに中断させてやってくれ。
今のままじゃいきなり真紅を倒しかねない。まだまだ互いに切磋琢磨してほしい。
ん?あれは真紅の衣装に付けておいたブローチ。あれを握力だけで壊すか。驚いた。確かに力を増幅するように仕掛けを施したが
あそこまでの力があったとは。真紅が取り乱しているな。確かにあの娘と過ごした時間は他の姉妹達より極端に短い。
だからこそあのブローチを大切にしていたのだろう。水銀鐙。ここまで荒んでいたとは。全く見抜けなかった。
あ、真紅。気持ちは分かるが、それは禁句だ。私自身への非難にも聞こえるな。水銀鐙すまない。
もうこじれにこじれたな。アレキサンダーの結び目並みに複雑に絡んでしまった。
ラプラス君がタイムアウトを知らせに来た。良かった。あれ以上続いたら、誰も止められないし、どちらかが死ぬまで
闘い続けてしまったろう。

さて、私もこの時代から撤収せねば。時計屋を畳もう。
水銀鐙の腹部を完成させなければならないし、第7ドールの完成も急がなきゃいけない。
水銀鐙のことについては、大きな反省と責任を感じている。
出来る限り彼女をフォローし、彼女のフィールドも花薫る庭園にかえてやりたい。
明日から忙しくなるぞ。

ローゼン日記〜オーベルテューレ編 −終−
続かない(´・ω・`)


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欲張ってI期編、U期編も書こうとしましたが、
長くなり過ぎてダレてきたのと、薔薇乙女最終回予告を見て凹んだのとで、
モチベーション急降下。
しばらくROMに戻りまする。






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