墓標 そこは廃墟じみた洋館の庭園だった。 この薔薇の花園から人影が消えて久しい。 かつては綺麗に咲き乱れていたであろう、薔薇の樹木は手入れもされずに 思い思いの方向に枝を伸ばし、絡み合った蔦が、庭園の周囲に張り出して、思い思いに花を咲かせている。 それはまるで、人が立ち入る事を頑なに拒むかのようでもあった。 そんな薔薇園の片隅に、小さな墓標がある。 咲き誇る薔薇に守られて、誰の目にも触れず、誰にも知られずに、ひっそりと佇む墓標。 誰が作ったのか、誰が眠っているのかも定かではない、 何の飾りも無い、ちいさな木の墓標。 長身の男が静かに佇んでいる。 終始無言のままではあったが、その眼差しは、遠い思い出を写しているようでもあった。 語る言葉が見つからないのだろうか、それとも、言葉は必要ではなかったのであろうか、 粗末な木で作られた墓標を見つめて、いつまでも立ち尽くしている。 彼の脳裏によぎるもの、悲しみ、ためらい、後悔、或いは愛情だったのかも知れない。 やがて男は去っていった。 薔薇は依然と同じ様に、ここに眠る住人を静かに守り続けるだろう。 その墓標には、ただ一言、新しくこう文字が刻まれていた。 『薔薇水晶 ここに眠る』と。