そうだ、丁度、○年前の話だ。大学入った直後くらいだったか。俺は夏休みに少し実家に帰ることにしたのだ。
ちょうどその頃、俺は「ローゼンメイデン」と言うアニメにドップリ填まっていた。
今は家で、効かないエアコンを付けて、扇風機全開でゴロゴロしている。
昨日、久しぶりに地元の連れと飲んだので、やたら疲れた。そして、いつものように独り言を言う。
「あーあ、水銀鐙が横にいればなー…」人前では決して口に出さないが、一人ならいくらでも言える。
実家は築100年を越える。外見こそ、「立派な伝統的木造日本家屋」だが、中は、そんな夢を打ち砕くほど汚い。
やはり、ただの「ボロ家」なのだ。子供の時に至る所に張った、キャラクターシールや、色の禿げた畳、
キズだらけの柱に、破れた障子、茶色いシミがコベリ付いた襖や絨毯、足で磨り減った廊下の木製の床などが協力して
よけいに家をボロく見せている。床は歩くとギシギシと軋む。大地震が起きたら危ないので、今親に建て直しを勧めている。
家の敷地内に同じく築数百年の倉がある。一般人なら、家宝とかが有りそうとか言うだろう。
しかし、どこの家にもある物置の巨大版だ。特にこれといって何もない。
有るものと言ったら、埃だらけのガラクタと蜘蛛の巣と、どこから入ったのか乾燥した猫の糞と鼠の死骸位だろう。
特にこれと言ってすることが無かった。何故かふと、その倉を漁ってみようと思った。何か出てくるかなと僅かな希望を抱いて。
ガラガラと勝手口の戸を開け家の外に出た。帰省直後は懐かしいと思えた地元も、
数日経つと逆に一人暮らししていた事が遥か昔のように感じる。
空にはモクモクと入道雲が伸び、耳に疼くほどセミが鳴いている。
裏が山だからセミの大合唱は耳を塞ぎたくなる程の音量になる。絵に描いたような夏の景色だ。
俺は夏が好きだった。セミや雲を見ると、無性に何かしたくなる。何故か水辺に行きたくなる。
そばの渓流で泳ぐのだ。夏場、昔はいつも川で遊んだ。しかし、今日に限って何もする気が起きなかった。
おびき寄せられるように蔵へ歩いていく。頭が焼けそうだ。陰から陰に飛び移るようにして歩く。
それにしても、何故俺は倉なんか漁ろうと思ったのだろう。倉の重い戸を開ける。
しばらくこの蔵には誰も出入りしていないようだった。取っ手に手をかけると、手が汚れた。
中は真っ暗だ。しかし少し外より涼しい。少し独特のにおいが鼻を刺激するが、耐えられないわけではない。
明かりを付ける。暗くてだだっ広い倉にハダカ電球が灯る。しかし、外の光と比べると遥かに暗い。しばらく突っ立ってると、
中の暗さに目が慣れてくる。するとガラクタの山が浮かび上がってきた。「骨董品とかあるかな」あるわけないのに漁る。


すると、懐かしいモノが出てきた。幼少のとき、よく地元の連れとあそんだ時に使った、虫取り網、釣り竿、
もうとっくに壊れているであろうゲーム機などなど。懐かしい。そんな事思いながら探ってると一枚の紙があった。
小学校の時の図画工作の作品か?それにしては不自然に真新しい。最近、誰かわざわざここに置きにきたとしか思えないほど綺麗な紙だ。
裏返してみると、何か書いてある。「おめでとうございます!○○さま!!」俺の名字がある。「ん!?!?おい、ちょ、待てや…」
常に頭のどこかに「ローゼンメイデン」がある俺は瞬時に「あれ」だと思った。体が、電気が走ったように痺れる。
「あなたは976―人の中から厳正な抽選にて選ばれた幸運な「日本の人」です!!(中略)下の選択肢から選んで下さい。一度―」
見覚えがある文だ。体が興奮しているのがわかる。熱が頭に上ってくる。
「これってあの、人工精霊からの手紙じゃないのか!?」
興奮を押さえ、読みすすめる。「―ので、注意して下さい。1.巻きまぁす」
選択肢はただそれだけだ。「巻きまぁすって…俺には選択権無いのかよwwwてか、まぁす口調…この独特な口調・・・
水銀鐙!?キタ――――――(゜∀゜)――――ッ!」
今日は気持ち悪い程独り言が多い。それに、こんなに興奮したのは生まれて初めてだ。
当然、巻きまぁすに○を付ける。


当たり前だがもうそれ以降、夜も眠れない。今やることと言ったら、部屋で水銀鐙のカバンがやってくるのを待つだけだ。
もう、今さっき彼女とは無理やり別れた。準備万端だ。わしは徹夜で部屋で正座して待った。食料持ち込み24時間態勢だ。
銀様を迎えるのならこれくらいするのは当然だ。いや足りないくらいだ。
それにしても・・・マンガの架空の話が実は実話だったとは・・・ホント世の中、何があるかわからない。
俺は興奮してノートパソコンを地べたに置き、電源を入れた。直ぐに2チャンネルへいく。
水銀燈で検索し、すぐに一番上の板に入る。そして書き込む。

660 :名無しかわいいよ名無し :2007/08/02(木) 00:31:21 ID:HjaKiuUm

聞いてくれ!今、俺は水銀燈がやってくるのを待ってるんだ!


661 :名無しかわいいよ名無し :2007/08/02(木) 00:48:21 ID:kihGiTe

>>660
はいはい

だめだ。信じてもらえるわけが無い。そうだ。
水銀燈が手元に来てから写真をうpしてやろう。俺は、先の、先の事ばかり考え、妄想を膨らまして過ごした。
そしてついに、徹夜2日目に差し掛かった深夜、いきなり部屋が光に包まれた。
「うおー!ついに!ついにキタキタキタキター!!」
アニメの事を考えている時は何故か、こういう口調になる。幻想的な光の中から四角の輪郭が表れてきた。
あまりの美しさに俺は息を飲んだ。夢のなかにいるようだ。そしてその曖昧な輪郭は、しっかりとした大きなカバンになった。
正座して見とれていた俺は、すぐさまカバンの元に駆け寄り、開けようとした。
その瞬間…


ガチャ…


自らカバンが開く。

すると中から勢い良くドールが飛び出した。


「はじめましてー!かしら♪私がローゼンメイデン一の頭脳派、カナリア♪よろしくかしらー!」


奈落の


底に


突き落とされた。


「うわぁーーーー!」

バッ!





「ん・・・」

どうやら俺は夢から覚めたようだった。
「助かったぁ…」九死に一生をえるとはこのことだと思った。


と思ったのもつかの間。

「うお!!やってしもた!!!つい寝てしまった!!!」


顔を上げるとカバンが一つ置いてあった…


「ん?うおー!!まじで来た!!これが・・・ローゼンメイデン・・・マンガとまったく同じだ。」
俺はとりあえず、カバンを開けてみることにした。

ガチャ・・・
重厚な鞄はユックリ開く。
黒い服、銀色の美しい髪、金色の逆十時・・・そう・・・これは・・・紛れもなく・・・
「す・・・水・・・水銀・・・燈・・・・様ぁ・・・」
頭が真っ白になった。


もちつけ俺!
早速、抱き上げてみる。思っていた大きさより随分思い。そしてやわらかい。頭が垂れて、髪が乱れているのでなおして上げる。手が震える。
「かわ…いや、綺麗だ…」
まさにイメージ通り。息を呑む美しさだ。言葉も出ない。そっと頬に触れてみる。
赤ちゃんの肌のように、吸い付くようなもち肌だ。なるほど、正に一辺の汚れもない。このまま丸一日眺めていても飽きないだろう。
目線を下にずらす。ふっくらと可愛い乳房の膨らみがある。
決して大きくはないが、どこか男性を本能的に魅了するラインの美しさがあった。


…・・・・・・


いや、ダメだ。銀様に失礼だ。


しかももしバレたら俺の命は無い
俺はイケナイ妄想を抱きかけたが、頭から振り払う。
背中を見てみた。本当に、隙の無い美しさだ。
やはり穴があった。ネジ巻きを挿入し、巻いてみる。しっかりとした重みが伝わってくる。
俺はグイグイと力をこめて、しかし丁寧に巻いた。少し固くなったら、そこで止め、置いてみる。
カクカクとぎこちなく動きだす。アニメ通りだ。
水銀鐙は姿勢を正すと、目をゆっくりと開く。美しい赤い瞳が覗いた。
「…私は…ローゼンメイデン…第一ドール…水銀鐙」今にも消えてしまいそうな繊細な声だ。
「美しい」としか言いようが無い。声の芸術だ。
「あ、お、俺はっ!」自己紹介をした。声が引きつって裏返る。こんな情けない姿を銀様に見せてしまった。最悪だ…
「ふっ、馬鹿じゃないのぉ」
え!?わっ笑った??笑ったのかな!?とりあえず可愛い…天にも昇る気分だ。
俺は、このまますぐに銀様に抱きつきたいという衝動に駆られた。我慢だ…我慢…。
水銀鐙は辺りを見回しながら言う。
「いい所に住んでるのね」
「そっ、そんな…ただのボロ屋ですよ。」俺は何故か敬語だ。
「ふぅーん」
沈黙の時間が続く。くそ!何かしなければ!俺は無いに等しい脳を必死に働かせ、考えた。そうだ!紅茶だ!まずは紅茶だ!
「す、水銀鐙さん!?こ、紅茶なんかいかがですか!?」だめだ。声が裏返る。
「そうね…いただくわ」
しまった…!俺の家には紅茶なんか無い!
おれは言ってから気づいた。冷や汗が噴出してきた。
「あ・・・す、すぐに煎れてくるんで、ここで待っててください!」
俺は部屋を飛び出した。


台所を探すが、やはりあるのは緑茶と麦茶だけだ。水銀鐙に緑茶…話にならない。しかたがない。買いにいこう。
俺は家を飛び出し、軽トラに飛び乗り、発進した。アクセルを踏んでも踏んでも、もどかしい加速しかしない。
くそ!走った方が速かったか!?
エンジンをレッドゾーン限界まで引っ張る。軽トラが悲鳴を上げる。
やっとの思いでスーパーに着くと、近くの店員に言う。「この店で一番高い紅茶をありったけくれ!!」
店員はあからさまに驚いたが、すぐに探しに行った。そして、戻ってきた。
「これが当店の最上級品で、在庫はこれが全てです。」
大した量では無いが、しかたがないすぐにレジに運ぶ。
「○万○千円にななります」
「はぁ!?」
耳を疑った。まさかこんなに高いとは。俺はカードを差し出した。これで俺は一文無しになつた。
急いで帰宅し、さっそく煎れる。銀様は待ちくたびれているだろう。

部屋の戸を開ける。
「銀ちゃん、お待たせ!」

はぅ!!!しまったぁ!!血の気が引くのがわかる。思わず銀ちゃんと読んでしまった!逝ってきます。

「・・・ありがとう」
銀様は何も気にしていない様子だった。命拾いした。水銀鐙には不釣り合いな大きなコップを口に運んだ。
コップが大きいので飲みにくそうだ。なんだか可愛い。
水銀鐙がコップを口から離すと見とれていた俺は急いで目を逸らした。
「ありがとう・・・」






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